第852話「大空へ翔べ」

 目まぐるしく変わる状況は最終的に、地中を貫通して飛んできた白い光によって有機外装が消滅するという結果を残した。あまりに突然の出来事に、レティたちも武器を構えたまま呆然としている。


「ええっと、つまり……」

「これはどうしたら良いんでしょうか?」

「とりあえずT-1に連絡だな。後は周りがなんとかやってくれるだろ」


 斜め下の方向から貫かれた穴の断面は滑らかだ。まるでその線上にあった物質が全て上書きされたかのような、不思議な光景だった。


『ほわああ、なんじゃこれは!』

「とりあえず調査要員を送ってくれ。あと、神核実体の運搬も」


 カメラを使ってT-1に様子を見せる。彼女は神輿に揺られながら、その状況に目を丸くしていた。しかし、腐っても指揮官である。即座に調査開拓員たちに指示を飛ばし、調査系のスキルを持った人員が送られてきた。

 俺ができることはもうないと判断し、神輿を追いかけようと踵を返す。その時、TELの着信があった。


「もしもし」

『あ゛、レ゛ッ゛ジ゛さ゛ん゛』

「すごい声だが大丈夫か? アイ」


 飛び込んできたのは、酷く掠れた声だった。なんとか声の主は察したものの、随分とひどい状況であることも分かる。


『大゛丈゛夫゛で゛す゛。少゛し゛ご゛連゛絡゛だ゛け゛……』

「あんまり喋らなくていいよ。アイが掛けてきたってことは、アストラが何かやってくれたんだろう? おかげで助かったよ」

『あ゛は゛は゛。レ゛ッ゛ジ゛さ゛ん゛は゛察゛し゛が゛良゛く゛て゛助゛か゛り゛ま゛す゛』


 まるで喉が裂けているかのように、言葉の間で隙間風のようなノイズが混じる。

 光が蛇を焼き消した直前、かすかに聞こえた声はやはり彼女のものだったのだろうか。


「アストラは無事なのか?」

『ど゛う゛で゛し゛ょ゛う゛、死゛に゛戻゛っ゛て゛い゛ま゛す゛し゛、今゛回゛は゛デ゛ス゛ペ゛ナ゛以゛外゛も゛色゛々゛反゛動゛が゛あ゛る゛よ゛う゛で゛す゛』

「それは大変だな……。諸々片付いたらお礼させてくれ」

『お゛気゛に゛な゛さ゛ら゛ず゛。団゛長゛が゛勝゛手゛に゛や゛っ゛た゛こ゛と゛で゛す゛の゛で゛』


 その時、アイは他の誰かに呼ばれた様子だった。一言二言会話をして、申し訳なさそうにこちらへ声の方向を向ける。


『機゛体゛修゛理゛の゛用゛意゛が゛で゛き゛た゛み゛た゛い゛な゛の゛で゛。こ゛れ゛で゛失゛礼゛し゛ま゛す゛ね゛』

「ああ。今度ウチの農園で採れた蜂蜜でも持っていくよ」

『あ゛り゛が゛と゛う゛ご゛ざ゛い゛ま゛す゛』


 それきり、アイとの通話は途切れる。その後、すぐに彼女からメッセージが届いた。


“すみません、本題を忘れていました。第二拠点の神核実体とT-3さんも無事です。すぐに態勢を立て直して出発します”


 どうやら、こちらが本当に伝えたかったことらしい。俺は苦笑し、それをそのまま作戦本部とT-1に転送する。その朗報は即座に共有され、レティたちもほっと胸を撫で下ろす。


「さっきの、アストラさんたちだったんですね」

「それなら納得だね。まさか地中をぶち抜いて抹殺するとは思わなかったけど」


 人間離れしたアストラの妙技に、ラクトが呆れとも驚嘆ともつかない顔をする。

 おそらく、アイの声を第二拠点から第一拠点まで響かせて、その反響で有機外装の位置を特定したのだろう。言っていてなんだが、到底できる芸当ではない。


「俺も一階層くらいならできるかもしれんが、そんな大音量がまず出せないな」

「言っとくけど、エコーロケーションできるだけでも人間じゃないのよ?」


 エイミーが変なものを見るような目を俺に向けてくる。


「中学生の頃とか、部屋の電気の紐でボクシングとかしなかったか? それと同じのりでエコーロケーションも練習するもんだろ」

「電気の紐ってなんですか?」

「えっ」


 純朴な顔で首を傾げるレティ。不意に彼女との世代差を感じて、胸が痛くなる。

 滲んだ涙を拭って、第一拠点を駆け抜ける。久方ぶりの陽光の下に出ると、そこには“金翼の玉籠”とそれを囲むプレイヤーたち、そして両手に扇を持ったT-1がいた。


『ついに地上へ出たのじゃ! あとは〈白き深淵の神殿〉まで一直線なのじゃあ!』

「極超音速機HS-08“シューティングスター”準備完了。“金翼の玉籠”搬入用のタラップ解放します」


 彼らの近くには滑らかな流線型のフォルムをした断熱装甲搭載の飛行機がエンジンを起動させている。後部のタラップが開き、T-1たちはそこに神核実体の入った箱を押し込む。


