第864話「大盾の進撃」

 水辺に佇む巨大な瓦礫の城塞、“崩壊した瓦礫の城主スクラップアンドビルド”を見据える塹壕に、レティたちが身を屈めていた。彼女たちは〈指揮〉スキル持ちの連絡員をハブとした遠隔通信網に接続し、指揮官であるアイの声を常に捉えられるようにしている。


『これより、“廃品回収ジャンクコレクション”作戦を開始します。各員、最終確認を』


 ノイズまじりのアイの声が響きわたる。レティたちはツールベルトのアンプルや、武器の様子を確認する。出張職人によって修理してもらった装備類はどれもピカピカだ。


『では、事前に連絡したように。まずはエイミーさんが先陣を切ります』

「さて、お仕事ね」


 エイミーが立ち上がる。彼女の手には、今までとは趣の異なる盾があった。左右の腕に装着した細長い銀板は、表面が鏡のように光を反射している。彼女はその曇りひとつない鏡面に己の顔を写し、薄く笑みを浮かべた。


「大丈夫ですか?」


 塹壕に背を預けたまま、レティが尋ねる。エイミーは振り返り、もちろんと頷いた。


「ネヴァがわざわざ来てくれて、その場で作ってくれた特注品よ」

「それはそうですけど……。どう考えても、かなり無茶な作戦ですよ?」

「今更それを言ってもね。何せ、相手はレッジなんだから」


 エイミーが軽い調子で言う。彼女の視線の先には、今も静かに佇む塔がある。その言葉を聞いて、レティも思わず笑う。


「それもそうですね。——頼みましたよ」

「任せてちょうだい」


 ネヴァは胸を叩き、アイに連絡を送る。騎士団の精鋭重装盾兵たちが塹壕から現れ、ずらりと並ぶ。その中央に、エイミーが立つ。彼女は鏡の拳盾を構え、そして。


「ふぅ——。鏡威流、一の面。『射し鏡』ッ!」


 攻撃を反射する特殊な障壁を展開しながら走り出す。彼女を追いかけ、しかし追い越さないように他の重装盾兵たちも追随する。

 一定の領域内に踏み入った途端、瓦礫の城が動き出し、その表面にずらりと並んだ無数の砲身がエイミーに照準を合わせる。


「攻撃、来ますっ!」

「分かってるわよ!」


 重鎧に身を包んだ騎士が叫ぶ。エイミーは叫び返し、両腕の銀盾を構えた。


「さあ、一か八か——!」


 銃砲の先端が煌めく。青い炎が噴き出し、巨大な弾丸が射出される。それは刹那に走り、エイミーを的確に狙う。


「流石、正確無比な射撃ね」


 だからこそ対応できるのだ、そうエイミーはほくそ笑む。


「『ガード』ッ!」


 使うのはただの防御テクニック。〈盾〉スキルレベル1で習得可能な、基本のもの。特殊な能力は何もなく、ただ単に盾を構え、攻撃を受ける。ただそれだけのもの。しかし、盾が特別であれば、その防御もまた変わる。


「よしっ!」


 衝撃が一切伝わらないことに、エイミーが歓声を上げる。

 彼女の胸を的確に狙った弾丸は、その弾道に対して真正面に向けられた“反射構造壁の盾”によって弾かれた。

 それは、とある酔狂な職人が開発した物理法則を超越したものだ。真正面からのみ、受けた衝撃を1.009倍にして押し返す。それは、まともに受ければ残骸すら残さず周囲を消しとばしてしまうような都市防衛用機術式狙撃砲専用350TB大規模機術封入弾、物質消滅弾でさえも軽やかに跳ね返す。

 そして、真逆の方向へと1.009倍の速度で後退した機術封入弾は、未だ冷却のおわっていない砲身へと戻り、爆発する。城塞の一部がアイスクリームで削ぎ取ったように削れ、ブルーブラストの爆発が巻き上がる。


「うおおおおっ!」

「マジでやりやがった!?」

「なんつー精度だ!」


 その光景に塹壕から歓声が湧き上がる。音速に迫る弾丸を真正面から受け止めるという、非常に高度な、というよりは最早無理難題に近い偉業を彼女は達成したのだ。


「さあ、どんどん行くわよ!」


 エイミーは再び走り出す。彼女を狙う砲台はまだ無数に存在する。


「っ! 『ガード』!」

「ぐあああっ!?」


 しかし、第二弾はタイミングがずれた。エイミーが唇を噛むと同時に、彼女に帯同していた重装盾兵の一人が周囲の地面ごと消滅した。


「ごめんなさいね」

「構いません。俺たちは貴方の残機だ」


 隣に立つ騎士にエイミーが謝罪するが、彼は毅然として答える。彼らの首には、白い形代を象った首飾りがあった。“代償の護符飾り”というそのアイテムは、対となる“免罪の護符飾り”を装備しているプレイヤーの被ダメージを肩代わりする。

