第842話「奇遇な出会い」

 黒蛇が身を捩りながら地面を這い、鋭い牙を見せつける。


「『聳え立つ鋼鉄の城塞』ッ!」


 それを阻む、極厚の鉄盾。白いフリルのあしらわれたメイド服を着た金髪の少女が、身の丈を大きく超えるその鉄塊で、大蛇の行き先を阻む。

 しかし。


「あららっ!?」


 盾と激突する直前、黒蛇の頭が二股に分かれる。双頭となった蛇はそのまま身も裂き、易々と盾の妨害を回避した。


「大丈夫、任せて光ちゃん! 戦闘調理術、『肉汁弾ける爆裂鉄板焼き』!」


 光の大楯を迂回した蛇の頭に、灼熱の油を纏った中華鍋が激烈な音と共に衝突する。肉の焼ける匂いがあたりに立ち込め、光は思わず喉を鳴らす。


「『投擲』っ!」


 更に難を逃れたもう一方の蛇頭に、小さな玉が投げられる。それは衝突と同時に濃煙を噴き出し、蛇の身体を痺れさせる。


「お兄ちゃん!」

「任せろ!」


 煙を切り裂き、袴姿の青年が現れる。両手にそれぞれ太刀を携え、身を捻り、曲芸のような動きで蛇の鼻先に肉薄する。


「『虚断』『疾風連斬』」


 目にも止まらぬ高速連撃が繰り出される。それは瞬く間に黒蛇を薄く輪切りにし、溶かしていく。

 黒蛇の肉塊は即座に腐り落ち、腐臭と共に消える。そして、首元から再び新たな頭が現れ、黒い炎を噴き出しながら咆哮した。


「キリがないな」

「でも、なんとか抑えられてるよ」


 肩に刀を載せたカエデがうんざりした顔で言う。

 彼ら〈紅楓楼〉は第二拠点に潜り、そこで神核実体運搬作戦に参加していた。第一拠点とは少し展開が異なり、有機外装の大部分はアストラ率いる〈大鷲の騎士団〉の精鋭たちによって抑えられている。その本体から分離した中型の黒蛇を、カエデたちが各個撃破しようと激しい戦闘を繰り広げていた。


「あらあらあらあら! 頭ひとつだけだとノロマですわねぇ」


 再び一本に戻った黒蛇は、大盾を鮮やかに捌く光によって封殺されている。戦闘が苦手だった彼女も、カエデたちとの活動のなかで、防御だけなら第一線の盾役タンクに引けを取らないほどの実力になっていた。


『〈紅楓楼〉、別パーティが対応している黒蛇がそっちに近づく。注意してくれ』

「了解」


 第二拠点では本体から分離した中型の黒蛇が分散して動いている。それぞれに対応するパーティが付き、本丸である“金翼の玉籠”に当たらないように誘導しているのだ。

 作戦本部からの連絡を受け取り、カエデは周囲に目を向ける。そうして、長い通路の奥で爆炎が上がるのを見つけた。


「『焼け爛れる煉獄の業火』」


 巨大な炎が意識を持ち、黒蛇を追いかける。有機外装にとって、炎は最も効果的な属性だ。身を溶かし皮を焦がしながら、蛇は逃げる。


「くふふふっ! いい気味だねぇ。くふっ! どこへ逃げようと言うんだい?」


 その後を追いかけるのは、鮮やかな赤髪の少女である。六人の仲間たちと共に、愉悦の表情を浮かべて蛇を追い詰めている。


「メル、あまり調子に乗らないで。別の蛇と合流されたら厄介よ」

「そうなる前に焼き尽くしてあげるさ。だから、今はもうちょっと、くふふ」


 ミオが眉間に皺を寄せて忠告するが、メルは聞く耳を持たない。それどころか、アーツの出力を弱めて、更にじわじわと炙る始末だ。


「メル」

「ええい、うるさいなぁ。ちゃんと始末するから!」

「前に、蛇がいるよ」

「はいはい。はいいっ!?」


 メルが目を丸くして前を見る。そこには、活路を見出し赤目を輝かせる二頭の蛇がいた。


「やばいやばい! ええと、『その身焼き尽くす——」

「もう遅い!」


 駆けつけたカエデが叫ぶ。彼らの目の前で、二頭の蛇は互いに衝突し、溶け合い、融合する。その体積が膨れ上がり、立派な黒蛇へと成長を遂げた。


「やばっ!?」

「だから言ったのに! 『完全凍結』ッ!」


 ミオが即座に機術を発動させる。詠唱が短い代わりにLPを大量に消費する大技だ。彼女の足元から氷が侵食し、瞬く間に大蛇を凍り付かせる。


「はああっ! 『堅骨砕き』ッ!」


 飛び出してきたフゥが中華鍋を振るう。〈杖術〉スキルの打撃属性は、凍りついた敵に対しても非常に効果的だった。

 凍結し、砕かれた黒蛇が怒り狂って頭部を分ける。一気に四本の首を増やし、四対の赤い眼で彼らを睥睨する。


「『彼を守る八重の甲冑』」

「『勇ましき騎ブレイブ・士の雄叫びウォークライ』ッ!」


 光が盾を構えて吠える。彼女の身を、半透明の甲冑が包み込む。

 打ち合わせもない突発的な遭遇にも関わらず、〈七人の賢者セブンスセージ〉の防御機術師ヒューラは光に強力な防御バフを施した。


「『不屈の鋼壁』『反逆者の罰撃』『死せるべき者の烙印』ッ!」


 更に光は立て続けにテクニックを発動させる。これにより、彼女は一時的に難攻不落の要塞となる。


「『猛毒の泥沼』」


 四つの首が、強制的に光を襲う。その大きな隙を狙って、小瓶が蛇の足元に落とされた。ガラスが割れ、中から濃い紫の液体が流れ出す。それは蛇の肉に触れた瞬間、白い煙をあげて侵蝕を始めた。


