第831話「本物と偽物」
弾丸が頬を掠める。耳元で唸る風を聞きながら、身を捻って槍を突き出す。鋭利な赤い切っ先が偽レッジの頬を掠め、赤い血が僅かに零れる。
『いいじゃないか! 流石は
傷を受けたにもかかわらず、偽レッジは楽しげに目を輝かせている。当然だろう。彼には痛覚というものがないか、あってもそれに囚われることがない。
周囲ではブンブンと無数の近接ドローンが飛び交い、互いに互いを潰し合っている。後方には遠距離ドローンが照準を定め、弾丸の雨を振り撒いている。
こちらとあちら、合わせて50以上のドローンが乱舞するなか、俺と偽者もまたかれこれ30分ほど戦い続けていた。
『こちらからも!』
「くっ」
偽レッジが黒槍で足元を薙ぎ払う。飛んで避ければ、即座に待機していたドローンたちが機関銃を乱れ撃つ。俺は霧になった白月を蹴って、無理矢理にそれを回避した。
狭い洞窟のなかで、激しい戦闘が繰り広げられていた。偽レッジは無尽蔵のリソースを持っているようで、何度ドローンを破壊しても新たなモノを奥から呼び出している。
それに、向こうはこちらの手の内をよく知っているし、その対策も抜かりない。ドーム内は広いようで狭く、せっかくの“針蜘蛛”やらも展開すると逆に行動が制限されてしまう。あまり大規模な植物戎衣や種瓶も同様の理由で使えない。
「『爆破』」
『ぐわああっ!?』
壁に突き刺していたマーカーを爆破する。偽レッジは悲鳴こそあげるものの、寸前でそれを避けて被害は軽微だ。
いい加減面倒くさくなってきたが、こちらは少しでも攻撃を受ければ即死だ。対する向こうはきっちり防御力と体力増強も行っているようで、その点では
本当に、理不尽である。
「ふっ――せいっ!」
『うおっ!?』
靴底を地面にめり込ませ、その反発で急加速する。一種バグ技に近いこのテクニックは、流石の偽レッジも使えないらしい。一瞬で懐に入ってきた俺に、驚きの目を向ける。
『危ないな!』
「反応しといて良く言うよ」
しかし、我ながら流石と言うべきか。偽レッジはこの攻撃にも余裕で対応してみせる。
こちらもドローンを展開しているし、複合的な攻撃で逃げ場を無くしているはずだが、どうにも上手く行かない。
どうすれば自分を殺す事ができるだろうか。
『どうした、考え事か?』
「ええい、煩いな!」
少しでも気を緩めると、即座に攻撃の嵐が飛んでくる。その全てをいなすのは、流石に骨が折れる。
「骨が折れる……?」
何か掴んだような気がした。
『まだまだ俺の実力はこんなもんじゃないぜ!』
妙にテンションの高い偽レッジが種瓶を投げつけてくる。それが大きな植物に成長する前に種を破壊し、その勢いで彼の喉を突く。
種瓶は便利なアイテムではあるが、『強制萌芽』でも成長するまでに多少の時間が必要となる。種が割れる前に潰してしまえば、割合楽に無効化できる。これは種瓶を使っていればよく分かることだ。
『がぼぼっ』
雨の日の排水溝のような音を立て、偽レッジの喉から血が噴き出す。それを浴びながら、俺は起死回生の一手を考える。
「アストラやレティとは一味違うよな」
相手の姿こそ俺そっくりの機械人形だが、その姿に惑わされてはいけない。向こうの潜在的な処理能力は、俺を遙かに越えているはずだ。
「『罠発動』“シルバーストリング”!」
当然のように、ドーム内は俺と偽者双方の領域内に設定されている。設置していた罠を発動すれば、自動的に照準を合わせ銀糸が放たれる。
『おっと!』
機敏な獣でも捕らえる絡め糸だが、偽レッジは冷静にナイフの刃を立ててそれを切る。対処法を知っていれば、対応は楽だ。
しかし、俺はそれを囮に本命の行動を起こす。〈槍術〉スキルの突撃系に分類されるテクニックを発動させた。
「『猪突猛進』ッ!」
『ふははっ!』
高速で動ける代わりに左右に曲がる事ができず、また止まるにも時間が掛かるシンプルかつ扱いにくいテクニックだ。向こうもそれは知っているようで好機を得た得意げな顔になる。
