第878話「再会と対面」

 オフ会の会場として指定されたカフェ、喫茶〈フロンティア〉へ一番に辿り着いたのはラクトとエイミーの二人だった。店頭で店の名前と住所を確認した後、彼女たちは恐る恐る中に踏み入る。〈フロンティア〉は落ち着いた雰囲気で、昼前にもかかわらず数人の客がテーブルを囲んでいた。


「いらっしゃいませ」

「ええっと、〈白鹿庵〉で予約してる者ですが……」


 カウンターに立っていた初老の男性店員にラクトが声を掛ける。彼女の招待状には、そのように伝えれば案内してくれる旨が書かれていた。実際、店員はそれだけで分かったようで、軽く頷くと二人を店の奥の個室へと案内した。


「なんか……」

「どうかした?」

「いや、なんでもないわ」


 ラクトが〈白鹿庵〉と言った時、一瞬だけ店内の客たちの動きがぶれた気がした。エイミーはそう思いながら、気のせいだと首を振る。FPOは人気ゲームで、〈白鹿庵〉もそれなりに有名なバンドではあるだろうが、ただの喫茶店に偶然集まった客たちが全員知っているはずもない。


「ご自由にお飲み物を選んでお待ちください」

「はぁ。ありがとうございます」


 喫茶〈フロンティア〉は、店の奥に磨りガラスの窓が付いた個室があった。それなりにまとまった人数でゆっくりと過ごすための部屋のようで、大きなテーブルをソファが囲んでいる。壁には大きなディスプレイがあり、端末やコンピュータなどを接続すれば、大画面でゲームなども楽しめるようになっているらしい。


「わ、ボードゲームもあるみたいだよ」

「へぇ。オフ会とかそういうのやるためのお店って感じね」


 ドリンクや軽食の書かれたメニューとは別に、ボードゲームの貸出について書かれた紙もあった。レッジは随分と良い店を見つけてくれたらしい、と二人は感心する。


「ふぅ、ドキドキしてきたね」


 アイスカフェオレを飲みつつ、ラクトがドアの方へ目を向ける。紅茶を頼んだエイミーも、同じくそわそわと落ち着きがない。今から数分後には、仲間達と実際に顔を合わせることになるのだ。


「誰が来るか予想する?」

「そうねぇ。じゃあ、シフォンかな」

「なら、わたしはレッジで」


 期待のこもった目で言うラクト。彼女の素直な言葉に、エイミーは思わず吹き出す。自覚のない少女がキョトンとするなか、控えめにドアがノックされた。



「ここですね」


 トーカとミカゲの二人は招待状に記載されたルートを辿り、時間通りに喫茶〈フロンティア〉に到着した。そこまでの道中、物々しい雰囲気を醸す人々が妙に目についたが、二人は気にせず放置することにした。


「店内、わかる?」

「ドア越しでもはっきりわかりますよ。最近の人は警戒心を隠すのが苦手ですし」


 自分よりもはるかに年上の人々のことにもかかわらず、トーカはそう言って苦笑する。店内におそらく要人警護などを職務とするおよそ一般人とは言えない人々が鮨詰めになっている。ここまでの道中、ずっと彼女たちを監視し続けていた者と同じ所属だろう。


