第865話「同志合流」

 エイミーは絶え間なく降ってくる弾丸の雨を凌ぎつつ、時に跳ね返しながら着実に前進する。彼女の脅威的な反射神経による砲台破壊作戦は多少の犠牲を出しつつも概ね順調に進み、多くの砲台がすでに機能を喪失していた。


「光!」

「了解ですの! ほら、そこのお方、よろしくお願いしますの」

「りょ、了解! ——『プッシュバッシュ』ッ!」


 ガードテクニックのディレイが詰まってきたら、後方に控える光を呼ぶ。彼女は手近な騎士に声を掛け、自分を盾で殴るように指示した。重装盾兵の重い盾が彼女の黄金に輝く巨大盾を叩き、光は勢いよく前方へ飛ぶ。


「自分で移動できないって、随分思い切った構成よね」


 最前線に躍り出てレッジの猛攻を余裕の表情で防ぐ光を見て、エイミーが肩を竦める。

 自身の身の丈よりも遥かに大きく、2枚の大きな特殊装甲壁と太いスパイクパーツを増設した光の盾“私の高貴なる黄金宮殿ゴールデンパレス”は、もはや光も持ち運べないほどの超重量になっていた。例えブルーブラッドを腕部に極振りしているレティでも、これほどの重量物は扱えない。その上、光は腕部STR胸部VITにステータスを振り分けているため、他の装備でどれほど所持重量を上乗せしても無理である。

 では、どうするか。簡単である。

 光は自力での移動を諦め、他者によるノックバック攻撃によって弾き出されるという移動法を採用していた。


「ここまではどうやって飛んできたの?」


 塹壕からでも、光が飛び降りてきた位置はかなりの距離がある。ノックバック系を豊富に揃えている〈鏡威流〉の門下生でもいるのなら分かるが、そう言うわけではないだろう。

 エイミーの疑問に、光はけろりとして答えた。


「〈ダマスカス組合〉の方が、機械人形射出大砲というものを作ってくださったの」

「ああ、なるほど……」


 つまり、彼女は自身を弾丸として、文字通り飛んできた訳だ。

 その思い切りの良さにふとレティの顔が重なり、エイミーは笑った。


「そういえばエイミーさん」

「どうかした?」


 光の盾はどういう理屈か物質消滅弾すら退ける。スパイクで固定し、装甲を展開していれば、かなり状況に余裕がある。光は時折持続型のガードテクニックを継ぎ足しながら、エイミーに尋ねた。


「私たちはこのままあの城塞の中まで進みますの?」


 飛び入り参加であまりルールも分かっておりませんの、と彼女は眉を寄せる。エイミーは頷き、今後の段取りを簡単に伝えた。


「私は先遣隊で、できるだけ沢山の砲台を壊しながら進むわ。その後はアイの判断で全軍が前進して、城塞の中に入る。そこまで行けたら、とりあえず砲台の脅威は考えなくていいはずってわけ」

「なるほど。では、私たちが活路を開かなければいけませんね」

「そういうこと。砲台を壊せば壊すほど後続が楽になるけど、こっちの盾も耐久には限界があるからね」


 ガードと反射がうまく決まれば、エイミーの銀盾も耐久値を消費しない。しかし、僅かにでも角度がずれてしまうと衝撃の反射が行われず、“生贄の護符飾り”を着けた騎士と共に耐久も大きく削れてしまう。

 エイミーはできる限りミスなく、より多くの砲台を壊さねばならなかった。


「私はいつでも飛び出せますので、ディレイに余裕があっても落ち着きたい時はおっしゃってくださいね」

「ええ。光のおかげでかなりやりやすくなったわ」


 休みなく盾を構え続けるのと、こうして少しでも力を抜く機会があるのとでは、精神的な負荷がまるで違う。自分は緊張していないつもりだったが、知らず知らず肩に力が入っていたようだとエイミーも自覚していた。


「それで、城塞の中に入れたらどういたしますの?」


 光が再び問う。それに対して、エイミーは不敵な笑みで答えた。


「ウチの特攻隊長がなんとかしてくれるわよ」


 彼女は紫紺の髪を広げながら、大盾を飛び越える。自身に無数の銃口が向くのを感じながら、両腕に備えた銀色の盾を構える。


「さあ、もう一踏ん張り!」


 殺到する砲弾の角度を的確に掴む。彼女は極限まで研ぎ澄ませた脅威的な集中力で、時間を無数に細分化する。1秒、0.01秒、0.0001秒。目盛はつぶさに刻まれていく。コマ送りのアニメーションのように、オニオンスキンの光景が無数に重なる。その中のただ一枚、もっとも鮮明に現れたものだけを的確に捉える。

