第829話「おじさん_コピー」
偽トーカを倒した後、俺は更に奥へ奥へと突き進んでいた。ランタンの光だけを頼りに、疑似血液の臭気が立ち込める隧道を駆け抜ける。白月も少し離れているものの、遅れる事無く付いてきている。
現在地はかなり地下深いところになるはずだが、通信網の圏外にはなっていない。ウェイドが穴から投下してくれていた通信中継NPC――小さいドローンのような中継器――が一定間隔で配置に就きながら付いてきているためだ。
「っと、何かあったかな」
周囲に警戒しつつ軽快に走っていると、ウェイドから着信が入る。地上で何か進捗があったらしい。俺が応答ボタンをタップすると、堰を切ったように彼女の焦燥した声が響きだした。
『早く問題を解決してください!』
「突然だなぁ。なるべく早期解決に向けて尽力してるつもりなんだが……」
『心がけだけではなく、結果を出して下さい! でないと、でないと……』
「なんだなんだ。投資に失敗して金を溶かした奴みたいな声だぞ」
珍しく取り乱しているウェイドに首を傾げる。俺が穴から飛び下りたあと、いったい何があったのだろうか。
ウェイドでは埒が開かぬと判断したのか、回線に別の声が割り込んでくる。
『あーあー、聞こえておるかの?』
「T-1か。感度良好、音声明瞭だ。どうぞ」
『主様の戦闘ログを見たが、やはり機械人形の改造機と戦闘していたようじゃの』
「ああ。めちゃくちゃ強いわけじゃないが、あれは厄介だぞ」
偽レティたちと戦った印象を率直に語ると、T-1はそうじゃろうなと簡単に相槌を打つ。
『困った事に、第一第二重要情報記録封印拠点の下層からも改造機が出てきての。妾らは機体鹵獲防止措置として自爆装置を取り付けた調査開拓人形を送り込んだのじゃが……』
「なんとなく分かったよ。リソースと機体がどんどん溶けてるんだな」
緊急措置として自爆装置を取り付けた。おそらく、無料で対応したのだろう。そんなことをすれば、皆がどういう行動に走るのか火を見るより明らかだ。
『だから早く大元を断って下さい! 私たちのリソースが枯渇してしまいます!』
再びウェイドが泣き叫ぶ。
なるほど、自爆装置云々は彼女が言い始めたことらしい。
「一応頑張ってみるけどな、まだ大元がどこにいるかも分からないんだ」
『だったら早く探索してください!』
「はいはい」
ウェイドからの熱烈な声援を受ければ、元気も湧いてくる。
『よろしくなのじゃ!』
「おう。また何か進捗があったら連絡するよ」
元気に手を振っている様子が見なくても分かるT-1にそう言って、通信を切る。ちょうどその時、こちらにも状況の変化があった。
「さてまあ、三連戦は基本かね」
再び現れたドーム状の部隊。しかし今までのただ素掘りしただけの地下空間とは趣が異なる。壁は滑らかな鋼鉄で覆われ、床には白いタイルが敷き詰められている。天井からは眩い白色の光が降り注ぎ、視界に陰りはない。
ドームの中、壁際にずらりと立ち並んでいるのは無数の“
その中央に人影があった。
『待ってたぜ、
「俺はあんまり嬉しくないんだけどなぁ」
黒い鎧を着込み、黒い槍とナイフを携えた男だ。黒髪に黒い瞳、背は170センチと少し。背後には無数のドローンも浮かんでいる。
厨二病じみた漆黒の武装に目を瞑れば、そこに立っているのは俺だった。
「いくつか聞いてもいいか?」
戦う準備を進めながら、話しかける。相手が自分ならば、応じてくれるだろうという思いもあった。そして、それは間違っていなかった。
『いいぞ。なんでも聞いてくれ』
「俺は拠点内で死んだ覚えはないんだが、いつ鹵獲されたんだ?」
疑問点はそこだった。レティやトーカは自ら最前線に突っ込んでは死んでいたのであの数が出てきても驚かないが、俺は一般人なりに慎重な行動をしていた。今の今まで、少なくともDWARFの拠点内で死ぬようなことはなかった。
『俺は
「小難しいなぁ。つまり、俺そのものじゃなくて、皆が思ってる俺ってことか?」
偽レッジが頷く。
なんともややこしく、そして面倒くさいことになっている。彼の話が事実ならば、機械人形は機能停止後もある程度の断片的な情報が残留しているらしい。彼を作った何者かはそれを寄せ集め、まとめ上げている。
そもそも、どうして俺という存在を、わざわざそんな手間を掛けて作ったのか。そこのところが分からない。
「正直、アストラとか作った方が良くなかったか?」
『知ってるぞ。〈大鷲の騎士団〉の団長だろ。あいつも候補に上がったが、その実力を“俺”は十分に発揮できない。アストラの強さには〈聖儀流〉の存在が大きく関わっていると分析されたからな』