「暴れないでね」

「誰に言ってるの。向こうが何もしなければ、赤の他人ですよ」


 忠告してくる弟に唇を尖らせ、トーカが店のドアを開く。涼やかなドアベルが鳴り響き、カウンターに立つ初老の男性が浅く会釈した。


「いらっしゃいませ」

「〈白鹿庵〉の者です」


 二人が招待状を見せる。店員はそれを確認し、奥のドアを指し示した。


「あちらへどうぞ」

「ありがとうございます」


 案内されるまま、二人は奥の個室へ向かう。ドアを軽く叩くと、奥から足音が響いた。


「いらっしゃい!」

「こんにちは。初めまして、の方がいいでしょうか」


 ドアを開けたのは、小柄な女性だった。髪色は黒く、瞳も少し色素が薄くブラウンがかっている程度。それでも、トーカはすぐに分かった。


「ラクトですね」

「そうだよ。こんにちは、トーカ」


 向こうもすぐに彼女たちの正体に感付いたらしい。当然といえば当然だ。このメンバーに姉弟は他にいないし、考える余地もない。

 トーカはラクトに挨拶し、部屋の奥に目を向ける。そこには、長身の女性が笑みを浮かべて立っていた。


「エイミーですね」

「ご名答。まあ、分かるよね」


 エイミーが頷く。

 彼女が〈白鹿庵〉の女性陣では最年長であることはすでに知っていた。つまり、この中で一番大人びた女性が、彼女なのだ。

 ラクトに促され、トーカとミカゲは個室内に入る。柔らかなソファに腰掛け、飲み物を注文する。そして早速、ラクトが二人に話しかけた。


「トーカたちも遠いんだよね?」

「ええ。飛行機で来ましたよ」


 トーカの返答に、ラクトが声を漏らす。


「まあ、ちょうどよく門下生たちの乗る飛行機に乗せてもらえたので、そこまで負担ではなかったです」

「へぇ。タイミング良かったのね」

「ええ。何やら、急な出動要請が掛かったとかで」


 渡りに船とはこのことですね、とトーカが笑う。

 その時だった。


「うわっ!?」


 突然、部屋の電気が切れる。照明が消え、一時、真っ暗になる。驚くラクトを、エイミーが咄嗟に掴む。トーカはどこに隠し持っていたのか、短い木刀を構えているし、ミカゲはクナイを持っている。


「申し訳ありません。どうやらブレーカーが落ちてしまったようで」


 その時、個室のドアが開いて店員が現れる。彼が事情を説明すると、四人はほっと胸を撫で下ろした。


「復旧作業をしますので、しばらくお待ちいただければ……」

「なんだ、びっくりした……。よろしくお願いします」

「あれ、でも電波も届いてないわね?」


 携帯を確認したエイミーが首を傾げる。彼女の手首にあるディスプレイには、圏外の文字が表示されていた。


「珍しいですね。しかもこんな街中で」


 トーカも自分の端末を確認して首を傾げる。

 大都市のど真ん中だというのに、停電と電波障害とはあまり聞かない。せっかくのオフ会だというのに、幸先が悪い。


「ま、そのうち復旧するでしょ」


 楽観的なラクトの声に、二人も頷く。程なくして電気は復旧したようで、照明が戻る。


(——客席の方、停電したのに騒がしくなかったな)


 再び談笑に興じる姉たちを横目に、ミカゲは磨りガラスの向こう側へ目を向ける。一般人を装う謎の一団は、突然の停電にもかかわらずあまり大きな騒ぎになっていない。彼は一応、懐に忍ばせてきた忍具の存在を確かめた。



「はえええ……」


 駅前を意気揚々と歩いていた志穂は途方に暮れていた。ナビの指示に従いながら歩いていると、突然町中が停電し、さらに電波通信まで途絶してしまったのだ。周囲の人々が混乱の声を上げるなか、彼女もまた右往左往していた。

 喫茶〈フロンティア〉の場所は分かるのだが、なぜか突然そこへ至る道が封鎖されてしまったのだ。迂回路を探そうにも携帯は使えないし、人々は停電で混乱している。道を尋ねる余裕もなさそうだった。


「ど、どうしよ」


 このままでは予定の時間に遅れてしまう。せっかくのオフ会なのに、みんなとの貴重な時間を浪費してしまうわけにはいかない。

 しかし、事情を伝える手段もなく、道を阻む屈強な警備員に話しかける勇気もない。


「はええ……」


 心折れかけ、道端に立ち尽くす。

 その時、車の消えた道路に、一台の艶やかなリムジンが現れた。それは音もなく志穂の真横に止まり、後部座席の窓が開く。


「もしかして、シフォンですか?」

「はええっ!? は、はえええええっ!?」


 突然の出来事に志穂の思考がショートする。

 どう見てもお金持ちな車から顔を現したのは、どう見てもお金持ちな色白のお嬢様だ。しかし、彼女の姿に志穂は心当たりがない。どうしたらいいのか分からず、わたわたと腕を振りながら、はたと気づく。


