第833話「合流と邂逅」

 レティたちが通されたのは、コシュア=エグデルウォンが二つの施設を管理するために建設した“統合管理室”という部屋だった。第三十五階層の壁面に隠し扉が存在し、そこから延々と続く長い坂道があったのだ。しもふりの全力疾走でそこを進む事数十分、気が遠くなるほどの深さまで潜り、彼女たちはようやくそこに辿り着いた。

 坂道の先、白色の扉がある。分厚く堅牢で、取っ手一つない滑らかな表面だ。数千年の時を経て、それが開く。


『ふむ、来たわね』


 果たして、音もなく左右に滑る扉の向こうに、コシュア=エグデルウォンが鎮座していた。その姿を見て、そして頭上から響く声を聞いて、レティたちは驚く。


「はええ、おっきい……」


 六人の気持ちを代弁し、シフォンが尻尾を揺らす。


『ごめんなさいね。一人で二つの記録封印拠点Libraryを管理するのは大変だから』


 そう言って、コシュア=エグデルウォンは二つの首を彼女たちの視線まで下ろす。

 地下に埋没した大図書館の主は、二叉の首と白銀の鱗を持つ赤眼の大蛇の姿をしていた。彼女の体格からすれば“統合管理室”は窮屈そうで、実際空間のほとんどが彼女の蜷局に占められている。白く滑らかな身体は曲線を描き、尾部は壁と一体化している。

 また、胴体部から二本の長い腕が生えており、統合管理室に埋め込まれた巨大なコンソールを操作できるようだ。

 彼女こそが大図書館の主であり、彼女そのものが大図書館であった。


「それで、レッジさんは」


 レティはコシュア=エグデルウォンの理知的な様子に安堵しつつ、耳を揺らす。彼女の声に反応して、白蛇の蜷局の向こう側から聞き慣れた声がする。


「レティ! 無事に合流できて良かったよ」

「レッジさ――レッジさん!? 全然無事っぽくないですけど!?」


 蛇の影から槍を突いて飛び出してきた謎のクリーチャーを見て、レティが飛び上がる。しもふりも即座に臨戦態勢を取り、頭を低くして唸っていた。

 もさもさと全身から緑の葉を繁らせた謎の一本足は、慌てて腕を振る。


「待て待て、俺だよ俺!」

「まさか、またレッジさんの偽者ですか?」

『私はこんなキモいの作らないわよ!』


 エグデルウォンが不本意そうに否定する。レティたちが半信半疑の視線を向ける中、謎のクリーチャーは全身の葉をブチブチと千切り始めた。


「いてて、やっぱ皮膚まで根が張ってるとキツいな……」

「レッジさん? いや、スキンがボロボロであんまり分かんないんですけど」


 茂みの奥から現れたのは、植物の根によってボロボロになったスキンだった。レティたちだからこそ辛うじてレッジだと分かるものの、初見では悪質なホラーか何かとしか思えない。


「ちょっと色々あってな。下半身が千切れて、全身に草が生えた」

「何をどうしたらそうなるのよ」


 レッジのアバウトすぎる説明に、エイミーが呆れ果てる。そのタイミングで白月も影の中から現れ、鼻を鳴らしてレティ達の方へ駆け寄った。


「白月! ほんとにレッジなんだねぇ」

「そこで判断するのかよ……」


 ラクトが白月を迎え入れ、しげしげとレッジの方を見る。


『ごくごく……ぷはっ』

『まったく、ほんとにびっくりしたわ』


 レティたちとレッジの感動的な再会を見ながら、コシュア=エグデルウォンは巨大なガラス管の中身を飲み乾す。同時にもう一方の頭でレッジを見て、疲れた声を漏らす。


「まあ、こんなのが突然出てきたらねぇ」


 エイミーが再びレッジを見て言う。彼の体表を覆う植物はよほど繁殖力が強いようで、すでに剥がれた箇所が埋め戻されている。槍一本で器用に直立していると、植え込みか何かのようにも見える。


『しかも、第一拠点Library-1は喪失特異技術でバチボコ破壊されちゃうし』

第二拠点Library-2は順路通りではありますが、書庫番が轢殺されていました』

『ああ、そういえばそうね。そっちもそろそろ到着するころかな?』


 コシュア=エグデルウォンは一人で会話をして、レティたちがやってきた方とは別の壁を見る。タイミング良くそこが滑らかに開き、奥からレティたちも見慣れた集団がやってくる。


