第840話「火炎とバイク」
第一拠点第二十階層は阿鼻叫喚の様相を呈していた。
突如壁を突き破って現れた全長50cmほどの細い黒蛇は、瞬く間に増殖し、通路を埋め尽くした。迎撃隊の準備どころか、本丸である“金翼の玉籠”すら到達していない階層である。そこにいたのは物資の運搬を担う〈笛と蹄鉄〉の運び屋たちと、技術的な支援を行なっている〈ダマスカス組合〉の職人たち、そして少数の護衛要員だけだ。
「うわあああっ!?」
「ひゃっ! 蛇! 蛇きらい!」
「なんでこんなところに!」
碌な戦力もない彼らは、瞬く間に黒蛇の群れに呑み込まれた。彼らの断末魔が作戦本部に届き、地上で待機していた戦闘要員たちが派遣されたが、焼石に水であった。
調査開拓団は戦力を分断された上、運搬部隊の護衛もままならないほどの事態に陥った。第三十階層付近で待機していた迎撃隊もおっとり刀で上層へ向かうが、時間がかかる。
黒蛇の群れは大波となってうねり、下層へと降っていた。
「だらっしゃーーーーいっ!」
下層へと向かう隙間を探して爬行する黒蛇たちが、突如弾けた床面から天井に叩きつけられる。レティが開けた大穴に、被害を免れた黒蛇たちがこれ幸いと殺到する。
「彩花流、捌之型、三式抜刀ノ型、神髄——『百合籠』」
しかし、穴へ飛び込んだ蛇たちは細かな肉塊へと変わる。鯉口を切って待ち構えていたトーカによる無数の斬撃によって、まるでシュレッダーかフードプロセッサーにでも掛けられたかのように、物言わぬ肉片へと。
「細分化したぶん、個々の能力はかなり弱いようですね」
「そうじゃなきゃ困るくらいなんだがな。——風牙流、一の技、『群狼』!」
俺も槍とナイフを振り回し、天井から流れるように落ちてくる蛇の群れを吹き飛ばしていく。こう言う時、ほとんどが範囲技で構成されている〈風牙流〉は輝きを増すのだ。
「適当に振っても当たるのは結構楽しいですね!」
「油断してると喰われますよ」
レティやトーカはどちらかと言えば範囲技に乏しいビルドではあるが、それでも単純に武器を振るだけで二、三匹はまとめて狩ることができる。とはいえ、向こうの物量は圧倒的だ。少しでも手を抜けば即座に飲み込まれてしまうだろう。
そもそも、三人だけでは指の隙間から水が溢れるように取り逃がす蛇の方が多い。第十九階層にも着実に蛇が版図を広げてしまう。
「くぅ、キリがない」
LPにも限りがあるし、穴もでかい。蛇はいったい何千匹に分かれたのか、どれだけ狩っても終わりが見えない。
「なんともヘビィだな」
「レッジさん?」
なんでもないです。
「おっさん居たぞ! 加勢しろ!」
「ヒャッハー! オレに任せろぃ!」
その時、突然業火が広がり、蛇たちを焼き尽くした。
驚いて振り向くと、黒い袖なしの革ジャンを着てサングラスを掛けた男たちが、ゴツい火炎放射器を構えて次々と蛇を焼き払っていた。
「うわぁ、なんですかあの人たち?」
「分かりませんが、助かりました。LPが回復できます」
レティたちも知らないプレイヤーらしいが、彼らは奇声を上げながら元気よく炎を広げている。おかげで俺たちはLPを回復する余裕があった。
「ちょろちょろ動きやがって、古紙縛る紐にもなりゃしねぇってのによぉ!」
立派なモヒカンを揺らしながら、男が業火で蛇を焼く。
「微妙にニュアンス違いません?」
「お、レティは知ってるのか」
「図書館で少しだけ読んだことが……」
範囲技で掃除しながらも、こちらは多少会話することもできるようになった。トーカはいまいちピンと来ていない様子だったが。
その時、通路の奥からけたたましいクラクションが鳴り響く。
「オラァ! 全員すっこんでろ! 纏めて轢き殺すぞ!」
「おう! おっさんたちも下がってなァ!」
「えっえっ。何があるんです!?」
暗がりに白いライトが見える。それは腹の底に響くような排気音を轟かせながらやってくる。
「バイク!?」
「
バイクが唸りをあげ急発進する。その後ろにも何台ものバイクが続いていることに気がついた。彼らは謎の連帯を見せ、通路に溢れる黒蛇たちを勢いよく轢殺していく。まるでニルマの
「み、見た目はともかく凄い殲滅力ですね」
「黒蛇がゴミのようですよ」
トーカとレティも、不良じみた男たちの戦いっぷりを見て驚嘆する。第一線で活躍していてもおかしくないほどの鮮やかな手腕である。
「おっさん、大丈夫かい?」
突如現れた暴走族たちに負けじと黒蛇を殲滅していたら、一団から現れた男が声をかけてくる。
「ああ。助かりましたよ」
代表して俺が応じると、革ジャンを着たその男は肩を上げる。
「敬語なんて使われる柄じゃねぇや。オレは〈闇鴉〉のジョン助だ」
そう言って、彼は手を差し出してくる。俺もそれに応じ、今も火炎放射を続けている〈闇鴉〉のメンバーを見渡す。
「凄い殲滅力だな。申し訳ないが、〈闇鴉〉ってバンドは聞いたことがないが……」
