第871話「空飛ぶ兎」

『さあ! 第5回〈特殊開拓指令;古術の繙読〉も大詰めとなりました!』


 砂浜にイチジクの声が響き渡る。

 突如として姿を現したGMに、戦場の調査開拓員たちの興奮も最高潮に達する。イチジクは彼らを更に煽動するため、次々と花火を打ち上げる。空に鮮やかな花が咲き、火薬の匂いが立ち込める。


『立ちはだかるは最強の敵、哀れな調査開拓員と第零期選考調査開拓団員の神核実体が融合した特異なる存在! これを討ち取り撃破したらば、勝利への道は開かれます!』


 イチジクがアイに目で合図を送る。彼女は事前に集めていた音楽隊に指示を出す。

 広く響き渡る重低音。太鼓が力強い響きを奏で、笛が戦いの最盛を演出する。


『我々と共に戦うは、これもまた異端! とある心優しき調査開拓員と、その複製体とが融合した大狐!』

『はえっ!? ええと、ええと、がおーっ!』


 イチジクが声を上げ、シフォン狐を指し示す。無数の視線を向けられた彼女は、戸惑いながらも二本の尻尾を振って天に向かって吠えた。


『始まりますは一世一代の大勝負! この絢爛たる舞台に立つ皆々様よ、いざ尋常に真剣に! かの悪鬼羅刹を打ち滅ぼさん!』

「うおおおおおおっ!」


 イチジクの流れるような口上に、調査開拓員たちが武器を掲げる。彼らはすでにバンドやロールの垣根を越えて渾然一体となっていた。


『先駆けとなりますは、調査開拓団屈指の破壊神、レティさんでございますっ!』

「えへへ。どーもどーも!」


 イチジクの紹介で、レティが前に出る。彼女は下半身をすっぽりと包む黒鉄の機械脚を装備し、増設パーツをゴテゴテと追加した黒槌を手に持っている。彼女の異様な姿を見て、自然と群衆が割れる。

 レティとレッジが、一本の線で繋がった。


「電磁射出カタパルト、準備できたぜ」

「機械脚ロック完了」

「特大型超高濃度圧縮BBバッテリー、第一から第六まで接続完了」

「供給圧力安定。ブルーブラストエネルギー充填率80%、85%——」


 レティの脚が地面に敷かれたレールに乗る。大きな円筒形のバッテリーが六基、太いケーブルで接続された、彼女専用のカタパルトだ。

 急拵えにしてはなかなかの物ができたと、クロウリたち〈ダマスカス組合〉の建築部は汗を拭う。


「高出力BBジェットエンジンパーツ接続完了」


 更にネヴァがレティの背中にバックパックを装着する。機体レベルで結合されたそれは、黒色のドラム缶のような大型ジェットエンジンを二基搭載した、奇形のジェットパックだった。

 〈機械製作〉スキルを持った最優の技師たちが頭を突き合わせ、突貫工事ながらも自信を持って開発した代物だ。〈換装〉スキルを使い、レティの胸にある八尺瓊勾玉から直接エネルギーが供給される。


「一応だけど、ヘルメットいる?」


 ネヴァがオマケのように流線形のヘルメットを取り出す。しかし、レティは薄く笑って首を振る。


「必要ありません。狙いがブレますし」

「そういうと思ったわ」


 ネヴァはそう言ってヘルメットをインベントリに戻す。


「準備はできました?」


 特大のメガホンを下げたイチジクがレティに声を掛ける。すでにジェットパックは動き始め、カタパルトへのエネルギー充填も進んでいる。レティが頷きかけたその時、背後から声がした。


「ちょっと待って下さい」

「うわっ!? あ、アストラさん!?」


 振り返る一同の前に現れたのは、アストラだった。いつもの銀鎧や青いマントはなく、初期装備の白い上下だけの姿だが、金髪と青い瞳は見間違えるはずもない。


「もう復帰できるの?」


 アイが驚いて聞く。アストラは悔しそうな顔で首を振り、インベントリからアイテムを取り出した。


「残念だけど。——本当に、非常に、とてつもなく、残念だけど、俺はまだステータスが戻ってないし、スキルもほとんど上げ直しだ。だから——」


 アストラはそれを、レティに差し出す。

 それは、一枚の小さなデータカートリッジだった。

 キョトンとするレティだが、彼女の隣に立っていたネヴァが目を丸くする。


「ちょっ、アストラこれって!」

「俺の聖剣の残骸からサルベージできた、キャパシティデータです。『不壊』『正義』『直進』だけですが」

「ひええ……」


 キャパシティデータとは、武器や防具に特殊な能力を付与する際に必要となるものだった。例えば、『頑丈』というデータがあれば、防御力や耐久値にボーナスが掛かる。

 強力なデータほどレアリティが高く、データ的な量も多い。更に、アストラが差し出したそれは、現時点での最高レアリティのもので、なおかつ複製のできないスペシャルと呼ばれる属性が付与されている。


