第847話「期待の新人達」

3.


「部長ぉ! なんかすっごい数の素材が届いてるんですけど!?」

「知ってる知ってる。てか、受け取ったのあたしじゃん」


 指示されたノルマを全力で終わらせた後、少女は精密機械を製造する第八ブースへと急行した。そこで待ち構えていたのは、ブースの大半を占有する特大のコンテナだった。

 唖然とする少女に、ネコミミの部長はゆるく笑いながら肩を叩く。


「資材部も忙しいみたいでさぁ、必要な素材を多めの丼勘定で届けてくれたんだって」

「なるほど。そういうことかぁ。——にしても多すぎません?」

「ま、それだけ失敗できるしいいでしょ。特大型超高濃度圧縮BBバッテリーは作ったことないっしょ?」

「それもそうですね。頑張ります!」


 〈ダマスカス組合〉のような大手に所属するメリットの一つが、失敗のリスクを恐る必要がなくなるということだ。今ここに少女一人では到底揃えることができない程の高価で希少なアイテム群が揃っているが、たとえ全てをスクラップに変えたとしてもバンド全体として見れば無視できる程度の損害にしかならない。

 だからこそ、精密機械製造部で部長を務めるネコミミの女性も、おおらかに少女の参加を認めたのだ。


「とはいえ、最初から失敗する気じゃダメだからね。とりあえず、あたしが作るから、それ見て作業手順を覚えてね」

「わかりました! よろしくお願いします」


 少女は気合を入れ直して気炎を上げる。やる気の漲る若者に、部長も嬉しそうにヒゲを震わせ、早速腰のツールベルトから大きな金槌を取り出した。


「まずは大枠から作っていくよ。フレーム材を出してちょ」

「はい!」


 特大コンテナの封を開き、中に収まった携行用保管庫からバッテリーのフレームとなるアイテムを取り出す。少女がそれを渡し、部長が金槌で力一杯リズミカルに叩く。工房内のあちこちで奏でられるアップテンポなメロディの中に加わり、大型バッテリーの製造が始まった。


「すごい……」


 部長の軽快で迷いのない作業を見ながら、少女は思わず驚嘆の声を漏らす。そもそも、〈ダマスカス組合〉という大規模最大手生産系バンドで一部署を任されているだけあって、部長の技術は間違いなく第一線級だ。精密機械系の生産は、〈機械製作〉スキルの中でも特に繊細な手腕を必要とする分野であり、その肩書きだけで一目瞭然ではある。

 しかし、実際に見てみると、少女は自身の想像力の乏しさを否が応でも実感してしまう。


「次、B型フレームプリーズ」

「は、はい!」


 部長は遮光用の目をすっぽりと包むグラスを着けたまま、次の材料を催促する。赤熱した金槌で叩いて溶接し、堅固な筐体を作っていく。


「爆発事故があったから、フレームの耐久力を上げるように再設計されてんだよねぇ。製図部が悲鳴上げてたけど」


 楽しげに笑いながら、部長は次々と部品を繋げる。少女の目には、まるで破壊されたスクラップが時を逆行させて元に戻っていくようにも見えた。

 FPOにおける生産系のシステムは、基本的にミニゲームの連続だ。ハンマーでタイミング良く叩いたり、一定の力加減でネジを回したり、そういった単純作業の連続である。しかし、上位の生産活動となると難易度は一気に上がる。いくつもの作業を平行して行いながら、許容されるミスも大幅に制限される。

 たかがゲームではあるが、そこには職人の技があった。


「基盤ちょーだい」

「はい!」

「L型ネジ45mm」

「はい!」

「これ46mmだねぇ」

「す、すみません!」


 少女がわたわたと箱から取り出して差し出したアイテムを、部長は一瞥もせず手の感触だけで判別する。複雑な形状の小さな部品のわずかな差異を一瞬で見極め、突き返す。

 少女は、自分が少しくらいできる生産者だと思い上がっていたことを恥じる。

 ここには、本物の生産者がいた。


「耐爆性能で言えば、〈プロメテウス工業〉の防爆壁知ってる?」

「はいっ! はい? いや、すみません、知らないです」


 そんな目まぐるしい作業の傍ら、部長は雑談に耽る余裕すらあるようだった。条件反射的に頷いてしまった少女は、慌てて訂正する。部長は耳をぷるぷると動かし、虹色に反射する保護眼鏡を少し彼女の方に向けた。


