第856話「かしこい打開策」
レティとトーカは昏倒した数秒後には意識を取り戻し、その直後から戦闘に加勢してくれた。彼女たちの絶大な戦力はとても有難いが、復活が早すぎて少し恐怖も感じるほどだ。自分と全く同じ姿と能力をした敵を打ち倒さねばいけないはずだが、二人は瞬殺したらしい。
逆に、エイミーやシフォンはなかなか目を覚まさない。〈白鹿庵〉以外のプレイヤーも少しずつ復活を始めているのだが、彼女たちは依然として眠り続けている。そういったプレイヤーはテントの近くに引き摺り込まれ、T-1や神核実体と共に守られていた。
「エイミーはともかく、シフォンはビルド的にそろそろ起きてきてもいいと思うんだけどな」
「ふーん? シフォンのことに関して自信満々じゃない」
俺以外の頼れる戦力が現れたため、動かす“
「シフォンはああ見えて結構な攻撃偏重ビルドだしな。それに、彼女の回避能力は天性のもので、システム的な補助を受けないだろ」
「なるほど。あくまでシフォンのガワと能力だけ模倣したコピーには勝てないってこと」
「そういうことだ。逆にエイミーはちょっと厳しいかもな」
話していると、ミカゲが起き上がる。彼も多少苦戦したものの、なんとか復活することができたようだ。
「エイミー?」
「エイミーというか、タンクは総じて復活が遅い傾向があるらしい」
テントの周りには〈白鹿庵〉以外の復活していない調査開拓員が雑に並べられている。その中に目立つのは、重装備をした
「攻撃力は低いし、防御力は高いし、お互いに決定打が出せないんだろう」
タンク以外では、支援機術師などもそうだ。自分の防御力を突破できる攻撃力を持たない者は、なかなか復活しにくい。
「ふーん。エイミーたちのこと良く考えてるね」
「まあ二人にも早く復活して貰わないと困るからな」
「戦力的には、わたしがいれば十分だと思うんだけど……」
「ラクトもずっと並列思考し続けるわけにはいかんだろ。いくらゲーム側が対応したからといってまた体調が悪くならない保証はないんだからな」
「ふーん。ま、レッジがそこまで言うなら」
ラクトはそう言って、景気よく攻性機術を展開する。……並列思考は控えた方がいいと言ったはずなんだけどなぁ?
「レッジさーん。〈ダマスカス組合〉の技術者さんたちは復活難しそうです!」
戦いながら戦場を駆け回り、方々で倒れた調査開拓員を集めていたレティがやってくる。彼女は非戦闘職のプレイヤーがなかなか目を覚まさないと耳を折っている。
「やっぱり厳しいか。これって、自分が負けたらどうなるんだ?」
非戦闘職もタンクや支援職と同じ理由で、自分を倒すだけの攻撃力がない。中には爆弾などの投擲アイテムを持っている者もいるだろうが、少数派だろう。当然、彼らの中にはコピー体に負けてしまった者もいるはずだ。
『その場合は機体が乗っ取られるのう。それに対応するためにアンチウィルスプログラムのアップデートパッチは製作中なのじゃ』
“シューティングスター”の翼の下に隠れていたT-1が顔を覗かせて言う。コピー体が勝てば機体は乗っ取られるが、アンチウィウルスプログラムの新バージョンが完成すれば、もう一度チャンスが出てくるらしい。
『ウィルスプログラムの解析が進めば、弱体化も可能じゃろう。そうなれば、より正規主幹プログラムが打ち勝つ可能性は高まるはずなのじゃ!』
「とはいえ、ダマスカスの技術者がいないことには“シューティングスター”は直せないぞ」
そう、戦闘職だけが復活して、グレムリンの猛攻を防いでいても仕方ない。頼みの綱である極超音速飛行機“シューティングスター”は故障しており、離陸できない状況だ。コシュア=エグデルウォンの神核実体を運ぶためには、機体を修理する必要がある。
「徒歩で運べばいいのでは? 御神輿はまだありますよね?」
「それにしても人員が足りん。グレムリンの攻撃を凌ぎながら進むにしても、拠点内と比べて地上は広いからな。前後だけじゃなく全方位に注意しないといけない」
「むぅ、難しいです——ねっ!」
レティがグレムリンを殴り飛ばしながらいう。吹き飛んでいったグレムリンは、周囲を巡回しているトーカによって切り裂かれる。随分と物騒なことをしているな……。
「うーむ……。あっ」
