第848話「検査員の楽しみ」


5.


「いやぁ、キミ本当にスジがいいね! まさか36個も作っちゃうなんて」

「えへへ。部長の教え方が上手かったからですよー」


 大工房の一角にずらりと並ぶ特大型BBバッテリー総勢37個。圧巻の光景に部長もネコミミをピコピコと揺らしてヒゲを震わせる。彼女と共に製作をおこなった少女も達成感に包まれていた。


「それじゃあ、ちゃちゃっと梱包して出荷しちゃおう」

「分かりました! じゃあ、販売部の人呼んできますね」

「私もこの後予定あるし、戻ってこなくていいからね」


 工房で製作されたアイテムは製造部から販売部へと受け渡される。今回の場合は注文を受けてからの生産だったため、すでに売り渡し先は決まっている。コンテナに積み込んで、客先へ届けるのは販売部の仕事だった。

 少女はブースを飛び出してカウンターに向かう。資材部や管理部といった事務方の部署が机を並べた一角である。


「すみませーん、特大型超高濃度圧縮BBバッテリー完成したので、持ってって貰っていいですか?」

「ああ、注文書が抜けてた奴か。了解した。すぐに人を向かわせるよ。勝手に持っていくから、君は次の仕事を頼むよ」

「ひええっ」


 注文リストが欠落していた件は既に管理部から共有されていたようで、話はトントン拍子で進む。少女は息つく暇もなく渡された注文リストのアイテムを作るため、別のブースへと向かう。部長もまた、精密機械製造部の責任者として部長会議に出席する予定があった。

 そうして、第八ブースが無人になってさほど間をおかずに、空のコンテナを牽く機獣を連れた販売部の人員がやってきた。


「うぃーっす。って、あれ、なんかバッテリーの数が多いな。注文書は10個って書いてなかったか?」


 コンテナの扉を開けた青年は、ブースに残された30個以上のバッテリー筐体を見て首を傾げる。控えた注文リストに載っているのは10個だったが、これはどういうことだろうか。


「まあ、問題があったら検品で弾かれるっしょ。全部積み込むぞー」


 彼は〈ダマスカス組合〉が開発した強化外骨格フレームを起動させ、巨大で重量のある特大型バッテリーを軽々と持ち上げる。そうしてコンテナの中に次々と運び込み、無事に梱包を終えた。

 ほとんど満杯になったコンテナは、工房の裏手にあるヤードへと運ばれる。そこで更に行き先が同じ細々としたアイテムを積み込み、積載率が100%近くになったところで出荷されるのだ。


「じゃ、あとよろしくでーす」

「はいよー」


 ヤードに置かれたコンテナは、同じ販売部の検査員が内容を確認する。


「おい、このコンテナバッテリー37個積まれてるんだが?」

「うん?」


 受注リストを確認しつつコンテナ内を検分していた作業員が首を傾げる。彼はすぐに同僚を呼び、相談した。


「ああ、受注リストでなんかトラブってた案件だろ。注文数間違えてたから、増産したんじゃないか?」

「なーるほど。そういうことだったか。部長に確認しなくてもいいかな?」

「もう部長会議始まってるだろ。こんなんで呼び出したらドヤされるぞ」

「それもそうだなぁ」


 二人は頷き合い、コンテナの扉を閉じる。37個の特大型バッテリーを積み込んだコンテナの積載率は80%ほどで、まだ少し余裕がある。連日の特殊開拓指令特需のおかげで、すぐに追加の荷物がやってくることは分かっていたため、しばらくヤードで待機である。


「それよりもお前、輸送作戦はどうなってんだ?」

「一応どっちも順調に進んでるらしいけどな」


 ヤードを一通り見回った後、検査員は浮き足だった様子で掲示板とブラウザを開く。ニュース系バンドが絶賛開催中の神核実体輸送作戦の情報をリアルタイムで更新している生放送を観ながら、掲示板でも情報を集めるのだ。


「やっぱり第一拠点が本物かな」

「おっさんがいるのはあっちだもんなぁ。でも、第二拠点には騎士団がいるし、正直分からん」


 非戦闘職の彼らの間で話題となっているのは、第一拠点と第二拠点を同時に出発した二つの玉籠のうち、どちらが本物かというものだ。片や何かと世間を騒がせる“要塞おじさん”レッジ、片や最大手攻略組〈大鷲の騎士団〉。どちらが本物を守っていても不思議ではない。

 すでに多額の賭け金をプールした賭博が盛り上がっており、検査員の二人もそれに多少のビットを投げ込んでいた。〈ダマスカス組合〉ではイベント中の特別手当でいつもよりかなり多くの給金が支払われるが、それでも賭けの行く末は気になってしまうものだ。