「なんでも、ネヴァから買った技術を独自に改良したとかで、〈製品品質検査機構ピンピン〉のテストでも結構な成績だしたらしいよ」

「そ、そうなんですか」


 〈製品品質検査機構〉通称“ピンピン”とは、生産職のプレイヤーが開発したアイテムの性能を厳格に検査する第三者機関的なバンドである。たとえ500Gビットで殴られても検査結果は変えないと言われ、その信頼性は高い。〈ダマスカス組合〉や〈プロメテウス工業〉といった大手生産系バンドから、“神業”ネヴァや“名工”ムラサメなど界隈のトッププレイヤーまで、多くの生産職がテストを依頼している。

 ちなみに、〈ダマスカス組合〉が作った特大型超高濃度圧縮BBバッテリーの第一世代は、概ね良い成績を収めたが、安全性に難ありという評価を得ている。


「ちなみに、ネヴァに支払った技術代ってどれくらいだと思う?」


 複雑な基盤に極細の工具を突っ込み、緻密な作業を行いながら部長が問いかける。

 生産者の間で技術の売買は日常的に行われていることだ。新たな技術を開発した場合、それはデータカートリッジの形で保存することができ、それを取引できるのだ。ありふれているのは合金の配合などで、特に〈プロメテウス工業〉は0.1%単位で金属の配合量を変えることで特殊な性質を見せる合金を開発して、そのレシピで稼いでいる。〈ダマスカス組合〉でも非常に高度な精密基盤などは稼ぎ頭の筆頭だ。

 とはいえ、それらは高くても数Mビット程度。大抵は百万M単位に満たないものだ。


「ええと、3Mくらいかな」


 その状況を踏まえ、少女は憶測で数字を出す。とはいえ、かなり思い切った価格だ。あまり高すぎても、その技術で稼ぎを取り戻せなければ意味がない。

 しかし、部長はにやりと笑う。


「120Mビットだって」

「はぁ!?」


 彼女の口から告げられた数字に、少女は驚いて抱えていたフレームを落とす。その衝撃で精密な形が歪むが、それどころではない。


「いくらなんでも高すぎますよね!?」

「いやぁ、それがそうでも無いんだよね。ほら、ネヴァって〈白鹿庵〉のテントとか農園の防爆壁とか作ってるし」

「確かに、ブランドも実績も十分ですけど」


 レッジは自身が求める防爆壁の性能基準を自身のブログで公開している。それは定期的に要求が上がっていくため、おっさんチャレンジという俗称で物好きな生産職たちによって挑戦されていた。毎回非常識な程の性能が求められるが、将来的にはそれが標準になる可能性もあり、そうなればいち早く製品を開発できた者が大きくリードできるためだ。

 そんなおっさんチャレンジで安定して毎回基準を超えた性能を叩き出し、おっさん自身からも厚い信頼を寄せられているのが、ネヴァの製品なのである。


「だからといって、120は吹っ掛けすぎだと思いますよ」

「おじさん基準の防爆壁って、〈ウェイド〉の植物園とか〈ホムスビ〉の掘削機械とかにも採用実績があるんだよねぇ。プロメテウスが量産化できれば、そっちでもっと稼げるってワケ」

「はぁ……」


 それにしても、文字通り桁の違うスケールである。大手というのはそのような世界で商売をしているのかと少女は呆気に取られた。


「あと、ウチの大将がオークションで張り合って吊り上げたってのもあるみたいだよ」

「ええ……」


 〈ダマスカス組合〉の組合長クロウリは、元々〈プロメテウス工業〉のトップであるタンガン=スキーの弟子である。方向性の違いから独立した経緯があり、両者の過剰気味なライバル視もそこから来ているのだが、今回もそれで一悶着あったらしい。


