第866話「愛抱く白翼」

 状況が変わったのは、それからすぐのことだった。絶え間なく続いていた砲撃が段々と疎になり、やがて終わった。エイミーがぐったりとしながらも、傷だらけの銀盾を掲げて振り返る。それを認めて、アイが声高に叫んだ。


「全軍、進撃っ!」


 雄叫びが浜辺に広がる。塹壕から戦士たちが飛び出し、一目散に駆けていく。先陣を切るのは赤髪を靡かせたレティである。


「うおおおっ! 待っててくださいレッジさん! レティが必ず助け出しますからねっ!」


 彼女はクリスティーナすら追い越して駆ける。その跳躍力を限りなく水平に近い方向へと活かし、走るように跳んでいた。


「ぬあっ!?」


 しかし、そんな彼女たちに黒い影が落ちる。レティは耳をピクリと動かし、反射的に横へ転がる。次の瞬間、彼女の頭ほどもある巨大な砲弾が勢いよく落ちてきた。衝撃が砂を巻き上げ、粉塵が舞い広がる。


「くっ。流石はレッジさん、そう簡単には近づかせて貰えませんか!」


 城塞がぐるりと回転していた。海に向けていた裏面が現れ、そこに健在の砲台が一斉に動き出す。


「裏側っ!?」

「聞いてねぇぞ!」

「ズルだろズル!」

「責任者出てこい!」


 勢い付いて走っていたプレイヤーたちが騒々しくブーイングを起こす。それに応えるように、無数の銃砲が青い火を噴き出した。


「うわあああっ!?」

「ぎょええええっ!?」


 次々と着弾する衝撃に、調査開拓員たちが木端のように散っていく。しかし、進み始めた歩みは止まらない。レティは砲弾の雨を掻い潜り、城塞の足元を目指す。


「仕方ない、走りますよ! 幸い弾幕密度は表面よりも薄いです!」

「ちょっ、副団長!?」


 アイは侵攻続行を宣言する。目を丸くする者もいたが、騎士団は皆手練れである。上長がそう決めたのであれば、そう動く。騎士が動くことで、他の調査開拓員たちもそれに続く。


「赤信号みんなで渡れば云々だっ!」

「へっ、運試しにはちょうどいいや!」

「アンラッキーボーイと呼ばれた俺の実力を見せてやぎゃああああっ!?」


 多少の犠牲を出しながらも、プレイヤーは着実に城塞へと距離を詰めていく。大方の砲台の照準が未だに健在なエイミーに向いているのも僥倖だった。エイミーは防御を射線上に立つ光に任せ、自分はヘイトを集めるテクニックをいくつも重ねがけし続けている。

 明確な的が絞られていることで、レティたちは十分走りやすい環境が整っていた。


「レッジさああああんっ!」


 迫り来る砲弾を、レティはハンマーで打ち返す。弾かれた砲弾は明後日の方向へ飛び、そこで爆発する。その爆風を背中に受けて、彼女はさらに加速する。


「近くで見ると大きいですね!」


 “崩壊した瓦礫の城塞スクラップアンドビルド”に近づいたレティは、改めてその大きさに圧倒される。元々、〈ダマスカス組合〉などフィールド建築に一家言ある名だたる生産系バンドがリソースを惜しまず作り上げた巨大な砦が原材料になっているだけのことはある。一見すると背の低い台型の建造物だが、横幅が200メートルほどあるため相対的にそう見えているだけで、高さも80メートルはある。近づけば近づくほど、その圧力は凄まじいものになる。


「エイミー! 中に入れる場所はありますか?」


 レティは砲弾を掻い潜り、エイミーたちの立つ場所に辿り着く。早々な彼女の問いに、エイミーは首を横に振る。


「どこも瓦礫でうまってるわね。小窓っぽいものはあるけど、瓦礫の隙間かもしれないし」

「分かりました。じゃあ、援護よろしくお願いします」


 時間がなかった。

 レティは即座に頷くと、そのまま飛び出す。


「れ、レティちゃん!?」


 あまりの思い切りの良さに、黄金の盾を展開していた光が戸惑う。彼女を一瞥して、レティは早口で言った。


「入口が無いならこじ開けるだけです。そのためにレティは走ってきたんですよ。一回限りのバフがあと20秒程度で終わります。それまでに、あのどデカいお城のお腹に穴を開けないと」


 レティは塹壕を飛び出す時、特殊な薬品を服用していた。“バーサークアンプル”と呼ばれるそれは、使用後1分間に限りあらゆる属性攻撃値が増大する。それは火や水といったエレメントだけではなく、切断や破壊といったマテリアル系統の攻撃属性も範疇である。また、あらゆる攻撃を受けても、どれだけテクニックを使用してもLP1で留まることができる。その代償として、効果時間終了後には致命的な長時間スタンが発生する。


