第849話「ほとばしる青」

6.


 現在の開拓最前線である第二開拓領域の〈老骨の遺跡島〉には、〈ダマスカス組合〉の検証部が駐屯している。都市内部では危険度が高すぎるため実施できない、様々な新製品の性能を検証するためだ。

 密林の生い茂る島を囲む青い海、その沖合に〈ダマスカス組合〉の実地検証部が使用している小型海上プラントがあった。小型とはいえ、組合が誇る建築部に属するフィールド建築物専門の職人集団が作り上げただけあって、広大なコンテナヤードやクレーン、八つの大型ヘリポートを搭載した立派なものだ。洋上から太い柱で立ち上がり、波のかからない高所に厚いプレートが載っている。


「DC-3048、着陸態勢に入る」

『こちら洋上プラント-C了解。第二ポートを使ってくれ』


 はるばる〈スサノオ〉からコンテナを満載してやってきた大型輸送機が洋上プラントに降り立つ。すぐに控えていた調査開拓員たちが機体に群がり、車輪のロックとエネルギーの補給を始める。流石の〈ダマスカス組合〉もこの規模の輸送機を何十と保有しているわけではないため、荷物を下ろしたらすぐに別の場所へ飛び立たねばならないのだ。


『現在、積荷を確認中。——なんか、大型耐爆コンテナに目録にないアイテムがいっぱい詰まれてるんだが?』


 販売部の検査員が降ろされてきたコンテナの内容を改める。大部分のコンテナはつつがなく受領の手続きが続けられたが、ただ一つ大型耐爆コンテナだけが引っかかった。


「なんか開発部の連中が作ったオモチャが入ってるらしい」

『なるほど、そういうことか。そういえばさっきその連絡も来てたよ』


 情報はTELでやり取りされるため、実際にやってくる荷物よりも早く伝わる。検査員は輸送機パイロットの言葉に納得し、耐爆コンテナを機体から引き摺り下ろす。


『荷下ろし作業完了。エネルギー充填が出来次第、飛び立ってもらって結構だぜ』

「サンキュー。まったく、飯食う暇もねぇや」

『ブタのパイロットは福利厚生でいつでも〈シスターズ〉の料理が食べられるんだろう? いっそ変わってやりたいくらいだ』

「へっ、バカ言うな。俺はサカオちゃんのハートカレーを食べるためだけにコイツ飛ばしてんだからな」


 プラントの職員の軽口に応じつつ、パイロットは操縦桿を引く。二機の大型エンジンが唸りを上げ、風を集めてプラントに吹き付ける。業風に髪を乱すプラント上の同僚にハンドサインを送って、寸胴な輸送機を丁寧に浮かばせる。

 十分な高度が稼げたと同時に、ティルトローターを傾けて出力を最大に。その機体に似合わない高速機動で、DC-3048“ブルーピッグ”は〈オノコロ島〉に向けて飛び立った。


7.


「——と言うわけで、大型耐爆コンテナの中身は新規開発のアイテムらしい」

「40個近い特大型バッテリーを使うなんて、いったいどんな爆弾なんだよ」


 輸送機が大量のコンテナを置いて行ったプラントでは、既に販売部の人員が忙しく動き始めていた。彼らはここから、〈老骨の遺跡島〉にいる注文者などにアイテムを配達しなければならない。すでにプラントの下には大型の船が待機しているし、浜辺には物資輸送系専門バンドである〈笛と蹄鉄〉のメンバーが機獣と荷車と共にずらりと並んでいることだろう。


「遺跡の方に送るやつは纏めて船に載せろ!」

「一号船出ます!」


 ガントリークレーンがフル稼働し、コンテナごと荷物を下ろしていく。積荷を受け止めた船は積載量に達したところで順次出航する。


「新規開発アイテムは検証部に送るんですかい?」

「そのはずなんだが、一応問い合わせておくか」


 現場の判断で物事を動かし、万が一のことがあると問題だ。洋上プラントで活動する販売部の主任はそう判断し、同じくプラントに常駐している検証部の主任に連絡を取る。


「もしもし、〈スサノオ〉の第一工房の開発部から新規開発のアイテムが送られてきたんだが」

『ああっ? 第一工房から連絡なんてあったかね?』


 検証部の主任はかなり忙しくしているようで、叫ぶように応答する。

 それもそのはずで、彼は日夜各地の工房から次々と送られてくる試作品の管理をしているのだ。大半はスクラップ同然のオモチャだが、中には使い方を誤るとフィールドの環境負荷が急激に高まるような危険な代物もある。責任者である彼はフィールド各地に散らばっている検証班と連絡を密にして環境負荷や猛獣侵攻の危険を考慮しながらプランを立てつつ、上がってきた検証結果を査読して開発部に送り返さねばならないのだ。


