第837話「金翼の玉籠」

 掃討作戦が完了し、神輿建造任務も恙なく進行している。それと並行して行われたルート策定など種々の関連任務も各専門調査開拓員たちの協力によって順調にこなされている。

 ドワーフたちは拠点内の安全確認と共に神輿の順路を調査し、電源喪失に備えて照明設備などを搬入していた。

 コシュア=エグデルウォン自身も、拠点からの脱出に向けて様々な準備に忙殺されていた。彼女の神核実体が双頭蛇の有機外装から分離した瞬間、蛇は汚染術式に侵され黒神獣と化する。同時に拠点のエネルギー供給が途絶し、無停電電源装置によって各種情報資源は安全に保護状態に入るのだが、エグデルウォンはその確認に時間を割いていた。

 なんと言っても、彼女自身が千年以上ものあいだ身体を張って守り続けてきた貴重な資料だ。それが喪失してはならない。

 〈解読〉スキルなどを持った調査開拓員たちも、ドワーフ司書部と協力してバックアップ作業を進めているが、情報資源の総量と比べれば微々たるものだ。


「そこまでしてコンバートを急ぐ理由があるんですか?」


 第一拠点最下層を訪れたレティが、ふとそんな疑問を零した。

 3,000年も守り続けて来れたのなら、あと少しくらい待って、準備を整えた方が良いのではないか、という話だろう。

 たしかに、今回のように急いで神輿を作って神核実体を神殿に救急搬送するより、穴でも掘って直通の通路を整備し万全を期してから実行した方が成功率は高い。

 しかしそうも言っていられない事情もあるのだ。


「コシュア=エグデルウォンは有機外装まで汚染術式に侵蝕されてるんでしょ。今は神核実体が中和してるけど、その均衡がいつ崩れるか分からないんだね」

「そういうことだ。流石ラクトだな」

「ふふん」


 ラクトの指摘通り、コシュア=エグデルウォンは理性的に見えて案外危ない状態にある。コノハナサクヤも驚くほどの能力を注ぎ込んで、3,000年もの間耐え続けていたのだ。

 しかし、今回俺たち調査開拓団が現れた事により、彼女の集中力が乱された。今はまだその揺らぎも小さいが、千丈の堤も蟻の一穴によって崩れる。他ならぬエグデルウォン自身が、黒神獣化してしまうのは時間の問題だと主張しているのだ。


「そろそろ時間ね」


 時刻を確認し、エイミーが呟く。ほぼ同時に、最下層に集まった調査開拓員たちに向けて声が掛けられた。


『皆、よく集まってくれたのう』


 ざわついていた集団が静まりかえる。彼らの視線が声の方に向けられた。

 鉄パイプを組み、幕を垂らした櫓の上に狐耳を生やしたT-1が立っていた。


「なんでT-1さん、モデル-ヨーコになってるんです?」

「モジュールの信頼性が十分に高まったため、管理者機体にも使用できるようになったから。だそうだ」

「でもあれ、タイプ-フェアリー用の特製よね?」

「そこは深く追及しない方がいいらしい」


 小麦色の尻尾を振りふり、T-1は調査開拓員たちに笑いかける。


『この後すぐに、神核実体輸送作戦が実行される。行程自体は単純じゃ、神核実体を輸送器具に移し、順路に従って進み、〈白き深淵の神殿〉まで辿り着く。しかし、その道は険しいじゃろう』


 T-1は戦士たちを見渡す。

 誰も彼も真剣な表情で――一部のものは少々相貌が崩れているが――彼女の演説に聞き入っている。彼らの意志が既に固まっていることを知り、T-1は満足げに頷く。


『安全性を高めるため、第二重要情報記録封印拠点の方にも輸送部隊が集結しておる。厄介な追っ手が予想されるため、どちらかは偽装神核実体を運ぶ事になるが、どちらが本物かはお主らには明かさぬ』


