第838話「迎撃作戦」
黒蛇が吠える。競うような蛮声で応じたのはエイミーだった。
「『大威圧』ッ! はあああああっ!」
両者譲らず、最下層がビリビリと揺れる。黒蛇の咆哮にも強い威圧効果があるようで、俺たちは足が鉛で固められたかのような錯覚を覚える。
「『
物理的な力さえ帯びる重圧を浴びるなか、真っ先に動き出したのはレティだった。彼女は幾重ものエフェクトを身に纏い、その脚力で飛び上がる。
「『巨岩崩衝乱打』っ!」
鮫頭の巨鎚が蛇の額を殴る。鈍い音と共に、その額が陥没する。たまらず黒蛇が声を上げ、咆哮が途切れた。
「『真刀装・蒼』『神速抜刀』『致命の一撃』『覇獣の激昂』『明鏡止水』――」
「ぐわああっ!?」
空中で身動きの取れないレティは、黒蛇の頭突きによって後方へ吹き飛ぶ。しかし、彼女が作り出した時間は無駄にはならない。
「彩花流、肆之型、一式抜刀ノ型――」
袴が揺れる。桃花の袖が靡き、大太刀が鞘走る。
「――神髄、『紅椿鬼』」
滑らかな銀閃が、照明に浮かび上がる黒蛇を撫でる。
鋭利な刃が皮を裂き、鱗を斬る。
「ぐっ!? ――かはっ!」
「トーカ!」
しかし、トーカの必殺の抜刀は、蛇の首の中程で阻まれる。行き場を無くしたエネルギーが黒神獣の肉を抉り、赤黒い体液の奥に骨が見える。
トーカの妖冥華でも断ち切れないほど、太く頑強な骨だった。
動きを阻まれたトーカは勢いよく地面に叩き付けられる。なんとか受身を取ったが、LPはたったそれだけで危険域だ。
「『
「『裂尖脚』ッ!」
霜が広がり、室内が極寒と化す。猛烈な勢いで降り注ぐ氷は鋭く、黒蛇に深々と突き刺さる。
同時に、エイミーの放った鋭い脚撃が黒蛇の喉元を裂く。
「『呪燋刻印』」
蛇が燃え上がる。
「ほあああああっ! 『骨砕き』ッ!」
衝撃から立ち直ったレティが、露出した骨を叩く。
俺は展開した〈
爆炎が吹き上がり、衝撃が乱反射する。粉塵がもうもうと立ち上がり、視界は劣悪だ。
そんななかで、巨影は未だ健在だった。
「っ!」
「『皆を守る盾』ッ!」
黒蛇の身が揺らぐ。悪意を察したエイミーが、俺たちの前に立って盾を構える。次の瞬間、黒蛇の口から猛烈な黒炎が吹き出した。
「ほぎゃあっ!? あっつ、あっつっ!」
「レティ、耳が焦げてますよ!」
「『氷の城壁』!」
レティの赤髪の末端から焦げ臭い煙が立ち上がる。ラクトが咄嗟に全周を取り囲む氷壁を生成し、間一髪で延焼を免れる。
「うわわっ!?」
しかし、黒蛇の放射した黒炎は機術製の氷を溶かす。どころか、エイミーの堅盾をも侵蝕していた。
「厄介な! 『強制萌芽』“蛇頭葛”ッ!」
エイミーの腕が溶ける前に、種瓶を投げる。栄養液を吸い取って成長した蔦植物が、黒蛇に絡みつく。蛇には蛇をぶつけるのだ。
「全員退避!」
「了解です!」
黒蛇のHPは僅かにも減っていない。0.1ミリくらいは削ったはずだが、どうやら
とはいえ、俺たちもここで倒そうなどと尊大なことを思っているわけではない。目的はただの時間稼ぎなのだ。
俺の合図でレティたちはあっさりと転身して駆け出す。ここで15秒くらいは阻むことができた。神輿は第三十四階層を走っていることだろう。
「こっちだよ!」
シフォンの案内で第三十五階層から脱出する。
蛇頭葛は早々に蛇の黒炎に焼かれ、あっさりと灰に還るだろう。
「お土産だ。“昊喰らう紅蓮の翼花”――の花弁!」
以前レティがぶち抜き、その後仮設の階段が整備された穴の上から、赤い花弁を一枚落とす。ひらひらと舞い落ちるそれを見届ける事無く、背を向けて全力で距離を取る。
数秒後、最下層の穴から紅蓮の炎が吹き上がった。
「どれくらい効きますかね」
「脱皮でもして無傷なんじゃないか?」
「め、面倒くさい!」
走りながら、少しでも黒蛇にダメージが入っていることを願う。第三十四階層を走り、壁に描かれた矢印に沿って進む。
「〈白鹿庵〉撤退! 準備できてるか?」
「任せろ。全員、構え!」
非常階段に繋がる大部屋に飛び込むと、隊列を組んだ大勢の調査開拓員たちが待ち構えていた。
俺たちは懸命に足を動かし、彼らを飛び越す。
「頼んだぞ」
「30秒は稼いでやろう」
第二迎撃班にバトンを渡す。
バンドやパーティの垣根を越えた混合集団だが、その実力は折り紙付きだ。
「ラクト、こっちだ!」
「うわわっ!」
階段をひとっ飛びで駆け上がっていくレティを追い、ラクトの手を引いて走る。俺たちが第三十三階層へ到達したちょうどその時、下層で激音と激震が響いた。
