第830話「俺だよ俺俺!」

 DWARF第二拠点、第十六階層。

 団長アストラ率いる銀翼の団と合流を果たした〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班は勢いを取り戻し、破竹の勢いで歩を進めていた。迫り来る改造機械人形はクリスティーナたち突撃兵とニルマの戦馬車チャリオットが強引に蹴散らし、懐に潜り込んだところで圧倒的な飽和攻撃によって殲滅することで、もはや脅威にすらならなかった。


「団長に続け!」

「ドンドン蹴散らせぇ!」


 騎士達は乗りに乗り、雄叫びを上げて進軍する。その勇猛な気迫に、改造機械人形たちでさえ気圧されているようにすら見えた。

 しかし、そんな絶頂の最中だった。


「ぐわあああっ!?」


 突如として改造機械人形たちが緑の蔦の群れに押し潰される。それは瞬く間に通路を埋め尽くし、屈強な騎士達を巻き込んで圧殺していく。


「火属性機術! 燃やし尽くせ!」


 即座にアストラが叫ぶ。機術師たちが極大の業火を生成し、射出する。その瞬間、緑の奥に鮮やかな花弁が見えた。


「っ!? 総員、防御姿勢!」


 アストラが再び叫ぶ。

 ほぼ同時に爆炎が吹き上がり、通路の閉鎖的な空間に吹き荒れる。

 屈強な重装盾兵たちでさえ呆気なく吹き飛ばされ、比較的装甲の薄い機術師たちのほぼ全てが一瞬にして溶ける。騎士団だけでなく、改造機械人形たちも関係なく諸共融解していた。

 それは地獄の様相だった。

 第二拠点で起きた大規模なバッテリー爆発事故の比ではないほどの衝撃が、より広範囲に波及していた。


「生存者確認! 支援機術師は広域回復術式を展開しろ! 重装軽装問わず防御手段を持つ者は前衛に!」


 煤と灰燼の降り落ちるなか、アストラが叫ぶ。彼自身もアンプルを経口摂取しなければならないほどの傷を負っていた。


「副団長!」

「な、なんとか生きてる……」


 瓦礫の中から腕を突き出し、埃だらけの頭を覗かせながらアイが言う。彼女の姿を認めて、アストラも僅かに安堵した様子だった。


「ひゅぅ、びっくりしたね」

「なんなんだ、いったい」


 銀翼の団の面々は当然のように生き延びていた。第一戦闘班はほとんど壊滅状態ではあったが、少ない残存人員でなんとか態勢を立て直そうと動き出していた。


「さっきの植物、もしかして種瓶?」

「それよりもあの赤い花、恐らくレッジさんが作っていた原始原生生物だろう」


 突然現れ、そして爆風で消えた植物の襲撃に、アストラたちの間にも混乱が生まれる。幸いと言うべきか、爆風が敵味方共に一掃したおかげで、ある程度の余裕が生まれた。彼らが額を突き合わせて議論を進めようとしたその時、通路の闇の向こう側から彼らが耳を疑う声が響いた。


