第22章【都市陥落】

第881話「因果応報の男」

「オモイカネさんの所へ行きませんか?」


 第5回〈特殊開拓指令;古術の繙読〉が終わり、オフ会も成功の元に幕を下ろし、いつも通りのFPO日和が戻ってきた。俺がウェイドの植物園に卸す植物を梱包していると、買い出しから戻ってきたレティが開口一番そんなことを言った。


「オモイカネ?」

「はい。イベント後もあそこでは色々調査が進んでいるみたいなんです。そこで、何やら特定の任務をこなすと喪失特異技術ロストパラテック——つまり〈破壊〉スキルに関する情報も得られるようでして」

「なるほど。レティはそれを手に入れたいと」

「今のところ、まだ『時空間波状歪曲式破壊技法』しかテクニックがありませんからねぇ。他のテクニックも覚えて、もっと手札を増やしたいんですよ」


 レティはそう言ってハンマーをぶんぶんと振り回す。今のままでも十分破壊力抜群だと思うが、トッププレイヤーというのは何処までも果てなき探求の道をひた走っている。

 とはいえ、俺も朝から植木鉢の梱包ばかりで飽きてきた所だ。この荷物を植物園に届けるついでに、少し足を伸ばしてもいいだろう。


「分かった。じゃあ、ちょっと準備してくるから待っててくれ」

「わーい! 久々にレッジさんと二人でお出かけですね!」


 レティは耳をピンと立ててウサギのように飛び上がる。彼女の元気な姿に笑いつつ、俺はフィールドに出る準備をするため別荘に入った。



「——久々にレッジさんと二人でお出かけだと思ってたんですけど」

「いやぁ、〈オモイカネ記録保管庫〉はわたしもずっと行ってみたかったからね」


 高速航空輸送網イカルガの飛行機内。オノコロ高地の上層へ向かう旅客達に紛れて、レティとラクトが楽しげに話している。元々はレティと二人の予定だったが、タイミングよくラクトもログインしてきたのだ。彼女に予定を告げると、自分も参加したいと二つ返事で言ってきた。そんなわけで、三人旅である。


『ちょっと、ちゃんと内部気圧見ときなさいよね』

「はいはい」


 いや、より正確に言えば四人と一匹旅かも知れない。

 今回は途中で〈ウェイド〉に立ち寄って植物を預ける関係上、カミルも一緒に来てくれた。彼女もそのまま、久しぶりのフィールド探索ということで同行する予定だ。それに、大きな耐爆装甲携帯型保管庫の側では白月がすぴすぴと寝息を立てている。

