第853話「病魔侵蝕」

 グレムリンたちが一斉に走り出す。彼らの狙いはただ一つ、飛行機の中に収まる神核実体だ。しかし、それを渡すわけにはいかない。


「全員、神核実体を死守しろぉ!」


 滑走路の周囲に集まっていたプレイヤーたちも動き出す。しかし、グレムリンたちはその脅威的な俊敏性を遺憾無く発揮し、瞬く間に機体へ取り付いた。


「風牙流、五の技、『飆』!」


 機体の翼に立ち、グレムリンたちを蹴散らす。彼らも個々は小さく弱い。俺程度でも十分に退けられるほどだ。しかしその数が脅威的だった。森の中からは次々と大量のグレムリンが現れる。


「なーはっはっはっ! 面白いことになってきたな! 備えあれば憂なしとはまさにこの事!」


 突如、森の中から業火が噴き上がる。それはグレムリンたちを薙ぎ払い、慌てて飛行機の下に潜った俺まであやうく丸焦げになりそうなところだった。火の元から現れたのは、巨大な人型の機械、特殊大型機械装備〈カグツチ〉の一団であった。

 彼らはその3メートルを超す巨体に見合った重厚な武器を携え、次々とグレムリンを吹き飛ばす。その機体には、揃って同じ紋章が貼り付けられていた。


「〈鉄神兵団〉!?」

「いかにも! 鋼鉄巨神〈カグツチ〉“アメノオハバリDX”エディション-パーフェクトタイプⅢ、ゴールデンウィングであるっ!」


 威風堂々と名乗りをあげ、〈カグツチ〉は装いを変える。その体にまとわりついた細いラインが眩く光り輝き、翼のように広がる。それはまるで、“金翼の玉籠”と同じようだ。


「〈ビキニアーマー愛好会〉から70Gビットで購入した新装備、試させてもらおう!」


 彼らは金に光り輝く〈カグツチ〉を繰り、次々とグレムリンを吹き飛ばす。その巨体では小型の敵相手には分が悪いと思ってしまうが、そんな予想を否定する獅子奮迅の活躍だ。

 彼らに続けと調査開拓員たちも到着する。“シューティングスター”まで迫っていたグレムリンの軍勢は、一気に後方へと押しやられた。


「暗くて狭くてジメジメした地下ならいざ知らず、広い地上ならレティも負けてられません! レッジさんはレティが守りますよ!」

「はははっ! 良いですねぇその血の気の多さ! ぜひ私に少し分けてくださいよ!」

「本当はレッジのテントが欲しいんだけど、まあ久しぶりだし大きいの行っちゃおうかな」


 我が〈白鹿庵〉からも勇敢な戦闘職の皆さんが駆けつける。彼女たちも地下という閉鎖的な環境で鬱屈としていた気持ちを晴らすかのように、伸び伸びと戦っていた。

 一度希望が見えたところに、それを破壊するように現れたグレムリンたちは他の多くの調査開拓員からも反感を買ってしまったようで、いつも以上の殺意と共に攻められている。


「俺のT-1ちゃんを虐めやがって、もう許せねぇよ!」

「あなた方には無惨な最期がお似合いですわ〜!」

「シューティングスターにどんだけの金掛けたか知ってんのか!」


 他にも色々と私怨が渦巻いている。

 流石にこれほどの勢いで応じられるとは思っていなかったのか、グレムリンたちも多少困惑気味だ。

 驚くほどあっさりと身を翻して逃走を始めるグレムリンたちを、調査開拓員が追いかける。1匹たりとも逃さないという強い意志がそこにあった。


「逃げるなぁああああっ! この、卑怯者ぉぉおおっ!」

「T-1ちゃんは負けてない!!!」


 うーん。ノリノリだなぁ。

 なんだかんだトラブルの発生ではあったが、調査開拓員たちの間にも楽勝ムードがある。グレムリンを退けてしまえば、あとは飛行機を修繕するなり地道で向かうなりしてイベントも完遂できる。

 しかし、何かが引っかかる。言語化できないモヤモヤに首を捻っていると、突然それは起こった。


「ぬわあああっ!?」

「操縦不能! 操縦不能! 緊急脱出装置も起動しません!」

「エネルギー系統に異常発生! オーバードライブ止まりません!」

「エンジン温度急上昇! だめだ、爆発する!」


 突然、〈鉄神兵団〉の〈カグツチ〉たちが次々と青い炎をあげて爆発する。四散したパーツが降り注ぎ、周囲にいたプレイヤーたちも逃げ惑う。更に異変はそれだけにとどまらなかった。


「ちょ、ちょっとプーちゃん!? 言う事聞いて!」

「うわああアンデルセン!? 俺は主人だぞ!」

「アームストロング3世!?」


 機獣使いたちの悲鳴。彼らの使役する戦闘用機獣たちが、突然暴走を始めたのだ。主人の言葉に耳を貸さず、強制シャットダウンも受け付けず、手当たり次第に周囲の調査開拓員たちを襲っている。


「レティ!」

「しもふりは強制シャットダウンしてバッテリー抜いておきました!」

「お、おう。仕事が早いな」


 不安になってレティに声をかけると、既に対策がされた後だった。彼女も戦闘中は驚くほど気が回る。八面六臂の大活躍を見せていたしもふりは伏せの姿勢で止まり、その側にBBバッテリーが転がっている。