「アストラさん!」

「レティさん!」


 レティが先頭に立つ青年の名を呼ぶと、向こうも存在に気がついてやってくる。そうして、彼はそのままレッジの前に立った。


「レッジさんも、なかなか大変だったみたいですね」

「え、お、おう。よく分かったな」

「何がですか?」


 ほとんど盆栽のような気分で立っていたレッジに迷う事無く話しかけたアストラは、周囲が若干引いているのも気付かず首を傾げる。コシュア=エグデルウォンは真っ先に眼に入るであろう自分が無視されたことに少なからず驚いているようだった。


『あー、こほん。ようこそ“統合管理室”へ』

「失礼。俺は第一期調査開拓団所属の調査開拓員、〈大鷲の騎士団〉団長のアストラと申します。あなたはコシュア=エグデルウォンさんですね?」

『その通り。とりあえず、話が通じる存在で一安心したわ』

「こちらも同様です。――総員、休め」


 アストラは扉の前で控えていたアイたちに指示を下す。それを聞いた瞬間、騎士達が一斉に態度を和ませた。


「レッジさん! どうしてそんな姿に……?」


 集団の中から飛び出してきたアイが、レッジの元へと駆け寄る。彼女は周囲に疑問符を浮かべて酷く混乱しているようだった。


「まあ、ちょっと色々あってな。俺と戦って、俺に勝って……」

「とりあえず修理と回復しましょう。支援機術師と技師を呼んできますから」


 レッジの説明から理解不能と判断したアイは、即座に身を翻して騎士団員へと呼びかける。


「なんスか副団長」

「うわっ、何この植木みたいなの」

「レッジさんです。修理と回復をお願いします」

「ええっ!?」

「機械人形ってこんな状態でも生きられるんですね……」


 アイの指示に驚きながら、二人の団員がレッジの修復作業を始める。


「すみません、アイさん」

「いえ。レッジさんもこの状態だと大変でしょうし」


 治療を受けているレッジに代わってレティが感謝を告げると、アイは笑って首を振る。


「うっわ、なんだこのパラメータ……。あらゆる場所が真っ赤なんだが」

「うわあああ草抜いたらめっちゃLP減るんだけど! ダメだこれ、リザさん呼ばないと回復足りない!」

「回復ならテント建てようか?」

「患者は黙ってて下さいよ!」


 安定時はともかく、治療を始めると途端に慌ただしくなる。銀翼の団のリザなども呼ばれ、騎士団の力を総動員しての手術が行われた。


「一応記録してますけど、今後使う事ありますかねぇ」

「症例を取っておくのは大事だからな。ちゃんと見とけ」


 多くの視線が集まる中で、レッジの復旧作業が始まる。リザの『聖域』や他多くの支援機術師による強力なLP供給の中で“肉破る纏針の葉衣”が剥ぎ取られ、スキンと人工筋繊維と強化金属骨格とその他諸々の損傷パーツが置換されていく。


「なんか、テセウスの舟みたいね」

「下半身なんて全部新調だしねぇ」


 騎士団の迅速な手術を、〈白鹿庵〉の面々は感心しながら見守る。


『調査開拓用機械人形だっけ。有機外装と違って部位欠損があってもすぐに修繕できるのは大きい利点ねぇ』

『使用されているブルーブラッド、疑似血液の発展系ですね。どうやら技術も進歩しているようです』


 突発的に行われた大手術を、コシュア=エグデルウォンは迷惑がるどころか興味深そうに見守っていた。第零期先行調査開拓団のメンバーである彼女からすれば、第一期の機械人形は目新しい存在だ。