 〈大鷲の騎士団〉の重装盾兵たちが危険を冒してエイミーに付き従っているのは、彼女が反射壁盾による攻撃の反射と砲台の破壊に失敗しても、行動を続行できるようにするためだ。彼らはいま、文字通りエイミーの命となっていた。


「進め! エイミーに遅れるな!」


 エイミーの装備する“免罪の護符飾り”の効果範囲内から脱落した騎士に代わり、新たな騎士が即座に入る。

 彼らの勇気と期待に応えるため、エイミーは盾を掲げて吠えた。


「『勇ましき英雄の光』『我こそが軍旗なり』ッ!」


 エイミーが燦然と輝く光を纏う。瓦礫の城塞は、その砲台全ての照準を強制的に彼女へと向けてしまう。彼女の後方に立つ騎士たちの存在をかき消すほど、その光は強かった。


「今度は失敗しないわよ!」


 無数の弾丸が射出される。エイミーは両腕の盾を構え、その弾が辿り着く順番を瞬時に計算し、腕を細かく動かす。

 砲弾は次々と跳ね返され、自身を射出した砲台を破壊する。瓦礫の城はより多くの瓦礫を周囲に落としていく。しかし、エイミーが一歩進むたびに弾幕は濃く、密度を増していく。


「くっ。ディレイが——」


 神経を極限まで張り詰めた状況で、エイミーは次々とガード技を使い続けている。防御行動さえ起こせればなんでも良いが、あまりに弾幕が濃すぎるとテクニックのクールタイムが間に合わなくなってくる。


——ダダン


「っ!?」


 重圧に潰れそうになりながら進むエイミーの耳が、違和感を捉える。彼女は視線を巡らせ、その弾を見る。


「くっ、レッジ——」


 やるわね、と言う暇すらない。短時間に二連射された弾丸が、彼女に迫っていた。

 一発目を跳ね返すことができても、二発目が丁度テクニックの切れ目に飛び込んでくる。コンマ以下の僅かな隙間、高層ビルの屋上から地上にある針の穴に向かって糸を通すような、不可能と言うべき所業。それを、彼は意図も容易くやってくる。

 彼はエイミーの持つ全てのガードテクニックを把握していた。そのテクニック全てのクールタイムを計算し、どうしても攻撃を受けられない僅かな隙間を見つけ出したのだ。そして、そのタイミングを的確に狙い、最も難しい弾丸を打ち出した。


「『ガード』ッ!」


 一発目の弾丸。

 手応えはない。それは真正面から跳ね返り、追随する二発目の弾丸と衝突する。銀色の弾丸が爆炎と共に弾け、細かな鉄片を周囲に広げる。赤熱し尖ったそれは、一つでも擦れば致命傷を与えるだろう。

 それは、エイミーだけでなく彼女の周囲に立つ騎士たちも巻き込む。残機など使わせぬという、恐ろしいほどの殺意があった。

 レッジが本気を出せばこれほどのことをしてくるのかと、エイミーは今更ながら足がすくむ思いがした。

 鉄片が飛来する。あれが当たれば、ゲームオーバーだ。


「——『リフレクトガード』ですのっ!」


 黄金の輝き。

 エイミーが予想した衝撃は訪れない。代わりにあったのは、身の丈よりも遥かに巨大な、壁とでも言うべき盾を浜辺に突き立てた金髪の少女だった。彼女はメイド服の白いフリルを揺らし、エイミーに笑う。


「この程度の攻撃、ただ受け止めるだけなら私でもできますの」

「光ちゃん——」


 次々と間髪いれず飛来する砲弾を、光は盾を動かすことなく全て受け止める。驚くほど頑丈なその巨大盾は一切動ずることなくその全てを阻む。

 光の盾は、彼女に相応しい煌びやかな黄金だった。地面に深々と刺さるスパイクに、左右へ広く展開する追加装甲。全てが重量級で、彼女の小柄な体格には似つかわしくない。

 しかし、不思議なことに光はそれを完璧に着こなしていた。


「ディレイの合間は私が補佐しますの。エイミーさんは合図を送ってくださいな」

「ありがとう。助かるわ」


 突如として現れた光に疑問は尽きないが、今はそれどころではない。エイミーは頷き、光の巨大盾を飛び越える。再び彼女に照準を合わせた砲台に笑いかけ、銀色の盾を構えた。


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Tips

◇超特大盾“私の高貴なる黄金宮殿ゴールデンパレス” 特殊装甲壁増設ver

 対物理、対機術防御力を極限まで高めた特大盾。重量は1tを超え、常人には到底扱えない代物となっている。更にそこへレベル7耐爆性能を有する特殊装甲壁を左右に展開できる機構と、地面へ固定する大型アンカースパイクを増設しているため、重量は更に倍増している。

 “あらゆる攻撃をその高い防御力で阻むが、その重量のため持ちはこぶには非常に高い腕力を要する。故にこれは、一種の城塞と同義である。”


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