第846話「一枚の注文書」

1.


 神核実体輸送作戦では、上位の戦闘職を中心として構成される運搬隊や迎撃隊の他にも、いくつかの部隊が協働している。裏方で花形となるのは作戦本部の情報隊だが、ドワーフとの連絡を取り持つ折衝隊、拠点内の記録をバックアップする複写隊、必要な物資を用意する生産隊、そしてそれらを前線に届ける供給隊なども存在していた。

 調査開拓員たちは自身のスキル構成と相談し、最も適した部隊に所属することで、調査開拓団が一丸となってこの特殊開拓指令に挑んでいた。


「武器第八ロット完成しました!」

「コンテナに運べ! 軽装防具もあと六セット積み込むぞ」

「上質精錬青鉄鋼の在庫残り僅か!」

「隣の工房に余ってないか聞いてきます!」


 シード01-スサノオ工業区画に建つ〈プロメテウス工業〉の大工房では、鉄を叩く甲高い音がそこかしこで響き、それに負けない大声を張り上げる職人たちが忙殺されていた。巨大な溶鉱炉で大量の鉄鉱石が一括精錬され、上質な金属製武器が一度に数十個単位で量産される。オーダーメイドのこだわりはなく、誰にとっても扱いやすい実直な性能の武具を作ることにかけて、〈プロメテウス工業〉に敵う者はいない。ライバルである〈ダマスカス組合〉も、量産武器の分野では一歩譲るほどである。


「重鎧、あと20秒で完成っす!」

「第三トラック荷積み完了!」


 一気に造られた金属製の武器や防具は、コンテナに詰められる。大型の機械闘牛が牽く高速荷車で、各地の石塔へと運ばれるのだ。


「親方ァ! 受注リストに特大型超高濃度圧縮BBバッテリー2ダースってあるんですけど」

「ああ!? んなもんウチじゃ作ってねぇぞ!」


 現場で矢継ぎ早に指示を飛ばす工房長の元へ一人の調査開拓員がやってくる。彼は困った顔で、〈プロメテウス工業〉の受注管理部から受け取ったリストを見せた。

 しかし、このバンドは基本的に〈鍛治〉スキル第一主義で、他の生産系スキルはあくまで補助的なレベルでしか使用しない。〈木工〉スキルを習得している職人も、剣の柄を作るためだけに使い、木刀を作るわけではないのだ。

 精密機械の集合体であるBBバッテリーなど、〈プロメテウス工業〉の商品リストには載っていない。

 工房長は差し出されたリストを一瞥し、部下の青年に突き返す。


「どうせダマスカスん所に送る奴が混ざって来たんだろ。ちょっくら走って、押し付けてこい」

「ええーっ!?」

「うるせぇ! ごちゃごちゃ言わず行ってこい!」

「へーい……」


 〈プロメテウス工業〉も〈ダマスカス組合〉も共に生産系バンドの筆頭格であるため、工業区画にいくつもの大工房を構えている。そのため、互いの拠点に行くだけなら数分も掛からないほどのことなのだが、両者——というより両者のトップ同士の関係性から互いに敵視している。

 体よく面倒ごとを押し付けられた若い職人は、口をへの字に曲げながらも工房を飛び出した。


「すんませーん、〈プロメテウス工業〉のモンですけど……」

「おおん? 鉄臭え奴が何の用だ?」


 徒歩5秒、隣にある〈ダマスカス組合〉を訪れた若い職人は、開幕からタイプ-ゴーレムの男の凶悪な顔面に詰められていた。


「いや、その、なんかウチにオタクの注文が来てたらしくて」

「ああ? テメェのトコで受けた注文くれぇテメェで片付けな」

「いや、そうじゃなくて……」


 ライバル同士の中でも、特に古参の構成員たちはその気質が強い。その上、生産職というのは得てして凝り性が多く、つまりは頑固者だ。

 何も悪いことはしてないのに脅される青年は、この時点でどっと疲れていた。


「なーにやっとんじゃー!」

「ごばはっ!?」


 面倒臭いから適当に誤魔化して帰ろうか、などと青年が考えていると、突然大男が吹き飛ぶ。工房の片隅に積まれた資材の山に突っ込み、雪崩のように落ちてくる金属に埋もれる。

