第857話「射出打上加速」
〈ダマスカス組合〉の速達で届いたものを、テントまで運ぶ。それは、短辺1メートル、長辺1.5メートルほどの銀色の金属板だ。厚さは30センチほどあり、非常に重い。俺一人では持ち上げられず、レティにも力を貸して貰わねばならなかった。
「レッジさん、これなんですか?」
「高反発係数の反射構造壁だ。ネヴァが基本的な構造を開発したんだが、組合はそれを随分小型化できたみたいだな」
元々ネヴァの工房にあったのは厚さ50センチというほとんど直方体のような鉄塊だった。中には三次元的に絡み合った繊細な構造が構築されており、量産は難しい。〈ダマスカス組合〉はとても実用段階にはなかったこれをネヴァから買い取り、そしてブラッシュアップしていた。
「これを、そうだな、テントの横にでも置いてくれ」
重たい板をテントの横に、水平になるように置く。まあ、これの位置はあまり厳密じゃなくてもいい。
「これは衝撃を真正面から受けた場合にのみ、1.009倍の力で返す」
「物理法則をかなぐり捨ててますねぇ」
「ま、ネヴァが作ったもんだしな」
俺は反射壁の周囲に線を引き、そこから内側にT-1たちが入らないように言う。
「レティは物理干渉跳躍できるか? 別に安定してなくてもいい」
「無理ですね。何度か試したことはありますけど」
オブジェクトに自分の体をめり込ませ、物理エンジンによる反動を生み出して高く跳躍するテクニックだ。俺はある程度安定してできるようになっているが、自分以外には師匠であるアストラくらいしか実践で使っている者を見た事がない。それくらいには判定がシビアなので仕方がないだろう。
「なら、その反射壁の上で屈伸してくれ。頭を上げるんじゃなくて、足の裏を板に押し付けるイメージだ」
「はぁ」
レティは戸惑いつつも屈伸運動を始める。周囲ではトーカがいい感じに酔いが回ってきた様子で、笑いながらグレムリンを切り飛ばしている。しばらくはゆっくりとこちらに集中できるだろう。
「ふっ、ふっ」
「よし、そんなもんかな」
レティの足元を見て、制止する。彼女にそこから動かないよう言って、更に指示を出す。
「よし、次。『アッパーノック』を14回だ」
「ええっ?」
「いいからいいから」
レティが怪訝な顔をしながら、それでも素直に従ってくれる。『アッパーノック』は〈杖術〉スキルの基本的なテクニックの一つで、ハンマーを上に振り上げるといった動作がある。流石のレティは、普段あまり使わない技にも関わらず完璧な発声と型で14回続ける。
「『アッパーノック』! ——『アッパーノック』!」
「ここは?」
「肘ですよ!」
それを見ていたラクトが自分の肘を指差して言う。レティが疲れた顔で答えると、彼女はクスクスと笑った。
「ふむふむ」
「わわっ!? ちょ、レッジさん?」
「動かないでくれよ」
俺はレティの足元を凝視して、うまくセットアップが進んでいるか確認する。
「よしよし、いい感じだな」
「レティに何をやらせてるんですかぁ?」
「ちょっとした儀式みたいなもんだ、気にするな。次は『スピンスタンプ』3回、続けて『バニージャンプ』6回、1回『スピンスタンプ』した後、『アッパーノック』5回。最後に『ふわふわダンス』だ」
「えええ……。レティ、〈舞踊〉スキルは持ってませんよ?」
「テクニックの失敗を狙ってるから大丈夫だよ」
レティは自分の足を軸にしてハンマーをグルグル回し、勢いよく地面に叩きつける。それを3回繰り返した後、膝を深く曲げてジャンプを6回行う。さらにグルグル回り、ハンマーを振り上げ、最後にゆらゆらと体を揺らして踊る。
「うぅ、恥ずかしいです……」
「だいたいみんなグレムリンに付きっきりだから、気にしなくていい」
「そういう問題じゃないですよぉ」
レティは赤面して弱々しい声を漏らす。しかし、彼女の協力がなければ、神核実体の輸送は難しいのだ。
「ほら、レティ。足元を見てみろ」
「なんですか? うわっ!?」
視線を真下に向けたレティが驚きの声を上げる。彼女の足が、くるぶしくらいまで反射壁に沈んでいた。
「うわぁ、うわぁ。なんですかコレ、どうなってるんですか!?」
「反射壁オブジェクトの隙間に機体オブジェクトが食い込んだ状態だ。複雑に絡み合うように入り込んでるから、多分足は抜けないはずだぞ」
「本当だ、びくともしませんね」
レティが足に力を込めるが、引き抜けない。根が張ったような感覚があるはずだ。反射壁がまるでフィギュアの台座のようだ。
