第850話「貫くは純白の柱」

 占拠されていた第七階層の電源区域をレティたちが奪還した直後、第二拠点で大規模爆発が発生したという報告を受ける。T-3やあちらの“金翼の玉籠”との通信は途絶し、内部の様子は分からない。あまりに唐突な出来事に誰もが騒然としていたが、中でも一際青い顔をして冷や汗を滲ませていたのは他ならぬT-1だった。


『ま、まずいのじゃ、まずいのじゃ……。皆の者、なんとしても神核実体を〈白き深淵の神殿〉へ護送するのじゃ! あらゆる戦力を集結させるのじゃ!』


 彼女は大きな声で檄を飛ばす。混乱は未だ残っていたが、それでも調査開拓員たちは重い神輿を担ぎ上げて走り出す。


「T-1、状況は悪いのか?」

『悪いなんてもんじゃないのじゃ! あちらの活動状況が分からぬ以上、こちらの神輿に本物の神核実体があると向こうも考えるのじゃ。今に総力を結して襲ってくるのじゃ!』

「暴走状態の有機外装でもそんなに頭が回るのか?」

『先回りして電源区域を奪取するくらいには知性があるのじゃ!』


 汚染されたコシュア=エグデルウォンの有機外装は単純な装備品というわけではない。それにも知性があり、こうして自律的に活動している。奴もこちらの状況を見て、判断をし続けている。

 第二拠点の生存者は絶望的である以上、奴もこちらに戦力を集中させてくる。それがT-1の読みだった。


「作戦本部に問い合わせてますが、向こうも情報が錯綜していて整理に時間がかかっているようです」

「当然だな。俺たちは俺たちでやるしかない」


 幸いと言うべきか、電源区画を破壊したことで第一拠点の黒蛇は大部分が撤退した。上層との接続が回復し、人員や物資が続々と届くようになっていた。神輿は休息に規模を拡大させながら、猛烈な勢いで地上を目指す。


「第十三階層で次の物資補給があります!」

「体力に余裕があるやつは担ぎ手を代われ! 立ち止まらずに補給をしていくぞ!」


 階段を駆け上り、入り組んだ道を走り抜ける。神輿の上に立つT-1の音頭で、今までよりはるかにペースを上げている。


「後方から黒蛇来ます!」

「ぐわあああっ!?」


 しかし、向こうもそう易々と逃しはしない。

 再び一体の巨大蛇へとまとまった有機外装が、黒炎を噴き上げて床を突き破って現れた。短期決戦で決着をつけようというのか、出し惜しみも遊びもない獰猛な顔つきだ。


「ぬわー!?」

「どわー!?」

「ぎょわー!?」


 足止めのために立ち向かっていった歴戦の調査開拓員たちが次々とやられていく。その断末魔が、だんだんと神輿の方へと近づいていた。


「黒蛇の速度、上がっています!」

「このままではすぐに!」

『ぬわあああん! 悲観的な報告など要らぬ! やらぬできぬは嘘つきなのじゃ! 口を開いている暇があるなら走るのじゃ!』


 次々と挙がる非情な声にT-1が泣き出す。そんな逼迫した状況下にも関わらず適切な指揮は継続しているあたりが凄まじいが、絶望的な状況には変わりない。



『おいなりさんも一日三個までに減らすのじゃ! カミルの言うこともちゃんと聞くのじゃ! それとそれと、ぬわあああんっ!』


 ……やはり、すこし不安になってきた。


「レッジさん、次はレティたちが!」

「もう順番か。仕方ないな」


 護衛要員は大根を擦りおろすように消し飛んでいき、ついに俺たちも出張らなければならなくなった。腹を括って足を止める。背後から迫る黒蛇は、その身に対して狭い通路に苛立ちながらこちらへ迫っていた。


「『貫き拡散し枝分かれする極大の氷槍』」


 初めにラクトがアーツを放つ。巨大な氷の槍が黒蛇を真正面から貫き、さらに無数に枝分かれすることで体内からズタズタに裂いていく。しかし、有機外装にはあまり効果がない。奴の勢いは欠片も鈍らず、壁を削りながら近づいてくる。