「ううーん、そうか……?」
確かにアストラの〈聖儀流〉は強いが、それが彼の本質かと問われれば頷けない。かの団長が最強たる所以はやはり、彼自身の素養によるものであるはずだ。
ともかく、あちらはテクニックや天叢雲剣が使えないこともあり、アストラの再現は諦めたらしい。
『他にも沢山候補はあったらしい。でも、汎用性で考えると
「汎用性ねぇ……」
『それに極めつけはこれだ』
そう言って、偽レッジは懐から小さな瓶を取り出す。そこには小さな葉が一枚、液体と共に封入されていた。
「それは……“緑の人々”の葉か!」
その正体に気がつき、目を丸くする。偽レッジは頷き、周囲に立つ“緑の人々”に視線を向けた。
『拠点内で
誇らしげな説明に、頭を抱える。つまり、俺が拠点内で種瓶を使って戦ったせいで、あの偽レッジが生まれたということか。
たしかに、種瓶は使用することに『強制萌芽』というテクニックを使用するが、種の方を弄ればテクニックを使わずとも運用することができる。
彼の背後に待機しているドローンも同じだ。あれも、別にテクニックを使わずとも運用はできる。
『10,000を超える機体を回収し、その緩衝記憶装置を解析した。その結果、調査開拓団の制圧には
「どう考えても間違ってるよ、その理論」
どれだけ俺の事を過大評価しているのだろうか。呆れも含めて否定すると、偽レッジは首を振る。
『いいや、合ってるさ。今の俺は、あんたよりも強い武器を持ってるからな』
彼が〈ウェイド〉の植物園を盗んだのは、そういうことだ。偽トーカと“胎動する血肉の贄花”を融合させていたのは、ただの戯れ。本来の目的は、俺が種瓶として使っている植物を、より強力な原始原生生物で置換するところにある。
なるほど、そうであれば、今の奴はかなりの戦力を保有していることになるだろう。なにせ、原始原生生物は一つで町を壊滅できるほどのものなのだから。
『そんなに怯えなくても、結果は今に分かる。俺の役目は、ただの時間稼ぎだからな』
饒舌な偽レッジに、思わず眉間に皺を寄せる。彼の言葉の意味を考え、あまり嬉しくない結論に辿り着く。
「なあ、俺はいったい何人コピーされてるんだ?」
†
突発的に投身自爆祭りが開催されていた第一重要情報記録封印拠点内に穿たれた大穴は、阿鼻叫喚の様相を呈していた。
「うわぁっ!? に、逃げろ――ぎゃああっ!」
「ひぃっ! 触手いや助け――」
「いだだだだだっ! 種痛ッなんっぎょばああっ!?」
突如として大穴の底から飛び出してきた赤黒い触手が無数の調査開拓員たちを絡め取り、そして粉砕した。爆発が立て続けに巻き起こる中、果敢にも飛び下りた別の調査開拓員たちは高速で連射される種の弾丸によって撃ち抜かれた。拠点内の電源網に草の根が侵入し、強力な雷撃が雨のように降り注ぐ。爆炎は鮮やかな赤の花弁を燃やし、更なる業火を生み出した。
そこは植物の地獄だった。
「なんなんだよこれ! なんなんだっ!」
「植物園の奴らじゃないのか!? どうしてこんなところに!」
一部の調査開拓員たちが、穴の中から現れた巨大植物の群れの正体に気がついた。それは、盗まれた植物園の中に収容されていた、一株でも非常に危険な原始原生生物のものだった。
「こっ、こんなところにいられるか! 俺は帰るごばあああっ!?」
身を翻し、逃走を始めた者は、槍に貫かれて爆発四散した。暗闇の広がる下層からやって来たのは、黒鎧を装った男だった。
「はあっ!? お、おっさん!?」
「クソッ! おっさんの機体もあるのかよ!」
「に、逃げ――」
現れた男は1人ではなかった。
「な、なんなんだよ、これ……」
調査開拓員たちに絶望が広がる。
闇の中から現れたのは、広い通路をびっしりと覆うほどの男達。どの男も黒い髪と黒い瞳をしていて、寸分違わぬ顔立ちをしている。
「おっさんが、何百人も……」
無数のレッジが隊列を成して、地上へ向けて侵攻を始めていた。
_/_/_/_/_/
Tips
◇
調査開拓用機械人形に搭載されている記憶装置の一種。処理の高速化をするため、使用頻度の高い情報を一時的に保持する機能を持つ。
スキルに関する成長記録などもここに書きこまれ、バックアップセンターで処理を行う事で主記録装置に固定される。機体が活動停止状態に陥った場合も、この緩衝記録装置を回収することができれば、バックアップセンターでのセーブ後のスキル成長記録などをサルベージすることができる。
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