第836話「神祀る御神輿」
T-1たちから話を聞いた俺は、いくつか思いついたアイディアを彼女たちに伝えた。全調査開拓員に向けて新たな任務が発令されたのはその翌日のことだった。
「〈特殊開拓指令関連任務;神核実体運搬器具製作〉?」
「ああ。ついさっき公開されたのを確認した。それが達成できない事には、コシュア=エグデルウォンの神殿輸送も始められない」
不思議そうな顔をするレティたちに、俺は肩を竦める。
掃討任務も順調に進んでいるが、新たにコシュア=エグデルウォンに問題が見つかり、それを解決する必要があった。
「エグデルウォンさんはあの大きさじゃ外に出られないっていうアレですか」
「それも理由の一つだな」
レティの指摘は正しい。コシュア=エグデルウォンは巨大な双頭の蛇だ。しかも尾が統合管理室の壁に結合している。そのままでは部屋から出る事もできず、拠点から地上にも上がれない。
「だから、まずは神核実体を有機外装から取り外して外に運び出す」
「そこはまあ、コシュア=エタグノイと一緒だね」
コシュア=エタグノイ――コノハナサクヤも巨大な蔦が集合した猿型の有機外装を着ていた。第零期先行調査開拓団は俺たちのように機械人形を使わず、有機外装というものを着用していたのだ。
今回、コシュア=エグデルウォンを海底神殿に連れていくのも、そこで有機外装を必要とする神核実体から機械人形へとコンバートするためだ。
「それで、どこが問題なのよ」
エイミーが先を促す。
「コシュア=エグデルウォンの神核実体は、その生産エネルギーのほぼ全てを二つの記録封印拠点に供給してるんだ」
「つまり……エグデルウォンの神核実体が有機外装から離れたら施設の全機能が停止するってこと?」
「それくらいならまだ良かったんだがな。施設自体は突然の電源停止にも備えて
「ならいいじゃないですか」
「そう簡単にはいかないんだ。神核実体は
汚染術式。その言葉に、レティたちは揃って絶句する。
それはコノハナサクヤもかつてギリギリの自我を保ちながらも着実に侵蝕されていたもの。そして、汚染術式が完全に侵蝕すると、彼女たちは黒神獣へと変わってしまう。
「ええっと、つまり、エグデルウォンから神核実体を引き抜くと、残った蛇が黒神獣化するってこと?」
「そういうことだ」
シフォンの言葉に頷く。
神核実体による中和処理がなくなれば、有機外装は瞬く間に汚染が完了する。彼女を海底神殿まで運ぶには、怒り狂う黒神獣から逃走する必要がある。
「だから、黒神獣から神核実体を守るための箱が必要なんだ。そのための生産任務が〈神核実体運搬器具製作〉だな」
「なるほど。レティたちはあんまり関係ない奴ですね」
新たに公開された任務が生産者向けであると知った途端、レティがすっぱりと断言する。しかし、俺は首を振ってそれを否定する。
「レティたちも大事だぞ。本番では、その神核実体運搬器具を運ぶんだからな」
「ええっ!? そうなんですか?」
「ああ。自走式や機獣牽引式なんかも案にあったみたいだが、故障や動力喪失が危惧されたからな。調査開拓員が運ぶことになった」
神核実体は言ってしまえばちょっとしたボーリング玉みたいなものだ。当然、自力で運動することができない。そのため、有機外装から分離したコシュア=エグデルウォンの神核実体も俺たちが運ぶことになる。
しかし、後方からは黒神獣化した有機外装が、そして前方からは掃討したとは言え僅かに残っている改造機が襲ってこないとも限らない。替えの効かない神核実体を完璧に守るための入れ物が必要だった。
T-1たちが協議の上で定めた入れ物のスペックから考えると、かなり力強いエンジンが必要となるが、突発的な故障が気になる。そのため、いくらでも替えの効く調査開拓員が協力して運搬する方式になりました。
「ちなみに、これが完成予想図らしいぞ」
