第867話「外から内から」※
大鎚が瓦礫を破砕する。猛獣がその牙で骨を噛み砕くように、そのハンマーは堅牢な城塞の横腹に大穴を穿つ。6種の〈戦闘技能〉スキルバフ、1種の〈破壊〉スキルバフ、4種の薬品系バフ、16種の食品系バフ、5種の装備系バフが掛け合わされ、彼女の攻撃力と破壊力を極限まで引き上げていた。
「うらあああああっ!!!」
轟く雄叫び。その声は天を揺らし、砕けた城の内部で反響する。
「だらっしゃああああっ!!!」
牙城が割れる。大穴が開き、広がる。
レティが振り抜いたハンマーは、いくつかの強力なバフの代償として耐久値を消耗し、光の欠片となって消え去る。
「後、よろしくお願いします!」
レティは共有回線に接続している仲間達にそう叫んで、腰のツールベルトに差し込んでいた小さな注射器を引き抜く。その尖った針を首筋に突き立て、ぐっと親指を立てる。
「レティもすぐに戻りますから——」
注射器を押し込む。内容物が彼女のBBグリッドへと浸透し、体内へ急速に広がる。それはブルーブラッドの活動を急激に加速させ、体内で暴れ回る。レティは体内から風船のように膨張する奇妙な感触に歯を食いしばる。
『レティも結構、レッジに似てきたよね』
そんなラクトの呆れた声を聞きながら、彼女は爆散した。
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◇名無しの調査開拓員
うおおおおっ!?
◇名無しの調査開拓員
なんだあの爆発!?
◇名無しの調査開拓員
赤兎ちゃんがおっさんに突っ込んでいったかと思ったら、横っ腹に大穴開けて爆散した。何を言ってるか(ry
◇名無しの調査開拓員
乱入してきたメイドちゃんのクソデカ盾に反応する暇もなかったんだが
◇名無しの調査開拓員
赤兎ちゃんバーサークアンプル使ってたらしいからなぁ
その影響で死んだのか?
◇名無しの調査開拓員
いや、なんか最後首筋に注射打ってたのが見えた
◇名無しの調査開拓員
もしかして自爆薬か?
◇名無しの調査開拓員
ええ……
あかうさちゃんも頭おっさんになってきてるのかよ
◇名無しの調査開拓員
元から結構クレイジーバニーだったけどなぁ
◇名無しの調査開拓員
ともかく、これで活路が開けたわけだ
◇名無しの調査開拓員
さっそくアイちゃんの号令で全軍突撃してるな。流石に内部に入っちまえば都市防衛設備も使えないだろ。
◇名無しの調査開拓員
そもそもなんでおっさんが都市防衛設備使えてたんだよっていう
◇名無しの調査開拓員
中に雪崩れ込んでいくの見てる分には楽しいな
◇名無しの調査開拓員
ダンジョンと化したおっさん、正直どうなるか分からんなぁ
◇名無しの調査開拓員
一生聞くことのないワードだよ、ダンジョンと化したおっさん
◇名無しの調査開拓員
レティちゃんは大丈夫なのかな?
◇名無しの調査開拓員
流石にバックアップは取ってるだろうから、すぐに戻ってくるだろ
◇名無しの調査開拓員
でも最近は死に戻った後も継続するデバフとか出てきてるのがつらい所
◇名無しの調査開拓員
団長とか結構ヤバいんだっけ?
◇名無しの調査開拓員
団長かなりヤバいよ。戦闘関連のスキル軒並みレベルダウンしてるし、ステータスもまだ戻ってないみたいだし、なんなら聖剣壊れてるし
◇名無しの調査開拓員
ひえっ
◇名無しの調査開拓員
狐っ子の脱魂デバフも大概だけど、運営さんやりすぎじゃなーい?
◇名無しの調査開拓員
最前線の奴らに合わせられたら、俺たちエンジョイ勢が困るんだよな
◇名無しの調査開拓員
運営はプレイヤーが全員おっさんだと思ってる説あるからな
◇名無しの調査開拓員
なにっ!? プレイヤーはみんなリアルでは金髪美少女なのでは?
◇名無しの調査開拓員
そういう話じゃねーよ
◇名無しの調査開拓員
現地はなにか進展ありました?
◇名無しの調査開拓員
兎さんがおっさんの腹開いて、アイちゃんたちがそん中に突撃してってる
◇名無しの調査開拓員
合ってるけどひでぇな
◇名無しの調査開拓員
内部にも敵がいるのかね?
◇名無しの調査開拓員
通信傍受してる感じだと結構いるみたいだなぁ
基本的に植物園
◇名無しの調査開拓員
あっ(察し
◇名無しの調査開拓員
植物園って単語でこんなに不穏になるの初めてだよ
◇名無しの調査開拓員
誰かウェイドちゃん呼んできてー
◇名無しの調査開拓員
ウェイドちゃんもう現地にいるんですよ
◇名無しの調査開拓員
可哀想なウェイドちゃん。おっさんに目をつけられてしまったばかりに……
◇名無しの調査開拓員
おあああ、やばいな
◇名無しの調査開拓員
なんか変わった?
◇名無しの調査開拓員
植物人形も出てきたらしい。あとドローンも勢揃い
◇名無しの調査開拓員
おっさんのバーゲンセールかよ
◇名無しの調査開拓員
きついって
◇名無しの調査開拓員
ラスダンだろこれもう
◇名無しの調査開拓員
ていうか半分くらいはネヴァさんにも責任ない?
