第832話「悲鳴絶叫」

 堅固な天井がまるで水面のように波打つ。非現実的な現象の直後、耳を劈く轟音と共にそれは崩壊した。


「どっせーーーいっ!」


 張り切って声を上げるのは大槌を振り下ろしたレティである。大小様々な瓦礫に混ざり、無数の偽レッジたちも落ちていく。彼らを次々切り捨てながら、トーカは周囲の様子を素早く確認した。


「ここが最下層ですか」

「そのはずですけどね。とりあえず、敵は居ないみたいです」


 第一重要情報記録封印拠点、第三十五階層。型破りな手法でここまで直下降してきたレティたちは、油断なく武器を構える。


「何があるかと思えば、何にも無いわねぇ」

「はええ。てっきりボス戦でも始まると思ってたのに」


 レティたちがひとまずの安全を確認し、手を上げる。それを合図にミカゲが蜘蛛の糸を垂らし、シフォンたちがそれを伝って降りてくる。

 第三十五階層、最下層にあたるこの場所は、それまでの広大な記録保管区域とは対照的に驚くほど狭かった。円形の室内は無数のケーブルが這い、中央部に巨大な機械の集合体が鎮座している。


「あれがコシュア=エグデルウォン?」


 ラクトがその機械筐体を指差して言う。

 大勢の予想では、第三十五階層にはDWARFの指導者であり創設者である“コシュア=エグデルウォン”という存在が待ち構えているはずだ。しかし、この部屋にそれらしい者はいない。

