第843話「指揮官たち」

「玉籠一号、第二十一階層到着! これより第二十階層に突入する」

『作戦本部了解。防衛戦力の増強を行い、万全を期されよ』

「玉籠一号了解。しかし、誰が黒蛇を食い止めてくれてるんだ?」

『おっさんが毒沼で蛇を溶かしてるらしい』

「ええ……?」

『進行ルート上でやってるみたいだから、ついでに見たらいい。あと、そこで補給所も開いてくれてるらしいから、簡単な食事は摂れるみたいだぞ』

「訳がわからないんだが」

『奇遇だな。俺もだよ』


 連絡要員と作戦本部が困惑に満ちた通信を交わしている最中も、“金翼の玉籠”を担ぐ調査開拓員たちは大きな声を上げて走っていた。前後を重装の盾役タンクで固め、予定ルートの先を斥候が警戒するという万全の態勢で、一刻も早く地上へ出ようと懸命に足を動かしている。


「そら、わっしょい!」

「わっしょい!」

「そーら、わっしょい!」

「わっしょい!」


 装備重量を削減し、移動速度を上げるため、という名目で上裸になった男たちが神輿を担いで叫んでいる。


「冷却水撒いてくれ!」

「こっちにも!」

「はいよぉ!」


 更に、長時間の過重運動によって機体関節部などが熱を帯びるため、機術師によって冷たい雨が振り撒かれる。全身を濡らしながら、男たちが力を合わせて神輿を運んでいた。


「前方! 黒蛇三体!」


 神輿の練り歩きは平和なものではない。斥候から報告が上がり、即座に盾兵が壁を作る。通路の奥から現れたのは、第二十階層からやってきた黒蛇である。


「機術準備完了!」

「はなてーっ!」


 身を捩り、狂ったように神輿を目指す黒蛇を極太の光線が焼く。三人の攻性機術師による輪唱機術が常に会敵に備えて準備されており、照準が定まり次第発射されるのだ。


『おそらく対応部隊の手から潜り抜けてきた奴らじゃろ。まだ後続があるはずじゃから、警戒しておくのじゃぞ』

「イエス、マム!」


 神輿の上に立ったT-1が、稲荷寿司を摘みながら指示を下す。彼女は調査開拓団の指揮官として、この作戦の指揮を受け持っていた。神輿を担ぐ調査開拓員たちも、普段はなかなかお目にかかれないT-1の指揮ということでテンションが高い。


『む、おいなりさんが切れそうじゃ』

「新しいおいなりさん持ってきました!」

『うむうむ。ナイスなのじゃ』


 T-1は指揮の合間に稲荷寿司を食べている。というより、食事の合間に指揮を執っている。手元の稲荷寿司が無くなっても、即座に随伴している荷物持ちポーターが追加の稲荷寿司を差し出してくるため、彼女は狐の耳と尻尾を優雅に揺らしてご満悦である。


『モデル-ヨーコは定期的においなりさんを摂取せねばならぬからのう。いやぁ、仕方ないのじゃ。もぐもぐ』

「ふわぁ、両手でおいなりさん持ってモグモグしてるT-1ちゃんきゃわわ——!」

「俺が作ったおいなりさんを食べてくれてる!」


 更にこの場には彼女の行動に異を唱える者がいない。T-1にとっては、まさにこの世の春といった状況だった。


「T-1ちゃん、暑くないですか? 扇ぎましょうか?」

『うむうむ。苦しゅうない』

「T-1ちゃん、おいなりサイダーが届きました」

『ふむ。これも悪くないのう』


 まさに、この世の春といった状況であった。


「T-1、お前の現状を聞いてカミルがカンカンだ。稲荷寿司は最低限の摂取量以外全て禁止との通達がでた」

『うむうむ……うむ!?』


 そこへ彼女にとって死刑宣告にも等しい言葉が放たれる。優雅に体を休めていたT-1は驚いて顔を上げる。いつの間にか神輿は動きを止めており、担ぎ手たちは大鍋で作られた豚汁に舌鼓を打っている。

 そして、彼女の目の前には呆れ顔のレッジが立っていた。

 いつの間にか神輿は第二十一階層にあるレッジのキャンプに到着していた。近くでは天井に穴が開き、流れ落ちる黒蛇たちが真下の毒沼で溶け続ける奇妙な滝がある。神輿に随伴していた調査開拓員たちは、レッジが用意した炊き出しに群がっている。


