第835話「領域とメイド服」

 第一拠点内の改造機掃討のため張り切って出ていった直後、何故か味方による一斉攻撃を受けるというハプニングがあったものの、なんとか正体も信じて貰うことができた。


「レッジさーん、連れてきましたよ!」

「よしよし。そのままラインの奥まで突っ走れ」


 俺が設定した領域内にレティが駆け込んでくる。少し遅れて、彼女を追いかける無数の改造機械人形たちが現れた。

 手に武器を携えた機械人形たちが領域に入り、レティがそこから抜け出したところで仕掛けていた罠を起動する。

 超高圧の電流が流れる網が天井から落ち、文字通り敵を一網打尽にした。


「やっぱりレッジさんは群体処理に強いですねぇ」


 感電して全身を痙攣させている機械人形たちを見て、レティが感嘆の声を上げる。


「とはいえ、攻撃力は足りないな。本当は罠だけで一撃で倒せればいいんだが」


 俺は槍を使い、倒れた機械人形の八尺瓊勾玉を一つずつ破壊しながらぼやく。最近は特に攻撃力不足を感じるようになり、今回もわざわざとどめを刺さなければならなかった。


「そこはレティたちも手伝いますし。愛の共同作業というやつですよ」

「ははは。レティは頼りになるな」


 ともあれ敵が動かないのであれば単純作業である。レティもハンマーを構え、次々と破壊していく。


「俺が言うのも何だが、躊躇ったりしないのか?」


 改造機械人形の中には、それなりの割合で俺やレティの姿をしたものもある。俺は自分と同じ姿を破壊することにあまり抵抗はないが、レティもあまり気にした様子もなく淡々とハンマーで押し潰している。


「そうですねぇ。確かに顔は同じですけど、表情は違うと思いますし」


 どうやら、彼女の中ではしっかり区別がなされているらしい。自分と同じ姿の敵に攻撃できないという話や、運営にクレームを掛けたという噂も聞いているのだが、あまり心配はいらないようだ。


「にゃあ、みんな順調みたいだね」

「ケット・Cか。お疲れさん」


 レティと共に淡々と処理を続けていると、ケット・Cがやってくる。傍らには子子子やMk3もいる。彼らも残党狩りに精を出していたのだろう。


「まだまだ残党は多そうか?」

「まあ、RTリアルタイムで2、3日は続くんじゃにゃい? 僕としてはいくらでも稼げるからラッキーだけど」


 残党狩りとは言うものの、コシュア=エグデルウォンはかなりの数の改造機を既に生産していた。生産ラインは止まっているはずだが、拠点内にはまだまだ大量の改造機が徘徊している。

 改造機のドロップアイテムは何故か管理者側から結構な値段での買い取り任務が出ているため、プレイヤーからしてみれば書き入れ時だ。


「あたしも一週間くらい続いて欲しいなぁ。人型敵相手だと格闘系の経験値効率が良いんだよね」


 腕を組んで願望を口にするのは、テイマーの子子子だ。彼女の隣には〈花猿の大島〉で手懐けたというゴリラのような原生生物がいる。


「人が多いからにゃー。一週間は続かないだろうね」


 ケット・Cはヒゲを撫でつつ予測する。

 レティ型やトーカ型のトッププレイヤーモデルを相手にすると大変だが、中にはまだ成長途中の初心者、中堅プレイヤーの機体を改造したモデルも存在している。そういったものを選べば安定して効率的に稼げるらしい。

 そして、そういったミドル層までのプレイヤーモデルは第一拠点の方が多いため、それを狙う調査開拓員もこちらに集中していた。


「第二拠点の方は時間掛かりそうなのか?」

「そっちはそっちで、騎士団が暴れ回ってるらしいからにゃー」


 ケット・Cは情報通で、そのあたりの事情もよく把握していた。

 俺たちは“統合管理室”から第一拠点に出てきたが、アストラたちは第二拠点の方へ戻った。そこで今も掃討任務に集中しているらしい。


「あっちはトップ層モデルが多いから、武者修行的に使ってるプレイヤーも多いみたいだにゃあ。それに、そもそも〈七人の賢者セブンスセージ〉とか〈八刃会〉みたいな強豪が籠もってるし」

「なるほど。安心して任せられそうだな」


 第一拠点は人数で、第二拠点は個々の質でバランスが取れているようだ。ならばやはり、ケット・Cの読み通りあと3日もすれば掃討も終わる。


「まあ、とにかく。この奥は安全地帯だからな。ゆっくり休んでいってくれ」

「助かるにゃあ。やっぱりレッジがいるとフィールドでも快適でいいね」


 ケット・Cはそう言って俺が守っている背後のエリアへと向かう。袋小路になっているこの場所を、俺は安全圏に定めていた。ログハウス式のテントを建てて、他の通路との接続地点に罠を張り、戦闘続きのプレイヤーたちの憩いの場を提供しているのだ。