「なんか特大型超高濃度圧縮BBバッテリーが37個も同封されてるんだが」

『はああっ!? んっだ、その核爆弾は!』


 販売部からの報告に検証部主任は目を剥く。ただでさえ爆発実績のある特大型バッテリーが3ダースである。そんなものの検証で、もし爆発させようものなら一瞬で環境負荷は限界突破し、綺麗な自然が地で染まる〈猛獣侵攻スタンピード〉が発生する。

 平時ならともかく、今は特殊開拓指令の真っ最中で有望な戦闘職は軒並み地下に潜っているし、最前線である〈老骨の遺跡島〉はミズハノメによる迎撃設備フツノミタマの整備も万全とは言い難い。


『んなもん送られても実験できねぇぞ。海でも干上がらせる気か!?』


 マイクに向かって悲鳴をあげる主任。自分が開発したわけでもないのに怒鳴られた販売部主任はげんなりとして口をへの字に曲げた。


検証部こっちのじゃなくて、販売部そっちの荷物なんじゃないのか? ほら、今イベントでなんかやってるだろ』

「神核実体運搬作戦な。そっちの方も需要過多でてんてこ舞いだよ」

『第二拠点は騎士団も潜ってんだろ。急造した特注品とかじゃねぇの?』

「ええ……。そんなわけは——」


 乱暴な言いがかりに辟易しつつ、販売部主任が手元の受注リストを確かめる。そして、パラパラとめくったページの後に第一工房管理部からのメッセージを発見した。


「っとと。なになに? “特大型超高濃度圧縮BBバッテリー他のリスト漏れについて”」

『ほーらやっぱりそっちじゃねぇか!』


 数分前に受信したばかりのメッセージを読み上げると、検証部主任が鬼の首を取ったかのように勝ち誇る。なるほど、確かにコンテナの中身は八割ほどがバッテリーである。となれば、あれはやはり地下の遺跡に運ぶべきものだったのだろう。


「すまんすまん。やっぱりこれは配達物だったらしい」

『だろうよ。とっとと運んでくれ』


 検証部主任に謝罪し、販売部主任はすぐさま部下に指示を出す。スクリューを動かし始めていたコンテナ船に待ったを掛け、耐爆コンテナを積み込んでいく。イベントの真っ最中である現場からの注文であれば、その優先度は最も高い。船は高速で島に向かい、そこで機獣の接続した荷車に積み替える。


「よろしくっすー」

「了解です。じゃ、確かに受け取りましたんで」


 〈ダマスカス組合〉から〈笛の蹄鉄〉へと荷物は引き継がれる。特殊開拓指令発動下の特例として、迅速配達を優先するため荷物の確認は省かれる。そもそも、工房とプラントの二箇所で検品しているのだから、一定の保証はされているのだ。さらに〈笛の蹄鉄〉の確認を挟むと、余計な時間と費用がかかる。


「やーっ!」

「さあ、出発だ!」


 機獣使いが鞭を打ち、立派な体格の機械闘牛たちを歩かせる。コンテナまるまる一つを積み込んで、彼らは近くにある石塔へと向かう。そこには同じ〈笛と蹄鉄〉の歩荷たちが待ち構えており、コンテナに積まれた特大のバッテリーも次々と運び出す。


「特大型バッテリーって前に爆発事故なかったっけ? そのまま背負うの怖いんだけど」

「ばっかオメェ、組合だってちゃんと改良してるに決まってるだろ」

「なるほどね。じゃあ安心だわ!」


 バッテリーは強化外骨格フレームを装備した調査開拓員たちが背負子を使って担ぎ上げる。大型機獣の入り込めない場合は、調査開拓員の足で運ぶしかないのだ。


「このデケェ箱はなんなんだ? なんか、中でボコボコ音がしてるんだが」

「騎士団の特注品らしいぞ。一点物だから気をつけて運べ」

「うぃーっす」


 大量のバッテリーに紛れて、重い金属筐体も背負われる。その厚い装甲壁の内側で微かな音が響くが、その正体に気づく者はいなかった。


「これはどこに届ければ?」

「えーっと、バッテリーバッテリー……。ああ、第十階層の補給ポイントだな。ニルマさんの戦馬車チャリオットに使うらしい」

「なるほどねぇ。じゃあ、行くか!」


 特大バッテリーを背負った37人と、謎の金属筐体を背負った一人が隊列を組んで石塔の中へと入っていく。彼らは所属するバンドを示す笛を首から提げ、弱い原生生物避けの効果がある鈴の音を響かせながら遺跡の中を歩く。