 そんなわけで、当初よりも少し大所帯となっている。


「レッジさん、一般の旅客機にそんな危険物持ち込んでいいんですか?」


 保管庫の気圧を調整していると、レティが怪訝な顔で言ってくる。


「確かに前までは専用の飛行機を用意しないといけなかったな」


 ウェイドと共に管理者専用機で運んだ時のことを思い出す。あの時は、まあそれなりに怒られた。しかし、今はもうそのようなエピソードも遠い過去のものとなったのだ。


「ネヴァがレベル8耐爆性能の装甲を開発したんだ。最新鋭だぞ、最新鋭。あの“昊喰らう紅蓮の翼花”の乾燥花弁10gの爆発にも耐えるんだ」

「花と装甲のどっちが凄いのかイマイチよく分かりませんね……。とにかく、安全性はバッチリということでいいんですか?」

「ああ。もちろん、この耐爆装甲保管庫に入れてさえいれば、この飛行機は絶対に——」



 緊急脱出装置のパラシュートで、〈ウェイド〉の近郊に着陸する。他の乗客達も慣れた顔で、むしろ町に近くて良かったと言いつつ〈鎧魚の大瀑布〉を歩き出している。

 飛行機自体がまだまだ発展途上ということもあり、イカルガの航空便でも3割くらいの確率で墜落してしまう。そのため、調査開拓員たちも驚きはない。


「やっぱりダメだったんじゃないですか!」

「うーむ。気密性に難があったか……?」


 顔を煤で真っ黒にしたレティが叫ぶ。俺はネヴァに対する改善要望を纏めつつ、ラクトとカミルが無事にいることを確認する。


「いやぁ、技術の進歩ってのは失敗から生まれるっていうしな」

「失敗ありきの実験をこんなところでやらないでください……」


 鋭く睨んでくるレティに謝罪しつつ、無事な保管庫を背負う。真横でかなりの爆発が起きたのにも関わらず、他の保管庫は傷一つないのだから立派だ。

 とはいえ、飛行機の残骸が後方で黒煙を上げている以上、ここからは歩かねばならない。俺はレティにも残る保管庫を背負ってもらい、湿度の高い森の中を歩く。


「カミル、毎日こんな無茶に付き合ってるの?」

『流石にもう慣れたわよ。それにほら、このメイド服もネヴァに特注で作ってもらった高耐久仕様なのよ』


 後ろの方でカミルとラクトが何やら話している。カミルには普段から危険な作業を手伝ってもらっているから、普段着ているメイド服もトッププレイヤーのタンクに匹敵するような防御力のあるものに変わっている。NPCは調査開拓員と違って行動不能になれば元に戻らないとはいえ、今のカミルはそう簡単にはかすり傷すら付けられないほどになっている。


「カミルもだいぶ毒されてきてますね……」

「誰にだよ?」

「分かりませんか?」


 取り止めのない会話をしつつ森の中を歩いていると、町の方角から何やら荒々しいエンジン音が聞こえてきた。足を止めて目を凝らすと、濃緑色のバギーに乗った銀髪の少女が、こちらに向かって手を振ってきた。


「お、迎えに来てくれたらしい」

「そうですかねぇ?」


 レティが怪訝な顔をする。その間にもバギーはぐんぐんと近づいてきて、車上の少女の声も聞こえるようになってきた。


『やってくれましたね、このバカァアアアアアアッ!』


 そんな言葉と共に、俺はバギーから飛び出してきた警備NPCによって捕縛された。


「ぐわーーーっ!」

『何がグワーですか、飛行機墜落してるんですよ!』


 瞬く間に湿った腐葉土の上に組み伏せられ、仁王立ちしたウェイドに睥睨される。彼女はプルプルと震えていて、今にも噴火しそうな火山のようだ。


『そもそも、危険植物を持ち込む際は私に一報しなさいと言っているでしょう。飛行機が空港に着陸した時点で危険物持ち込みで捕縛対象になるんですよ』

「ええ……。でもレッジさん、レベル8の耐爆装甲だから大丈夫だって……」

『どんな箱に入れたって爆弾は爆弾ですよ!』


 レティがおずおずと弁護してくれるが、ウェイドがぴしゃりとそれを封殺する。ラクトとカミルのフェアリー組は、少し離れたとこで倒木に座って、我関せずといった顔だ。


「しかしだなぁ、俺は危険植物が発見された場合迅速に収容するべしという指示に従って——」

『詭弁を弄する時間じゃありませんよ。そもそも貴方、発見じゃなくて栽培してるじゃないですか』

「ぐぬぅ」

『何がぐぬぅですか! 今日という今日は許しません、人工知能矯正室にきてもらいます』

「そ、それは困る! これからレティたちと〈オモイカネ記録保管庫〉に行く予定だったんだ」


 慌てて立ち上がって懇願するも、ウェイドは頑なだ。


「隠してる植物も渡すからさ。ほら、ウェイドの好きなエクレアも買ってくるぞ」

『貴方、管理者のこと舐めきってますよね? 反省の色が見られませんよ』


 ウェイドは氷よりも冷たい目で俺を見る。そうして、レティたちに視線を向けて有無を言わせぬ気迫を込めて口を開いた。


『しばらくこの人を拘束します。異論はありませんね』

「はぁ、まあ、そうですね。レッジさんもそろそろ頭冷やした方が良さそうですし」

「レティ!?」

「煮るなり焼くなり好きにやってちょうだいね」

「ラクト!?」


 そうして、俺はあっさりと仲間に売られてしまった。

 なんというか、最近レティたちも俺の扱いがあっさりしてきた気がする。


『アタシはアンタがいないとどうにもならないし、着いていくわよ』

「カミル……」


 カミルと白月だけが、俺のそばにいてくれる。思わず涙ぐむ俺に、カミルはツンとした顔のまま言う。


『アンタが矯正受けてる間はなんか美味しいものでも食べてくるわ。経費ってことで申請するから』

「そんなぁ……」


 そんなわけで、俺は拘束されたままバギーの荷台に乗せられ、市場に売られる子牛のように〈ウェイド〉へと運ばれるのだった。


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Tips

◇レベル8耐爆性能

 原始原生生物“昊喰らう紅蓮の翼華”の乾燥花弁火薬10gの爆発に耐える耐爆能力。

 第5回〈特殊開拓指令;古術の繙読〉以後の再建された植物型原始原生生物管理研究所の標準収容チャンバーの要件として求められた性能であり、現在ではさまざまな場所での基準として用いられている。


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