第861話「軍隊と群体と」
レッジの胸に、クリスティーナの長槍が深々と突き刺さる。それは的確に機械人形の弱点である動力源——八尺瓊勾玉を貫き、破壊していた。青いブルーブラストの炎が漏れ出し、レッジの全身が激しく痙攣する。
「やったか!?」
趨勢を見守っていたプレイヤーたちが拳を握り、生唾を飲み込む。騎士団の観測員が望遠鏡を用いて様子を伺い、高々と宣言する。
「調査開拓員レッジの八尺瓊勾玉完全破壊を確認! 勝利しました!」
「うおおおおおっ!」
その声に、瓦礫の山で歓声が上がる。彼らは拳を突き上げ、天に声を轟かせる。
ゲーム内最強であるアストラ、彼を幾度となく退けた紛う事なき好敵手を、多くの被害を出しながらも打ち倒したのだ。それも、開戦からそう時間は経っていない。砦を除けば損害らしい損害もなく、圧勝と言っても間違いではない。
だからこそ。
「へっ! おっさんって言っても案外どうってことないな!」
「これなら、俺一人でも勝てるんじゃないか?」
「原始原生生物なんて使ってたみたいだが、あれも大したことないかもなぁ」
などと彼らが言う。
しかし。
「総員、戦闘状態継続!」
「レッジがこの程度で終わるわけがないでしょうに」
彼をよく知る人々は油断しない。彼がどれほど多くの事を考えながら動いているのか、その思考全ては計り知れないが、その規格外さは身をもって知っているから。騎士たちは即座にレッジから距離を取り、槍を構える。炎髪の機術師たちは詠唱を始め、黒長靴の猫たちは武器を構える。何より、レティたちが既に自己バフを完了させていた。
「終わりだ! 撤収てっしゅ——」
軽率にも背を向けた者が、その言葉を途切れさせる。彼の胸を一発の弾丸が貫いたのだと即座に理解できたものは少ない。彼らの耳に届いたのは、無数の羽音だった。
「炉心換装完了。自動調整開始。エネルギー経路確認」
レッジが喋る。彼の口を注視していた者が読唇術を用いてその言葉を読み取る。
「まずい! 防御姿勢——!」
海中から現れたのは、無数のドローンたち。その数は60に上る。胸を貫かれたはずのレッジは健在で、DAFシステムを〈統率者〉の支援なしで、単独で率いていた。
「ぐわあああっ!?」
〈狙撃者〉による銃弾の嵐が油断していた調査開拓員たちを襲う。一発一発が致死級の狙撃によって、地上に立っていた者は次々と倒れていく。騎士団の重装盾兵たちが一列に並び、その大盾で壁を作った頃には、半数程度まで数が減っていた。
「状況確認! レッジさんはどうなっている」
「なっ——。む、胸に神核実体と思しきものが装填されていますっ!」
アイが聞き、観測員が答える。その言葉に、陣営は騒然とした。
『し、神核実体との融合!? あの人は何を考えてるんですか!』
レティの側でうずくまっていたウェイドも目を見開く。管理者でさえ予測できない事態が起きていた。
「どうせ、胸の勾玉破壊される所までレッジさんの筋書き通りってところですよ」
「最初に攻撃してくるのは騎士団の第一戦闘班だろうしね。クリスティーナならその貫通力を一点に向けるって分かるし」
「邪魔な勾玉を壊して、代わりにコシュア=エグデルウォンの神核実体を嵌める。これで、レッジはプレイヤースキルだった並列思考をシステム的により強化しちゃったってことか」
あまり驚きのない〈白鹿庵〉に、ウェイドは呆気に取られる。彼女たちは、レッジがあの程度で死なないと強く信じていた。
「さあ、ウェイド。ちょっとのかすり傷くらいは覚悟してちょうだいね」
両腕の盾を構えたエイミーが振り返って言う。
海中からは〈狙撃者〉の援護を受けながら〈狂戦士〉たちが次々と自爆特攻を前提に突撃してきている。さらに、レッジ本体は無数の〈守護者〉によるバリアによって厳重に守られている。
それだけなら、まだ良かった。
「“
波打ち際から現れるのは、緑の蔦が絡まり形造った人形たち。手に竹槍とナイフを持ち、よたよたと不安になる足取りで行軍する。その数は優に100を超えていた。
ドローンと植物、2種の兵隊が調査開拓団を侵略していた。
「総員、第五種広範囲殲滅戦闘用意!」
アイが再び声を上げる。その毅然とした風格と明朗な声を受け騎士たちが動く。彼らを追いかけるように、他のプレイヤーたちも慌ただしく反撃の準備を始める。
「アイさん、第五種ってどういう作戦なんですか?」