 専門の護衛が前後を守り、さらに斥候も注意深く目を光らせている。そもそも、拠点内部は掃討作戦によってほとんど全ての敵が狩り尽くされた後だ。


「いやぁ、特需様様だな。こんな散歩で普段の3倍の金が稼げるなんて」


 〈ダマスカス組合〉のほか、〈プロメテウス工業〉など主要な生産系バンドと大口の契約を交わしている〈笛と蹄鉄〉は、今回の特殊開拓指令でもほとんど独占的に物資輸送を担っていた。拠点内は平時よりも平和なほどで、彼らの気も緩んでいる。


「俺、イベントで稼いだ金使ってBBBのレースの命名権買うんだ」

「俺は〈キヨウ〉に念願のマイホームだな。キヨウちゃんグッズを買い集めるんだ」

「幼馴染がFPO始めるらしいから、その支援資金に充てるかなぁ」


 彼らは報酬の使い道について話の花を咲かせながら、一歩一歩着実に階層を降りていく。


「黒蛇も落ち着いたみたいだな?」


 いくら通常の原生生物や機械警備員がいないとはいえ、内部にはコシュア=エグデルウォンの有機外装が汚染された黒蛇が徘徊している。けれど、彼らの周囲で目立った戦闘は起きていない。


「なんでも、また1匹に纏まり始めてるらしい。騎士団が暴れ回ってるんじゃないか?」

「なるほどなぁ。アストラたちならぶった斬ってくれるだろうしな」


 そうして最後の階段を下りきり、彼らは第十階層へとたどり着く。この階層の一角に、“金翼の玉籠”を運搬しているプレイヤーたちの物資補給場所が設営されているのだ。そこに担いでいる荷物を持って行けば、晴れて仕事は完了である。

 上機嫌の彼らには、最後尾を歩くメンバーの背中で莫大なエネルギーが発生していることなど気付けない。

 リーダーに無茶振りされた苦労性な開発部が苦肉の策で作り上げた、“無限運動エネルギー増幅器”。反発係数1.009、物理法則を超越した異常な板が上下に合わさり、その間で往復運動をしている金属球。速度は音速を楽々突破し、光速に迫る。堅固に作られた装甲板も、限界が来ていた。


「よし、そこに積んでいけ」

「了解でーす」


 物資補給場に到着したメンバーが次々とバッテリーを積み上げていく。通常、バッテリーは誤作動を防ぐために置き方も決まりがあるのだが、彼らはそれを気にしない。次々と直列で接続されるように、積み木のように置いていく。

 バッテリーの安全機構が、機械に接続されたと判断してエネルギーの解放を始める。しかし、行き場のないエネルギーは静かに密かに暴走していくほかない。


「はぁ、コイツが一番重かったな」


 疲れた顔の歩荷が、励起状態を整えていくバッテリーの上に、重い金属筐体を載せる。その僅かな衝撃が、溜まりに溜まった決壊寸前のダムに小さな穴を開けた。


「えっ——」

「うん——?」


 筐体が割れ、金属球が超高速で飛び出す。それは第二重要情報記録封印拠点の非常に強固な構造壁に阻まれ、跳ね返る。そして、特大型バッテリーの重装甲を易々と貫き、溜まりに溜まったエネルギーに逃げ場を与えた。

 瞬間、青い光がほとばしる。光が闇を払い、硬い構造壁が衝撃を逃さない。


7.


『さあ、愛です! 大いなる愛で、溢れんばかりの愛で全てを包み込むのです!』


 金に輝く神輿の上、大きく腕を広げて愛を説くT-3。彼女は周囲の調査開拓員もろとも、突如として押し寄せていた青い光と衝撃の渦に包まれた。


『ラブ! アンド——ほぎゃあああっ!?』


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Tips

◇無限運動エネルギー増幅器

 ネヴァが開発した特殊完全反射構造壁を利用したエネルギー増幅装置。基本構造は単純で、高さ1.8mの金属筐体の上下に反射構造壁を水平に取り付けている。内部に封入された金属球が弾み、次第にその運動エネルギーを増幅していく。

 理論上無限のエネルギーを供給できるが、唯一の欠点として増幅した運動エネルギーを外部に取り出すことができない。

“とりあえずなんか作ったから、あとは検証部で何か使い方考えてください”——ダマスカス組合第一工房開発部部長


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