第874話「騒乱と祝祭の後」
深部重要情報記録機関、DWARFの責任者が復活した。名をコシュア=エグデルウォンからオモイカネに改め、身体を双頭の大蛇からオッドアイの少女へと変えて、それでもな知性と才覚はそのままに。
潜水艦の甲板に立ち、大手を振って凱旋するオモイカネに、砂浜で後片付けに追われていた調査開拓員たちが大いに沸き上がる。
『皆さま、この度は多大なる助力を頂き誠にありがとうございます。コシュア=エグデルウォン改め、オモイカネ。今後は第一、第二重要情報記録封印拠点の管理者として、第一期調査開拓団に加入し、微力ながら協働していきたいと思います』
よろしくお願いいたします、とオモイカネが恭しく一礼する。彼女の長い黒髪がはらりと垂れる。彼女の姿を一眼見ようと駆け付け、砂浜を埋め尽くした調査開拓員たちが拳を上げて吠えた。
『第零期先行調査開拓員コシュア=エグデルウォン。そして、深部重要情報記録機関長オモイカネ。貴方の第一期調査開拓団編入を歓迎します』
砂浜に乗り上げた潜水艦の前に、ウェイドが現れる。彼女は両手を広げて、オモイカネを迎え入れた。
『あなたがシード02-スサノオの管理者ですね。データパッケージと機体データはとても役に立ちました』
『こんなこともあろうかと用意していただけです。こちらこそ、あなたに感謝したいことは沢山あります』
管理者同士、固く手を交わす。
その時、調査開拓員たちの後方から、人々を掻き分けて小人たちが現れる。濃紺の軍帽と軍服に身を包んだ老爺たちと、鎖で繋がれ彼らに連れられる白い肌の小人だ。ドワーフたちの先頭に立つネセカは、オモイカネの姿をひと目見てはっとする。
『おお……。コシュア=エグデルウォン様——』
ドワーフたちが一斉に跪く。帽子を取り、胸に押し付けて頭を下げる。オモイカネは彼らを見渡し、浅く頷いた。
『あなた方がドワーフですね。私のライブラリーに立ち入った者たち』
『……』
ドワーフたちから聞いた話と、オモイカネが語る話には齟齬がある。長い歴史のなかで、ドワーフは自分たちの来歴を変容させていた。自分達が元より深部重要情報記録機関の職員であると。しかし、実態は異なる。
『ギィ——』
ドワーフたちの背後に連なっていたグレムリンたちが、オモイカネの首元にある黒い結晶を凝視する。簡単に紐を通し、応急的にネックレスの形にしたそれには、異常なウィルスプログラムが封じられている。グレムリンたちはそれを見て何かを感じ取ったらしい。
『ギャギッ!』
『ギャャァ』
やがて、グレムリンたちもドワーフたちに倣って膝を突く。彼らもまた、オモイカネに恭順の意を示していた。
『ドワーフとグレムリン、両者は元々同じだった。黒き者に染められ、闇の中で生きたのがグレムリン。その中から白き光へ目を向けたのがドワーフ。違いは些細なこと』
オモイカネは優しく両者に語りかける。彼女の側で、ウェイドが澄ました表情をしているが、眉が僅かに揺れ動いている。どうやら、今この時も早速管理者同士の議論が行われているらしい。
『重要情報記録封印拠点は、今後〈オモイカネ記録保管庫〉と名称が改められます』
コノハナサクヤの時と同じだ。重要な情報を記録するが、封印する役目は終わったということだろう。今後は記録の復元と調査を主な活動とするようだ。
『しかし、両保管庫に収蔵されている記録は膨大です。調査開拓員だけでは手に負えないでしょう。それに、機械警備員たちの暴走も収まっていません。——端的に言えば、人手が足りません』
その言葉に、ドワーフとグレムリンが頭を上げる。ネセカが立ち上がり、同胞たちを代表して口を開く。
『我らドワーフとグレムリン。あなた様の下で働きましょう。〈
彼の宣誓に、オモイカネは満足げに頷く。その瞬間に、ドワーフとグレムリンは和解し、両者は彼女の下に従うこととなった。調査開拓員たちが万雷の拍手を送り、祝福する。俺もパチパチと手を叩いて喜ぶ。
「いやぁ、色々あったがなんとか丸く収まってよかった」
『何言ってるんですか。あなたにはこの後も働いてもらいますからね』
「え゛っ」
やり切った感のある適度な疲労に震えていると、ウェイドが俺の手をきつく掴む。
『崩壊した植物型原始原生生物管理研究所の再建、あなたが暴走中に使っていた未確認の危険植物の調査、破壊された都市防衛設備及びリソースの回復。やるべき事はたくさんありますね』
「えっと……」
『忙しくなりますね』
「——はい」
凄みのある笑みをこちらに向けるウェイド。俺は何も反論できなかった。海には瓦礫の山が今もなお健在だし、風光明媚な砂浜は焼け爛れた戦場跡となっている。きっと、〈
第5回〈特殊開拓指令;古術の繙読〉は終わったが、調査開拓活動は終わらない。
『それと、シフォン』
「はええっ!?」
俺の手首をガッチリと掴んだまま、ウェイドはシフォンにも声をかける。ぽんわりとした顔で立っていた彼女は突然名前を呼ばれて飛び上がる。耳をピクピクと動かす彼女に、ウェイドは笑みを向けた。
『シフォンもこの後精密検査を受けてもらいます』
「ど、どうして……」
『どうしてもこうしてもありません。あなたも色々とやっていたでしょう』
今回のイベントで、シフォンはウィルスと融合し、更には巨大な狐になってみせた。当然、管理者が彼女を放置するはずもない。
「諦めろ、シフォン。こうなったらウェイドは意地でも逃さないからな」