「とはいえ、やっぱり第二拠点が優勢かな」

「あっちは〈黒長靴猫BBC〉とか〈七人の賢者セブンスセージ〉もいるんだもんな。むしろ、トッププレイヤーだらけの第二と張り合ってるおっさんらが凄いんだが」

「第一拠点の方は蛇も随分細かくなってるらしいな。赤兎ちゃんやら人斬りちゃんにはちょっと荷が重いんじゃないか?」

「でもおっさんは範囲攻撃の鬼だからなぁ」


 お互い、自分が賭けた方に望みをかけつつ、リアルタイムに更新される情報を注視する。目安となるのはT-1とT-3がそれぞれ指揮を執る神輿の現在地だ。


「くぅ、T-1ちゃんも頑張ってくれよ!」


 現在、T-1が指揮する第一拠点の神輿は進行が遅れている。稲荷寿司が原因だとまことしやかに囁かれているが、現場から遠く離れた大工房のコンテナヤードからはよく分からない。


「いいぞいいぞ、そのまま突き進んでくれ!」


 逆にT-3が指揮する第二拠点の神輿は順調だ。ペースもほとんど落ちていないし、補給ポイントでの休憩も必要最低限で済ましているらしい。このままの展開が続けば、第二拠点勢力が先に地上に出るのは確実だろう。


「おーい! 追加の荷物だ! 運び込んでくれ」

「ちっ。良いところだってのに……」

「言うな言うな。俺たちの仕事が神輿の応援にもなるんだから」


 熱中している二人は背後から呼び声を掛けられる。不貞腐れた顔で振り返る同僚を諌めつつ、青年が小走りで要件を聞きに走った。


「あれ、開発部の部長じゃないっすか。珍しいっすね」


 ヤードに現れたのは、普段新製品の設計を担当している開発部の責任者だった。製図部と連携して最初のレシピを作ることを専門とする部署だけに、販売部——特に出荷担当との直接的な関わりは薄い。


「すまんね、ちょっと急ぎで一つ。〈老骨の遺跡島〉にいる実地検証に送ってほしいのがあるんだ」

「〈老骨の遺跡島〉っすか。てことは……」

「ああ、第二拠点に送るコンテナに載せてくれればいい」

「了解っす。荷物ってこれですか?」


 開発部の男は頷き、傍らに置かれた大きな金属筐体を軽く叩いた。


組合長ボスの気まぐれに付き合ってできたもんさ。レベル5以上の耐爆措置でよろしく頼む」

「また随分おっかないもんを作りましたね。まあ、しっかりきっちり梱包して運びますよ」


 開発部がクロウリの戯れに振り回されているのはいつもの事だ。今回のように突然持って来られるのは珍しいが、危険性の高い製品を梱包するのも初めてではない。青年は慣れた顔で引き受け、開発部長は喜んで後を任せた。


「おーい、仕事だ。レベル5以上の耐爆梱包だってさ」

「核爆弾でも積み込む気かよ?」


 青年はオッズを睨んでいる同僚を呼び、共に謎の金属筐体を梱包していく。この機械が一体何なのか興味がないわけではないが、わざわざ重要機密かも知れない情報に首を突っ込んで厄介な守秘義務を負うつもりもない。


「バッテリーを積んでるとこって確か耐爆コンテナだよな?」

「当然。行き先も一緒だし、スペースも空いてるだろ。そこに押し込むぞ」


 とても都合の良いことに、彼らが検品したばかりの特大型超高濃度BBバッテリーを積み込んだコンテナは耐爆仕様の特別性だ。バッテリーが過去に爆発事故を起こしたことから当然の措置でもあるのだが、今回はまるで示し合わせたかのようだ。

 巨大な金属筐体は、コンテナにある20%の余白にちょうど納まる。まるでパズルの最後のピースが嵌まったかのような爽快感に、二人は思わず笑顔をこぼした。


「注文リスト見て調整したのかね?」

「かもしれないな」


 二人はコンテナを厳重に封印し、販売部の配達班に準備完了の連絡を送る。すぐに上空からけたたましいティルトローターの唸りを響かせながら、巨大でずんぐりとした輸送機がやってくる。

 〈ダマスカス組合〉が保有する大型の輸送機だ。コンテナを30個格納できる破格の積載能力を誇り、海を越えて一直線に目的へ荷物を運ぶことができる。


「どんどん積み込んでくれー」


 コンテナヤードに並んだ行き先を同じくする大型コンテナが、機獣の牽引で次々と積み込まれていく。ものの数分で30個のコンテナが頭を揃え、輸送機DC-3048は来た時よりも更にパワフルな音と風を振り撒いて浮かび上がる。


「おたっしゃでー」


 検査員の二人もそれを見送り、ようやくひと心地つく。これでまた満杯のコンテナがまとまった数溜まるまではのんびりとオッズを確認できるのだ。


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Tips

◇レベル5耐爆性能

 原始原生生物“昊喰らう紅蓮の翼華”の乾燥花弁火薬7gの爆発に耐える耐爆能力。

 初期の植物型原始原生生物管理研究所標準収容チャンバーの要件として求められた性能であり、現在ではさまざまな場所での基準として用いられている。


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