『おーい、みんな大丈夫か?』

「――っ!」


 現れたのは、モサモサとした濃緑の装飾を付けた野戦服姿のレッジだった。ランタンを掲げ、背後にドローンを展開して、騎士団の下へとやって来る。


「レッジさん!?」


 どうしてここに、とアイが驚愕する。それに対して、レッジはハハハと笑って事情を話した。


『いやぁ、どうやら第二拠点と第一拠点は下の方で繋がってるらしくてな。探索してたらこっちに出てきたんだよ』


 レッジは後頭部に手を当てて、また笑う。


「聖儀流、一の剣、『神雷』」


 彼に向かって、雷が轟いた。

 耳を劈く雷鳴と、目を焼く白光が迸る。一瞬にしてレッジの上半身が消滅し、荷重を失った下半身が力なく倒れる。

 突然の出来事に騎士団員たちが唖然とする中、雷の主――アストラはこめかみを震わせて鋭い眼光をレッジだったモノに向けた。


「お前のような紛い物が、レッジさんの名を騙るな。反吐が出る」


 強烈な怒気を露わにするアストラを見て、アイですら声が出ない。普段、常に微笑を保っている彼にしては、とても珍しい表情だった。


『ハッハ! いやぁ、物騒だねぇ、アストラ。もうちょっと話そうじゃないか』


 そこへ、再び場違いなほど明るく気の抜けた声が響く。現れたのは、先ほどと同じレッジだ。それが三体並んでやって来る。


『調査開拓団最強と名高い君が、随分と直情的じゃないか』

『我々はもっと理性的にならないと』

「――聖儀流――」


 和やかな物腰を崩そうともしない、それが逆に恐ろしさを感じさせる偽レッジの存在に、アイたちは困惑する。そんな中でアストラだけは、再び彼らを瞬殺しようと剣を振り上げる。それを、三人のレッジは慌てて制止した。


『ちょっと待て! この三人の中に本物がいるぞ!』

『白月を人質に取っているんだ』

『誰が偽者か分からないうちは、物騒な真似は――』

「一の剣、『神雷』」


 再び雷が貫く。

 三人のレッジは、焦げ臭い匂いと共に消滅した。


『な、なぜ止まらないんだ』

レッジとアストラの仲だろう。もう少し情というものを――』


 再び、闇の中から複数人のレッジが現れる。

 アストラは氷のような表情で、剣を振るい、反論すら許さずに彼らを吹き飛ばした。


「レッジさんがそんな面白くないことをするわけないだろ。あまり舐めるなよ」


 大技の連発で、アストラの持つ両手剣がバチバチと雷を放出している。あまりにも圧倒的かつ冷酷な所業に、味方でさえも絶句していた。


「怖いねぇ、ウチの団長さんは」

「正直おっさんとの区別が全然付かなかったんだが……」

「でもまあ、レッジがあんなことやらないってのは分かるでしょ」


 アストラと付き合いの長い銀翼の団の面々も若干引き気味で彼を見ている。

 そんな中、アストラは仲間達の方へ振り返って、いつもの微笑を浮かべて言った。


「今回の敵を殲滅する明確な理由ができた。行こうか」


 柔らかなフェイスのすぐ裏に、明確な怒りを湛えていた。その異様な迫力に、アイたちはコクリと頷く事しかできなかった。



 DWARF第一拠点、第二十五階層。

 床そのものを破壊して直接下へ降りるという強硬手段を取っているレティたちは、驚くべきハイペースで最前線を更新し続けていた。


「ひょっはー! ドンドン行きますよ!」

「そろそろ敵も斬り甲斐のある奴が出てきましたね!」


 相変わらずテンションが最高潮に達しているレティとトーカが先陣を切り、次々と敵を倒していく。彼女たちは敵が機械警備員の改造機から見知った機械人形に変わっても、一切攻撃の手を緩める事なく、情け容赦なく全てをスクラップに変えていた。


「おおっと、ケット・Cさんじゃないですか!」

『にゃああああっ!』

「しかし、弱いですねぇ」

『ぶにゃあああっ!』


 たまにトッププレイヤーの姿を模した改造機械人形も現れるが、それでさえも本物と比べれば非常に弱い存在でしかない。


「そんなもので私が止められるとでも? 甘いですねぇ、甘々ですねぇ! はーはっはっはっ!」


 特にトーカの勢いは凄まじい。〈アマツマラ地下闘技場〉の常連でもある彼女は、対機械人形戦のスペシャリストという側面も持ち合わせている。彼女は高笑いしながら次々と機械人形を切り伏せていく。


「はええ……。なんか、レティとトーカさっきよりも活き活きしてない?」

「普通、仲間と同じ見た目の敵が出てきたら戸惑うと思うんだけどなぁ」


 彼女たちの後方を追随するシフォンたちも、自分たちに向かってくる敵を返り討ちにしながら感嘆の声を漏らす。

 かく言う彼女たちも、改造機械人形に対して臆する様子などは一切ないのだが、賢いミカゲは何も言わずに頷いていた。


『おおーい! レティ、トーカ!』


 その時、通路の奥から声が響く。

 レティが耳をピクリと動かし、トーカも勢いよく振り返る。

 そこに立っていたのは、野戦服姿のレッジだった。ランタンを掲げ、こちらに手を振っている。


『良かった、合流できゃばっ!?』


 ほっと安堵した様子で歩み寄ってくるレッジ。しかし、赤い影がブレ、直後彼の上半身が後方に吹き飛ぶ。残された下半身がぼとりと倒れるなか、レティは鼻息を荒くしてそれを見ていた。