『そんな、いきなりではないか!』

「カミルがT-2、T-3、ウェイドたち管理者にタレ込んだ。全会一致での決定だそうだ」

『ほぎゃーーー!? ダメなのじゃ、おいなりさんがなければ死んでしまうのじゃ!』

「そもそもT-1は“消魂”にすらなってないだろ……」


 レッジはじたばたと駄々をこねるT-1を見て、額に手を当てる。モデル-ヨーコ機体が“消魂”デバフを受けた場合にのみ稲荷寿司摂取の必要性があるのであって、モデル-ヨーコ機体になったからといって稲荷寿司を食べなければならないわけではない。


『そんなご無体な……』

「作戦指揮くらい真面目にすればいいんだ。ちゃんと働けば、ご褒美の稲荷寿司くらい出るかもしれないぞ?」

『妾、一応最高指揮官なのじゃが……』


 不条理を訴えるT-1だったが、レッジは問答無用で稲荷寿司を没収する。更に抜け目のないことに、随伴隊の調査開拓員たちにもしっかりと釘を刺していた。


「最高指揮官なら最高指揮官らしくしてくれよ。第二拠点の方は順調に進んでるみたいだぞ」

『あちらは、T-3が現場指揮じゃったか』


 第一拠点の神輿にT-1が乗り込んでいるのと同様に、第二拠点の神輿にはT-3が乗り込み指揮を執っている。この休憩中に、レッジは作戦本部を通して第二拠点の進行も確認していた。


「あっちはもう第十五階層まで進んでるそうだ」

『なぬっ!? そ、それは、予想よりも速いではないか!』


 T-1がそれを聞き、思わず立ち上がる。彼女も予想していないほどの速度で、第二拠点の神輿は地上へ近づいていた。


「まあ向こうは稲荷要員もいないからな。このままだと負けるぞ?」

『それは看過できぬな。よぅし、ここからは本気を出すのじゃ!』

「最初からそうしてくれよ」


 T-1は俄然張り切り出し、休憩中の調査開拓員たちを集める。そして、第二十階層突入に向けての準備を早急に開始した。



『そう、全ては愛なのです。愛で全てを包み込めば、我々は万難を退けることができるでしょう』

「イエス、マム!」

「ラブ! アンド、ラブ!」

「ウォオオオオッ!!!」


 第二拠点、第十五階層を“金翼の玉籠”が爆走していた。屈強な上裸の男たちが担ぐ神輿の上で、T-3は穏やかな微笑を浮かべて愛を説いていた。


「前方より敵! 中型黒蛇一体!」

『愛、愛を以てお相手しましょう』

「ラブビーム発射!」


 攻性機術師によるピンク色の極太光線が放たれる。それは前方より現れた大蛇の胸を貫通し、風穴を開ける。しかし、その程度の傷では蛇は止まらない。眼を爛々と輝かせ、口から黒い炎を吐き出す。


『愛を以て、受け止めましょう』

「ラブガード!」


 即座に防御機術が発動し、ピンク色の障壁が神輿の前に現れる。それは易々と黒炎を退けた。


『傷付いた同胞をそのままにしておくことは、非情な行為です。迅速に止めを刺して差し上げましょう』

「イエス、マム!」

「死ねええ!」


 傷を受け動きの鈍った黒蛇は、槍や剣を携えて殺到する調査開拓員たちによって即座に排除される。敵という名の同胞を介錯したあと、T-3は再び穏やかな笑みのまま腕を上げる。


