第868話「ふたり一緒に」

 七人のレッジが偽者のレッジと戦い、アイが調査開拓団員たちを指揮し、メルが城塞に蔓延る蔦を勢いよく燃やしている頃。シフォンもまた別の場所で戦っていた。


「はええ……。ここなら稲荷寿司も焼きそばも食べ放題なの、とってもいいね!」

『それはそうだけど、作業は大丈夫?』


 両手に焼きそばと稲荷寿司を抱えてもぐもぐと口を動かすシフォン。彼女に心配そうな眼差しを向けるのは、シフォンに瓜二つの少女——ウィルスプログラムの偽シフォンである。彼女はシフォンの目の前に正座して、服を捲って腹を見せている。

 お互いに平和主義すぎた彼女たちは、他の面々とは異なり戦闘に発展しなかった。二人は食卓を囲み、共に食事を楽しみ、情報を共有した。そして今、彼女たちは二人でこの世界を脱するために動き出そうとしていた。


「もちろん! 任せてちょうだい」


 シフォンはそう言って、偽シフォンに向かって親指を立てる。

 偽シフォンが服を持ち上げ、その奥には白い腹が見えている。すらりと滑らかで引き締まった腹筋は、リアルの彼女からすればとても羨ましい。シフォンは浮かんできた邪念を振り払い、意を決する。


「じゃ、いくよ」

『うん……』


 シフォンが氷の短剣を手に持つ。攻性アーツによって作られたそれは、敵性存在である偽シフォンの白い腹にすんなりと刃を通す。偽シフォンが僅かに顔を歪め、白い肌から青い血が滲む。


「大丈夫?」

『うん。続けて』


 シフォンが刃を動かす。浅く、できる限り傷を広げないように。偽シフォンの機体を包むスキンを剥がす。弾性のある半透明のスキンの下の、金属製のフレームが露出する。


「『氷の小槌アイスマレット』」


 シフォンは新たに小ぶりな氷のハンマーを手にする。


「痛いよ」

『大丈夫』


 ナイフをフレームの隙間に突き立て、その柄をハンマーで叩く。ナイフが食い込み、フレームが浮き上がる。神経網がブチブチと千切れ、偽シフォンが唇を噛み締める。


「LPは——」

『大丈夫。続けて!』


 心配するシフォンの声を遮り、続行を指示する。

 シフォンは頷き、再び作業に戻る。痛みを伴う時間は短い方がいい。

 〈機械製作〉スキルなど持たないシフォンに、機械人形の構造は分からない。しかし、今回はそれで問題はなかった。金属製のフレームの内側には、複雑な配線や機械部品が入り組みながら収まっている——というのが通常の光景だ。しかし、プログラムである彼女は違う。フレームの内側に収まっていたのは。ドス黒い闇、そこに浮かんでは消えるプログラムコードの羅列だった。


「これが……プログラムコード」

『うん。やっぱり、ここまではモジュール化できてなかったみたいだね』


 これは偽シフォンの予想だった。機械人形の内部に侵入したウィルスプログラムは、T-1が開発したアンチウィルスプログラムによって強制的にモジュール化される。その姿が現在の偽シフォンだ。しかし、ウィルスプログラムの全容が解明されたわけではないため、モジュール化は完全な変換ではなく、プログラムを容器に収めるようなものとなる。容器の蓋を開ければ、内側にはプログラムがある。


『とりあえず、第一関門は突破だね』

「うん。——それじゃあ、早く次に行こう」


 腹部に大きく損傷を受けている偽シフォンは、継続的に体力を消耗している。悠長に話している暇はなかった。

 シフォンは生唾を飲み込み、両手を偽シフォンの腹の中に沈める。とぷんと闇が波打ち、冷たい感触が包み込む。偽シフォンは違和感に顔を顰めている。


「一緒に出口を探そう」

『うん。——二人ならきっとできる!』


 二人は声を合わせ、テクニックを使う。


「『気功感知』」


 通常は感じ取ることのできないエネルギーを感じ取る。星の光、大地の流れ、大いなる命の還流。世界を、星を渦巻く力。膨大な情報が二人の体を突き抜け、広がっていく。シフォンたちは、自分の体が深い海の中へ溶けていくような錯覚を覚えた。


「シフォン!」

『シフォン!』


 互いに名前を呼び、自己を確認する。お互いに密着し、腕を回し、体を固定する。そうしなければ、すぐにでも溶けて消えてしまいそうだった。


「術式の流れを掴んで!」

『あなたはネットワークを!』


 事前に示し合わせた通り、二人はそれぞれに力の流れを探す。世に無数に溢れる様々な種類の網の目を一つ一つ掻き分けていく。生命、音、光、波、水、土、風——。下を見れば拍動する龍脈レイラインが、上を見れば輝く星々が。世界は大きなエネルギーの衝突の中に存在していた。