「止められるかしら」

「エイミーなら余裕だろ」


 前面に立つのは、拳を構えたエイミーである。レティとトーカが急いでバフを纏っているが、万全の態勢を取るにはまだ時間がかかる。エイミーの穏やかな垂れ目が、鋭くなる。


「鏡威流、二の面」


 彼女が腰を落とす。その拳を深く引く。

 黒蛇が口から黒炎を漏らしながら、赤く輝く眼で睨む。

 二人の距離がゼロになる。


「——『凸破鏡』ッ!」


 澄んだ音が響き渡る。1秒を百以上に分割した高精細な時間の中で、彼女は的確に1フレームを掴み取る。刹那の中に打ち出された一打が、蛇の鼻先を凹ませる。


『————ッッッ!!!?!?』


 音すら抜いて、蛇が吹き飛ぶ。真っ直ぐに伸びる通路をどこまでも後退し、そして壁に激突する。鏡威流の無限ノックバックによって、大きく距離が離された。そして、それだけの距離があれば十分だった。


「小蛇になって襲ってきたのは悪手でしたね」

「おかげで、情報はとても集めやすかったですよ」


 兎と侍が跳ぶ。軽快な足音を一つ響かせて。


「咬砕流、七の技、『揺レ響ク髑髏』」

「彩花流、陸之型、二式抜刀ノ型、『絞り桔梗』」


 衝撃が蛇の鼻先を打ち、その内部にまで浸透する。硬い体内をぐちゃぐちゃに掻き乱し、尻尾の先端まで突き抜ける。

 斬撃がその長大な体を螺旋のように駆け巡る。刃は深く食い込み、その体を細かな断片へと変えていく。

 二人はこれまでの戦闘中、ただがむしゃらに小蛇を叩いていたわけではない。〈鑑定〉スキルを使い、敵の情報を集めていた。大蛇は強大すぎるため情報も容易には読み取れないが、小蛇は数も多く詳細に観察することができただろう。彼女たちはすでに、有機外装のあらゆる弱点を知り尽くしていた。

 斬撃と打撃。二つの力が融合し、蛇はシュレッダーに掛けられたように粉々になる。

 黒い破片が舞い広がる。


「『風水練武』『灼熱火炎旋風陣』!」


 渦巻く業火が、有機外装の破片を焼き尽くす。炎の中心に立つのは白い毛並みを靡かせるシフォンである。彼女は土地の風水を一点に集約し、その力を極限まで高めていた。

 炎と風が唸りをあげ、全てを灰燼に変えてゆく。

 もはやそこに怨念に染まった大蛇はいない。


「やったか!」


 見事な連携を見せてくれたレティたちに思わず拳を握る。濃煙が未だ立ち込めているが、大蛇の気配はない。勝ちを確信して笑みが溢れる。


「レッジさん、そう言うのは!」


 レティがこちらへ振り向いて頬を膨らせる。


「フラグじゃないって。そもそも、あれだけの一斉攻撃を受けたんだ。流石にひとたまりもあるまい」

「だからですね——っ!」


 レティは言葉の途中で耳を揺らし、隣に立っていたトーカを掴んで跳躍する。

 次の瞬間、煙の中から現れた大きな口が、二人のいた場所を噛み砕く。


「なんっ!?」

「だから言ったじゃないですか!」


 煙を晴らして現れたのは、生々しい筋繊維を露わにした黒蛇だった。皮膚がジュクジュクと音を立て泡立ちながら、ゆっくりと再生している。周囲に降る黒い粉塵が、次々とその体に吸い込まれている。


「いくらなんでも、冗談がすぎるだろ」


 レティとトーカによって微塵ぎりにされ、その上でシフォンに焼かれたのだ。これで倒れてくれねば、困ってしまう。これ以上どうすれば、奴の動きを止められるのかさっぱり分からない。


「————ァァッ————」


 愕然としたその時、誰かの声が聞こえた気がした。とても微かな、春風にさえかき消されてしまいそうなほど小さな声だ。


「全員下がれ!」


 遥か下方から凄まじい気配を感じ、咄嗟に叫ぶ。レティたちが素早く地面を蹴り、後ろへ回避する。次の瞬間、全てを飲み込む純白の光が床を貫いて現れ、復活を始めていた有機外装を今度こそ完全に消しとばした。


「はは……」


 地面にぽっかりと空いた大穴の縁で、思わず乾いた笑いを零す。濃い闇の広がる穴の底で、青年が爽やかに笑った気がした。


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Tips

◇『風水練武』

 〈占術〉スキルレベル60のテクニック。土地にある風水の力を練り上げ、武力としてその身に纏う。時に尋常ならざる強力を獲得し、人の身では到達し得ないほどの武威を示す。

 “地に満ちる力を練り上げその身にまとえば、その者は大地の怒りの体現者となる”


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