「ええっと、シフォンって?」

「ええ。間違っていたら申し訳ありませんが」


 彼女は確かにシフォンと言っていた。その事実を認識した瞬間、志穂の思考が高速で回り、一つの結論を出す。


「——も、もしかして、レティ……?」


 できれば間違いであってほしい。そんな志穂の儚い願いはあっけなく砕け散る。破顔する少女は、素早く頷く。彼女が車の奥にいる誰かに何か囁くと、ドアが開いて黒服の大男がぬっと現れた。


「はえっ」

「どうぞ、中へ。喫茶〈フロンティア〉までお送りします」

「はええ……」


 そこから先、志穂の記憶はなかった。

 何やらふかふかのソファに座り、ニコニコ顔のレティと何か話し、気づいた時には喫茶〈フロンティア〉に到着していた。彼女が正気に戻ったのは、レティが先に来ていたラクトたちに挨拶し、ラクトたちが揃って唖然としていたその時だった。


「まさかレティがこんなお嬢様だったなんて……」

「育ちが良いとは思ってたけどねぇ」


 喫茶〈フロンティア〉の個室に、レッジを除いた6人が揃った。依然として電波障害は収まっていないが、6人も集まれば話に花が咲く。とりあえずのところ、話題はレティの正体にあった。


「すみません、隠すつもりがなかったと言えば嘘になりますが……」

「まあ、仕方ないよ。言われても信じないだろうし」


 ぺこりと頭を下げるレティに、ラクトは苦笑する。

 突然ドアを開けて黒服の男たちが入ってきた時は肝が冷えたが、護衛だという彼らはレティが部屋の外に出した。今も磨りガラス越しにその影が微動だにせず並んでいる。

 その光景を見せられれば、納得せざるを得ない。それに——。


「メイドさんってリアルに存在するんだね」


 ドアの側でひっそりと立つメイド服姿の女性。彼女の方をちらりと見ながら、ラクトが少し震えた声で言う。


「すみません。杏奈も外に出したいのですが」

「お嬢様、それはできかねます。私のことは居ないものと思っていただいて結構ですので」


 側仕えの杏奈だけは、頑として退室しようとしなかった。もし万が一のことがあった場合に備えて、とのことだったが、ラクトたちは落ち着かない。仕方なく、彼女から視線を外して、残る一人について考えることにした。


「レッジはいつ頃来るのかなぁ」

「そういえば、一応レッジの誕生日祝いって名目だったわね」


 思い出したようにエイミーが言う。

 そう、今回のオフ会はラクトがレッジの誕生日祝いとして企画したのが発端だ。いつの間にか主役が場を整えることになっているが、彼女たちもそれぞれプレゼントを用意している。


「レッジってどんな人なんだろ」

「正直、脳だけ浮かんだガラス管が運ばれてきても驚かない自信はあるけど」


 FPOでの姿をよく知る彼女たちは、レッジの正体について予想しあう。一日の大半をFPOに費やしているところや、あの常識から外れた能力から、彼がごく普通の一般男性であるという予想は誰の口からも出てこない。


「やはり伝説の暗殺者などでは? 今はネットの海に隠遁中とか」

「ははは。トーカは映画の見過ぎだよ。今どき暗殺者なんていないって」

「そ、そうですね……」


 トーカの妙に活き活きとした語り口に、ラクトが苦笑する。トーカの実家は名のある道場らしいが、今どきそんな裏稼業は考えづらい。


「あ、あのぉ……」


 その時、おずおずとシフォンが手を上げる。彼女の決意した顔を見て、レティは何を伝えようとしているのかを察する。


「レッジさんが来たら分かることだから、もうみんなには伝えとくね」

「どうしたの?」


 空気感の違うシフォンに、ラクトたちが緊張する。彼女はゆっくりと口を開く。


「じ、実はレッジさんは、わたしの——」


 彼女が言い終わらないうち、突然ドアが開く。


「こんにちはー」

「うわぁっ!?」


 飛び込んできたのは、間の抜けた男性の声。

 追って現れたのは、車椅子にきつく縛り付けられた男性だった。肌は病的なほどに白く、うっすらと頬骨が出ている。両手両足が金属製も物々しい錠で拘束され、更に首にも銀色の首輪が嵌められている。