 その中で、二人は探す。力の奔流に流されながら、探し続ける。


「これだ!」

『見つけたっ!』


 シフォンは、開拓司令船アマテラスを中心とするネットワークを見つける。偽シフォンは、自身を構成するウィルスプログラムの群体結合網を見つける。

 大嵐の中で見つけたか細い糸だ。今にも途切れそうなほどの、頼りないものだ。二人はその末端を掴み、引っ張る。千切れないように、途切れないように。


「シフォン!」

『もう少し——!』


 二人が腕を近づける。手を重ね合わせる。

 黒い糸、白い糸。二色の糸が——繋がる。


_/_/_/_/_/


『ぽわあああああっ!?』


 突如として調査開拓団のネットワークに正体不明のウィルスが流れ込んできた。ファイアウォールで検知された異常を知らされたT-1が悲鳴をあげる。即座に自動迎撃機能が発動し、攻勢電子障壁などが展開されるが、そのプログラムは全てを突き抜けて侵入してくる。


『やっばいのじゃ! やっばいのじゃ! 何がどうなっておるのじゃ!?』


 T-1は即座に自分だけでは対処不能と判断し、T-2、T-3に応援を要請。さらに地上にある〈クサナギ〉も全力で稼働させる。しかし、遅滞戦術は功を奏さず、プログラムは侵入を続ける。


『ほわあわあわあわわわっ!?』


 あらゆる所で緊急のアラートが鳴り響き、各都市はインターネットからの緊急遮断を行う。防御シャッターが降り、全NPCが活動を停止する。T-1は顔面蒼白になりながらウィルスの行動を追跡し、ふと気づく。


『ふぅむ?』


 そのウィルスは確かに敵対的な性格をしていた。しかし、明確な恣意性を持っていた。アマテラスの基幹系や各都市の権限など、調査開拓団の急所となるような場所には見向きもせず、また逃げも隠れもせず、ただ直進している。


『こやつはどこに向かっておるのじゃ?』


 なんとも面妖な動きを見せるプログラムだった。すでにコアな領域の緊急隔離は終了していたため、T-1はその挙動を注意深く見守ることにした。何かを探しているような動きで、蜘蛛の糸を伝う水滴のようにも見える。


『ふぅむ、どうやらネットワークを破壊するつもりもないようじゃし、有害なプログラムを埋め込むでもない。調査開拓員のデータベースに潜っておるようじゃな……。って、こやつ!』


 T-1が気付く。プログラムは何かを見つけ、それを頼りに再び移動を始めた。その進路の先にあるのは——。


『第二神核実体輸送班に通達なのじゃ! 今すぐ、“金翼の玉籠”と神核実体のネットワークリンクを切るのじゃ!』


 T-1が叫ぶ。しかし、間一髪、それは遅かった。プログラムが調査開拓員のネットワークを通じて、待機中の“金翼の玉籠”へと飛び込む。そして、その中に納められているコシュア=エグデルウォンの神核実体——二つある本物のうちの一つへと侵入を果たした。


『現地調査開拓員に通達なのじゃ! 今すぐ神核実体を放棄して、その場から退避するのじゃ!』


 緊急通告回線を通じてT-1が指令を下す。現場の調査開拓員たちは戸惑いながらも、その鬼気迫る声に押されて神輿から逃げる。


『ええい、なんということじゃ! ——まだレッジボスが片付いておらぬというのに、次のボスが出てきてしまうぞ!』


 悲鳴をあげるT-1の視線の先で、神核実体が封印を解き、現れる。それは地面へと沈み込み、静寂が訪れる。

 数十秒後。

 大地を割り、木々を押し退け、現れたのは白と黒の混ざった毛並み。すらりとしたマズル。ふわふわのしっぽ。ピンと立った耳。


『そ、そうは——そうはならぬじゃろ——』


 突如として現れた巨大な二尾の狐が、天に向かって吠えた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇『気功感知』

 〈占術〉スキルレベル40のテクニック。既知の科学技術では捉えられない特殊なエネルギーを認知する。捉えられるエネルギーは、エネルギーそのものの強さとスキルレベル、熟練度によって左右される。また、膨大すぎるエネルギーの中に入ってしまった場合、最悪自身の存在が消滅してしまう。

 “森羅万象に宿り、常に流転する流れの一端を見出せば、そこに世界の真理が垣間見える”


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