彼の繰り出した槍を弾き、胸を貫こうとする。しかし、当然の如くひらりと躱され、背後に回り込まれた。
『とち狂ったか!』
「胸に手を当てて考えてみな」
がら空きの背後を狙って、偽レッジが大振りの一撃を叩き込む。その時を待っていた俺は、思い切り腰を捻った。
『はっ――!?』
ボキボキと嫌な音を立てて、身が捻れる。
俺は腰部が音を立てて拉げ、下半身と上半身が前後別の方へ向いていた。足は『猪突猛進』の効果中で懸命に走っている。その上に乗った上半身で、偽レッジの意表を突いた。
『なん、その動きは――』
「何って、無理矢理腰を砕いて可動域を広げただけだ」
『ひ、う、うわああっ!』
恐怖の表情を浮かべた偽レッジは、胸に槍が刺さったまま、我武者羅にナイフと槍を繰り出してくる。こちらも避ける事はできず、どちらも甘んじて受けるしかない。
「『強制萌芽』植物戎衣“皮肉破る纏針の衣葉”」
だが、ただで負けるつもりはない。
虎の子の種瓶を割り、内部の種を身に植え付ける。それは太古の時代、この星で隆盛を極めていた繁殖力の鬼だ。瞬く間に栄養液を吸い取り、俺の体表を覆い尽くす。
直後、偽レッジの攻撃が俺に届き、そして即座にその原始原生生物が反応した。
『ごばっ!?』
繁茂した葉が急激に尖り、外側へ飛び出す。一瞬にして俺はまるで緑色のウニのような外見になったはずだ。
その間合いにいた偽レッジは、全身を無数の針によって貫かれる。
『お前……アホだろ……』
胸を貫かれ、全身をズタズタにされ、炉心を著しく破壊された偽レッジが、息も絶え絶えで俺を賞賛してくれる。
クルクルと巻きながら葉が元に戻り、俺は再び彼の顔を見る。先ほどまでの余裕はなく、金属製のフレームが大きく露出している。赤い人工筋繊維の隙間から、腐臭を放つ疑似血液がしたたり落ちていた。
「勝たないと色々怒られるんでね」
俺も無傷ではない。故障部分からバチバチと電流が放たれ、ブルーブラッドが流れ出す。全身に纏わり付いた“肉破る纏針の葉衣”は着実に根を全身に伸ばし始めているし、身体が動かなくなるのは時間の問題だろう。
俺は強引に下半身を捻取り、地面に槍を突き刺して一本足で立ち上がる。
LPアンプルをがぶ飲みし、包帯で止血する。
足元――より正しく言えば
『油断した、つもり、ない、んだが、な』
「そっちが俺を模倣してるのに、俺が今までと同じように動いてたら勝ち目ないだろ」
コピー体は負けるのが相場と決まっているが、今回ばかりはその限りではない。なにせ、向こうの方が防御力も体力も上なのだから。
ならば、こちらは
『だが……そんな、身体で、この後……どうす、るんだ……』
もはや喋ることすら辛そうな様子で、偽レッジが問うてくる。
今の俺は下半身を失い、なんとか止血とアンプルがぶ飲みで命を保っている状況だ。
「ま、なるようになるさ」
そう言って、俺は腕をバネにして槍で地面を突く。その力で飛び上がり、偽レッジの炉心を完全に砕いた。
「さて、そろそろ戦いが終わってくれると嬉しいんだが……」
偽レッジが完全に機能停止すると、彼の支配下にあったドローンたちも地に落ちる。壁に並んでいた“
早くも“肉破る纏針の葉衣”は偽レッジの身体にも伝播しており、そこから床の疑似血液を吸って広がり始めている。
あまり時間が無い。俺は槍を足代わりに、ピョンピョンと跳ぶように移動して洞窟の奥へと進んでいった。
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Tips
◇『猪突猛進』
〈槍術〉スキルレベル50のテクニック。槍を真っ直ぐに構え、前方に向かって勢いよく突進する。
貫通力、攻撃力が50%上昇するが、効果中は左右に曲がることができない。また、急停止もできず、一定時間強制的に走り続ける。
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