第882話「刑期と珈琲」

 管理者直々に捕縛された俺は、警備車両に載せられ〈ウェイド〉の中央制御塔にある人工知能矯正室、通称“反省部屋”へと連行された。レティとラクトは軽い激励の言葉を残してヤタガラスに乗り込んでしまったし、カミルは俺から許可をもぎ取ると早々に街へ繰り出してしまった。残る白月も殺風景な牢屋に置かれたテーブルの下で早速スピスピと鼻息を立てている。


「で、刑期は?」

『刑期とは失礼ですね。再訓練期間は規定に則り30分です』

「長くないか!?」


 刑期、もとい再訓練期間はプレイヤーの罪状によって決まる。とはいえ、あんまり酷い行為になるとGM案件になってくるし、実際の刑期のように何年単位で拘束される訳でもない。それでも、ゲームプレイ中の30分というのはかなり長いが。


『余罪を鑑みた結果です。これでも過去の功績と照らし合わせて情状酌量の余地を探った結果なんですよ』

「ええー、ほんとか?」

『都市防衛設備の強奪、特定危険植物の秘匿および栽培そして使用、危険なアイテムの不正な使用、T-1への贈賄——』

「分かった分かった。大人しく罪を償うよ」


 ウェイドがつらつらと罪を読み上げ、たまらず降参する。あんまり抵抗すると、反省の色が見られないとして刑期が伸びる可能性すらある。


「それで、俺は何をすればいいんだ?」

『溜まっている業務タスクの消化、もとい単純な資料整理です』

「それってウェイドがやるべきことなんじゃ……」

『誰のせいで余計な仕事が増えて、本来の業務が圧迫されていると思っているんですか』

「申し訳御座いません」


 うーむ、今日のウェイドは一筋縄ではいかない。第5回イベントという大仕事が終わった後も、彼女は植物園の復旧やら当地に開いたでかい穴の埋め立てやらで忙しかったようだし、いかに優秀な管理者といえど苛立ちを募らせているのだろう。

 俺は素直に謝罪し、唯々諾々と彼女に従うことにした。それに、反省部屋もそうそう入れる場所じゃないからな。これも一つの経験ということだ。


『まあ、レッジも一応は、権限的には、ただの調査開拓員ですし、権限のないことはできませんからね』


 妙に粘ついた目で俺を見ながら、何度も前置きをしつつウェイドが言う。そうして、彼女は俺に大量の書類データを送ってきた。


『レッジ以外の栽培家から送られてきた危険植物、特定危険植物、原始原生生物亜種、原始原生生物の情報とそれに基づいて自動作成された収容プラン草案です。この後、コノハナサクヤの監修も受けますが、貴方の知見で改善可能な箇所を修正してください』

「そんなんでいいのか?」

『そんなん……。一応、結構面倒な業務を持ってきたはずなんですけどね?』


 呆れ顔になりつつもウェイドは頷く。書類は500種類程度だが、30分という刑期中に全てこなした場合は無限におかわりが出てくるわんこ蕎麦形式らしい。こういうことなら得意分野だし、日頃の苦労を慰めるためにもウェイドに協力したい。


「ウェイド、この部屋の中だけ戦闘可能エリアにできないか?」

『脱走ですか? 無駄ですよ。この部屋はレッジの収容のため特別に改修を施した——』

「いや、そうじゃないよ。“緑の人々グリーンメン”を使いたい」

『“緑の人々”って、あの変わった機獣ですか?』

「そうそう。頭はともかく、目と腕が足りなさそうだからな」


 俺が手を合わせて懇願すると、ウェイドは少し考える。彼女は部屋の耐久度と俺の逃走可能性を天秤にかけ、判断を下した。


『分かりました。限定的に〈操縦〉スキルと〈栽培〉スキルの使用を許可します』


 その言葉と同時に、いくつかのテクニックが限定的に使用できるようになる。うーむ、管理者様々だな。

 ともかく、彼女の計らいのおかげで“緑の人々”を出すことができた。部屋がさほど広いわけでもないし、。60体も出すわけじゃないが、俺の他に3体もいれば十分だろう。


『管理者の私が言うのもなんですが、よくそんな器用なことができますね』

「ま、訓練の結果だよ」


 四馬力で書類を捌きつつ、なぜかまだ部屋の中にいるウェイドの言葉に答える。管理者は多忙だとか言ってたはずなのに、随分と退屈そうだな。


『心配しなくても、本体〈クサナギ〉は全力稼働していますよ』

「そりゃ結構」


 管理者というのも、便利なものだ。


「ウェイド、こいつを収容するなら隔壁をここに一つ増やした方がいいぞ。あと、避難経路に隙間があるから、こいつの粉塵が漏出する」

『なっ!? ほ、本当ですね……。修繕任務を出しておきましょう』


 書類には俺の知らない植物が様々書かれている。どれも植物園送りが相応しい特殊っぷりで、なかなか面白い。これら全てを安全に収容するためのプランを練るのは、ちょっとしたパズルのようだ。それも、植物園のチャンバーではできないような、もっと神の視点に立った大きなパズルだ。