「たぶん、グレムリンのせいでしょう」

「多分な。機械に対して特攻でも持ってるらしい」


 機獣とカグツチ、二つの強力な戦力が失われ、俺たちは一気に劣勢に立つ。グレムリンたちは息を吹き返し、再び圧力を強めてくる。調査開拓員は懸命に対抗するが、更に追い討ちがかかる。


「うん? なんだこのパズル、よくわかんね〜。うばばばばばっ!?」

「1+3? そんなの5に決まって——あばびばばばっ!?」

「98÷98!? 割り算など簡単だ! 圧倒的なパゥワーで全てが消滅する! 故に0ばばばばばばっ!?」


 前線で猛威を振るっていた歴戦の戦闘職たちが、次々と奇妙な動きで暴走を始める。彼らも混乱の表情を浮かべているが、体が勝手に動くらしい。


「まさか!?」

「俺たちも機械人形だから、その範疇ってわけか」


 戦闘に集中していたプレイヤーほど、呆気なく支配を奪われる。彼らは暴走した機械人形として、隣に立っていた同僚を襲い始めた。

 急変する状況に驚いていると、俺の視界にも謎のウィンドウが現れる。そこには、簡単な計算問題が表示されていた。回答を入力すると、すぐに別の、少し難しくなった問題が現れる。


「これを間違えると乗っ取られるわけか。面倒だな」

『れ、レッジ……』


 次々と現れる問題を解きながら、戦闘機に近づいてくるグレムリンを倒していく。そうすると、コックピットから不安そうなT-1が顔を覗かせた。


「とりあえず今のところは余裕だから安心してくれ。そっちはそっちで何か対策を考えてくれてるんだろ」

『他中枢演算装置も総動員してアンチウィルスプログラムを作成しておるのじゃ。一部の調査開拓員にも協力して貰っておるが、いつ頃完成するかは検討もつかぬ』

「じゃあ、それが完成するまでは粘るよ」


 戦闘職だけが戦っているのではない。非戦闘職も、別の場所で戦っている。ならば、俺たちが負けるわけにはいかない。


「ばびぶべぼぼぼぼっ!?」

「ABC予想なんて分かるわけないでしょ!? きゃあああっ!?」


 問題を解くほどに次の問題は難易度が上がっていく。その間にもグレムリンは攻勢を緩めないため、俺たちは瞬く間に劣勢に立たされた。


「『降り積もる白き氷姫の白雪の道葬列』」


 戦闘機に迫ったグレムリンたちが、瞬時に凍りつく。白い世界が広がり、一瞬の静寂が現れた。


「——つまり、わたしの出番って事だね」


 余裕の表情を浮かべて現れたのは、ラクトである。彼女は次々と現れる難題を瞬時に解き続けながら、同時に並列思考によるアーツを展開してグレムリンを殲滅していた。


「流石だな、ラクトは」

「任せてよ。こういうのは得意なんだから」


 彼女はそう言って氷の嵐を展開する。その暴風雨が森を蹂躙し、グレムリンたちを駆逐する。


「れ、レッジさーん。レティ、もう無理です」


 一方で、レティは悲鳴をあげている。彼女はもう戦う余裕もなく問題を解き続けていたが、限界を感じているようだった。


「分かった。レティは俺がなんとかするよ」

「すみません。頼みます」


 そう言って、レティが動きを止める。彼女の体がぶるぶると震え、表情が消える。


「レッジ、あと何人残ってる?」

「戦える奴はもうほとんどいない。いわゆる絶体絶命ってやつだ」


 周囲を見渡す。トーカは早々に陥落していたし、ミカゲもギリギリまで粘っていたが既に落ちてしまった。シフォン、エイミーも同様である。

 神核実体を守る余裕があるのは、俺とラクトしか残されていない。


「流石に人員不足だな。ラクト、30秒ほど時間を」

「了解。わたしも流石にLPが無限じゃないからね」


 俺はテントを建て始める。ラクトはこちらの準備が終わるまでの間、時間を稼ぐためにアーツの勢いを強めた。


「れ、れれれっ!」


 レティの体が動き出す。


「させないよ!」


 彼女が振り上げたハンマーが凍りつく。ラクトは至近距離という戦士の間合いにも関わらず、レティの猛攻を防いでいた。暴走したレティがラクトを倒せば、今度こそおしまいだ。

 俺はゆっくりと組み上がるテントを守りながら、種瓶を叩き割った。


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Tips

◇ 鋼鉄巨神〈カグツチ〉“アメノオハバリDX”エディション-パーフェクトタイプⅢ

 通称“ゴールデンウィング”。〈鉄神兵団〉が〈ビキニアーマー愛好会〉から購入した作品No.69,720“天子の金翼”の技術を応用し、特殊大型機械装備〈カグツチ〉のアタッチメントとしたもの。

 励起状態では全身が黄金に光り輝き、背部に巨大な翼のようなホログラムが浮かびがる。

 外見だけでなく性能的にも従来の出力が120%上昇し、耐久力も大幅に向上している。

 “我らがアメノオハバリは更なる究極へと到達した! この黄金の翼がその何よりの証拠であるっ!”——〈鉄神兵団〉技術班長


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