 柔らかな羽を摘むように、張り詰めた雫を解くように。繊細に、柔らかく、鋭く。


「『ガード』ッ!」


 銀の盾が煌めく。弾丸が踵を返す。砲身が割れ、砲台が青い炎に包まれる。



「おわわおわわ、何やってるんですかあの人!?」


 エイミーと重装盾兵が進み、次々と城塞の砲台を破壊していく。その様子をレティたちは後方の塹壕から戦々恐々としながら見守っていた。エイミーが限界と判断し両手を上げて振り返るか、アイが進軍可能と判断して戦旗を掲げれば、次はレティの出番だった。

 エイミーは一度、おそらくディレイ詰まりで窮地に陥った。誰もがもうダメだと思い突撃の準備を整えた時、後方から砲音が轟いた。

 何事かと耳を立てたレティの目に飛び込んできたのは、黄金に輝くバカでかい盾を持つ光の姿であった。


「レティ、どうかした?」

「い、いえ。突然光さんが飛んできてびっくりしただけです」


 怪訝な顔をするラクトに、レティは手を振って誤魔化す。


「けどびっくりしたね。光も随分変わっちゃって」

「本当ですよ」


 少し見ないうちに〈紅楓楼〉もかなり装備を更新しているらしい。随分とはっちゃけてしまっている光の姿に、レティは思わず額に手をやる。


「でも、光すごくない? レッジの、というか都市防衛設備の攻撃を受けてもびくともしてないよ」

「おそらくあの盾もネヴァさんの作品なんでしょう。左右に展開している特殊装甲壁、レッジさんと開発したやつでしょうし」

「なるほどねぇ。……あれ? つまりレッジのテントって都市防衛設備に勝てるの?」


 驚きの可能性に気がついたラクトが眉間に皺を寄せるが、レティはそれどころではない。彼女は光がこの重要な作戦を破綻させないか戦々恐々としていた。

 しかし、そんな彼女の予想とは裏腹に、突如として現れた光とエイミーは即席のタッグを組み、むしろ安定感を増している。時折光が騎士団の重装盾兵にぶっ叩かれて前に飛び出している姿が気になるが、エイミーの表情には余裕が出てきた。


「どうだ、ウチのメインタンクもなかなかやるだろ?」

「わっ、カエデさん」


 背後から声を掛けられ、レティが驚きながら振り返る。そこには光を除いた〈紅楓楼〉の面々が揃っていた。


「こっちでこんな祭りが開かれてるなんて知らなかったからな、来るのが遅くなったんだ」

「別に来なくても良かったですよ」

「つれないこと言うなよ」


 彼らの姿を認めた途端、塹壕の中で妖冥華の刃紋を眺めて恍惚とした表情を浮かべていたトーカが仏頂面になる。彼女の刺々しい言葉にレティは苦笑しつつ、カエデたちの装いが変わっていることに気がついた。


「光さんだけでなく、カエデさんたちも装備を更新されてるんですね」

「もちろん。流石に色々厳しくなってきたからな」

「私たち、もう遺跡島まで行っていますからね」


 カエデの隣に立つモミジが得意げに言う。彼女は全身にさまざまなアイテムを取り付け、投擲士としてかなり成長したことを風貌で示している。

 攻略の第一線に到達し、今回のイベントでも第二拠点を主な活動場所としていた彼らは、すでにベテランの域に達していた。


「ボス戦が本格的に始まったら、私たちの実力も見せるからね!」


 チャイナ服姿のフゥが腕を曲げる。彼女の持つ中華鍋もサイズを増し、より重量感を高めている。彼女はやる気を見せたあと、海に聳え立つ城塞を見て言った。


「ところで、あのでっかいお城はどういうボスなの?」


 どうやら、彼女たちは本当に急いで来たらしい。この“廃品回収”作戦の概要どころか、ボスの正体すら知らないようだった。

 レティたちは困惑して顔を見合わせ、絞るような声で言った。


「あれ、ウチのリーダーでして」

「ええ……」


 彼女が口にした事実に、〈紅楓楼〉の面々は揃って目を丸くする。彼らは今一度聳え立ち激しい砲撃を続けている“崩壊した瓦礫の城主スクラップアンドビルド”の威容を見て、再びレティに視線を戻す。彼女が深く頷いたことで、それが冗談の類ではないことを知る。


「——そ、そうはならんやろ」


 フゥが思わずこぼした言葉。それは、〈紅楓楼〉どころか、この塹壕に集まる全ての調査開拓員、ひいては彼らを指揮する管理者、指揮官たち、関係各者の総意であった。


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Tips

◇『プッシュバッシュ』

 〈盾〉スキルレベル20のテクニック。味方を盾で押し退け、緊急回避させる。

 味方に対する強制ノックバックを発生させる。ノックバック中、味方の防御力が20%上昇する。

 “優れた守護者となれば、時に味方を押し退ける必要もある。彼に迫るより強い力を代わりに受けるため、優しき暴力が求められるのだ”


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