 唖然とする青年の前に現れたのは、すっきりとした表情を浮かべるタイプ-フェアリーの少女だった。


「ごめんなさいね。特殊開拓指令の特需でウチもてんてこ舞いで」

「はぁ。お互い大変っすよね」


 華麗な飛び蹴りで仲間を吹き飛ばした直後とは思えないほど穏やかな笑みで、少女が言う。イベント中で忙しいのはどこも同じなのだと、青年も頷く。よくよく工房内を見てみれば、こちらも大勢の職人たちが巨大な機械の前で黙々と作業をしている。鍛治仕事だけの〈プロメテウス工業〉と比較して、生産系全般をカバーする〈ダマスカス組合〉の方がやっている事はむしろ複雑にも見えた。


「とりあえず、要件を聞かせてもらえる?」


 呆然としている青年に、少女が訊ねる。彼ははっとして、手に持ったリストを彼女に見せた。


「ウチにBBバッテリーの注文が来てたんだけど、そんなのは取り扱ってなくて。親方はオタクへの注文だって言うんですけど」

「なるほど。確かにこれは私たちが作ってる商品ね。ちょっと待って、管理部に確認とるわ」


 先ほどの大男とは違い、少女はすんなりとリストを受け取る。そして、すぐに商品の注文を管理している部署に問い合わせてくれた。

 〈ダマスカス組合〉にもまともな人はいるんだなぁ、と青年はとても失礼な事を考える。そうしているうちに、すぐに結果は判明した。少女はリストを持ったまま、手のひらを合わせて片目を閉じた。


「ごめん! やっぱり、ウチの注文だったみたい。確認したら注文リストの連番が一つ抜けてたって」

「そっか。じゃあ、それはそっちに」

「ええ。ありがとうね」


 蓋を開けば単純な間違いだった。現場から工房への商品受注は、作戦本部が一括して纏め、それぞれの生産者に振り分ける形で行われている。その膨大な注文の中で、少し不備があったらしい。


「こっちも、忙しいのにアポなしで来て悪かった」

「え? いやぁ、お隣さんだしこれくらいいいでしょ。ていうか、同業なのにギスギスしすぎなのよ」


 頭を掻いて謝る青年に対し、少女はあっけらかんとして返す。彼女は禿頭を擦りながら瓦礫の中から現れたタイプ-ゴーレムの男を呆れた顔で見ていた。彼女は両バンドの軋轢を知らないのか、知ってなお気にしていない様子だった。


「私、武器鍛治志望なの。それで、この前そっちの工房の見学コース申し込んだら、止められちゃった」

「それは……。すんません」

「いや、そちらじゃなくてこちらにね。あんな所で学ぶ事なんてねぇって!」


 失礼だわ、と頬を膨らませて怒る少女。彼女とは反対に、青年はじんわりとした喜びを感じていた。〈ダマスカス組合〉も鍛治技術は一線級のものを保持しているし、彼女はそれを学ぶことができる。その上で、〈プロメテウス工業〉の技術の方が上だと認めてくれたということなのだ。