〈狙撃者〉の銃撃をエイミーに任せ、レティは興味本位でアイにTELを送る。彼女は離れた距離にいるレティたちの方へ視線を向け、微笑みかけた。
『対レッジ戦を想定して、ウチの参謀本部が立案した特殊戦闘作戦ですよ』
「あはは。だと思いました。——ご迷惑おかけします」
『いえいえ。こんな特殊な戦闘を経験できる機会はそうありませんからね』
二人が和やかに言葉を交わす傍らで、第五種広範囲殲滅戦闘の用意が完了した。
アイが軍旗を掲げる。風を受け広がる青い旗が振り下ろされると同時に、無数の爆撃が始まった。
『まずは機術師による範囲爆撃で敵の大半を散らします』
アイはレティと回線をつなげたまま、作戦の内容を説明してくれるようだった。レティはそれを聞きながら、エイミーの背中を飛び越えて煙たい戦場へと踊り立つ。
「『
黒槌で地面を叩く。その揺れが増幅し、押し寄せる緑の人々を吹き飛ばしていく。彼女の数少ない範囲攻撃技だが、その威力は絶大だ。
「『小鳥を落とす氷矢』」
揺れの中心で無防備になっているレティに、地震の影響を受けないドローンたちが殺到する。しかし、それらは別方向から飛来した小さな氷の矢に貫かれて爆散した。
「ラクト、援護ありがとうございます」
「先に言ってから動いてよ!」
レティが再び駆け出す。ラクトは彼女を目で追いかけ、彼女を狙うドローンを次々と破壊していく。
「はああっ!」
銀閃煌めき、群体を成していた緑の人々が微塵と化す。風のように駆け抜けたのは、目元を黒い布で隠したトーカである。
「『迅雷切破』! 『紫電竜降斬』っ! 彩花流、玖之型、『狂い彩花』!」
彼女は次々と流れるように長大な刀を振るい、その一刀ごとに十の敵を切り捨てる。血の流れない敵はどれほど斬っても正気を失うことはない。彼女の剣は常に冴えていた。
「ははははっ! 雑兵がいくら集まっても雑兵なのですよ!」
——しかし、彼女はその戦場の熱気に酔っていた。
機術師の爆撃がなおも継続されているにもかかわらず、〈白鹿庵〉の赤兎とサムライは縦横無尽に戦場を駆けていた。爆炎と粉塵が渦巻くなかにもかかわらず、彼女たちはほとんど無傷で軍勢を切り裂いていた。
『機術師の一斉爆撃が終わりました。触媒補充および再詠唱までの時間は、特殊な銃士たちによって行います』
アイの案内があった直後、土煙を貫いて無数の弾丸が飛来する。それは大雨のようにザアザアと音を立て、ドローンと緑の人々を薙ぎ倒していった。
「うひゃぁ、すごいの作ってるね!」
後方を見たラクトが思わず歓声を上げる。そこには、巨大な砲身をいくつも束ねた物々しい機関砲がずらりと並んでいた。それは高速で回転しながら長い弾帯を猛烈な勢いで消費していく。個々の弾丸もラクトの拳二つ分はありそうな、立派なものだ。
機関砲の砲身が加熱すれば、水属性機術師によって強制急冷が行われる。その間も、別の機関砲が足元の車輪を動かして前進し、カバーする。
騎士団は高価な弾丸を湯水の如く溶かしながら、レッジの軍勢と拮抗していた。
騎士団に続き、他の調査開拓員たちも懸命に応戦する。たった一人に対し、少なくない被害を出しながら、なんとか踏みとどまっている。しかし、そんな彼らを嘲笑うかのように、レッジが再び口を開く。
「——自動調整完了。神核実体、完全起動」
読唇観測員が思わず間の抜けた声を漏らす。まさか、と自分の目を疑う。
今の時点で、この物量で既にこちらの対応能力は逼迫していた。にもかかわらず、彼は言ったのだ。
——ここまではただの時間稼ぎであると。
「——『野営地設置』“
そして、大地が揺れ動く。
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Tips
◇大型速射機関砲
〈大鷲の騎士団〉が〈プロメテウス工業〉の技術協力を得て開発した大型重機関砲。32の砲身を束ね、高速で回転させながら50mm特殊貫通榴弾を連射する。砲身がすぐに過熱状態になってしまうという欠点がある。
高位の〈銃術〉スキルを持つ銃士三名以上で扱う。
“コイツを使えばどんな化け物も倒せるさ。倒せない奴? そんなのがいたら、それはもう災害とか天災とかだよ”——〈プロメテウス工業〉大型兵器開発部部長
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