「レティたちの機体を改造して嗾けてたのはコシュア=エグデルウォンさんですよね?」

『そうだけど、実質的な作業は全部グレムリンがやってたから』

「その話もしないといけませんね……」


 エグデルウォンの言葉に、レティは耳を折る。レッジと合流を果たした事でやり切った感じが出ていたが、まだまだ謎が山積しているのだ。その中でも最も重要なのは――。


「コシュア=エグデルウォンはドワーフについて何も知らないの?」

『エグデルウォンでいいわよ。コシュアはただの部隊名だし。――DWARFは確かに私が設立した組織だけど、そこの構成員はもう居ないはずよ』

「でも、第一第二どちらにもドワーフさんはいたよ?」


 シフォンが尻尾を振りながら伝えると、エグデルウォンは難しい顔で唸る。


『だから不可解なのよね。記録封印拠点はどっちも無人で機能するように設計してたから』

「グレムリンはどういう存在なんです?」

『記録封印拠点の内部環境維持システムが破綻した際の補修要員よ。あと、生態系循環式陰陽均衡維持システムの一部ね』

「はぁ……?」

『風水的な力場均衡を調整するためのシステムの一員よ。ええっと、そこの子なら分かると思うけど』


 エグデルウォンはそう言って、シフォンを指さす。突然の指名にシフォンは驚きつつも、なるほどと頷いた。


「拠点内が風水的に整備されてたのは偶然じゃなかったんですね」

『もちろん。どうしても既存の理論術式だけじゃ永久封印なんてできないから。拠点そのものを自己完結した単一の世界系として構築するために、生態的な循環を整える必要があったのよ。霊的物質的相互補完理論とか、呪術的低級社会性文明維持論とか、あとは喪失技術群からも色々引用してるし』

「それはさっぱり分かりませんねぇ」


 シフォンもレティたちも曖昧な表情をする。エグデルウォンは少ししょんぼりして、まあいいわと首を振った。


『ともかく、記録封印拠点は私の有機外装と神核実体の融合反応をエネルギー源にして永久稼働する設計になってたのよ。ドワーフなんていう存在は知らないわ』

「それじゃあ、ネセカさんたちはいったい何なんでしょうか……」


 きっぱりと断言するエグデルウォン。レティたちは眉を寄せ、困り果てる。


「本人に聞くのが一番なんじゃないか?」


 その時、彼女の耳に聞き慣れた声が届いた。反射的にレティが顔を上げると、見慣れた男が立っていた。


「レッジさん! ――なんか、妙に肌つやが良くなってませんか?」


 耳をピンと立てて歓声を上げるレティ。しかしすぐに、彼の肌にはり艶が漲っていることに気がつく。瞳もキラキラと星のように輝いているし、微笑みを浮かべる口元でキラリとエフェクトが零れている。


「騎士団メイクアップ部の本領発揮です!」


 ネイルやカラコンで着飾った派手な女性騎士が、レッジの隣で無数の筆と化粧品を抱えて胸を張る。どうやら、手術とスキン修復のついでに全力の化粧まで施したらしい。


「うわぁ、凄い違和感……」

「不精髭のないおじちゃんって、久しぶりに見た気がするなぁ」

「もっともっさりしてて欲しいんだけど」

「山で3日くらい放浪してくれませんか?」

「驚くほど不評で自信なくしちゃうんですけど……」


 口々に修正を要求する〈白鹿庵〉の面々に、女性騎士がしょんぼりしながら化粧を落とし始める。ものの数分で作業は終わり、いつもの冴えないおじさんが現れる。


「ああ、安心しますね」

「やっと人間になれたね、レッジ」

「複雑だなぁ」


 あからさまにほっとした様子の仲間達に、レッジは苦笑する。そうして、気を取り直して再び口を開いた。


「とにかく、ネセカ達とも一度話をしないとな。せっかく言葉が通じ――」


 その時、突然統合管理室にけたたましいアラームが鳴り響く。

 コシュア=エグデルウォンがすかさず壁面のコンソール群に向かい、素早く状況を確認する。そうして、二つの首で揃って驚愕した。


『なっ――』

「どうした!?」

『第一、第二両拠点で大規模な戦闘が発生』

「それって俺たちの仲間じゃないのか?」

『違う。……君たちの言うドワーフが、何もかもを蹴散らしてこちらに向かってきているわ』


 彼女の口から伝えられたのは、ドワーフによる蜂起の報せだった。


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Tips

◇メイクアップ

 スキンを使用している調査開拓員は〈化粧〉スキルによって装飾が行えます。自分自身に化粧を施すのは難しいため、〈化粧〉スキルを習得している別の調査開拓員に協力してもらいましょう。


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