「とりあえず内部への侵入口を作れたらレティの仕事は一旦終わりです。逆に、それは必ず遂行しなければなりません」


 意志の固いレティに、光も頷く。


「分かりましたの。では、私はここでできる限り多くの砲台を引きつけましょう」


 光はそう言って、盾の裏面に取り付けられた取手を硬く握りしめる。


「『勇ましき英雄の光』『我こそが軍旗なり』ッ!」


 彼女の体までもが光り輝き、存在感を増す。砲台がその冷たい瞳を彼女に向ける。

 それにも構わず、光は更にテクニックを重ねる。


「『臣民を守るマスターズ・は主人の務めプリンシパル』」


 光から放たれた黄金色の帯が同心円状に広がっていく。そのサークルの内部に入ったプレイヤー全員に、“免罪の護符飾り”と同様のバフが掛かる。つまり、彼ら全ての被弾を、光ただ一人が肩代わりすることになる。


「『守護天使の寵愛フェイバーオブエンジェル』」


 光の背中から純白の翼が広がる。彼女の防御力が爆発的に増大する。


「『我が盾こそ我が誇りシールドイズプライド我が誇りこそ我が命プライドイズライフ』」


 更に、彼女の持つ“私の高貴なる黄金宮殿ゴールデンパレス”の防御力が全て彼女自身の基礎防御力に加算される。防御力計算式が書き変わり、彼女は基礎防御力の中に防御テクニックによる倍率補正分を取り込み、鉄壁の守りを手に入れた。

 今の彼女は数秒間だけこの世で最も硬い存在となる。あらゆる砲撃をものともせず、物質消滅弾すら退ける。レッジのテントと比較しても、彼女の白い柔肌の方が堅固である。

 その上で、彼女は最後の仕上げを行う。


「『燦然と輝く一番星よルックオンリートゥーミー』」


 彼女は眩しいほどに輝いていた。その光はとめどなくほとばしり、全ての者の注目を集める。あらゆるテクニックが使用できず、一歩たりとも動けなくなる代わりに、広範囲に向けて現時点で最上級の敵愾心ヘイトを稼ぐことのできるテクニックである。

 光にとって、そのデメリットは意味を成さない。なぜなら、もとより彼女は一歩も動けないのだから。

 “崩壊した瓦礫の城主スクラップアンドビルド”の数十の砲台が一斉に光へ照準を定める。それだけに留まらず、〈奇竜の霧森〉に存在するあらゆる原生生物が彼女の存在を知覚し、彼女に向けて走り出していた。


「行きなさいレティ。レッジさんによろしく伝えて」

「ありがとうございます。しっかり言っておきますよ」


 優しく笑う光に、レティもつられるようにして笑う。そんな彼女に向けて、エイミーが拳を構えた。


「じゃあお一人様直行便、行くわよ」

「よろしくお願いします!」


 レティがエイミーに背中を向ける。エイミーは深く腰を溜め、拳を硬く握りしめた。


「軌道確保確認、目標固定。——鏡威流、二の面、『凸破鏡』ッ!」


 鉄の拳がレティの尻を突く。力強い衝撃と共に強制的なノックバックが発生し、レティは勢いよく空中へ射出される。

 障害物に接触するか、一定の高度に達するまで無限に移動し続ける飛翔体となり、レティは空を駆ける。あらゆる弾丸は彼女の真横を掠め、後方に立つ光へと向かう。レティを狙ったはずの弾丸すらも、光の強烈なヘイトによって射線を歪められ、彼女の方へと引き寄せられていた。


「うらああああああっ!」


 “バーサークアンプル”の効果終了が迫っていた。専門の薬師がその場で調合しなければならないこの特殊な薬剤は、再使用が難しい。レティはこの一撃に全てを賭けていた。


「咬砕流、一の技——『咬ミ砕キ』ッ!!!」


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Tips

◇バーサークアンプルver.666

 非常に不安定な性質を持つ薬品。調合後30秒程度で薬効が消失する。

 服用すると、短時間あらゆる攻撃属性が1.5倍となる。エレメント属性だけでなく、マテリアル属性にもその効果が発揮される。また、効果中はLPが1より減らなくなる。反面、効果終了後は3分間のスタン状態となる。また15分間は移動制限とテクニック使用制限、飲食物薬品類使用制限がかかる。

“某おっさん対策で作った薬です。あんまり実用性は考えてません。味も考えてません。”——開発者


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