『なんというか、妾の前で良くそれができるのう』
「裏ワザだからな。やましいことはない」
一連の動きを見守っていたT-1が複雑な表情で俺たちを見ていた。
かなり恣意的に特定の動作を行わなければならないし、その結果が地面に僅かに食い込むというものなので、バグフィックスの対象にはなっていない現象だ。この状態から物理干渉跳躍を行うこともできない。
「ちなみに、物理干渉跳躍が安定してできるならオブジェクトの隙間が分かってることになるから、複雑な動きをしなくても食い込ませられる」
そう言って、俺は右足を足首まで地面に沈めて見せる。
「レッジさん、そのうち本当に運営さんに怒られますよ……」
「はっはっは」
その時は土下座でもなんでもしよう。
「ともあれ、これでレティの方は準備ができたな」
「これで何をするんです?」
「バリテン射出チャレンジみたいなもんだよ。そんなに気張らなくていい」
〈奇竜の霧森〉のボスエネミー、饑渇のヴァーリテインは、レティたち打撃界隈のオモチャになっている。ノックバック技などを駆使して、どれだけ高く打ち上げられるか競う遊びがあるのだ。レティはそれで、一度あの巨竜を宇宙の彼方まで飛ばしたこともある。
「今はあの謎コンボが修正されてるからな。反射壁の力を借りる。だんだん、足裏がむず痒くなってないか?」
「む? 確かに、なんだかブルブルしてますけど……」
「レティの干渉と反射壁の反発係数が重なり合って、どんどん内部の数値が上がってるはずだ。今のレティだと……反発係数600くらいにはなってるかな」
「えええっ!?」
現在のレティは、足が反射壁に食い込んでいる。反射壁は彼女を押し返そうとしているが、オブジェクト同士が絡み合っているので離れない。結果、内部的に数値が指数関数的に増加している。今彼女に少しでも触れられれば、その瞬間木々を薙ぎ倒して吹き飛ぶだろう。
驚くレティだが、その間にも彼女の揺れは激しくなっている。あまり“反発”を溜めすぎると、彼女の挙動がおかしくなってしまう。
「俺が神核実体を抱えてボールになる。レティは正確な方向と角度に打ち上げてくれればいい」
「えええっ!?」
彼女の肩までガクガクと揺れ始める。位置が定まらず、残像が見えるほどだ。
「T-1!神核実体を出してくれ!」
『わ、分かったのじゃ!』
ここからは時間の勝負である。俺はT-1に呼びかけて“シューティングスター”の内部に積み込まれていた神核実体を受け取る。できるだけ飛距離を稼ぐため、最低限の装甲のみ、小さな箱に収められたそれを抱える。
「うばばばばばっ!」
すでにレティはまともに喋れなくなっている。俺は彼女に方位と角度を伝える。
「準備完了、行くぞ!」
「ばびびばばっ!」
激しく揺れるレティがハンマーを構える。
彼女の前に立ち、神核実体を抱える。
「びびびびっ!」
テクニックは使わなくていい。ただ単に、俺の背中を押すだけでいい。1000倍以上に膨れ上がった“反発”が、俺を襲う。軽い衝撃と共に景色が巡る。体を胎児のように丸めながら、俺は失敗を悟る。
レティが自身の激しい振動に耐えきれず、射出する方向がずれてしまった。俺はほぼ水平に地面スレスレを吹き飛んでいた。
「——まったく、世話が焼けるわね」
「ぐっ!?」
直後、俺は直角に打ち上げられる。揺れる視界の中でなんとか見えたのは、大きな鏡のような障壁を展開したエイミーだった。ボールとなった俺は、レシーブの要領で空高く打ち上げられる。
「精密な動きなら、レティより私の方が適任でしょう」
いつの間にか目を覚ましていた彼女は跳躍し、俺に追いつく。彼女は物理干渉跳躍をおこなっていた。
「鏡威流、三の面——『反射鏡』」
鏡が現れ、彼女がそれを叩き割る。
次の瞬間、俺とエイミーは反発し合うように、それぞれ対極の方向へと吹き飛んだ。
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Tips
◇『反射鏡』
〈鏡威流〉三の面。対象を強い力で殴り、吹き飛ばす。同時に自身も同じだけの力で反対方向へ強制ノックバックする。
対象にベクトルエネルギーが存在する場合、そのエネルギーの2倍に相当する力でノックバックさせる。
“彼我を重ね、敵の中に己を見る。彼を打つなら、我も打たれる。そこに些かの違いもない”
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