第860話「屑山の戦旗」

 蟒蛇蕺の種瓶が海に投下された。それの意味することは、調査開拓員たちが行動を起こすよりも早く状況によって理解させられた。


「総員、退避! 退避ーーッ!」


 砦前の砂浜に集まっていたプレイヤーたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。海の水を飲み干して際限なく成長する蟒蛇蕺は、彼らを追いかけるように陸上にも上がってくる。


「焼き払え! 機術師爆弾焼夷弾火炎放射器なんでもいいから使え使え使え!」


 現場から上がる悲鳴。

 レティたちと同様に砦の上で状況を見ていたプレイヤーたちは、彼らの逃走を援護するため火属性攻撃を次々と放ち始める。機術師の炎弾や技師の火炎放射などが蟒蛇蕺に降り注ぎ、その青々とした葉と蔓を焼いていく。周囲には生草を燃やしたことによる白煙が立ち上がり、状況はより混乱していく。


「——『焼き払え紅蓮の炎鬼、薙ぎ払え灼熱の儀仗。曠野を焦がせ、荒蕪の原を火で覆え』!」


 一際巨大な火焔が立ち上がる。唸りをあげ、波のように押し寄せる蟒蛇蕺の勢いに真正面から衝突し、押し退ける。数TB級に迫るほどの大規模な術式だ。その詠唱は複数人の合唱形式を取っている。その中心に立つのは、炎髪を翻すタイプ-フェアリーの少女、〈七人の賢者セブンスセージ〉がリーダー、メルであった。


「押し返せ! 蟒蛇蕺の根を焼き切ってしまえ!」


 彼女が大きく状況を覆したことにより、混乱していた調査開拓員たちも動き出す。砦上に設置された都市防衛設備が動き出し、蟒蛇蕺を焼いていく。特に機術式狙撃砲が撃ち出す広域焼夷弾の威力は絶大で、緑の大波を汀まで押し退ける。


「うおおおおっ!」

「おっさんがなんぼのもんじゃい!」


 形勢が逆転したことにより、調査開拓員たちが勢いづく。彼らは武器を掲げ、未だ水際で静かに立っているレッジへと向かう。しかし。


「ぐわーーーっ!?」

「ひぎゃあああっ!?」


 突如、白い砂から鋭利に尖った竹が次々と飛び出してくる。それは一気呵成に走り出した調査開拓員たちを次々と串刺しにして押し上げる。まるで見せしめの磔のようになる彼らを見て、後続が二の足を踏む。次々と地面から突き出す竹は、そんな彼らも無慈悲に襲う。


「地中から! あれはいったい——」

『“磔刑竹”ですね。広域に地下茎を伸ばし、さまざまな場所から勢いよく鋭利な竹が現れます。範囲の制御が難しいので、レッジさんは使っていなかったはずですが』

「……ウェイドさん、結構物知りですね?」

『植物園は誰が管理していると思ってるんですか』


 驚くレティにすらすらと説明を施すウェイド。彼女はレッジから寄贈された——と言う名目で押し付けされた——植物類について、不本意ながら深い知識を有していた。さらに、彼女はそれ以外にも重要な情報筋を持っている。


『それに、カミルから“あのバカを蹴飛ばしてくれ”と強く頼まれていますから』

「なるほどぉ」


 むしろ、“磔刑竹”に関してはそちらが主な情報源である。別荘農園の管理を任されているカミルならば、レティたちも知らない植物に関してもよく存じている。それらの情報は管理者たちにも広く共有されていた。