◇名無しの調査開拓員
ネヴァ御大は「包丁を作っただけ」と申しております
◇名無しの調査開拓員
まあ、ネヴァのトンチキ反射盾のおかげでおっさんに対抗できてる節もあるから
◇名無しの調査開拓員
まあでも閉所ならメルとかが植物焼き払うだろうからなぁ
◇名無しの調査開拓員
ドローンも流石に狭いところじゃあんまり活躍できんでしょ
◇名無しの調査開拓員
ところでおっさん(本体)はいつ目覚めるんです?
◇名無しの調査開拓員
今までの経験から言うと、おっさんがおっさんを倒せばおっさんも目を覚ませるはずなんだけどなおっさん
◇名無しの調査開拓員
おっさんっておっさん倒せるのかなぁ
◇名無しの調査開拓員
まあおっさんだし、おっさんくらい倒せるでしょ
◇名無しの調査開拓員
おっさんって言いたいだけだろ
◇名無しの調査開拓員
おっさんおっさん
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七人の俺が七本の槍と七振のナイフで一人の俺を刺す。七匹の白蛇が一匹の黒蛇に食らいつき、その喉元を食いちぎる。
「いい感じだぞ!」
『ひんっひんっ! あんまり話しかけないでください余裕がなくなりましゅっ!』
拘束から逃れた偽レッジを追いかけながら、別の俺が槍を投げる。更に別のレッジがDAFシステムを用いて援護し、更に30体の“
一対一では自分に勝てないと判断した俺は、コシュア=エグデルウォンに機体人形の解析データを伝えた。彼女はそれを元にしてハッキングを試み、こうして俺と彼女それぞれ七人の総勢十四人で一人の偽レッジと偽エグデルウォンに対処していた。
「エグデルウォンは相手の一番デカい黒蛇を抑えることに専念してくれればいいからな」
『言われなくても、それ以上の事はできませんよ!』
エグデルウォンは悲鳴を上げるが、それでも確実に相手の最大戦力を抑えてくれている。彼女が居なければ、今頃俺は完全に乗っ取られていたことだろう。
「しかしコイツ、現実の方でも戦ってる癖に随分強いな」
疑問なのはそこだった。
ウィルスプログラムは俺を相手取りながら、同時に現実の方で侵攻しているレティたちも相手取っているはずなのだ。その割には、動きに淀みがない。むしろまだまだ余裕を感じさせるほどだ。
『当然です。向こうはただのプログラムですからね。厳密に言えばコチラで戦っている偽者と、現実で暴れている偽者は全く同じプログラムを複製しただけの別個体ですから』
「く、デフォルトでいくらでも並列思考ができるってことか。羨ましいな」
『七人同時に動きながら言わないでください!』
しかも、向こうは俺に全戦力を投入してきているらしい。というのも理屈は分からないが、ウィルスプログラムとして個別に動けるほか、群体として力を凝集することもできるようだ。コイツが現れたおかげで、他の調査開拓員は目覚めたとコシュア=エグデルウォンが言っていた。
総力を結しているためか、奴は随分と強い。特に顕著なのはその学習能力だ。最初はちょっと強いNPC程度だったのが、今では闘技場で本物のプレイヤーを相手にしているような迫力がある。
「ええいっ!」
槍を振るうが、受けられる。死角や急所を狙ったものも、奴は関節を強引に千切ることで避けていく。
「厄介だな、その思い切りの良さ!」
『気付いてないなら言いますけど、貴方も大概ですからね? 自分の胸貫いて背後に奇襲しかけたり、別の自分で羽交締めにして自爆したり、かなり捨て身の戦法取ってますからね?』
「お、エグデルウォンも余裕が出てきたか?」
『ほっぎゃ!? ひっぎゃっ!?』
ともあれ、このままではまた膠着状態が続き、そのうち向こうの学習能力が上回ってくる。
何も障害物がない、広いだけの空間では“針蜘蛛”などもあまり利を活かせない。どうすれば、奴に——自分に勝てるのか。そう考えて、ふと気づく。
「あれ? 俺って勝たないといけないんだっけか?」
『何言ってるんですか!?』
エグデルウォンが目を丸く開いて俺を睨む。飛んできた竹槍を避けながら、慌てて弁明する。
「違う違う。負けるつもりはないよ。降参もしない」
『当たり前でしょう! アナタが降参したら今度こそ開拓団が壊滅します!』
「流石にそこまでは——」
キッと睨まれ、口をつぐむ。俺は肩をすくめ、思い当たったことを言う。
「つまり、負けなければいいんだろ。わざわざ勝たなくても、現実でレティたちがぶちのめしてくれたら、それでいい」
『それはまあ、そうですが……』
「なら俺は内側からその手伝いをすればいいってことだ」
そう伝えるもコシュア=エグデルウォンは怪訝な顔をする。うーむ、いまいち伝わっていないかな。
「相手は有限のプログラムだ。処理できるものには限界がある」
『つまり?』
「無限展開の対抗プログラムをぶち込んで、奴をオーバーヒートさせてやろう」
できる限り簡素化した表現で宣言する。
しかし、何故かコシュア=エグデルウォンの表情はいっそう暗くなってしまった。
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Tips
◇デストラクトアンプル
機械人形の全機能を停止させるキラープログラムの封入されたナノマシンアンプル。摂取後、解毒薬などの対処を為さなければ10秒後に体内のブルーブラッドが過剰励起状態となり、爆発する。
危機的状況で一矢報いる最終手段。このアンプルを使った場合は通常の機体回収では復活ができない。
味はよい。
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