『順路に変更なし。溢れんばかりの愛を抱きながら、ここにある神核実体を運ぶのです』

「ラブ! アンド、ラブ!』

「ラブ! アンド、ラブ!』


 T-3の意のままに神輿は激走する。現れる黒蛇たちを愛の下に退けながら、順風満帆に地上を目指す。


「報告! 黒蛇の行動に変化あり。再び単一の個体に集合した後、隔壁を破りながら一気にこちらへ急接近している模様!」


 作戦本部からの急報を、連絡要員が顔を引き攣らせながら叫ぶ。T-3は眉間に薄く皺を寄せ、またすぐに微笑を取り戻す。


『おそらく、第十階層以上が正念場となります。皆様、万全の愛を以てて受け止めましょう。——具体的には、攻性術式は30GB級以上のものを常に準備しておくように。敵性存在の目視確認から2秒以内に総ダメージ換算で7,000以上を与えられる状態を維持するようにしてください。もうすぐで第十五階層の補給ポイントに着きます。それまでに食事を摂り、追加の物資を受け取ってすぐに出発できるだけの用意を。補給ポイントではアンプルを従来の倍、受け取ってください。代わりに食糧は無くて構いません。重装の盾役は常に防御機術師からの支援を受けて、その状態を維持。会敵後は攻性機術および遠距離攻撃による初弾命中までの間に最低でも合算値で1.5TB以上の強化態勢を整えられるように。斥候は範囲を一段階拡張、互いの連携を密にして網目を細かくしてください。近接系戦士の皆さんは初段命中後3秒以内に全力戦闘可能な状態に移行できるように準備を』

「イエス、マム!」


 淀みのないT-3からの指示に、調査開拓員たちはハキハキとした応答を返す。その間にも神輿は微塵も速度を落とさず、近づく補給ポイントに向けて準備を進めていた。



「玉籠一号、第二十階層への突入を開始しました」

「玉籠二号、第十五階層補給ポイントへ到着。補給作業が完了次第、出発します」

「こちら作戦本部、戦闘状況を報告せよ」

「第一拠点第十三階層にて戦闘激化。物資輸送隊の侵入は難しそうです」


 海洋資源採集拠点シード01-ワダツミに設置された新核実体輸送作戦の作戦本部では、上級スキルである〈指揮〉スキルを持つ連絡要員の調査開拓員たちによって無数の情報が迅速に捌かれていた。彼らは常に三つ以上の回線を平行して開き、第一、第二拠点の各地に存在する連絡要員と緊密に情報をやりとりしている。非常に頭を使う作業であり、この激務に耐えられる者はそう多くない。


『玉籠一号は進行に遅れが見られます。保持物資のうち稲荷寿司をパージし、軽量化を図ってください。玉籠二号は順調です。汚染有機外装の動きに注視しつつこのまま行動してください。第一拠点の輸送隊の護衛を増員し、第十五階層の補給ポイントへのルートを検討してください』


 常に洪水のような情報に揉まれる作戦本部の指揮を執るのは、その手の扱いに卓越した指揮官T-2である。彼女は連絡要員から挙げられる情報を基に、刻一刻と変化する状況に対して臨機応変な対応を繰り出す。


「T-1さんが稲荷寿司のパージを拒否しています!」

『問題ありません。パージしてください』


 現場からの状況報告に対し、彼女は瞬時に答えを出す。地獄のような作戦本部は、彼女のおかげでなんとか成り立っていた。


『まもなく両拠点の玉籠が地上へ到達するでしょう。地上部隊も準備を始めてください』

「一号の方は進行が遅れているようですが……」

『稲荷寿司をパージすればやる気を出すでしょう。彼女T-1ならばこの程度の遅れは取り戻します。むしろ、二号の方が突発的な事態への対応力が危惧されます。地上からも戦闘部隊を三ユニット派遣してください』

「了解!」


 T-2は次々と矢継ぎ早に指示を下しつつ、同時に管理者各位とも連携を取る。都市に大穴の空いているウェイドの他も、一丸となってこの作戦に当たっていた。彼女たちの本体である〈クサナギ〉の演算能力を借りて、T-2は作戦の進行を支える。

 彼女こそが、この作戦の骨子と言っても過言ではなかった。


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Tips

◇アーツの情報的単位について

 アーツは術式として纏められた情報量を示す単位としてB(バイト)が用いられています。初級機術師であれば通常5〜10GB(ギガバイト)程度の術式を扱うことができます。情報量は術式が大型かつ複雑化するにつれて増大します。KB級機術は機術系スキルを保持しない調査開拓員でも扱え、標準的なアイテムに内蔵することも可能です。TB級機術は通常、都市防衛設備などの大型かつ専門的な装備によってのみ運用されます。

 情報量はアーツの威力を簡易的に概算する際にも用いられ、戦略、戦術的なアーツ運用でも重要な判断材料となります。機術師は自身が扱うアーツの情報量を正確に把握することが求められるでしょう。


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