 車椅子を押すのは、笑顔の中に怒りを潜ませた黒いスーツの女性、その傍らに、もう一人同じく黒スーツの女性が立っている。

 彼の姿を一目見た瞬間、全員が理解する。彼こそが——。


「うわぁっ!? し、志穂!? どうしてここに!?」


 突然、男が志穂を見て驚く。彼は、彼女がここにいることを知らなかったらしい。トーカがちらりと車椅子を押す女性を見ると、彼女は少しすかっとした顔で笑みを浮かべていた。

 ラクトもまた、驚いていた。もう一人の女性、彼女はイザナミ計画実行委員会の技術部主任、桑名という名前だったはずだ。


「皆様、本日はご足労いただきありがとうございます」


 腰を浮かせた男の両肩を掴んで車椅子に押し付けながら、女性が口を開く。その声に、レティはピンときた。澄んだガラスのようなその声は、赤GMとしてやってきたイチジクのもの、そのままだ。


「私は彼の担当監視官、花山と申します。規定により、私とこちらの桑名も同席させて頂きますが、ご了承の程を。それと皆様の招待状にも明記しておりますように、本日の集会についての守秘義務が——」

「おじちゃんっ!」


 花山の言葉を遮り、シフォンが駆け出す。彼女は一目散に、痩身の男の胸に飛び込んだ。


「うごっ!?」

「はええっ!? ご、ごめんなさい、痛かった?」

「だ、大丈夫だよ。……大きくなったな。もう中学生か?」

「こ、高校生だよ!」


 目の端に涙を浮かべる志穂を、レッジが優しく撫でる。その目には、久々に顔を合わせる姪の成長を喜ぶ慈愛の色が浮かんでいた。


「げぇっ!? いつの間に手錠を外したんですか!」

「いいじゃないか。別に逃げやしないんだから」


 そんな彼の手から手錠が外れていることに気づいて、花山が悲鳴を上げる。レッジは唇を尖らせ、ひょいと重たい金属の手錠を彼女に渡した。そう言う話ではない、と花山が抗議するが、どこ吹く風だ。


「お、おじちゃん捕まってるの?」

「うーん。捕まってるというか、保護されてるというか……」


 困惑する志穂に、レッジは奥歯に物が挟まったような曖昧な調子で答える。


「お母さんからはなんて聞いてる?」

「えっと、おじちゃんが過労で倒れて、それからずっと入院してるって」

「まあ大体合ってるか。その後、頭の手術をしたり、清麗院家の電脳ぶっ壊したり、色々あったけど」


 レッジは小声で呟き、志穂の方へ向き直って頷く。


「すまないな、なかなか会ってやれなくて」

「ううん。元気なら、それでいいよ」


 謝るレッジに、志穂は首を振る。彼女は数年ぶりに見た叔父の様子が、あの頃と少しも変わっていないことに安堵していた。面白くて、優しくて、大人気ない、大好きな叔父のままだ。


「あ、あのぉ。レッジさん……?」


 叔父と姪が感動の再会を果たしている間、蚊帳の外だったレティがおずおずと手をあげる。レッジが視線を向け、少し考えて口を開く。


「レティだな。こっちの姿じゃあ、初めまして」

「はい、レティです。ええと……」


 レティは彼の姿を見て困惑していた。彼女の正体を知って他の仲間たちが混乱する覚悟はしていたが、自分がレッジの正体を知って混乱する覚悟はできていなかった。

 普段と同じ、けれど予想と全く違うレッジの姿に、レティは何を言うべきか迷う。そんな彼女の胸中を推察してか、レッジが笑う。


「すまないな、せっかくお洒落してきたのに、俺はこんな格好で。服装に気を使う余裕がなかったんだ」


 レッジの服装は、シンプルな薄いブルーの入院着だった。対するレティは、柔らかなデザインの白いチュニックに夏らしい淡い青のスカートだ。昨日まで杏奈と延々悩み続けた挙句、杏奈の(比較的)庶民的な感覚を基に選んだセットである。