「へぇ、こんな栽培法があるんだな……」

『これを参考に別の植物を作るとか言わないでくださいよ』

「はっはっは」


 俺は自分でも驚くほど他のプレイヤーの栽培事情を知らなかった。洋上の生簀のような設備で海藻類を専門に育てている者や、〈雪熊の霊峰〉に置いた“冷室”で寒さを好む特殊な植物を栽培している者など、環境だけ見てもバラエティ豊かだ。中には、成層圏で植物を育てるための飛行プラントの建設を目論んでいる者もいる。


「やっぱり、たまには同業者の情報も見とかないとなぁ。色々インスピレーションが湧いてくる」

『やはりこの再訓練プログラムは拙かったでしょうか……』


 なかなか勉強になることばかりで感心していると、ウェイドはだんだんと渋い顔になっていく。心配しなくても、俺も彼らに負けないくらい個性的な植物を作るつもりだ。


「とりあえず500件、終わったぞ。修正の規模ごとに五段階に分けてる。上二つはコノハナサクヤと対応を相談した方がいいが、下三つはウェイドだけでもなんとかなるんじゃないか?」

『早いですね……。とりあえずコノハナサクヤには全て監修してもらいますが、段階評価は参考にしましょう』


 ウェイドに修正した書類データを送ると、すぐに追加の500件がやってくる。


「これって全部を収容してるわけじゃないよな?」


 植物園はあの大それた盗難被害に遭うまでは順調に階層を伸ばしていた。それでも、これほど多くの植物を収容するほどのキャパシティはなかったはずだ。

 俺の問いに、ウェイドは頷く。


『研究所に収容し、その能力を解明するのは、その必要性があると判断されたもののみです。大抵の植物は事前の監査でその必要なしと判断されますね』

「俺の持ってった植物は全部収容されたと思うんだが……」

『レッジが収容と能力解明の必要ありと判断される危険な植物しか持ってこないからですよ』


 どうやら藪を突いて蛇が出てきてしまったらしい。俺はウェイドの鋭い視線から逃げるように、書類の整理に戻った。

 しばらく書類の精査精読に集中していると、突然テーブルにコーヒーの入ったマグカップが置かれる。驚いて顔を上げると、ウェイドが自分のぶんらしいカップを持って立っていた。


「お、おう。ありがとう」

『人工知能矯正は刑罰ではありませんからね。相応の仕事には相応の報酬が与えられるべきです。ですので、これは貴方の働きに対する正当な措置であり、感謝は不要です』

「ウェイドってたまにロボットみたいになるよな」

『貴方は何を言っているんですか?』


 怪訝な顔をするウェイドに笑い、コーヒーを口に運ぶ。ほろ苦いブラックコーヒーが、疲労の溜まった体の隅々にまで染み渡る。


「〈新天地〉の二号店限定ブレンドか。わざわざありがとうな」

『……よく分かりましたね』

「まあ、店のものだと一番良く飲んでるからなぁ」


 一番沢山飲んでいるのはカミルの淹れたコーヒーだが。ともかく、この風味は〈ウェイド〉にある〈新天地〉二号店にしかないものだ。

 ウェイドはわざわざこれを手配してくれたらしい。


「そういう気遣い上手なところは、管理者らしいな」

『再訓練時間は短縮しませんよ』

「別にいいさ。結構楽しくなってきた」


 30分超えても別にいいぞ、と言うと、それはできないと一蹴される。良くも悪くも正確なのは、彼女の性格か管理者の特質か。

 再訓練時間終了まであともう少し。俺は少しでも多くの書類に目を通そうと速度を上げ、ウェイドもそれを静かに見守ってくれていた。


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Tips

◇二号店限定ブレンド

 喫茶〈新天地〉二号店でのみ提供されるスペシャルブレンド。二号店の店主自らが豆の産地、焙煎方法、抽出方法、さらにカップにまで拘った特別な一杯。通常のブレンドよりも値は張るが、それだけの価値はある。

 “どんなに過酷な冒険の後でも、この一杯を飲めばたちまち勇気と活力が漲ってくる。そうして、また新天地を目指して歩き出す。”


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