〈神核実体運搬器具製作〉を受注すると見る事ができる図面をレティたちに見せる。その姿を見た彼女たちは、言葉を揃えていった。
「これってもしかして、御神輿ですか?」
二本の親棒、更に二本の脇棒によって支えられた、屋根型装甲付きの携帯型保管庫。その姿はまさに御神輿そのものだった。
「つまり、コレを担いで神殿までひた走れと」
「そういうことだ」
呆れた顔で言うエイミー。
T-1たちから相談を持ちかけられた時は驚いたが、我ながら妙案を出せたものだ。
「ちなみに設計主任は〈ダマスカス組合〉のクロウリ、装甲監修は〈プロメテウス工業〉のタンガン=スキー。装飾は〈シルキー縫製工房〉の泡花。追加外装は〈ビキニアーマー愛好会〉が目下製作中とのことだ」
「生産系バンドのオールスターですねぇ」
「約一団体、ちょっと不安になるところもあるけど……」
この神輿は、まさに調査開拓団の叡智が集結したものになるだろう。そのことを予感してか、シフォンたちもうずうずとしている。
「ちなみにこの御神輿の総重量は?」
「大体2トンは超えるらしい」
「重ッ!」
スペック表を見ながら答えると、エイミーが目を剥く。とはいえ、これでもかなり重量削減をしたほうだろう。設計図には随所に軽量化のための涙ぐましい努力の跡が見て取れる。
「頼みの綱は〈ビキニアーマー愛好会〉の追加外装だな。反重力装置なんかがあれば、もうちょっと軽くできるはずだ」
「なんか、反応に困るなぁ……」
技術力だけは確かな〈ビキニアーマー愛好会〉だが、技術力以外の点があんまりにもあんまりなので、女性陣からの反応は芳しくない。
「せめて車輪とか付けないの?」
「階層間の移動は階段を使うし、外に出たら不整地だからな」
電源の供給源である神核実体を喪失することで、拠点の機能は限定的になる。資料保全に全エネルギーが使用されるため、中央制御区域のゴンドラは使用できない。そもそも、神輿の大きさからして箱に入らないのだ。
更に拠点の外は碌に整備もされていない大自然だ。車輪で滑らせるよりも、担いだ方が速度が出ると判断されたのだろう。
「腕力特化のタイプ-ゴーレムで、20人以上は必要ね」
「攻撃とか防御に回す人数も考えると、なかなか厳しいねぇ」
エイミーが腕を組み、ラクトも口の端を結ぶ。
「しかし、T-1たちが額を突き合わせて考え出した結論がこれだ。神輿が完成し次第、輸送任務も出るだろ」
「だったら、それまで筋トレでもしてましょうかね」
「筋トレしても意味はないんじゃない……?」
いつの間に買っていたのか、ダンベルを手に取るレティ。早速やる気を見せる彼女に感化されてか、トーカたちもそわそわと動き出す。
『レッジ、土の準備ができたわよ』
「ありがとう。すぐ行くよ」
ちょうど話が終わったタイミングで、防護服姿のカミルが裏口から顔を覗かせる。俺はひとつ頷くと、防護服を着込んで農園へと向かった。
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Tips
◇〈特殊開拓指令関連任務;神核実体運搬器具製作〉
危険度:レベル3
場所:指定なし
説明:
第一重要情報記録封印拠点及び第二重要情報記録封印拠点地下に存在するコシュア=エグデルウォンの神核実体を〈白き深淵の神殿〉まで護送する計画が立案中である。当計画に際して、脆弱な神核実体を保護し安全を確保しつつ輸送するために、神核実体運搬器具の必要性が挙げられた。
よって、〈鍛冶〉〈木工〉〈調剤〉〈調理〉〈機械製作〉各種生産系スキル修得者による協働製作計画を実行する。調査開拓員各位は併記する神核実体輸送器具設計図、必要部品目録を確認のうえ、対象部品を製造、納品せよ。
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