『あなたは何を言ってるんですか』
「あだっ」
ウェイドに脛を蹴られ、悶絶する。戦闘のできない管理者のくせに、最近暴力を覚え始めてきたな……。
『ああ、そうだ。レッジ』
「今度はなんだ?」
ウェイドが思い出したよう俺を見下ろして口を開く。
『カミルから膨大な数の嘆願書が来ています。内容は全部、貴方の
「おぅ……」
これは、別荘に戻ったらぶっ飛ばされるやつだなぁ。でも帰って顔を見せないわけにもいかない。
「クスクス。レッジさんは大変そうですねぇ」
どうしたものかと思い悩む俺を見て、レティが肩を揺らす。他人事だと思って余裕だな……。
『調査開拓員レティ』
しかし、そんな彼女も名前を呼ばれる。レティがぎょっとして振り返ると、オモイカネが立っていた。
『ドワーフが保管庫の被害状況を確認していますが、あなたの
「え゛っ」
『今後、修復計画を策定し次第、ご連絡差し上げますね』
「え゛っ」
ニッコリと笑うオモイカネは、早速管理者の貫禄を見せつける。やはり第零期先行調査開拓団員は一味違うな。氷像のように固まるレティの肩をポンポンと叩く。お互い後片付けも頑張ろうじゃないか。
『まあ、レッジやレティが全て悪いわけではありませんから、その点は安心してください。復旧作業も特別任務の形で全調査開拓員の協力を仰ぐ予定です』
「そりゃ助かるよ」
俺たち調査開拓員は、個々では小さな力だ。何十、何百、何千と集まることで、大きな力を発揮することができる。その事をウェイドたち管理者もよく分かっている。
「あ、いたいた! おーい、レッジ!」
人混みを掻き分けて、ラクトがやってくる。周囲から頭ひとつ飛び出ている彼女は、エイミーに肩車されているらしい。近くにはボロボロのトーカや〈紅楓楼〉のカエデたちもいる。
『この後、すぐにまた忙しくなります。今は束の間の喜びを噛み締めればいいでしょう』
そんな言葉と共に、ウェイドが俺の背中を押す。彼女の心遣いが身に沁みる。俺はレティとシフォンを引き連れて、ラクトたちと再会を果たした。
†
「あ゛ーーー。つっかれた……」
地獄の底から響くような声と共に、VRシェルが開く。巨大な白い茹で卵のような外見の、高度な医療用高深度完全没入型シェルの中から重い身体を持ち上げて出てきたのは、怜悧な顔を歪めた長髪の美女だった。
惑星イザナミではイチジクという名で活動している彼女は、現実時間で1時間足らずという短時間で疲労困憊になっていた。何もかも、あの男が悪い。
そもそも、FPOは暴力的なまでに大規模な、清麗院家特製の巨大データセンターが中核にある。そこの統括管理AIをはじめ、無数のAIが互いに影響を与えながら、即興で物語を紡いでいく。だから、運営はバグ修正くらいしかやることはないはずなのだ。本来は。
だと言うのに、あの男をはじめ、何人かのプレイヤーがそのシナリオを引っ掻き回す。おかげで運営は要らぬところに手間を掛けさせられる。
「大人しく寝ててくれればいいのに……」
本人が聞いていないのをいい事に、彼女は悪態をつく。そもそも、彼女自身本来はFPOの運営側の人間ではないのだ。ただの警備員だったはずなのに、アミューズGMの真似事をする羽目になってしまったのも、あの男のせいだ。
彼女はシェルの側に用意していたタオルで全身に纏わりついた青いジェルを拭い、鈍い足取りでシャワー室へ向かう。熱い温水で疲労を洗い流していると、天井に取り付けられたスピーカーがノイズを漏らす。
「チッ」
彼女が舌打ちをした直後、スピーカーが若い男の声を伝えはじめる。
『お疲れさん。なんとか穏便に収まったか』
「穏便とはいったい何なのよ。はぁ、いっつも尻拭いばっかりさせられてる気がするわ」
『おっさん担当だからな。ご愁傷様』
軽い調子で言う声に、女性はスピーカーの方を睨む。
生温いジェルが全て落ち、綺麗になったところで全身を乾かす。スーツに着替えて部屋の外に出ると、白衣を着た青年が待っていた。
「何? 労いなら酒でも持ってきなさいよ」
「まだ勤務中だろ。それよりほら、おじさんからメッセージが届いてる」
「げぇ」
青年が肩をすくめ、手元のタブレットに指を滑らせる。彼女のブレスレット端末に送られてきたのは、監視対象からの伝言だった。
「今度は何? ペンタゴンでも突っついた?」
「できるわけないだろ。FPO以外には接続できないイントラネットにしかアクセス権限が付与されてない」
「冗談に決まってるでしょ」
そう嘯いて、彼女はメッセージを開く。そして、そこに書かれた簡潔な文章を見て、キッと眉を逆立てた。
「技術部——というか桑名さんに連絡して、このメッセージ転送して。あと、社長にも連絡」
「社長って清麗院さん?」
「そっちじゃなくて、ウチの社長。警備の手配もするかも」
「物々しいな。何が書いてあったんだ?」
ぐったりとする彼女に、青年が困惑する。女性はスーツの裾を整えながら、ため息をついて答えた。
「オフ会したいんだって」
その簡潔な短い言葉に、青年が目を剥いた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇〈オモイカネ記録保管庫〉
前〈第一重要情報記録封印拠点〉〈第二重要情報記録封印拠点〉の改名後の施設。〈
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