 中央の機械が突然変形して、襲い掛かってくると言う雰囲気もない。

 全くもって静かな場所だった。


「レッジもいないし、どうしたもんかしら」


 レッジとは最下層で合流する予定になっていた。しかし、彼の姿も見当たらない。エイミーは腰に手を当てて困った顔で首を傾げた。


「ふふーん、分かりましたよ」


 しもふりのコンテナから物資を補給していたレティが、何やら天啓を得たような顔で言う。耳をピクピクと震わせた彼女は、おもむろにハンマーを掲げた。


「『時空間波状歪曲式破壊技法』――『大衝破』ッ!」


 彼女の周囲の空間が歪み、エネルギーの流れが乱れる。レティは思い切りハンマーを振り下ろし、床に叩き付けた。

 大きな揺れが周囲に波及し、ラクトたちが非難の声を上げる。床は深く陥没し、黒い土が露わになった。


「あれ?」


 しかし、レティは困惑顔になる。


「てっきり、隠された第三十六階層があると思ったんですが……」

「わたしもそれは思ったけどさぁ」


 行動する前に一言言ってよ、とラクトが唇を尖らせる。レティはしゅんとして耳を垂らした。


「下が地面だとすれば、やはりアレが本丸でしょうか」


 トーカが目つきを鋭くして鯉口を切る。彼女の視線の先には、部屋の中央で鎮座する白い機械群があった。


「ちょちょ、ちょっと待ちなさいよ!」


 さも当然の如く機械を破壊しようとするトーカを、エイミーが慌てて羽交い締めにして止める。


「アレが重要なコアみたいなのだったらどうするのよ。最悪、拠点の能力が全部無くなっちゃうわよ」

「む、それもそうですね」


 エイミーの指摘に、トーカは目から鱗が落ちたような顔で頷く。エイミーは彼女とレティを見て、深いため息を吐き出した。


『その通り。そのコアを破壊すればLibrary-1の全記録が消失する。知性的な者もいるようで安心したわ』

「っ!?」


 突如、室内に声が響く。それを聞いたレティたちは即座に武器を構え、出所を探す。六人の動きを察知したのか、声はクスクスと笑った。


『探しても無駄よ。私はそこにいないもの』

「あなたは誰ですか?」


 レティが天井に向かって問う。その声が僅かに反響しながら溶けていく。


『私の名は“コシュア=エグデルウォン”。あなた達が探している者よ』

「それなら、ぜひ出てきて欲しいんだけど」

『それは無理な相談ね。あなた達の正体が何も分からない状態で、ノコノコと出ていけるほど私は強くないから』


 謎の“コシュア=エグデルウォン”と会話を重ねながら、エイミーは内心で安堵していた。少なくとも、会話ができる存在であるということが判明しただけでも大収穫だ。


「私たちは惑星イザナミ調査開拓団の第一期調査開拓員よ。あなたがもし、第零期調査開拓員ならそれで分かるはずなんだけど」


 エイミーが身上を伝える。

 その後、長い沈黙があった。


「……」


 何か地雷を踏んでしまっただろうかとエイミーが眉間に皺を寄せたその時、唐突に“コシュア=エグデルウォン”が声を上げた。


『えっ? はっ? え、そんな……。調査開拓員?』

「……なんだか予想外って感じね」


 明らかに取り乱した様子に、レティたちが顔を見合わせる。“コシュア=エグデルウォン”の狼狽っぷりは凄まじく、その混乱は大きいようだった。


『そんな馬鹿な。じゃあなんでこちらの救難信号で停止しなかったの?』

「救難信号?」

『そうよ! 何度も何度も送っていたのに、全部無視されてて……』

「そんなこと言われましても。そもそもこの拠点内って圏外じゃないですか」

『えっ』

「えっ?」


 レティの言葉に、コシュア=エグデルウォンは頓狂な声を上げる。その反応を聞いてエイミーの脳裏に不穏なものが過った。


「あなた、もしかして拠点が内外からのあらゆる通信を遮断してることを知らないの?」

『知らないわよ! そんな設計にはしてないわ!』

「でも、ネセカさんたちが……」

『ネセカって誰よ!?』


 泣き声も混じる悲鳴に、レティたちも違和感に気付く。彼女は確かめるように、再び話しかけた。


「コシュア=エグデルウォンはこの拠点を造り、その保守管理をDWARFの皆さんに託して眠りについたのでは――」

『し、知らないわよ。深部重要情報記録機関DWARFはたしかに私が設立した組織だけれど、第二重要情報記録封印拠点を完成させて第一と一緒に無期限封印期間に移行した段階では全員術式汚染を受けちゃったから、抹殺処分にしたわ』

「は? え、じゃあ、今いるドワーフの皆さんは……」

『だから知らないわよ、そんなの! 私は3,000年間ずっと一人で二つの拠点を運営してきたんだから!』


 驚愕すべき吐露に、レティたちの間で困惑が広がる。ネセカ達ドワーフの存在を、彼らが指導者と崇めるコシュア=エグデルウォンは認めていない。それどころか、彼女はドワーフたちが活動している1,400年間よりも更に古くからこの拠点の底で眠っていたという。


「いったい、何がどうなってるの?」


 シフォンが混乱して耳を伏せる。

 その時、再びコシュア=エグデルウォンの悲鳴が響いた。


『ぎゃああっ!? な、何あれ! ひ、こ、来ないで! 助け、ふぎゃあああっ!?』

「エグデルウォンさん!?」

「何があったの!?」


 レティたちは事態の急変に焦る。


『謎の原生生物に襲われてるわ! ひぃぃん!』


 物が散乱するような音がコシュア=エグデルウォンの声の後ろから聞こえる。どうやら、物を掻き分けながら逃げ惑っているようだ。

 しかし、コシュア=エグデルウォンの所在が分からなければ、レティたちにはどうすることもできない。


「エグデルウォンさんはどこにいるんですか!? 助けにいけるなら今すぐ向かいます!」

『ひぎゃっふえっ! ――え、あれ?』


 コシュア=エグデルウォンの悲鳴が突然困惑の声に変わる。状況が変化したことを察しながら、レティたちも注意深く耳を澄ませる。


『こ、この化けも……原生生物、あなた達と同じ所属だと言ってるわよ』

「は?」

『一本足で毛むくじゃら……いやこれは“肉破る纏針の葉衣”に寄生されてる? とにかく、変わった身体形状の、いや、まって。――これは機械人形なの?』


 混乱しながらも状況を逐一説明するコシュア=エグデルウォンの声を聞いて、レティたちの思考が一致した。彼女たちはどっと疲れた様子で、口を開く。


「あの、その原生生物、もしかしてレッジって名乗ってませんか?」

『ええっ!? 本当にコレも調査開拓員なの?』


 驚愕するコシュア=エグデルウォンの声に、レティたちはがっくりと脱力した。


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Tips

◇未確認原生生物-暫定分類番号“0001”

 第零期先行調査開拓員コシュア=エグデルウォンによって発見された未確認原生生物。細い棒状で先端が鋭利で硬質化した一本の足で自立し、飛び跳ねるように移動する。脚部を除く全身を原始原生生物“肉破る纏針の葉衣”に寄生されているが、安定した共生関係を構築している。非常に独特な身体構造をしており、他の既知の原生生物および原始原生生物のどれにも類さない。


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