「トーカ、レッジさんのレプリカまで出てきたみたいですね」

「レッジさんも死んでしまったんでしょうか……。心配です」

「とりあえず底まで行きましょう。そこで合流できるはずです」


 そうして、二人は何事も無かったかのように敵の殲滅を再開する。

 一連の出来事を見ていたシフォンは口を半開きにして呆然としていた。


「はええ……。わたし、久しぶりに二人に恐怖を覚えたよ」

「え、なんで?」


 思わず零すシフォンに、エイミーが疑問を覚えて首を傾げる。


「わたし、普通にレッジさんだと一瞬思っちゃったんだけど」

「ええ……。どこからどう見てもレッジじゃなかったでしょ」


 ラクトが目を丸くする。エイミーもまるでシフォンがふざけているとでも思っているかのような顔だ。


「あ、あれ? わたしがおかしいのかな?」

「確かにアレはレッジの格好してたし、歩き方とか足音とか声とかもレッジそのものだったけどねぇ」

「まあでも、レッジじゃなかったわね」

「は、はええ?」


 至極当然とラクトの言に頷くエイミー。シフォンの困惑は深まるばかりである。

 その時、また別の方角からレッジの声が響く。


『おおーい! 皆、さっき俺の偽者がばりどぅあっ!?』


 手を振りながら駆けてきたレッジは、間髪入れず飛んできたトーカの斬撃によって細切れにされる。斬撃の主はいい加減面倒だと言わんばかりに刀を肩に担いで通路の奥を見る。


「そろそろうざったいですねぇ。正直、結構イライラしてますよ、レティ」


 レティがブンブンと耳を揺らして悪態をつく。彼女たちの目の前に現れたのは、三人のレッジだ。


『この中に本物のレッジがびゃっ!?』

『ちょ、ちょっと待っトゥア!?』

『どぅろるあっ!?』


 彼らが口を開いた瞬間、極大の氷柱が三本飛来しその胸を貫く。更に別の通路から現れたレッジの一団も、エイミーによって諸共吹き飛ばされた。


「は、はええ……」


 あまりにも冷静かつ無慈悲な瞬殺に、シフォンが耳と尻尾を震わせる。

 そんな彼女たちの前に、無数の足音が迫ってくる。もはや形振り構わなくなった偽レッジたちが、隊列を組んでやってきたのだ。


「やれやれ、やっとですか」

「こっすい事ばかりされて退屈でしたよ」


 それを見て、レティたちもようやく臨戦態勢に入る。偽レッジたちも無言でドローンを展開し、種瓶を懐から取り出す。

 もはや対話は無駄であった。

 両者は同時に走り出し、激しい衝突が始まった。



『調査開拓員模倣体による撹乱作戦は失敗』

『二地点ともに当初の予定よりも早く全面衝突に突入しました』


 やばいやばいやばい。どうしてこうなった。どうして、こんなにも上手く事が運ばない。

 コンソールに表示されるログを見て、私は頭を抱えてしまう。綿密な計画を練り、グレムリンたちを使って材料を集め、有限の資材をなんとかやりくりして、どうにか始めた起死回生の一手が、ほとんど意味を成していない。

 サルベージ体による飽和攻撃は、向こうの消耗を度外視した常識外れの捨て身戦法によって、むしろこちらが押され気味だ。事前に推測していたあちらのリソース量から考えれば、非常識にも程がある行動だ。私の推測が正しければ、到底実行には移せないような愚行にも関わらず、侵入者たちはまるで無限のリソースがあるかのように次々と自爆特攻を繰り返している。

