第883話「記録の穴」

〈第一オモイカネ記録保管庫〉は特殊開拓指令後の整備任務を受けて、高速装甲軌道列車ヤタガラスの路線と接続した。迎撃区域と設定されていた第一層と第二層が地上との接続部となり、立派な駅のプラットフォームが列車を出迎える。

 しかし、第三層から第三十四層までの構造はあまり変わっていない。中央を串刺しにする形で中央管理区域が存在し、その外周を囲むようにドーナツ状の記録保管区域がある。また、記録保管区域の中に点在する形で、電源区域などの設備インフラも備わっている。

 そして、記録保管庫として生まれ変わったこの施設ではあるが、いまだに掃討作戦から生き残った暴走状態の機械警備員が徘徊しており、各階層の大隔壁前に存在するボスエネミーは強力な自己修復プログラムを内蔵しているため、危険な状態には変わりない。


「と言うわけで、レティたちもまだまだお仕事があるんですよ」


〈第一オモイカネ記録保管庫〉のホームに降り立ち、レティが締めくくる。列車内でイベント後の記録保管庫についてレクチャーを受けていたラクトは、ふむふむと頷き現状を理解する。

 彼女たちと同じ列車に乗ってきたプレイヤーは、やはり〈解読〉スキルなどを伸ばしている学者系の者が大半を占めるが、レティたちのような戦闘職の姿も多い。つまり彼らを求める需要がここにあるということだ。


「ドワーフとグレムリンが和解して、共にオモイカネさんの下で働くことになりましたが、暴走した機械警備員はどうしようもないですからね」

「機械警備員ねぇ。どっかのブレーカー落としたら終わりってわけにはいかないんだね」

「ボス程ではないにせよ、自己修復プログラムは標準的に搭載しているようですし、中には自己進化プログラムを搭載しているモノや、自己複製プロトコルを獲得したモノもいるとか。今でもちょいちょい未確認の個体が発見されているようですよ」

「微妙に厄介だねぇ」


 おそらくは、ゲーム的な視点で言うと無限リポップに対する理由付けのフレーバー的な要素が強いのだろうが、厄介なことには変わりない。二人は駅にある真新しいエレベーターに乗り込み、中央管理区域の最下層第、三十四階層へと向かう。


「ま、難易度はイベント当時とあまり変わりませんから。第一の方だと上層の方は初心者向けですよ」


 第一線でも十分通用する実力を持つレティたちは、迷いなくこの記録保管庫の最高難易度に挑む。イベント当時に最下層まで到達している二人は、既にそこまで向かう権限を持っていた。


「で、レッジが釈放されるまでの間は何してるの?」

「そうですねぇ」


 元々、レティはレッジと二人で久々のお出かけをしようと画策していた。せっかくだから図書館で静かな時間を楽しむのもオツなものかと思っていたのに、いつの間にかラクトがついてきて、しかも肝心のレッジが逮捕されてしまった。

 思わぬ大誤算ではあったが、列車に揺られる中で色々と考えは纏めてきている。


「とりあえず、情報集めですね。レティもここの任務で〈破壊〉スキルに関わる何かが得られるということしか知らないので」


 そもそも、レティが〈オモイカネ記録保管庫〉へレッジを誘ったのは、それが理由だ。いまだに全容が謎に包まれ、テクニックも一つしか存在しない物質系スキルに関する情報が、この記録保管庫で受注できる任務の報酬となっている。掲示板でその情報を見つけたレティは、いてもたっても居られなくなった。


「破壊ねぇ……。情報は確かなの?」

「確かですよ。情報提供者は固定名コテハン舞蹴マイケルさんでしたし」

「まいける?」


 点滅するエレベーターの階層表示を見上げながら、レティは頷く。


「物質系スキル三種とも持ってる変わり者ですよ。スキル研究も兼ねて、各地のあらゆるオブジェクトを破壊して回っている方です。彼のおかげで今まで非破壊オブジェクトだと思われてたものがそうじゃなかったり、隠されていた場所が見つかったり、功罪大きい人ですね」

「絶対、管理者陣から睨まれてるでしょ」


 この世界にレッジみたいな奴が他にもいるのか、とラクトは驚く。とはいえ、惑星イザナミは広く調査開拓員は数多い。どのような分野でも最前線で活躍するような者はどこかしら頭のネジがダース単位で吹き飛んでいることが多いのも事実だ。


「とにかく、舞蹴さんの情報なので一定の信頼は置けると思います。とはいえ、彼も詳細は教えてくれなかったので、自分で探す必要があるんですよ」


 彼女がそう言ったと同時に、タイミングよくエレベーターが最下層にたどり着く。小気味良いベルの音とともにドアが開く。そこは、イベント当時とは見違えるほど全てが整った、白い空間になっていた。