『おいなりさんも販売しておるぞー! 美味しい美味しいおいなりさんじゃぞ-!』

『とっとと注文決めなさいよ。後がつかえてるの見えてないの?』


 テントの周囲では商人たちが露店を並べている。その中にはちゃっかり俺が置いた店もあり、T-1とカミルが売り子をしてくれていた。


『い、いらっしゃいませー。美味しい紅茶もありますよ』


 そして、その中にはメイド服の少女がひとり。

 何やらT-1の推薦で露店営業に協力してくれることになったウェイドである。彼女も〈シスターズ〉のシフトで接客には慣れているものの、フィールドでの営業は初めてということで若干動きがぎこちない。


「ウェイドちゃーん! 紅茶3ガロンちょうだい!」

『ええっ!? 一人一杯からでお願いします』


 そして、そんなウェイドを一目見ようと、多くのプレイヤーが押しかけている。そのおかげで他の露店も盛況なようで、まさにwinwinである。


『レッジ』


 罠を張り直しつつ露店の様子を確認していると、背後から声が掛けられる。振り返ると、黒いピッケルを携えたネセカが、警備部の部下たちと共に立っていた。


「ネセカか。話は落ち着いたのか?」

『ひとまずな。色々と迷惑を掛けてしまって、申し訳ない……』


 ネセカは軍帽を胸に押しつけ、恭しく頭を下げてきた。慌てて彼の肩を押し、戻って貰う。


「俺は何にもやってないさ。それに、そういうのはT-3たちと話してくれ」


 ネセカたちの暴走が多少あったものの、今では事態も落ち着き協力体制が構築されている。

 彼らはT-3を代表とする開拓団陣営と綿密な話し合いを続けており、今回の掃討任務でも様々な面から全面的に協働していた。

 ネセカ達ドワーフとコシュア=エグデルウォンが相見えるのは、この掃討任務が終わってからだ。ドワーフたちの気合いも入っている。


「それよりも、ルーツは分かったのか?」


 今回の件で大きな謎となっているのは、コシュア=エグデルウォンとドワーフたちの関係性だ。ドワーフたちは自らをDWARFの職員だと称し、コシュア=エグデルウォンを主だと言っていた。しかし、コシュア=エグデルウォンは彼らの存在を知らなかった。

 更に、ドワーフは1,400年にわたってこの施設を保守管理してきたと言っていたが、コシュア=エグデルウォン曰く施設は3,000年以上稼働している。

 そこの謎を解明するため、ドワーフたちは特に司書部の主導で自らのルーツを調べていた。


『まだ、詳しい事は何も。しかし、いくつか仮説はたっている。それらは――鼎談会の際に話す事になるだろう』


 ネセカの表情は硬かったが、進捗がないわけでもないようだ。

 掃討任務が終わり、安全性が確保でき次第、コシュア=エグデルウォンが有機外装を脱ぎ去り神核実体を露わにする。それを海底神殿まで運び、そこで機械人形へとコンバートする。

 それらが恙なく終われば、調査開拓団、コシュア=エグデルウォン、ドワーフの三者による鼎談会が行われる手筈になっていた。


「それじゃあ、もう少し頑張らないとな」

『ああ。こちらもできる限りの協力をする』


 改めて、ネセカたちとの信頼を確かめる。


『主様ー! すこし良いかのー?』


 その時、T-1に呼ばれる。ネセカは頷き、再び残党狩りに出発する。彼らの背中を見送って、露店の側に居たT-1の下へと向かう。


「どうした、品切れか?」

『そういう訳ではないのじゃが、T-3から少し悩ましい話を聞いてのう』

「T-3から?」


 T-1は頷く。彼女の隣に立つウェイドもあまり浮かない表情をしていた。

 ちなみに、DWARF設備部の協力もあり拠点内に中継器を配備することができたため、拠点内でもある程度通信環境が整えられてきた。ウェイドたちが中に入ってこれるようになったもの、そのおかげだ。

 それはともかく、T-1から内容を聞く。


『コシュア=エグデルウォンの神核実体移送任務なんじゃが……』

「それがどうかしたのか?」

『一つ厄介なことがあってのう』


 そう言って、T-1が事情を話し始める。

 それを聞いた俺は、思わず頭を抱えるのだった。


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Tips

◇紅茶(ウェイドブレンド)

 管理者ウェイドが独自の判断によってブレンドしたこだわりの紅茶。茶葉の品種、産地、時期、抽出法方などを厳格に定めた極上の一杯。

 各都市の〈シスターズ〉にて、ウェイドの勤務中にのみ飲めるスペシャルな紅茶であるため、一回の注文では一人一杯と制限が掛けられている。


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