「全然そんな。ええと、その、お会いできて光栄です」

「そんな固くならなくてもいいんだが。俺はレッジで、君はレティだ」

「——そうですね。今日はよろしくお願いします!」


 レッジの言葉にレティも思い直す。彼女がぺこりと頭をさげる。


「はいはーい。もうみんな知ってるけど、わたしがラクトだよ」


 レティに続くように、ラクトが手を上げる。


「他のみんなと違って、ただの一般人で申し訳ないんだけど……。普段はしがない事務職員をやってるよ」


 ラクトは更にちょっとした自己紹介を付け加える。彼女が職業を挙げた時、レッジの背後に立つ花山が僅かに唇を動かしたことには誰も気づかなかった。


「私がエイミーよ。フリーのジムトレーナーをやってるわ」

「トーカです。ええと、武道家と学生やってます」

「……ミカゲ。忍術研究家。……あと、学生」


 ラクトを皮切りに、エイミーたちも続く。彼女たちの自己紹介を、レッジは楽しそうに拍手を交えながら耳を傾ける。


「ええっと、し、シフォンです。普段は学生やってます」


 シフォンは頬を赤らめながら言う。レッジと再会して、取り乱したことを今更恥ずかしくなったようだ。そんな彼女の微笑ましい様子に目を細めながら、レッジが最後に口を開く。


「レッジだ。普段は悠々自適な無職だな」


 彼の言葉に、背後の花山と桑名がぴくりと動く。何を冗談を、とでも言いたげな目線を送るが、レッジは気づかない。もしくは、気にしていない。


「数年前までは清麗院家関連の企業で技術者をしてたんだが、ちょっとした事故で入院してな。そのあと色々あって今は清麗院家直下の研究所の世話になってる」

「い、色々情報量が多いのに肝心なところが分からないです……」


 レッジのメチャクチャな説明に、レティが混乱する。自分の家とレッジに関わりがあるという事実がすでに驚きなのに、彼の経歴のほとんどが謎に包まれている点が変わらない。


「あまり不用意に喋らないでください」

「すまんすまん」


 ジロリと睨む花山に、レッジが手を合わせる。


「あのぉ、一つだけ質問いいですか?」


 レティが手を上げ、レッジが頷く。レティは花山と桑名の顔を見ながら、おずおずと口を開いて疑問を吐露する。


「レッジさんは、FPOの運営さんなんですか?」


 花山——イチジクはFPOのGMだ。彼女と共にやってきたレッジがその一員、ないしは関係者であると言われても驚きはなかった。しかし、レッジは即座に否定する。


「いいや。俺はFPOの開発には関わってないな。関係あるのはデータセンターの処理構造が俺の脳の——」

「流石に喋りすぎです!」

「ぐえええっ」


 何やら重大なことを言いかけたレッジの首輪が急に締まる。桑名が手首の端末を操作して、彼の口を封じているようだった。

 花山が大きなため息をつき、レティたちをぐるりと見渡す。


「再三の忠告で申し訳ありませんが、今回の交流会で知った情報には高度の守秘義務が課せられます。どうかご留意ください」

「わ、分かりました……」


 花山の忠告にレティたちが揃って頷く。ひとまず、レッジが只者ではないことだけ分かれば、それで十分だった。

 レッジはゲホゲホと咳をして、気道を取り戻す。そうして、再びレティたちに視線を向けて口を開いた。


「ともかく、今回は俺のわがままで手間を掛けさせてしまって申し訳ない。ラクト、発起人として話を持ってきてくれてありがとう」

「ふえっ!? べ、別にいいよそんな」


 突然名指しされ、ラクトが驚く。


「せっかく〈白鹿庵〉が集まったんだ。今日は楽しもう」


 レッジがそう宣言したことで、レティは少し安堵していた。今、この場ではレティは清麗院茜ではなく、レティとしている事が許されているのだ。


「そうですね。レッジさんの誕生日ですし!」


 そう言って、レティは杏奈に目配せする。杏奈が頷き、隠し持っていたものを主人に渡す。


「レッジさん、お誕生日おめでとうございます!」

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