「イベント終わって初めて来たけど、かなり変わったよね」


 エレベーターから降りながら、ラクトは中央管理区域を見渡して声を上げる。

 高い天井から強力なライトで照らされ、壁面や床は白い金属で覆われているため、ここが地下であることが信じられないほどに明るく開放感がある。ネセカが責任者を務める警備部や、資料編纂を行う司書部、施設の管理を行う設備部の三大部署のカウンターの他、グレムリンとの連絡窓口、更にスサノオのベースラインにあるようなショップも並んでいる。


「中央管理区域はイベント後の復旧任務で特に大きく変わった場所ですね。拠点機能の拡充が推進されて、かなり暮らしやすくなったそうです」

「暮らしやすく……」

「今では記録保管庫から一歩も出ずに資料整理に明け暮れているプレイヤーも多いらしくて、そう言った方々をモグラって言ったりするらしいです」

「なるほどねぇ」


 中央管理区域は多くの調査開拓員たちで賑わっている。上層にも受付カウンターなどはあるはずだが、やはり最下層が最も活気があるようだった。

 エレベーターから降りた調査開拓員は、自身のプレイスタイルによって三つのカウンターへそれぞれ向かうことになる。〈鑑定〉〈解読〉といった調査系スキルを持つ者は司書部へ、〈機械製造〉〈鍛治〉などの生産系スキルを持つ者は設備部へ。そして、レティたちのような戦闘系スキルを持つものは警備部へ。

 二人もそのセオリーに倣い、警備部のカウンターへ向かう。そこでは、濃紺の軍服と軍帽を揃えたドワーフたちが調査開拓員に機械警備員の無力化などの戦闘系任務を斡旋していた。


「ネセカさんいますかねぇ」

「レッジと一緒にいると感覚麻痺するけど、普通そういう管理職レベルのNPCってなかなか話せない存在だからね?」


 ウキウキと胸躍らせながら列に並ぶレティに、ラクトが釘を刺す。日頃からウェイドたち管理者とフランクに会話しているレッジがいると、ついつい彼女たちとの接触は容易であると錯覚してしまう。しかし、彼女たちは本来かなり多忙な身であり、そう簡単には話すこともままならない。そのため、わざわざ〈シスターズ〉のような特別な交流の場が作られているのだ。

 ネセカも第一記録保管庫の警備部長ということで、かなりの上位権限者だ。大抵の場合はカウンターの奥のデスクで部下に指示を送るのが仕事である。カウンターに立っているのは、一般の警備部員ドワーフたちだ。


『おお、やはりレティ殿とラクト殿か』


 そんな二人に、声が掛けられる。彼女たちが視線を向けると、そこには豊かな白髭をたくわえた小柄な老爺が立っていた。濃紺の軍服と軍帽を揃え、胸には徽章も並べている。


「ネセカさん!?」


 彼の姿を見て、レティが目を丸くする。

 つい今しがた簡単には会えないと話していたばかりの相手が、そこに立っていた。

 ネセカは頷くと、白髭を撫でながら口を開く。


『警備部の人員からお二人の来訪が報告されたのでな。用件を聞きにきた』

「ええ……。わざわざネセカさんが出向くことじゃなくない?」

『そうは言っても、レティ殿はこの記録保管庫を破壊した実績があるからな。一応、動向を確かめさせてもらうことになった』

「そ、その節はご迷惑を……」


 イベント中、レティは〈破壊〉スキルを用いて第一記録封印拠点を破壊した。そのせいで、ドワーフたちからマークされていたらしい。

 レッジほどではないにせよ、レティも大概ぶっ飛んでいる。ラクトはぺしょりと耳を曲げるレティを見て、認識を改めた。


『それで、今回はどのような用件で?』

「今の話の手前、言いにくいんですけど……。ここで〈破壊〉スキルに関する情報を得られる任務があると聞きまして」

『なるほど……』


 レティの言葉を受けて、ネセカの表情があからさまに固くなる。レティがこれ以上の破壊力を付けることに懸念を抱いているのは明白だった。

 とはいえ、彼も現在は調査開拓団の一員だ。同僚たるレティの問いかけには答える必要がある。ネセカは頷き、司書部の方へ目を向ける。


『そういうことなら、司書部に問い合わせると良い。公開している任務の情報に加えて、復元された情報の検索も行っているからな』

「そうですか。分かりました。ありがとうございます」

『まあ、その、なんだ。情報はあるままでは役に立たない。扱い方次第で毒にも薬にもなる』

「き、肝に銘じておきます……」


 ネセカからやんわりと忠告され、レティは粛々と頷く。


「それじゃあ、まずは探し物ですね」

「任せて。わたし、そういうの得意だから」


 そうして、二人は警備部カウンターの列から離れ、司書部の管理する資料室へと向かった。


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Tips

◇固定ハンドルネームの設定

 公式掲示板はデフォルトでは匿名での発言となりますが、特別に設定することで自身の固有性を示す固定ハンドルネームを表示させることができます。固定ハンドルネームは調査開拓員識別番号と紐づいており、全てのスレッドで共通です。また、変更した場合は過去の発言についても同様に固定ハンドルネームが変更されます。


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