第886話「破壊者の快進撃」

 数体の“彷徨う虚鎧ワンダーアーマー”が無理矢理に結合したような異形の鎧武者が腕を広げる。黒い鋼鉄に包まれた胸に、真円の穴が貫通していた。


「せいっ!」


 レティは『時空間波状歪曲式破壊技法』の効果時間が終了しないうちに、本棚を蹴って身を捩る。二打目は武者の頭を砕き、完全に動きを停止させる。レティが埃を舞い上げて着地したと同時に、巨大な鎧武者は音を立てて崩れ落ちた。


「どんなもんでごぱっ!」

「レティーーー!」


 テクニックの効果時間が終了し、反動を受けてレティは吐血する。慌ててラクトがアンプルを投げつけ、LPを回復させる。


「デメリットがデカすぎるのも考えものだな」

「実践で使うとなると、“気絶”なんかの可能性も考えた方がいいね……」


 ふらつくレティを抱きとめ、床に座らせる。『時空間波状歪曲式破壊技法』は実質的に防御無視の非常に強力なテクニックだが、その威力に見合うだけの代償もある。連発も効かないし、都度都度回復する必要もある。


「うぅ。まだちょっとふらついちゃいますねぇ」

「はいはい、ゆっくり休んでくれ」


 レティが力無く寄りかかってくる。彼女を介抱しながら、周囲も警戒する。


「もう目眩は治ってるでしょ。LP回復してるし」

「むぅ。ラクトは遊び心がないですね」

「レティみたいな助平心がないんだよ」


 レティとラクトが仲良く談笑している。ふとカミルの方を見てみれば、カメラを構えてパシャパシャとシャッターを切っている。側には白月が付いているし、彼女は大丈夫だろう。


「しかし、第一の方とはいえ記録保管庫最下層の機械警備員を二撃で倒せるのは流石だな」

「そのあたりはレティの素の攻撃力ですね。〈破壊〉スキルも若干の攻撃力補正はあるみたいですが、テクニックの方には攻撃力加算効果はないですし」


 LP回復速度を上げるバナナミルクを飲みながら、レティが答える。先ほどの鎧武者も、スキルの成長度合いによってはパーティで決死の覚悟で挑む相手なのだろうが、攻撃力と破壊力を突き詰めた彼女の敵ではない。破壊技法を使わずとも攻撃力に変わりがないということは、あの調子で連戦することも可能ということだ。


「そう考えると、レティってすごく強いんだな」

「今更?」


 改めて仲間の凄さを思い直すと、ラクトが呆れたように言う。レティの攻撃力の高さは有名な話らしい。当然といえば当然か、レティも最前線でアストラたちと凌ぎを削っているような猛者である。


「そういや、ロールはまだ〈槌使いクラッシャー〉なのか?」


 レティのロールだ。彼女は魅力的なロールがないとかで、〈杖術〉スキルの単一ロールである〈槌使いクラッシャー〉を選んでいたはずだ。純粋に破壊力が向上するだけあって、彼女のプレイスタイルとも合致していた。

 しかし、レティとラクトは揃ってポカンとした顔で、その後大きなため息をついた。


「いつの話をしてるんですか」

「もう新しいロールに就いてるよ」

「そ、そうだったのか……」


 今明かされる驚愕の事実に唖然とする。どうやら、ラクトたちはすでに知っていたらしい。レティは肩をすくめて説明してくれた。


「〈破壊〉スキルに合わせて新しい複合ロールも実装されたんです。〈破壊〉〈杖術〉〈戦闘技能〉の三種合わせて、その名も〈破壊者デストロイヤー〉というものが」

「なるほど、レティにぴったりだな」


 名前を聞いただけでレティのために用意されたようなロールであることがわかる。彼女ならスキルビルドを変更する必要もなくロールの条件を満たせたことだろう。


「ロール任務とロール能力アビリティは?」

「ロール任務は今やっているのと大体同じですよ。専用オブジェクトの大岩を制限時間内に全て壊せ、というものです。能力アビリティは“破壊心”で、打撃属性と破壊力が底上げされて、更に打撃属性の攻撃を連続で当てるとどんどん破壊力が増加していく、というものです」