「それで、あの竹はどうすれば排除できるの?」

『成長速度にかなりステータスを傾けているので、すぐに枯死するはずです。とりあえず、小さな白い花がたくさん咲けば……』


 ウェイドがそう言って視線を向ける。その先で、地中から突き出した竹に無数の蕾が現れ、それが膨らみ、粉雪のように花が咲き乱れた。


「妙に綺麗なのがまた……」

「レッジさん、芸術点も重視してましたからねぇ」


 多くのプレイヤーを串刺しにしながら白い花で化粧を施す様子は、見ているだけならとても綺麗だ。しかし、状況を見るととても楽観視はできない。


「あの竹が消えたら、レティたちも向かいますか」

「ですね」


 レティたちが示し合わせ、自己バフを施し始めたその時だった。


「うわわわわっ!?」

「きゃああっ!?」

「ほっぎゃ!?」


 突然、砦が足元から大きく揺れる。その振動は激甚で、手摺につかまっていなければ外へ放り出されそうなほどだ。


「ウェイドさん!」

『きゃっ!』


 特に体重の軽いラクトやウェイドは宙に浮いてしまう。ラクトはエイミーがガッチリと掴み、投げ出されそうになったウェイドは咄嗟に手を伸ばしたレティが確保する。


「何が!?」

「っ! この砦から離れます。みんなで飛びますよ!」

「ええっ!?」


 混乱が広がるなか、レティが素早く判断を下す。そうして、彼女は周囲に呼びかけながらウェイドを抱えて手摺を蹴る。その判断が分水嶺だった。


「うわああああっ!?」

「たっ、助けてくれ!」

「ぐわーーーーっ!?」


 堅牢に築かれていたはずの砦が、無数の瓦礫となって崩れ落ちる。最後の仕上げをしていた職人たちは顔面蒼白だ。

 砦の亀裂からは無数の太い根が飛び出し、堅固な構造に巻きつき、締め壊している。ガラガラと轟音を奏で、白い粉塵を巻き上げ、砦が形を失っていく。


『あれは——まさか、『地脈巡る竜根樹』!?』

「知ってるんですか、ウェイド?」

『私の植物園で管理していた危険植物です。本体はとても小さな低木ですが、地面に非常に強靭な根を広く張り巡らせ、大岩も破壊します。原種にあたる原始原生生物に至っては、一夜で大陸すら破壊するというもので——』

「やっべー奴じゃないですか!」

『そうですよ!』


 レティ、トーカ、エイミーは落ちていく瓦礫を足場にして地面に降り立つ。彼女たちの目の前で、大量の人員によって組み上げられた砦は文字通り瓦解した。


「ともかく、状況はかなり最悪です。砦が破壊されたことでせっかく配置した都市防衛設備もほとんど使えませんし、戦場の主導権はレッジさんに移りました」

「まったく、本当に面倒な植物ばっかり開発しちゃって」


 幸いなことに『地脈巡る竜根樹』は相応に弱体化が済まされている様子で、ウェイドが言ったように大陸全土へ及ぶことはなく、ほどほどのところで停止した。レッジ本体は相変わらずその場から一歩も動いておらず、その隙に生き残ったプレイヤーは瓦礫の下に残された仲間を救出して支援機術師の下へ運んでいる。

 しかし、調査開拓員たちの表情は暗い。神格実体を取り込んでいるとはいえ、ただの一調査開拓員に、これほど圧倒的な力を見せつけられたのだ。管理者たちが特別な許可を出して配置した都市防衛設備も、碌な活躍を見せずにガラクタに成り果てた。

 戦場を無惨に破壊されたことにより、彼らの心も折られていた。


「レッジさんが本気出したらここまで一方的になりますか……」


 レティたちも動揺を隠せない。

 普段、温和で一歩引いた所から彼女たちを見守っている彼が、理性というリミッターを外した瞬間にこの惨状が現れるのだ。神格実体の力は未だ表れていないことから、この惨状もレッジが単身で生み出し得ることが証明されてしまった。


「これ、レティたち勝てますかね?」

「勝たないと色々ヤバいんでしょう」

「勝ちますよ。私がレッジさんの首を刎ねます」

「ま、レッジも戦ってるんでしょう? なら勝てるよ」


 少し弱気になるレティに仲間達が即答する。

 そう、レッジが敵に回ったのは事実だが、レッジが未だ味方であることも事実なのだ。


『我々の勝利条件はあのレッジを破壊することではありません。レッジの正規主幹プログラムが、ウィルスプログラムに打ち勝つまでの時間を稼ぐとこができれば、それで良いのです』