「お、俺でよければ、教えようか?」

「本当!? いいの? 怒られない?」


 小さな声の提案に、少女は即座に食らい付く。その反応の大きさに、青年の方が気圧されるほどだ。


「そもそも見学コース自体は開かれてるから。ダマスカスはともかく、他の生産職は結構参加してるし。俺、見学コースのガイドもやってるんだ」

「うわぁ、凄いすごい! 嬉しいわ。色々聞きたいことがあるのよ!」

「ええと、その代わりになんすけど……」


 目をキラキラと輝かせる少女に対して、青年は遠慮がちに交換条件を提示する。


「機械剣の構造でちょっと相談に乗ってくれません? ウチの親方に聞いても、そんな小細工いらねぇって言われちゃって」

「いいよいいよ! 私、そういうの専門だし! ——あれ、なんで私が機械武器に詳しいって分かったの?」


 それくらいならと快諾した後、少女は不思議そうに首を傾げる。青年は彼女がツナギと共に身につけているツールベルトを指差して言った。


「鍛治系以外にも、機械系の工具も持ってるから。機術剣とか作ってそうだなって」

「すっごい! お兄さん名探偵ね!」

「いや、そう言うわけじゃ——」

「じゃあ、今度また色々お話しましょう。流石に、今はちょっと無理だから」


 少女は工房の奥を見て苦笑する。〈ダマスカス組合〉も〈プロメテウス工業〉も目の回るような忙しさだ。若造が一人抜けるだけでも他の仲間に皺寄せがくる。


「分かった。じゃあ、フレンドだけ」

「おっけー。注文リストは貰っとくね」


 両者はお互いにフレンド登録を済ませ、再会を約束する。そうして、再びお互いの職場へと駆け足で戻っていくのだった。


2.


「部長、注文リストに抜けがあったみたいで、持ってきました」

「えー! うっそまじ!? 大変じゃーん!」


 フェアリーの少女が駆け足で向かったのは、大工房の一角にある精密機械を製造する部署だった。電動工具の音がキンキンと響く耳に痛い場所に、巨大な筐体に潜り込んで複雑な配線作業を行う猫耳の女性がいた。少女の呼びかけに応じて筐体の下から現れた彼女は、ヒゲを震わせて大袈裟に驚く。


「見せて見せて。うわ、BBバッテリーって激ヤバじゃん。えー、リスケどうすっぺかなー」


 彼女はこの部署全体の生産スケジュールの管理を一手に担っている。前後隙間なく詰め込まれた生産ラインだが、注文を受けたものはリストの通し番号通りに作らなければ混乱が生じる恐れもあった。

 抜けていたリストに記されていたものの大半はさほど手間のかからない部品類や消耗品だが、特大型超高濃度圧縮BBバッテリーは数人がかりで小一時間は要する大仕事だ。


「人手が足りないなら、応援頼みますか?」

「どこもそんな余裕ないっしょ。うーん、ウチひとりで間に合うかな」

「私、手伝いますよ。受け持ちの仕事頑張って終わらせるんで!」


 特大型超高濃度圧縮BBバッテリーは、最近開発されたばかりの新製品だ。そこには少女の知らない技術も多く使われている。そのことを見越して、彼女はやる気を見せる。


「いいのー? じゃあ頼っちゃおうかな。ウチも今やってる奴爆速で終わらせっから、30分後に来てくれる?」

「わかりました! ありがとうございますっ」


 邪魔をするなと門前払いされる可能性もあったが、スケジュールは猫の手も借りたいほどに逼迫していたのだろう。部長の女性は即座に予定を調整し、彼女に伝える。


「それと、資材部に連絡とって、バッテリー用の材料を10セットぶん持ってきてもらえる? 失敗もコミコミで考えてるから、多めで」

「了解です!」


 よろしくー、と手を振る部長に見送られ、少女は混雑している工房内を駆ける。次に向かったのは工房全体で使用する材料を一括で管理している資材部の窓口である。


「30分後に特大型超高濃度圧縮BBバッテリーの製造を始めるので、10セットぶんの材料を用意してください」

「了解。配送先は?」

「第八ブースで!」


 〈ダマスカス組合〉は多岐にわたるアイテムを素材、製品双方で取り扱っている関係で、それらの管理は生産者とはまた別の部署が専門的に行っている。工房内はシステマチックに運用されており、基本的に業務は流れ作業だ。

 高度な組織化によってゲームとしての楽しさが感じられないとバンドを離れる者も少なくないが、逆に生産活動以外の煩わしい雑事に振り回されなくて良いという者もいる。

 資材部に材料を注文すれば、時間通りに指定のブースへ必要なものが運ばれてくる。わざわざフィールドや市場に出向いてアイテムを集めなければならないのと比べれば天国のようだと、少女は思っていた。