 リスクを分散し、敵を撹乱する。神核実体については、T-1たちもよく知っている。彼女たちは随分と希少な部品と高度な技術を注ぎ込んだダミーを用意していた。

 その製造任務に携わったネヴァは、もうやりたくないと顔を青くして言っていたものだ。


『現在も調査開拓員と司書部によって情報のバックアップが続けられておるが、到底間に合わぬ。第一、第二、両拠点に収蔵された希少な情報資源はお主らの手に掛かっていると言っても過言ではないのじゃ』


 T-1の激励に、調査開拓員たちが昂ぶり吠える。

 意気軒昂な猛者たちの熱気が渦巻いていた。


『それでは、まずは神核実体輸送器具“玉籠”のお披露目じゃ!』


 T-1が尻尾を振る。それを合図に、櫓を包む幕が落ちる。

 そこに収められていたのは、立派な屋根付きの神輿だった。重厚な威容は一目見るだけで堅固と分かる。施された装飾は、全てアーツの発動具だ。物理的、機術的に何重にも備えられた防備は、まさに万全。


『さらに! つい先ほど〈ビキニアーマー愛好会〉から追加外装が送られてきたのじゃ。それも装着する事で、“玉籠”は更に完璧へと至るのじゃ!』


 T-1が叫ぶ。

 群衆を掻き分けて現れたのは、愛と大きく書かれた頭陀袋をすっぽりと被った筋骨隆々のタイプ-ゴーレムの男達だった。


「ひえっ」

「こいつらがビキ愛なのか……」


 滅多に衆目の前へ現れない〈ビキニアーマー愛好会〉のメンバーを見て、あちこちでどよめきが広がる。

 何よりも目を引くのは、褐色の肉体に張り付いた極細の紐のような装備だ。鮮烈な赤や、澄み切った青、ひとりひとりに違いのある、どれも深い思慮と確かな技術の下に紡ぎ出された、美しいビキニアーマーである。