「『不壊』は武器を非破壊オブジェクトにできる。そのおかげで俺の聖剣も刀身だけは残りました。『正義』は意志が強ければ強いほど、各種能力が底上げされる。『直進』は一直線の単純な動きに限り攻撃力が上昇し、更に移動速度が速ければ速いほど更に攻撃力が増す。——これだけあれば、あの城壁も崩せるでしょう」


 それはアストラの強さを支える柱だった。まさしく己の命とも言える代物を、彼はレティに託す。


「ネヴァさん、ハンマーの記憶領域には余裕がありますよね?」

「あるけど……」

「では、お願いします」


 レティはそれを受け取った。ネヴァが土壇場で追加された3枚のデータカートリッジをスロットに収めていく。


「ありがとうございます、アストラさん。これは後で必ずお返しします」

「ええ。——レンタル代はレッジさんに請求しましょう」


 アストラが珍しく悪戯っぽい含みのある笑みを浮かべる。レティもくすりと笑い、一段と進化したハンマーを握り直す。


「レティ、準備完了です!」


 意志を固め、瞳に炎を燃やし、城塞を睨みながらレティが宣言する。イチジクが頷き、メガホンを口元に近づけた。


『それでは! 勝敗を決する最後の戦いが今始まります! みなさん武器の準備はできていますね? 神に祈りは済ませましたね! まだの方はT-1に向かって祈って下さい!』


 戦士たちの咆哮で大地が揺れる。大狐が尻尾を奮い立たせ、爪を鋭く尖らせる。


「カタパルト、エネルギー充填率120%!」

「上限超えてるじゃないか!?」

「いいんですよ。どうせ使い捨てです」

「ちょっ、それってどういう——」


 レティが背部のジェットエンジンを起動する。青い炎が噴き出し、後方に立っていた職人たちが吹き飛ばされる。


『対城塞型敵性存在撃破用特攻兵器“暴れ兎”——発射!』


 イチジクの声を合図に、レティがジェットエンジンを最大出力にする。同時にレールが青い炎と稲妻を纏い、彼女を乗せた台座が勢いよく滑り出す。


「音楽隊、フル=オーケストラ! 『暴れ兎の激進歌』!」


 アイが戦旗を立ち上げる。風を孕み翻るのは、鮮やかな赤の旗である。そこに描かれた兎の紋章は猛々しく、彼女の背後から奏でられる曲は勇ましい。旋律は戦場に広がり、レティの耳にも届く。その歌声は、全身に力を漲らせる。


「バッテリー過熱!」

「爆発します!」

「構わん、最大出力で供給し続けるんだ!」


 黒い高耐久の上質精錬特殊合金製レールが赤熱しグニャリと歪む。しかし莫大なエネルギーは流れ続け、レティは更に加速する。


「ロック解除!」

「跳べ!」

「翔べ!」

「いっけえええええ!」


 〈ダマスカス組合〉、そして彼らに協力した腕利きの職人たち。彼らは暴走したBBバッテリーの爆発によって消し飛ぶ。しかし、彼らの声援は確かにレティの背中を押した。


「うおおおおおおおおおっ!」


 レティが跳ぶ。

 ジェットパックが豪炎を噴き出し、その表面に金色の模様が現れる。同時に、武装したレティの全身、およびハンマーにも細かな金糸の複雑な翼のような紋章が浮かび上がる。


「“天子の金翼”、完全励起!」


 翼が広がる。

 光り輝く金色の翼が、空を覆う。

 レティが飛ぶ。


「レッジさあああああああんっ!」


 勢いよく、一直線に、万難を排して彼女は進む。

 盛大に名前を叫ぶ彼女に反応して、瓦礫の城塞が揺れ動く。


「うげっ!?」


 瓦礫が動き、巨大な人の拳の形を取る。避けられない。レティの顔が蒼白になる。


「お城がパンチするなんて聞いてませんよ!?」


 そんな悲鳴をあげるレティに向かって、レッジの巨大な拳が突き込まれた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇キャパシティデータ

 汎用マルチマテリアルナノマシンの特殊な組成配列を記憶したデータ。武器、防具、装飾品などの記憶領域にセットすることで、特殊な能力を付加できる。〈機械製作〉スキルを用いて製作することが可能。

 ☆一個から十個までの十段階のレアリティと、複製可能なノーマル、複製不可能なスペシャルなどいくつかの属性によって分類される。

 データそのものはデータカートリッジによって取引できる。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る