「まあ、普段は狩りや開拓なんてやってねぇからな。俺たちは〈サカオ〉を拠点にしてる走り屋なんだ」
「走り屋」
「元々はBBBに参加する奴らで集まった技術者集団だ。今回の作戦も技術支援側で参加してたんだがな」
ジョン助はそう言って肩をすくめる。言われてみれば、確かに〈闇鴉〉の面々は誰も“武器”を使っていない。火炎放射機やゴツい大型バイクで蹂躙しているが、あれらは“道具”や“機械”といったカテゴリに分類されるアイテムだろう。
砂漠の都市〈サカオ〉では毎週定期的にモーターレースイベントである
彼ら〈闇鴉〉はそんなレースのために日夜機械いじりに没頭している、どちらかというと生産系のバンドらしい。
「とても非戦闘職とは思えない戦いっぷりですけどねぇ」
「蹴散らすのだけは得意だからな。あとは見栄と虚勢とハッタリだ」
「そ、そうでしたか……」
あっさりと言い切るジョン助に、レティが反応に困った様子で耳を倒す。
その間にも〈闇鴉〉の走り屋たちは景気良くエンジンを吹かして、いくらでも落ちてくる蛇を潰している。しかし、よくよく見てみると少し噛みつかれると悲鳴をあげて転び、仲間たちに引き摺られるようにして救助されている様子も散見された。
「非戦闘員の方々にここまでやられたら、私たちの立場がありませんね。レッジさん、テントを建ててもらっても?」
「もちろん。とりあえず、こいつらはここで全部迎え討とう」
やる気を漲らせるトーカに応じて、テントを展開する。〈闇鴉〉のメンバーたちが火炎放射機で周囲を焼き払ってくれたおかげで、ギリギリ設置するだけの空間があったのだ。
「『野営地設置』——それじゃあ、ここからは任せてくれ」
「おお! おっさんのテントが生で見られるとはなぁ。オメェら、気張れ!」
「押忍ッ!」
ジョン助が何やら感動した様子で仲間たちに声をかける。よく分からないが、テントを建てて喜ばれるならキャンパー冥利に尽きるというものだ。
「設置完了」
「LP回復効果確認。では、行きますよう!」
殲滅が始まった。
無尽蔵のLP供給を得たレティとトーカは、もはや敵なしである。俺はテントの防衛に専念するが、そんなことなど意にも介さず、彼女たちは蹂躙する。
「はーはっはっはっはっ! 雑魚ばっかりですねぇ! ざーこざーこ!」
「虎の威を借る狐、ならぬ兎ですか」
「トーカだっておんなじでしょう!」
二人は競うようにして滂沱の如く落ちてくる蛇を押し返す。瞬間的にテクニックを組み立て、完璧な型と明瞭な発声で最大限の力を炸裂させる。バフを絶やさず、間髪入れず、圧倒的なまでの強さを見せつけていた。
「うひゃぁ。これが〈白鹿庵〉のヴォーパルバニーと剣鬼か」
「また物騒な名前だなぁ」
思わずといった様子で二人の渾名を漏らすジョン助。彼は慌てて謝ってくるが、まあ言い得て妙だ。レティは最初から絶好調だし、トーカも蛇の血を浴びるほどに太刀筋が冴えていく。
もはや〈闇鴉〉の援護も必要とせず、彼女たちは二人で黒蛇の大群を圧倒していた。
「ふははははははっ! 何処へ行こうと無駄ですよぉ! 既に私の間合いの中ですからねぇ! はははははっ!」
「良いですねぇ、良いですねぇ。立っているだけでいくらでも向こうから来てくれる! 全員まとめてハンバーグにしてあげますよ! あははっ! あはははっ!」
暗い拠点内に二人の少女の笑声が響く。
「二人とも、あんな感じなのか?」
「まあ戦闘に熱中してる時は大体あんなかな。トーカは血酔状態が進んでるからってのもあるが」
「逆にレティちゃんは素面でアレなのか……」
俺はもう見慣れたが、〈闇鴉〉のジョン助たちには衝撃的だったらしい。いかにもワルそうな男たちが、ポカンとして立っている。
「こちら〈白鹿庵〉。とりあえず蛇は第二十階層で抑えられそうだ。他の侵入経路がないかだけ確認しといてくれ」
『作戦本部了解。対応感謝します』
レティとトーカが獅子奮迅の活躍を見せてくれているなかで、ひとまず作戦本部に連絡を取る。どうやら、他の場所から第十九階層や神輿の所へ向かう蛇は確認されていないようで、とりあえず胸を撫で下ろす。
「さて、じゃあ仕上げといくか」
「まだ何かするのか?」
俺が動き始めると、ジョン助が首を傾げる。俺は思わず笑みを浮かべ、頷いた。
「ずっとレティとトーカに働いてもらうのも申し訳ないからな。俺も多少は協力しないと」
そう言って、俺はインベントリから雑多なアイテムを取り出した。
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Tips
◇〈破疾離夜流〉
乗用機械類の運転を戦闘に転用した流派。特にバギーやバイクといった比較的小型の機械での使用が想定されている。
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