 〈ビキニアーマー愛好会〉の男たちは、威風堂々とビキニアーマーを着こなし、“玉籠”の前までやって来た。


「――神輿を飾るビキニアーマーとは、何だろうか」


 突然、愛袋を被った男がくぐもった声を放つ。知性を感じさせる落ち着いた声色である。


「神輿とは、神の座す物。転じて、神そのものと同一視される。つまり――」


 男は一度溜める。


「神輿とは、ビキニアーマーである」


 周囲はしんと静まりかえる。T-1ですら、耳を伏せて彼を見ていた。


「なれば、ビキニアーマーを飾るビキニアーマーを作らねばならぬ。我々は、そこに思い至った」


 どこからか、感涙を堪える呻きが聞こえる。静謐な部屋の中で、男だけが言葉を紡いでいた。


「〈ビキニアーマー愛好会〉作品№69,720、“天子の金翼”――」


 〈ビキニアーマー愛好会〉のメンバーが、“玉籠”にビキニアーマーを装備する。それは極細の金糸のようにも見えた。半裸の男たちが丁寧に、糸を巻き付けていく。

 それはビキニアーマーと呼ぶにはあまりに細く、頼りない。しかし、それは理念が違うのだ。あれは、ビキニアーマーを飾るビキニアーマーなのだ。


「地に眠る智神が、広く青い空へ飛びたつことを願おう」


 “玉籠”に最後の外装が備えられると共に、男はそう締めくくる。

 神輿は神々しさを増し、黄金色に輝いていた。重く堅固な乗り物は、軽やかに羽ばたく翼を得た。

 完成を見届け、〈ビキニアーマー愛好会〉の面々は群衆の中に戻っていく。はっと正気に戻ったT-1が慌てて向き直る。


『こ、これにて“玉籠”改め“金翼の玉籠”の完成じゃ。そして、予定の時刻も迫っておる』


 時間が訪れる。


「さあ、祭りの始まりだ」


 力自慢の調査開拓員たちが、神輿を担ぐ。

 統合管理室では、有機外装と神核実体の分離が行われているはずだ。


『5、4、3、2、1――』


 T-1のカウントダウン。

 そして、照明が落ちる。


『仮設照明点灯!』


 即座にライトが灯され、白い光が第三十五階層を照らし上げる。


『“金翼の玉籠”、外蓋、内蓋開放!』


 神輿の扉が開かれる。神核実体を収めるだけの、小さなスペースが露わになる。


「神核実体の分離確認!」


 連絡要員を務める騎士団の少女が叫ぶ。統合管理室には、彼女とTELを繋げている騎士団が常に様子を報告している。


「有機外装の黒神獣化を確認。想定より早いです!」


 楽観的な予想の下では、有機外装の黒神獣化まで数分の余裕があるはずだった。しかし、現実は非情で、ものの数秒で白蛇は黒く染まりきってしまったらしい。


「ラッシュ、クリスティーナ、共にポイントDを通過。神核実体は無事に保持されています!」


 統合管理室から最下層までの長い坂道は、調査開拓員の中でも特に俊足と名高い二人によって運ばれる。


「ポイントC通過! 統合管理室連絡員死亡!」


 着実に近づいてくる。

 緊迫した空気が充満する。

 T-1は神輿に設えられた舞台に登り、そこから指揮を執ることになっていた。


「ポイントB通過! ポイントD、C――よ、四名の連絡員全員死亡!」


 騎士の声が揺らぐ。その報告を聞いて、T-1が渋い表情を浮かべた。

 クリスティーナとラッシュが神核実体と偽装神核実体を運ぶのは、追っ手をどちらかに引きつけるためだ。しかし、報告が示しているのは、両者共に敵に追いかけられているということ。

 想定していた中で最悪の可能性――黒神獣が分離した。


「ポイントB通過! ポイントB連絡員両名死亡!」


 通過報告の直後に連絡員の死亡が伝えられる。連絡員も騎士団第一戦闘班から選出された粒ぞろいのはずだが、流石に単身で黒神獣の侵攻を阻むことはできないようだ。


「ポイントA通過! ポイントA両名死亡! 到着3秒前!」


 騎士が叫ぶ。

 統合管理室と繋がる唯一の通路から、猛烈な足音が響いていた。その音はだんだん大きく、近く、そして――。


「受け取れぇえええええっ!」


 現れた青年。長槍を正面に向け、脇に透き通った宝玉を抱えている。彼はそれを投げる。


「神核実体収容完了!」

「内蓋、外蓋封印! 防御機術発動! 総員、出発!」

『走れぇえい!』

「うおおおおおっ!」

「わっしょーーーーいっ!」


 宝玉が神輿の中に収められる。即座に装甲扉が閉じられ、施錠される。同時に防御機術が発動し、“天子の金翼”が起動する。

 眩い光の翼が広がり、重い神輿が浮き上がる。数十人の調査開拓員たちが肩で支え、猛然と走り出す。


「ぎょわっ!?」

「ぷぺっ!?」

「ぐわーーーっ!」


 神輿の発進と同時に、最下層の壁が崩れる。瓦礫の中から現れた巨大な黒蛇が、爛々と光る赤眼で睥睨する。そこに知性はない。ただ湧き上がる暴力的な衝動だけに支配された獣がそこにいた。

 それは強引に土を掘り進み、ここにいた。


「レティ、死ぬなよ」

「任せて下さい!」

「首を切れば、黒神獣も死ぬでしょう」

「殺す事よりも邪魔する事を考えなよ」

「殴れるなら余裕よ」

「はええん……」


 俺たちは武器を構える。

 神殺しの祭りが始まる。


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Tips

◇“天子の金翼”

 〈ビキニアーマー愛好会〉作品№69,720。直径300pmの超極細高機能繊維を使用したビキニアーマーを飾るビキニアーマー。反重力生成回路を内蔵し、装着した物体の重量を35%相殺することができる。また、選択式高衝撃反発フィールドを展開し、全周囲からの攻撃に対して瞬間的な防御を行う。

 〈特殊開拓指令;古術の繙読〉の神核実体輸送作戦に際して、管理者より製作が依頼された。予算に囚われない無制限下での開発により、複数の技術革新を経て完成した。

 〈ビキニアーマー愛好会〉の技術の粋を集結させた珠玉の一品。名作を多く生み出してきた歴史の中でも傑作として一際燦然と輝く。

 地に眠る智神が、広く青い空へ飛びたつことを願う。


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