「これは?」

「〈ダマスカス組合〉が極秘裏に開発していた高速飛行機だそうですよ。〈老骨の遺跡島〉沖合にある海洋プラントで実験が続けられてて、8号機でようやくお披露目となったみたいです」


 エンジンから炎をふかし始める飛行機を見ながら、レティがすらすらと語る。機密扱いだったはずなのに、もう既に掲示板などで情報が出回っているらしい。

 ともかく、神核実体も地上まで出ればほとんど終わったも同然だ。後はこのジェット機が海上まで運び、そこから投下、事前にスタンバイしている潜水艦と潜水士たちによって、海底神殿まで届けられる。


「極超音速機ねぇ。途中で墜落したりしない?」

「はええ……。不吉なこと言っちゃダメだよ」


 〈ダマスカス組合〉建築部がフィールド上に作り上げた立派な滑走路に、“シューティングスター”が移動する。煌々と輝く滑走路灯に誘われ、空を見据える。


「HS-08“シューティングスター”、離陸準備完了」

「滑走路安全確認完了」

「離陸シークエンス実行」


 オペレーターたちの声が飛び交い、調査開拓員たちが固唾を飲んで見守るなか、飛行機は一際大きな唸りをあげる。二基の大型エンジンが青い炎を噴き上げ、機体が滑り出す。コックピットに収まる遮光ヘルメット姿のパイロットが、カッコよくハンドサインなどを送っている。


「行ってらっしゃーい!」

「わっしょーい!」


 調査開拓員たちが、苦難を共にした神輿を見送る。彼らの歓声に背中を押され、ジェット機は猛烈と速度を上げ、ふわりと浮かび上がる。その時だった。


「ちょっとレッジ、あれ!」


 エイミーが気がついた。

 シューティングスターの二等辺三角形を作る黒い翼の裏側に、白い影がへばりついている。それはぎょろりとした金色の目を向いて、その手に握った黒いピッケルを、機体に——。


「離陸中止だ! グレムリンがいる!」

「撃墜しろぉ!」


 いち早く気がついた他のプレイヤーたちも声を上げる。しかし、速度に乗ったジェット機はそう簡単に動きを止められない。黒いピッケルが突き刺さる。頑丈な装甲も特殊構造壁と比べれば豆腐同然だろう。易々と穴が開き、配線が千切れる。細かな部品が振り撒かれ、機体がぐらりと大きく傾く。


「レッジさん!」

「バックアップ頼む!」


 気がつけば、俺は走り出していた。

 あの中には神核実体とT-1がいる。


「『強制萌芽』“爆弾綿”ッ!」


 種瓶を足元に投げる。急成長した植物が実をつけ、種を膨らませ、弾ける。白い綿が広がり、周囲のプレイヤーを薙ぎ倒す。俺はその上に乗って、一気に空高く跳躍した。


「『ポールボールト』ッ!」


 さらに槍を使い、高さと距離を稼ぐ。


「『ラッシュブラスト』ッ!」


 突撃系テクニックで一気に迫る。


「風牙流、第一技、『群狼』ッ!」


 後方に向けて、風を放つ。その勢いを受けて、さらに加速する。


「『強制萌芽』!」


 そして、ギリギリクールタイムの終わったテクニックを再び使う。今度は、また別の植物だ。


「“投網藤”ッ!」


 長い蔓が宙に広がる。バランスをどうしようもなく崩した“シューティングスター”を絡め取り、包み込む。藤の蔓を伝ってこちらへ渡ってきたグレムリンを即座に切り捨てる。


「T-1!」


 背の低い濃色のキャノピーの内側に、泣きそうな顔のT-1がいた。

 機体の上に立ち、彼女を助けようと槍を構える。その時、周囲から明確な殺意が向けられた。


「今まで隠れてたのはそういうことか——」


 飛行機が落ちる。滑走路を焦げ付かせ、火花を散らしながら滑る。森の中から現れたのは、黒いピッケルを握ったグレムリンたちだった。


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Tips

◇HS-08“シューティングスター”

 〈ダマスカス組合〉によって開発された極超音速飛行機八号機。長年にわたる研鑽と改善の結果、ようやく実用レベルにこぎ着けた最初の機体。全体を黒色の高耐久耐熱装甲で包み、俯瞰すると縦長の二等辺三角形に見える形状をしている。

 操作は非常に難しく、専用の滑走路を必要とする。


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