「聞けば聞くほどレティ向けだなぁ」


 知らない間に随分とレティを狙い撃ちしたロールが実装されていたものだ。


「レティの事なのに、今まで気づいてくれてなかったんですね」


 レティは俺が今まで気づいていなかった事に不満な様子で唇を尖らせる。


「すまんすまん。自分のことでいっぱいいっぱいだったからな」

「それに、レティってロールが変わっても今までとやる事変わってないじゃん」


 ラクトの言うことも一理ある。ロールが〈槌使いクラッシャー〉から〈破壊者デストロイヤー〉に変わったところで、レティの戦い方や役割が変わったわけではない。むしろ、今までのスタイルがもっと強化されたくらいだろう。


「いいですよー。どうせレティは壊す事しか能がない壊し屋ですよ」

「そこまで言ってないのに……」


 レティはいじけた顔で立ち上がる。そうして、ぶんぶんとハンマーを振り回し始めた。 


「今からレティが〈破壊者〉の力を見せつけてあげますよ!」

「レティ?」


 不穏な気配を感じ取り、ラクトと共にレティの様子を伺う。

 レティはおもむろに目の前の壁を睨むと、目を閉じて耳を立てた。


「れ、レティさん?」


 俺たちの声も聞こえないほど、彼女は集中して耳を澄ませていた。タイプ-ライカンスロープ、モデル-ラビットの敏感な聴力に全神経を集中させている。そうして、彼女はハンマーを垂直に立てて、脇を絞めた。


「——『時空間波状歪曲式破壊技法』」


 万物を破壊する、理を超越したテクニック。再び、レティの周囲がぐにゃりと歪む。光が屈折し、彼女の背中が波打つ。


「何を——」


 ラクトが首を傾げる。俺は嫌な予感が脳裏をよぎり、咄嗟にカミルを抱き抱える。


『ぴゃっ!? 何すんのよ!』


 ラクトが驚いて俺の腕に爪を立てたその時だった。


「『阻むもの無き進撃インパクトクラッシュ』っ!」

『ぴゃあっ!?』


 レティがハンマーを振り下ろす。

 自由落下に近い滑らかな動きで降ろされた黒鉄のハンマーヘッドが、記録保管区域の壁に触れる。次の瞬間、堅固な構造壁が弾ける。

 耳を劈く轟音と共に衝撃が広がる。俺はラクトを抱え、崩れ落ちてくる瓦礫から守る。ラクトも咄嗟に氷壁を展開し、身を守っている。


「ちょっ、レティ!? 突然何を!」


 驚いた顔のラクトが抗議の声を上げる。しかし、当のレティは得意げな顔をして振り向く。


「ふふん、どうです?」


 彼女の背後、記録保管区域の壁に、巨大な穴が開いていた。それは壁の向こうにある通路を貫き、二枚目、三枚目といくつもの壁に同じ大きさの穴を作っている。

 そして、迷路のように入り組んだ記録保管区域の構造を無慈悲に貫通したレティの打撃は、その途中に居合わせた哀れな機械警備員たちも巻き込んでいた。


「まさか……」


 レティが不敵に笑う。


「機械警備員15体討伐、完了です」


 彼女はたったの一撃で、残る14体以上の機械警備員を破壊していた。


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Tips

◇ 『阻むもの無き進撃インパクトクラッシュ

 〈破壊者〉専用テクニック。〈杖術〉スキルレベル65、〈戦闘技能〉スキルレベル60。

 打撃属性、破壊属性の攻撃力を増大させ、直線上のあらゆるオブジェクトを破壊する強力な打撃を放つ。破壊の規模に応じて自身に反動ダメージが入る。

 “我が通る。道は我が拓く”


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