「30分後に第八ブースで特大型超高濃度圧縮BBバッテリー10個の製造が入りました。材料準備お願いします」

「特大型か。あれって標準失敗許容率どれくらいだっけ?」

「50%ですね」

「なら倍量用意しとくか」


 少女が出した素材確保の注文は、即座に資材部で共有される。彼らは事前に制定されたマニュアルに従って、倉庫から必要なアイテムを取り出す指示を出す。


「第四工房から発注でーす。特大型超高濃度圧縮BBバッテリー20個分の素材一式でーす」


 指示はバンド掲示板を介して、シード01-スサノオ工業区画内にある〈ダマスカス組合〉の巨大倉庫へと送られる。そこはアイテムの収容だけを目的とした広大な敷地面積を誇る施設で、資材部が直接管理している場所だ。ここから、シード01-スサノオの内部に立つ三十以上の工房へとアイテムが搬出される。


「特大型超高濃度圧縮BBバッテリーの素材セットもうないよ!?」

「マジかよ、どうする?」


 精密機械は必要となる素材アイテムの数も種類も大量だ。フレームだけでも百を超える金属部品が使用されているし、制御部や特殊な機術基盤なども膨大な数が要求される。そのため、生産頻度の高い精密機械の素材はそれをひとまとめにして保管しているのだが、連日の需要逼迫によってその作業が追いついていなかった。


「納期30分は鬼だろ! まとめる時間ねぇぞ!」

「仕方ない。それぞれ大雑把でいいから集めろ!」


 ここも時間に追われる多忙な部署である。彼らは苦渋の決断として、必要数以上の素材を一つの携帯用保管庫に流し込んでいく。


「最低20個作れればいいんだろ? 30個くらい作れる素材があれば十分だろ!」

「特殊ネジD型45mmがもう無いっす!」

「箱に纏めたやつが棚の上にあるだろ! ああもう、箱ごとぶち込め!」


 時には600個だけ必要な部品を、5,000個纏めて放り込んだりもしたが、仕方のないことだった。そもそも、ここで用意された素材は、過不足がないか倉庫の出口でもう一度確認される。その上、多少余った部品はまた倉庫に戻ってくるのだから、そこまで正確に集めなくても良いのだ。苦労するのは配送用の荷車を牽く機獣だけである。


「特大型超高濃度圧縮BBバッテリー20個セット、ヨシ!」

「じゃあ検品回せー」


 大雑把に素材が詰め込まれたコンテナが、倉庫の検品を行う部署へと運ばれる。


「特大型超高濃度圧縮BBバッテリー!? しかも30個分!? んなもんじっくり見てる暇ねぇよ!」

「だいたい全部揃ってるっぽいだろ。ていうか、総重量的に40個くらい作れそうだ」

「なら、素材が全項目あるかだけ調べろ。数は概算でいいよ」

「特大型超高濃度圧縮BBバッテリー40個セット、ヨシ!」


 そうして、異常に重たいコンテナが機獣台車に積まれる。


「重ってぇ!? 何を作る気なんだよ?」


 御者の男が大きく沈む車体に驚く。


「なんでも特大型超高濃度圧縮BBバッテリーの大型発注が掛かったらしいぜ」

「マジか。ついこの前爆発したばっかりだってのに」

「ま、部品の段階じゃ爆発もしねぇべや。さっさと運ぶぞ」

「うぃーっす」


 屈強な機械闘牛が鼻から炎を噴き出しながら荷車を牽く。

 高度に組織化された〈ダマスカス組合〉のアイテム管理システムによって、必要なアイテムが必要なだけ、必要な場所へ必要な時間に届けられるのである。


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Tips

◇機械闘牛

 通常の機械牛よりも大型でパワフルな機械獣。大きな角を持ち、戦闘用途にも使用できる。全身を重厚装甲で覆い、非常に耐久力が高い。また、特殊超剛性人工筋繊維を大量に使用し、力も強い。二機相互接続型高機能人工知能を搭載しており、知能も高く、自律行動も高いレベルで実行可能。

 “荒々しく、逞しい。制御するには高い技量が必要だが、うまく扱えば非常に強力な助けとなるだろう。”


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