第844話「電源泥棒」
第一拠点第二十一階層。そこで最後の休憩を行い気合を入れ直した輸送隊は、張り切るT-1の指揮の下、満を辞して第二十階層へと飛び込んだ。
『攻性機術、撃てーっ!』
神輿の上に立つT-1が手を振り下ろすと同時に、複数の機術が放たれた。それは階段を封鎖していたバリケードを吹き飛ばし、その後ろに詰まっていた黒蛇たちを消しとばす。
『攻性機術は次弾装填! それまでの間は遠距離物理で対応するのじゃ!』
「機術封入弾撃ちます!」
「一斉射撃! ってー!」
機術師が次のアーツを構築している間、盾役が蛇を押し退けて道を作る。彼らを乗り越えて牙を剥く黒蛇は、銃士や弓使いによって次々と討ち取られる。それでも残った幸運なものも、神輿を守る近接戦士たちによって確実に始末されていた。
『進めーーー!』
T-1の号令で神輿が走り出す。立ち向かうのは数える気も失せるほど大量の黒蛇たち。視界を埋め尽くし、まだ奥から現れる。
『ここを越えたらおいなりさんなのじゃ! 踏ん張りどころなのじゃ!』
「それはT-1だけの特典なのでは?」
「そもそも誰も確約してないと思うんだけどな」
神輿と合流した俺たちも、蛇の殲滅に助力する。T-1はT-3よりも早く神輿を海底神殿に届ければ、ボーナスの稲荷寿司が貰えると思い込んでいるらしい。それまでの怠惰な姿は何処へやら、鬼気迫る表情で調査開拓員たちを鼓舞している。
理由が不純とはいえ、やる気になったT-1の行動は凄まじい。元々、調査開拓団全体を統括する総指揮官の筆頭なのだから言うまでもないのだが、彼女の戦術立案、指揮能力は十分以上だ。
神輿の進行速度はまるでジェットエンジンを積んだかのように爆速となり、呆気なく第二十階層を突破。第十九階層、第十八階層も飛び越えていく。
『10秒後、火属性広範囲殲滅攻性機術を撃つのじゃ! 最低30GB級術式を用意!』
彼女の的確な指示を受け、調査開拓員たちが行動する。そうして、号令のままにアーツを放てば、まるで未来を予知していたかのように最高のタイミングで敵が向こうから当たってくれる。
「命中! 30メートル先まで進めます!」
『隙間が埋まらぬうちに進むのじゃ!』
進行は順調だったが、状況は芳しくない。三階層を抜けてなお、通路は蛇に埋め尽くされている。範囲攻撃で隙間を開けても、数秒後にはまた床は黒く覆い尽くされる。
「機術封入弾、ジャムった!」
『ぬおおっ!? 盾役展開! 防御障壁15GB追加!』
機術師の間を埋める銃士が悲鳴を上げる。機術封入弾は手軽かつ強力な弾丸だが、砲身に著しい損傷を与えるため、弾詰まりが一定の確率で起こる。とはいえ、全く最悪なタイミングである。
T-1が慌てて神輿の防御を固めるが、25GB級攻性機術一つぶんの隙間から黒蛇たちが殺到する。防御に徹する盾役も、黒蛇の炎で蒸し焼きにされていた。
「風牙流、一の技、『群狼』ッ!」
咄嗟に槍を振るい、通路を埋め尽くす蛇を吹き飛ばす。型を整える暇はなく、LPが大きく削れてしまうが、ギリギリ黒蛇は押し返すことができた。
「咬砕流、五の技、『呑ミ混ム鰐口』ッ! 大丈夫ですか、レッジさん!」
「すまん、助かった」
即座にレティが範囲技で援護してくれたおかげで一命を取り留めた。その間に機術師たちが次の攻性機術を展開し、再び多少の余裕が出てきた。
「しかしこれじゃあキリがないな」
「一体だった時の方がまだ対処が楽でしたね」
黒蛇は無限に湧き出してくる。それを押し退けながら進むのは、途方もない労力が必要となる。
「T-1、有機外装について話せることはあるか?」
『ものによるが……何が聞きたいのじゃ?』
T-1と言えど、一般調査開拓員にあらゆる情報を制限なく開示できるわけではない。しかし、彼女は第零期先行調査開拓団についても色々と知っているはずだ。俺は一縷の望みをかけて情報を求める。
「コシュア=エグデルウォンの有機外装は、こんなに無尽蔵に分裂できるものなのか?」
『むぅ。エネルギー生産能力はむしろ神核実体の方にあるからのう。分離後の有機外装は残存エネルギーを消費しながら暴走しておる状態のはずじゃが』
「流石にそれにしては、アグレッシブに動き過ぎだろ」
T-1は俯き考え込む。そうして、何かに思い至った様子でピクンと狐耳を跳ね上げた。
『第七階層の状況はどうなっておる!?』
焦燥感たっぷりに声を上げるT-1。即座に作戦本部へ問い合わせられ、数秒後には答えが返ってくる。
『今のところ、異常は確認されていませんが——』
『電源区域はどうなのじゃ!』
食い気味な追及を受け、作戦本部の調査開拓員がたじろぐ。
『掃討作戦の実施中にシャットダウンして、封印してあります』