 更に、原始原生生物奪取作戦は成功したものの、それによって一番来て欲しくない奴を誘い込んでしまった。戦闘学習を積ませる予定だった戦闘特化型機体も瞬殺され、実験的に原始原生生物との融合を進めていた特殊領域戦闘型機体もぐちゃぐちゃだ。今は虎の子の模倣体と激戦を繰り広げているが、用意していた資材がみるみる溶けている。


『第二重要情報記録封印拠点、第二十階層まで突破されました。敵侵攻速度は当初想定の370%に達しています』

『第一重要情報記録封印拠点、模倣体の消耗速度が当初想定の520%を超えます』


 淡々と挙げられる報告に、思わず呻く。これを悪夢と言わずしてなんと言おうか。

 事前のリサーチは完璧だったはずだ。息を潜め、DWARFたちにすら気付かれずに監視網を広げ、グレムリンたちを使って情報を集め続けた。敵の分析を行い、彼らの弱点を調べた。

 彼らは団結力が高いと知った。だからこそ、全く同じ外見の者を出せば、攻撃などされないと思っていたのに。全くの見当違いだった。

 今、絶賛殲滅され中の模倣体に至っては、むしろ敵の逆鱗に触れている気さえしている。


『うぉえ……』


 過剰なストレスからか、有機外装が不調を起こしている。1,000年眠っていたのを無理矢理起動しているのだから、元々あまり動かせないというのに。

 私は栄養液を掴み、乱暴に飲み乾す。

 敵のリサーチをしていく中で収獲だったのが、この栄養液だ。模倣体の元になった奴が使っていたものだが、どうやら有機外装に十分なエネルギーを供給できる便利な代物らしい。成分を解析して、量産体制を整えた。その過程で奴が使っていた不可思議な植物も扱えるようになったのは僥倖だった。

 栄養液を飲み下すと、即座に全身へそれが行き渡っていく感覚が如実にあった。思わず緩む口元を拭い、今後の事を考える。

 原始原生生物はひとまず全て手に入れた。後は分析し、実戦に投入するだけだ。いくつかは既に達成している。


『第一重要情報記録封印拠点、第二十七階層まで侵入されました』


 無慈悲な宣告と共に緊急アラームが鳴り始める。


『理外術式理論および喪失特異技術による攻撃も激化しています。特殊構造壁の損傷率2%』

『くぅぅぅ……!』


 完璧であるはずの防備が、意味を成していない。特に理外術式理論は、それを積極的に扱う敵まで出現している始末だ。


『どうして……』


 私はもう何度目かも分からない信号を送る。

 しかし反応は決まって、沈黙だけだ。


『どうして答えてくれないの!」


 再び救難信号を送り続ける。敵が目前に迫った今、もはや逃げ道はない。今も空に停泊しているはずの我らが指揮官に助けを求めるほかない。


『こちら第零期先行調査開拓員コシュア=エグデルウォン。正体不明の敵性存在による侵攻を受けている。重要な情報資源が消滅しています。至急、救援求む。至急、救援求む!』


 反応は帰ってこない。

 開拓司令船アマテラス、〈タカマガハラ〉は私を見捨てたのだろうか。


_/_/_/_/_/

Tips

◇“皮肉破る纏針の衣葉”

 現在は滅びた原初原生生物。第零期先行調査開拓団によって蒔かれた“生命の種”から生まれた初期の原生生物。

 動物の皮膚に寄生する蔓植物の一種。宿主の皮膚を貫き体内に深く侵蝕するように根を生やし、ほぼ完全に一体化する。強引に取り除こうとした場合は肉や血管を著しく傷つけるため、宿主はそれを甘んじて受け入れる他ない。

 葉は軽い衝撃を受けただけで鋭く尖り外側に飛び出す性質を持っており、宿主と同種の動物が触れただけでも傷を付ける。傷口から種子が混入し、また別の宿主へと伝播していく。

 一時期は地上のほぼ全てを覆い尽くし、最大の繁栄種として栄華を誇っていた。しかし、気候変動や他種族の台頭によって絶滅する。


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