「うふふ。やはりネヴァさんの商品は効果が確かですね」


 悶え苦しむ蛇を見て、モミジが妖しげな笑みを浮かべる。


「……」


 最近、殊更に猛毒系の投擲物を多用するようになった彼女を見て、カエデがなんとも言えない表情をしていた。たしかに、毒物は原生生物の身体部位を破損させないため、ドロップアイテムが増える場合もあるのだが、肉などの食材系アイテムは著しく品質が劣化するため、フゥは嫌がるのだ。


「次は麻痺毒を試してみましょうか。ああ、痛覚を30倍にするという毒薬もありましたね。あとは——」

「モミジ、モミジ。とりあえず動きを止めるだけで十分だぞ」

「おっと。すみません、つい我を忘れてしまって」


 照れた顔で頬に手を当てる嫁に、カエデは低く唸った。


「すみません。ウチのリーダーが暴走してしまって」


 そこへミオが駆け寄ってくる。彼女の後ろには、しょんぼりと肩を落としたメルの姿もある。


「いいさ。こっちもうまく誘導できなかったし」

「それに今のところなんとか抑え込めていますし」


 しかし、カエデ達はそんな機術師たちを慰める。作戦本部からの状況報告から時間もなく、どちらにせよ黒蛇の融合は止められなかった、というのが彼らの見解だった。

 そして、現在はモミジの麻痺毒やエプロンの妨害機術、そして光とヒューラによる鉄壁の守りによって安定して抑え込めている。


「なんなら、協力しないか?」


 カエデの申し出に、メルはほうと声を漏らす。


「君たち、たしか〈紅楓楼〉だよね。レッジたちと仲のいい……」

「まあ、そうだが。俺たちも有名になったもんだな」


 まんざらでもない顔で頷くカエデ。


「ま、〈白鹿庵〉と付き合いがあれば何処でも有名になるからね」

「うぐっ」


 即座にメルの言葉に刺されて呻く。


「そういうあなた方は〈七人の賢者セブンスセージ〉ですよね。お噂はかねがね」

「ま、ワシらは確かに有名だからねぇ」


 ふふん、と鼻を鳴らして胸を張るメル。即座にミオに小突かれるが、意にも介さない。実際、彼女たちは機術分野では〈大鷲の騎士団〉すら凌駕する実力者なので、間違いではないのだが。


「お互い〈白鹿庵〉とは付き合いがあるし、これも何かの縁だよね。というわけで、休憩しない?」


 そこへ、フゥが割り込んでくる。彼女は〈七人の賢者〉の面々に軽く挨拶をした後、返事も聞かずに焚き火を熾し始めた。


「なんというか、フゥさんが一番レッジさんの系譜を感じますね」

「キャンパーは似たり寄ったりなのかもしれないな」


 頭上でそんな会話が交わされている間にもフゥは焚き火を整え、鍋をその上に載せる。レッジのように立派なテントこそないが、拠点内に休憩場所が現れた。


「しかし、全員が落ち着いてしまったら蛇をどうする?」

「少しくらいなら目を離しても大丈夫だ。コイツに任せよう」


 心配するメルに、カエデは小さな霊核を取り出して言う。


「『霊獣召喚』“血塗れの鎌鼬ブラッドサイス”」


 霊核が地面に落ち、そのまま沈んでいく。水面のように波紋が広がり、その下から現れたのは赤い光を帯びた鎌鼬である。


「ほう。かなり鍛えてるね」

「分かるのか?」

「なんとなくだけどね」


 メルがそれを見て感心したように言う。

 霊獣は霊核を強化することで、育てることもできる。その究極系がハニトーのポチだが、カエデのイタチも順当に鍛えられていた。


「数十分くらいならコイツが牽制しててくれるはずだ」

「頼もしいねぇ」


 “血塗れの鎌鼬”は機敏な動きと絶え間ない連撃が持ち味の霊獣である。決定打には欠けるが、牽制は専門と言ってもいい。

 カエデたちが焚き火を囲み、一食を共にする程度の時間は任せられる。

 早速、光とバトンタッチする赤いイタチを見守りながら、カエデたちはフゥが用意した椅子に腰を降ろした。


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Tips

◇『猛毒の泥沼』

 〈投擲〉スキルレベル70、〈調剤〉スキルレベル50のテクニック。

 猛毒を封入した瓶を投げ、落下地点を中心にした円形範囲に強力な毒沼を生成する。範囲内の原生生物は“猛毒”に侵され、行動が著しく制限される。

 もがけばもがくほどその身にまとわりつく猛毒の沼。一度入れば抜け出せない。


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