『今すぐ封印を解除! 中を確認するのじゃ!』
T-1の鬼気迫る指令は駆け巡り、第七階層に駐屯していた調査開拓員が現地に向かう。
『バリケードの除去に時間が掛かりますが——』
『んなもんとっとと破壊するのじゃ! 現地の調査開拓員は〈破壊〉スキルを持っておろう!』
流石と言うべきか、T-1は急行した調査開拓員のビルドまで把握しているらしい。彼女の許可を得て、調査開拓員が〈破壊〉スキルを用いて電源区域の扉を破壊する。その直後、悲鳴の混じった報告が上がった。
『で、電源区域内に多数のグレムリンと黒蛇を発見! 発電設備が動いています!』
『やはり! そこを全て破壊して、電源供給を止めるのじゃ!』
思わず目を覆う。電源区画で激しい戦闘が繰り広げられているようだが、おそらく多勢に無勢だろう。本格的な部隊が到着しなければ殲滅は難しい。
「しかし、エネルギーグリッドには供給はありませんでしたよね?」
有機外装が電源区域のエネルギーを奪うことは当初から想定されていた。そのため、区域そのものを封印し、グリッドにエネルギーが供給されないように対策を講じていたのだ。
「発電設備から有機外装に直結してるんだろ。いくら封印してたって、グレムリンも黒蛇も特殊構造壁を破壊できる」
『再利用のことを考えて区域封印だけに留めておったのが裏目に出たのじゃ……』
T-1も悔しげに唇を噛んでいる。有機外装に裏をかかれたのが許せないらしい。
「作戦本部、電源区域の破壊にはどれくらいかかる?」
『対応部隊を編成、派遣して、順調に殲滅したとしても、二十分ほどは……』
「流石に厳しいな」
無論本部としても最大限迅速に動こうとしているのだろうが、それでも二十分は長い。
「んー……。あれ、レッジレッジ」
「どうした?」
対応策を考えていると、ラクトが袖を引っ張ってきた。頭を下げると、彼女は爪先立ちになって耳元に囁く。
「今の位置って、電源区域の真下じゃない?」
「そうか? えっと——ああ、ほんとだな」
ラクトに言われ、階層図を思い出して確かめる。確かに言われてみれば、ここは第七階層にある電源区域の真下にあたる。
「よく気づいたな」
「ふふん。わたし、賢いからね」
得意げに胸を張るラクトを褒める。今回はお手柄である。
「レティ」
「聞いてましたよ。レティ以外にも何人か物質系スキルを持っている方は居ますので、声を掛けます」
玉籠の輸送班は精鋭中の精鋭だ。上位スキルである物質系スキルを保持しており、なおかつテクニックを習得できるまでレベルを上げているプレイヤーも何人かいる。レティの呼びかけに彼らが応じ、その場で作戦が伝えられる。
とはいえ、内容としてはとても簡単なものだ。
「一気に十階層か」
「いけますか?」
「やってやれねぇこともねぇだろ」
流石、レアな割に地味な効果しか知られていなかった上位スキルを鍛えていた物好きたちだけあって、楽観的なことを大胆に言い切る。
「T-1」
『こちらは戦力が大幅に削がれることになるからのう。絶対に上手くいってくれねば困るのじゃが』
「任せろ。レティもトーカも、失敗しないから」
俺が太鼓判を押すと、二人は自信の漲る表情でしっかりと頷いた。その様子を見て、T-1も覚悟を決める。
『盾役は防御に徹するのじゃ。防御機術師は各盾役に合計250GB以上の障壁を付与。支援機術師も100GB以上のLP増強、LP生産能力増強術式を。電源破壊に向かう人員には無制限の攻撃力増強支援と、跳躍力強化支援を。それと、レッジ』
彼女は指揮官として俺に話しかける。
『テントを設置するのじゃ。崩落で生き埋めになっては、元も子もないからのう』
「了解。任せとけ」
今回は支援機術師、防御機術師が潤沢に備えているため、テントは防御力だけに特化させておけばいい。しもふりのコンテナから取り出した“鱗雲”を展開し、その中に神輿も収める。
機術師たちが輪唱を始め、何重にも声が広がる。厳かな空気が広がる中、盾役たちが黒蛇の猛攻を食い止める。
「じゃあ、よろしく頼んだぞ」
「了解です!」
そうして、レティたちが動き出す。
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Tips
◇25GB級攻性機術封入弾“炎龍”
アーツチップを内蔵し、着弾と同時に攻性機術を起動させる特殊な機構を組み込んだ弾丸。25GB級攻性機術『焼き焦がし爬行する暴虐の炎蛇』が封入されている。
大口径の銃器で運用可能だが、一定確率で弾詰まりが発生する。
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