「ジジイ、こっちが出せばもっと出してくるから面白かった、って部長会議の時に笑ってたよ」

「組合長も結構悪いですねぇ」

「お互いじゃれあってるんでしょ。この前のオークションだと逆にウチがネヴァから70Mで反発係数1.009の反射構造壁買ってたし」

「なんですか、それ?」

「さあ?」


 とまれ、両バンドのトップの睨み合いは今に始まった事ではない。部長のような古参は、またかと言わんばかりである。


「ほい、一丁あがりってね。工程覚えた?」


 そんな話をしているうちに、部長は大型バッテリーを一つ完成させる。あっという間の出来事で、少女は目を丸くして驚くばかりだ。


「ま、とりあえずやってみよー。10や20壊してもいいみたいだし?」

「頑張って、破損率ゼロ目指しますけど」

「志が高いのはいいよぉ。じゃ、やってこっか!」


 二つ目からは少女も少しずつ工程に参加する。そうなれば雑談を交える余裕もなくなり、また部長も教えることに専念することになる。


「あれ、キミ結構スジがいいんじゃない?」

「ありがとうございますっ」


 手取り足取り教えてもらいながら、少女はバッテリーを組み立ていく。


4.


 〈ダマスカス組合〉開発部の面々は一様に沈痛な面持ちだった。彼らが囲むテーブルの上に鎮座しているのは、1メートル四方、厚さ30cmの重たい金属板だ。むしろ金属塊と言った方が妥当な代物は、シンプルな外見にも関わらず内部には非常に複雑な機構を有している。


「どうすんだよ、これ」


 沈黙に耐えきれなくなったタイプ-オニの青年が呻くように言う。新物好きで、非戦闘職なのに新しいモジュールをいち早く手に入れた彼も、目の前の塊には困惑しかなかった。


「どうするったって、どうにかしねぇと70Mをドブに捨てるのと同じことだぞ」

「そうは言ってもさぁ。何に使うんだよ」

「組合長もタンガンの爺さんと張り合うの良い加減やめてくれねぇかな……」


 彼らが取り囲んでいたのは、先日クロウリがオークションで落札した技術を用いて作成された特殊な反射構造壁である。反射面に対して垂直に、一定の質量を持った物体が衝突した場合、なんと1.009倍の力で押し返すという物理法則を超越した代物である。

 カタログスペックだけを見れば非常に便利な代物のようにも見えるが、実際には条件が厳しすぎて活用法がなにも思いつかない、ただの文鎮である。


「納期いつ?」

「あと3時間」

「無理だろ……」


 クロウリからは、これを活用した新製品のアイディアを求められている。この後に迫った部長会議で、何かしらの草案程度でも出さねば、非常に面倒臭いことになるのだ。


「なんかも、テーブルでも作ったら?」

「流石にキツイだろ」


 とはいえ、適当な間に合せでも良いかといえばそれも違う。彼らもまた大手生産系バンドの製品開発を担う矜持がある。


「おっさんに着払いで送りつけようぜ」

「そっちの方が厄介なことになりそうだから却下」

「やっぱり盾案じゃない? 反発力高いなら、バッシュ系の攻撃盾にできるでしょ」

「攻撃を正確に真正面から受け止める必要があるんだぞ。誤差1°も無いようなシビアな操作、戦闘中にはできねぇよ」

「盾にすると重いしなぁ。どんな金属使ってんだか」


 彼らはエナジードリンクの空き缶を散乱させながら、げっそりとした顔で議論を続ける。しかし、すでに3日も話し合った後で、出てくるものは出涸らしのようなうわ言ばかりだ。


「新人もなんか出せよ」


 目の据わった男が、ずっと沈黙している新参の青年に半ば脅すように声を掛ける。彼は会議が始まってから今まで一度も口を開かず、ただ静かに座っていた。


「新しい風ってやつね」

「固定観念にとらわれない自由な発想を見せてくれ」

「ニューエイジを築く次世代の光だぞ」


 一縷の望みをかけて、蜘蛛の糸に縋る亡者のように開発部の面々が視線を向ける。


「——ひとつだけ」


 全員から注目され、青年はようやく口を開く。彼は人差し指を立てて、自信なさげに言った。


_/_/_/_/_/

Tips

◇溶接鍛造金槌

 〈機械製造〉スキルと〈鍛治〉スキルで使用する上級工具。超高温で溶接と鍛造を同時に行うことができる特殊な構造の工具。扱いは難しく、またBBエネルギーの供給を必要とする。

 “溶かして叩いてくっつければ楽なんじゃね?”


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