「こちらレッジ、第二拠点の方はどうだ?」
『第一戦闘班が総力を結して対応中です。特にアイさんの歌唱戦闘がかなり効果的みたいですね。第一拠点の方でも音響兵器の搬入をクロウリさん主導で行っています』
共有回線から、神核実体移送作戦本部へと連絡を取る。そこでは第二拠点の状況など、様々な情報を整理してくれている。物資の搬入や突発的なトラブルへの対応など、心強い後方支援だ。
「御神輿の現在地は?」
『第一拠点、第二拠点共に第三十三階層ポイントCを通過しました』
「予定より順調じゃない」
『ビキ愛の追加外装がかなり優秀でして』
「複雑だなぁ」
第三十三階層の通路を駆け抜ける。非常階段と言いつつ、地上まで一本で繋がっているわけではない。むしろ一層ごとに対角線の位置にある。まったく面倒なことだ。
『第一拠点、第二迎撃班蒸発』
「はっ!?」
第三十二階層を目指して走っている途中、作戦本部から非情な報告が挙がる。あまりの衝撃に、レティたちも動揺を隠せない。
「会敵から20秒も経ってないだろ!」
『そう言われましても……。少なくとも、連絡要員との通信は途絶しました』
各班の連絡要員は状況把握の要だ。それぞれ複数人が配置され、隊列の中でも最も安全な場所に立つ。彼らからの通信が消えたということは、つまりそういうことだ。
『黒神獣の第三十三階層への侵入に注意してください』
「そう言われても――うわあっ!?」
作戦本部からの忠告の直後、足元が揺れる。咄嗟にラクトを抱え、物理反発歩法で緊急回避を実行する。
「チッ。拠点の隔壁は壊れないんじゃなかったのか?」
床下から現れたのは、一回り大きくなった黒蛇の頭だ。赤い瞳が燃え、こちらを忌々しく睨んでいる。
「ほんとに脱皮しました?」
「さっぱりしたわねぇ」
「言ってる場合か! 第三迎撃班は!?」
『まだ準備中です! 遅滞戦闘をお願いします!』
作戦本部も床をぶち抜いてくるとは思っていなかったらしい。慌ただしい声を聞きながら、苦し紛れの行動に出る。
「『強制萌芽』“爆竹葡萄”!」
投げた瓶が割れ、蔓が蛇に絡みつき、結実した葡萄が破裂する。激しい音と共に種がばら撒かれ、黒蛇が蹌踉めく。
「レッジさん!」
「俺とミカゲで15秒稼ぐ! 他は先に行け!」
ハンマーを構えようとするレティを制し、奥に押し出す。
「『絡め糸』」
ミカゲが蛇体に糸を巻き付け、動きを阻む。更に長い釘を打ち込み、荒縄で縛り付ける。青い炎が蛇を焼き、その行動を制限する。
「任せたわよ!」
エイミーがラクトを抱える。レティたちも即座に判断して、駆け出した。
「ちょっとキツい」
「助かった。休んでくれ」
ミカゲは呪術の乱発によって、全身に厄呪の紋章を滲ませている。それだけあって、彼がものの数秒で構築した束縛は非常に堅固だ。特に口を重点的に括り、黒炎を吐き出させないようにしている。
黒神獣と言えど、そう簡単には逃れられない。
「すまんな。お前を殺したいわけじゃないんだが」
下半身を換装。蜘蛛脚に換えて立体的な機動力を獲得する。背中から副腕を展開し、槍を構える。
「『磔の長槍』」
一斉に突き出す。
八本の槍が、蛇を貫通して壁に縫い付けた。
「『呪縁伝炎』」
巻き付いた荒縄が燃え上がる。
ミカゲは冷静な判断で、自分が即死しないギリギリのバランスで呪いを重ねた。身動きのできない黒蛇が、全身を焦がす。
「ミカゲ、上出来だ!」
「撤退」
仰け反り絶叫する黒蛇。10秒程度は時間を稼げたはずだ。逃げ時を察して背を向ける。
「ッ! ミカゲ!」
「うっ――!?」
ガチガチに緊縛したはずの黒蛇が、炎を吹き出す。
口からではない。内側から圧力によって裂けた皮の隙間から、暴れる猛火を広げたのだ。
「こいつ、自爆しやがった!」
自らの身体を顧みない捨て身の攻撃だ。だからこそ、意表を突かれた俺たちには効果的だ。
ミカゲは背中を焼かれ、強い火傷を受ける。猛烈な勢いで減少するLPを、アンプルのがぶ飲みでなんとか対応する。
『Rururururururu!!!!』
奇妙な声がした。
違和感を抱き、振り返る。
「なっ――」
青い炎に包まれた黒蛇が、二つに分裂していた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇『
〈戦闘技能〉スキルレベル80のテクニック。強力な
強力な
気高き精神で、巨悪に抗え。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます