第862話「巌の城砦を討て」
激震する大地に多くの者が転倒する。さながら星が震えているかのような衝撃は、到底耐えられるものではなかった。更に、異変は揺れだけでは収まらない。這々の体で逃げ惑う調査開拓員たちは、瓦礫が動き出すのを見る。それはまるで磁力に引き付けられる金属のように、それらは一箇所に殺到した。
「これは!?」
飛び交う瓦礫を避けながら、レティが叫ぶ。
「まさか、レッジさん——」
瓦礫はレッジを包み込む。固く結合しながら、堅固な要塞を復活させる。
「こちらが造った砦の残骸を取り込んでいるんですか!?」
もはやレッジは一人の調査開拓員として数えられる存在ではなくなっていた。〈ダマスカス組合〉が指揮を執り、莫大なリソースを注ぎ込んで作り上げた、対レッジ用要塞の残骸がそっくりそのまま彼の支配下に置かれた。それは彼の体を包み込み、歪な巌の城砦となる。
彼は瓦礫を組み上げた城塞の主人となった。
「っ! 総員、退避!」
アイが何かに気づき、叫ぶ。それを受けて騎士たちが動き出した直後、彼らの頑丈な銀鎧が、TB級機術の青い炎に包まれた。
「ぐわあああっ!?」
「なっ!? 弾丸!? いや、機術封入——」
「おっさんは実弾しか使えないんじゃ——」
「クッソ、あれは」
「あれは——」
次々と青い光が放たれ、調査開拓員たちが倒れる。その狙いは的確で、時には10人が一発の弾丸に貫かれ倒れることもあった。混乱が混乱を呼び、騎士たちも統率を失っていた。そんなかで、彼らも気づく。
『まさか、都市防衛設備を支配下に!?』
ウェイドが愕然とする。
レッジが組み上げた巨大な城塞“
固定式BB極光線砲がブルーブラストの眩い光を放ち、周囲を蒼炎揺らめく焼け野原に変える。機術式狙撃砲は到底調査開拓員個人には扱えるはずのないTB級機術封入弾を乱射する。果敢にも城塞に近づいたものは、実弾式近接防御システムによる弾丸の嵐によって、瞬く間に蜂の巣と化した。
「地獄だ……」
誰かが立ち尽くして呟いた。端的な感想に同意する声よりも早く、彼は青い光線に貫かれて消えた。
「そんなことって有り得るんですか!?」
ウェイドを拾い、後方へ退避しながらレティが叫ぶ。
『前例なんてありませんよ! でも実際に目の前で起きていることです!』
それに対し、ウェイドも泣きそうな顔で叫び返す。互いに声を張り上げなければ、絶え間ない銃声によって会話もままならない。
『おそらく、神核実体の演算能力、というよりも管理者権限を流用したものでしょう』
「どうしてそんなのがコシュア=エグデルウォンさんに!?」
『元々管理者相当の上級NPCだったからですよ!』
コシュア=エグデルウォンは重要情報記録封印拠点という大規模な施設を管理していた。その権限が都市防衛設備の使用権限にも適用された。それがウェイドの出した結論だった。
『そもそも、砦は倒壊した時点でオブジェクトタイプ的には自然物になりますから。原理的にはフィールド上の木の枝に天幕を吊るしてテントを張るのと同じです』
「同じなわけないですよね!?」
『原理的には同じなんですよ! スケールがツキとスッポンなだけです!』
ビュンビュンと砲弾が飛び、光線が頬を掠める。レティとウェイドは、万が一の事を考えて後方に整備されていた塹壕へと辿り着き、その中に飛び込んだ。
「し、死ぬかと思いました」
『私もですよ。都市防衛設備でも傷つかないボディではありますが』
塹壕の壁に背を預け、二人はやっと胸を撫で下ろす。ウェイドの微妙なジョークにレティが耳を垂らすのと同時に、焦った顔のラクトたちも続々と塹壕へ辿り着いた。
「ひええ、おっかないね」
「流石はレッジと言いたいとこだけど、ここまでしろとは言ってないわ」
「流石に首をあそこまで固められては、切り落とすのも難しいですね」
彼女たちは口々に感想を漏らし、その間にも休みなくLPの回復などできることを行う。大量の犠牲が出てしまったが、まだ諦めるにはほど遠い。塹壕に退避してきたのも、次の攻勢に出るためである。
「レティさん! 良かった、無事でしたね」
そこへ、旗を携えたアイが掛けてくる。彼女は〈白鹿庵〉の面々が揃っていることを確認して、表情を和らげた。
「なんとか生きてますよ。一応、損害状況は軽微です」
「それは重畳です。ウチは1/3ほど死にました」
アイは戦況を立て直すため、連携できる人員の確保に奔走しているようだった。彼女はさらりと言ったが、〈大鷲の騎士団〉の中でも精鋭である第一戦闘班が3割以上落伍者を出すというのはかなりの異常事態だ。軍隊としての連携に秀でる彼らにとって、それほどの欠員が出るのはまさに四肢をもがれるに等しい。
「現在、BBCやメルさんたちにも連絡を取っています。通常のイベントレイドボスのような緩い連携だけでは、あのレッジさんは崩せません」
「でしょうね。ヴァーリテインを討つのとは訳が違います」
「わたしたちにできることなら何でも協力するよ。身内が迷惑かけてるもんだしね」
ラクトの言葉に、アイは勇気付けられる。〈白鹿庵〉の面々とより密接な連携が取れれば、レッジ攻略の可能性も大きく上がるはずだった。
「アストラさんがいらっしゃれば、もっと状況は良かったかもしれないですが」
「兄——団長は情報記録拠点の方でバカな事をやったので……。もちろん、今も戦線復帰に向けて頑張っているようですけど」
トーカがこの場にいない最強戦力について言及すると、アイは眉間に皺を寄せて答える。アストラは無茶な行動の代償として、現在はとても戦闘に参加できる状態にはなかった。
「そちらこそ、シフォンさんの様子はどうですか?」
「こちらも変化なしですね。こんこんと眠り続けています」
狐だけに、とレティが言う。それをアイは華麗にスルーして、悩ましげに腕を組む。
「彼女の昏睡の理由も分かりませんからね。なんとか復活していただければ、こちらとしても戦力的ありがたいのですが」
「まあ、そのうち起きるでしょ。ログアウトしてないってことは、今も何かしらやってるんだろうし」
心配する声に対し、エイミーが気楽に返す。彼女の配慮に気がついて、アイは穏やかに笑った。
「そうですね。——今はここにある人員と物資だけで、最善を尽くすだけです」
アイが決意を新たにする。その怜悧な表情を見て、レティたちも頷く。
「幸いなことに、レッジさんはその場から動かないみたいですね」
「まあ、テントが動くってのが非常識だから」
「今のうちに情報の収集と共有を行なって、対策案を立てましょう」
彼女たちは海に佇む巌の城塞を眺め見る。時折果敢に挑む調査開拓員を即座に射殺する以外、それは静かに止まっている。どうやら、一定の範囲内に入らなければ危害は与えられないらしい。しかし、今後どのような変化が始まるかは管理者にも分からない。
『私もできるかぎりの情報を提供しましょう。指揮官、管理者側でも演算は行なっています』
「助かります。今はレッジさんの牙城を崩すため、総力を結する必要がありますから」
ウェイドも力強い支援を表明する。そもそも、現在あの城塞の武器として使われているものが、彼女たちが供与した都市防衛設備なのだ。責任がないとは口が裂けても言えない。
彼女たちは互いに固く握手を交わし、頷き合う。
「後方に新しく暫定作戦本部を立てました。ケット・Cさんやメルさんたち他の協力者も、そこに集まる予定です」
「了解しました。では、いきましょうか」
そうして彼女たちは歩き出す。
高く聳え、静かに佇む瓦礫の城塞に見下ろされながら。
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Tips
◇ここ掘れ塹壕くん三号
機能的で先進的なアウトドア用品を提案する生産系バンド〈グラスフィールド〉が開発したアイテム。分類上はテント。
地面に設置することで自動的に塹壕を掘り、支柱を立て、完璧に整備する。塹壕の規模や形状は事前のプリセット15種の他、別売りのアドオンでも追加可能。また、〈制御〉スキルがあれば自身でオリジナル塹壕を設定することも可能です。
さらに見た目はファンシーなモグラの人形のようで、お子さんにもぴったり。
“皆様から多大なご支持を頂いた塹壕型テント建設機ここ掘れ塹壕くんの三号がついに完成致しました! 二号の弱点でもあった温度に関しても5,000℃から-200℃までの動作検証テストをクリアし、更に扱いやすくなりました。ぜひ、貴方も狩りやフィールド散策のお供に”——〈グラスフィールド〉広報部
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