 レティの腕の中で、ウェイドも言う。

 彼女たちがやるべき事は、レッジが再び目を覚ますのを待つこと。そのための時間を作ることなのだ。


「そ——」


 そうですね、とレティが頷くその時。


「——ぁぁあああああああああああっ!!!!!!!」


 突如、甲高い声が響き渡る。物理的な圧、否、目に見えぬ斬撃と化した音波が、復活の兆しを見せていた蟒蛇蕺、地面から屹立した磔刑竹、そして蠢く竜根樹を微塵に切り裂いた。

 驚くレティたちが、音の発生源へと振り返る。

 高く積み上がった瓦礫の上に、青い戦旗が聳立し、海風を孕んで広くたなびいていた。身の丈よりも遥かに高く、大きな旗を掲げるのは銀鎧の少女。ピンクゴールドの髪を荒ぶらせ、眼光鋭く周囲を見渡す。


「アイさん!」


 蒼旗が広がる。

 そこには、悠々と翼を伸ばす銀の鷹が描かれていた。

 団長が不在のなか、そんな事は些事であると副団長の少女は声をあげる。喉に物々しい金属製の首輪型補強具を増設し、朗々と同胞たちに向かって叫ぶ。


「総員、体勢復帰! 第五種迅速突撃戦闘用意!」


 彼女の指揮を受け、瓦礫の下から屈強な騎士たちが立ち上がる。粉塵が風に吹かれ、銀鎧が輝く。猛々しい鷹が羽ばたき、彼らを鼓舞する。機術師たちが流々と詠唱を始める。規格外な柱のような大槍が続々と後方から運ばれる。それは、騎士数人が共同で担ぎ、切っ先をレッジに定める。最前線に、流れるような亜麻色の髪の騎士がいた。全身を黒いラバースーツで装い、青いマントで包んでいる。彼女の持つ長槍は、切っ先が光り輝いていた。

 彼らの意志は挫けてなどいなかった。最強であるが故に。

 目を覚ませ、立ち上がれと呼ばれるならば、騎士たちは何度でも立ち上がる。その精神は不屈で、その身体は屈強で、その武器は不壊であった。


「皆、私に続け! 穿馮流、突撃奥義、『宙翔ける銀翼の天馬』ッ!」


 彼女の背中に神々しい銀翼が現れる。それは後方に立つ騎士たちも包みこみ、全てが一体となる。彼らはその頂にが立つから最強なのではない。彼ら自身が総体として最強なのだ。個としての最強ではない。群として、軍として、彼らは最強だった。


「突撃!」


 アイの旗が振り下ろされる。

 それを合図に、彼女たちが一斉に走り出した。その足音は勇猛で、心折れ膝をつく者たちの心をうち震わせる。彼らに怯えはない。彼らに恐怖はない。


「危ない!」


 レティが咄嗟に叫ぶ。

 次々と砂浜から磔刑竹が突き出す。しかし、その全てがまるで手応えなく騎士たちをすり抜けてしまう。騎士たちの突進は勢いを落とさない。

 蟒蛇蕺も彼らを絡めとることはできない。その強靭な蔓もまるで意味を成さない。


「着撃!」


 重なる衝突音。水飛沫を上げ、無数の槍がレッジを貫く。殊更、クリスティーナの長槍はレッジの胸を貫き、高く掲げていた。


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Tips

◇『宙翔ける銀翼の天馬』

 〈穿馮流〉突撃奥義。長槍をただ真っ直ぐに構え、ただひた走る愚直な行為。その行為を極限まで昇華させた果てにある翼。

 自身を含めた広範囲の槍を持つ味方対象に刺突属性攻撃力50%上昇、突撃系テクニック攻撃力50%上昇、部位貫通力50%上昇、移動速度200%上昇、速度に応じた部位貫通力増幅の効果を付与する。同範囲同対象が突撃系テクニックを使用した際、あらゆる障害を無効化する。

 “天へ至るその蹄を止めるものはなく、その牙を折るものはない。”


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