緑の人々は依然として数十体が行動している。彼らを動かしながら、何か打開策はないか考える。
「打開策、打開策ね」
「なんかまた妙なこと思いついてない?」
「ちょっと妙案を」
怪訝な顔をするラクトを安心させる。いつものごとく、ちょっとしたアイディアだ。
「レティ、今全力で殴ったらどれくらいのダメージがでる?」
「ええっ? 突然ですねぇ。ええと、各種自己バフを万全にして、アイテムも使って……」
「支援術師は何人かいるから、80GB級の支援は受けられるはずだ」
「なら、そうですねぇ。素ダメで580,000ってところですか」
レティの出した概算に、尋ねておいて驚きを隠せない。流石は攻撃力極振りの超特化型ビルドである。ちなみに、俺は全力を出しても200,000もいかないはずだ。そもそもが手数で稼ぐタイプなのでしかたないが。
「何を考えてるんですか?」
レティがこちら見て眉を寄せる。どうしてラクトといい彼女といい、俺が妙案を思いつくと身構えるのだろう。
「拠点内で人間大砲やっただろ。あれとおんなじ様な事ができないかと思ってな」
「ええっ? つまり、レティが神核実体を打ち上げるんですか?」
「そう言うことだ。理解が早いな」
大きく目を開くレティに頷く。飛行機が飛ばないなら、自分が飛べばいいじゃない、というわけだ。心配しなくても、調査開拓団規則によってフレンドリーファイアは起こらないし、神核実体は構造壁と違って完璧な非破壊オブジェクトである。
『のう、レッジ。レティの打撃力は確かに格別じゃが、それでもここから〈白き深淵の神殿〉どころか、潜水部隊との合流地点まで届けるほどの力はないと思うのじゃ』
T-1は冷静に種々の数値を分析し、俺の案に不備があることを指摘する。まあ当然、それくらいはこちらも了承済みだ。現在地から目的地までの距離と、レティの全力の打撃力、そして神核実体の重量を計算すれば、ギリギリ足りない事がわかる。
「まあ、そこはちょっと心当たりがあるんだ。流石に都市の中までウィルスが入ってたりはしないよな」
そう言って、TELをかける。相手は忙しいはずだが、荒々しい声で応答した。
『どうした! こっちは色々トラブル続きで忙しいんだが!』
「前にネヴァから面白そうなモンを買ってただろ。あれをちょっと貸してほしい」
『はぁ!? ——そっちも緊急事態なんだろ、遊んでる暇はないはずだぞ』
「遊びじゃないさ。速達で頼む」
『————…………分かった。すぐに送る。しかし、滑走路に着陸はできねぇからな。上空からの投下だ』
「問題ないよ」
流石は大規模バンドの長である。彼は即断即決で応じてくれた。
「レッジさん? どこに連絡を?」
「まあ、そのうち来るから」
不安そうな表情を浮かべるレティたちを落ち着かせる。
〈ダマスカス組合〉の輸送力は流石の一言で、連絡から数分後には轟音を響かせ“シューティングスター”に似た黒色の機体が飛来してきた。
「なるほど! つまり“シューティングスター”の同型機を手配してくれたんですね?」
それを認めて、レティが完成を上げる。
「いや、違うぞ?」
「ほわあああっ!?」
そんな彼女の視線の先で、流線型の機体が爆発四散する。“シューティングスター”は唯一の実用レベルに至った機体だ。それ以前の機体は到底、代用には適わない。しかし、片道限りの荷物運びとしては最適だ。
爆炎の中から小さな保管庫が落ちてくる。それは一定の高度でパラシュートを開き、俺たちの近くに着地した。
「さあ、あの中に脱出装置が入ってるぞ」
俺はそう言って、わくわくしながらクロウリからの荷物を受け取りに向かった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇HS-07“メテオシューター”
〈ダマスカス組合〉によって開発された極超音速飛行機七号機。長年にわたる研鑽と改善の結果、ようやく実用レベル一歩手前に至った機体。全体を黒色の高耐久耐熱装甲で包み、俯瞰すると縦長の二等辺三角形に見える形状をしている。
操作は非常に難しく、専用の滑走路を必要とする。エンジンの冷却機構に問題があり、一定時間航行すると爆発四散する。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます