第827話「偽りの剣豪」
『ぐわーーっ!』
『ぺぎょわっ!?』
『おんどぅるばっ!』
黒レティ三人衆が奇妙な声を上げて壁に激突する。彼女たちも他の偽レティと比べれば段違いの強さを誇っていたが、それでも本物とは雲泥の差だった。何より、テクニックの類が一切使用できないのが致命的だ。
結局、三人がかりで襲ってきた彼女たちも俺と白月だけで余裕を持って撃退する事ができた。
「すまんな。先に行かせてもらうぞ」
『ぐぬぬ……。しかし、レティたちを倒したところで、第二第三の刺客が待ち構えていますよ』
「忠告どうも。じゃあ眠っててくれ」
ボロボロになった黒レティの胸元に槍を突き刺し、完全に機能を停止させる。静かになったドームを後にして、俺は奥へと続く道に飛び込んだ。
「さあ、次は何が……」
通路を抜け、再び大きな空間へと飛び出す。そこに入った瞬間、鼻をつく血生臭い香りに気がついた。
思わず顔を顰め、腕で口元を覆いながら周囲を見渡す。そして、中央に何かが佇んでいる事に気がついた。
「おいおい、ちょっとこれは酷いんじゃないか?」
『――ふふっ。待っていましたよ、レッジさん』
だだっ広い地中の空洞に、一輪の花が咲いていた。赤黒く太い触手がぬたぬたと粘液を分泌しながら蠢くその上に、肉厚な花弁が天井に向かって大きく開いている。
そして、本来ならば雄蘂があるはずの場所に、彼女がいた。
「改造機って何でもありかよ」
鋭く尖った鬼の角。流れるような濡羽色の黒髪。黒い鎧を身に纏い、手には長大な黒太刀を携えている。
トーカのオニ型ヒューマノイド機体、その上半身が原始原生生物“胎動する血肉の贄花”と癒着していた。
『どうやら、この機体は“胎動する血肉の贄花”の組織を取り込んでいるようで、結合改造は拒否反応もなくできましたよ』
「なん……。まあ、そういうことなのか」
もはや当たり前のように偽トーカは流暢に語る。それを聞いて驚くが、すぐに納得した。
モデル-オニは原生生物の血液を浴びて、それを内に取り込む。その性質をよくよく考えれば、植物園に収容されていた原始原生生物“胎動する血肉の贄花”の性質と同様だ。
恐らく、T-1がモジュールを開発するときに、植物園に蓄積されていた研究データを用いたのだろう。
「しかし、トーカ……。その機体の持ち味は高速行動だぞ。動けないんじゃあ、意味がない」
槍とナイフを構えながら、話しかける。偽トーカは美しい笑みを浮かべ、足元の触手たちを持ち上げた。
『問題ありません。この場の全てが私の
「っ!」
一瞬。一斉に太い触手がこちらへ飛び掛かる。筋繊維にも似たそれは力が掛かることで引き締められ、鋼鉄のような硬度を発揮する。触手の一本一本が、なまくらの刀のようなものだ。
「これは一筋縄じゃいかなそうだ!」
迫る触手を足場に伝いながら本体であろう花のもとへ向かう。
「せいっ!」
『甘いっ!』
突き出した槍は、偽トーカの持つ黒太刀に阻まれる。主武器は触手で太刀は飾りかと思ったが、ちゃんと扱えるらしい。
『この機体は回収時目立った外傷もなく、とても良好な状態でしたよ』
俺の乱れ突きを全て捌きながら、余裕の表情で偽トーカが語る。
「トーカの奴め、緊急停止アンプルを使って死に戻りしたな」
トーカは〈白鹿庵〉の中でも際だって頻繁にDWARF拠点へと潜っていた。当初はモジュールを交換するためのポイントを集める目的があったが、それを達成した後は強い敵と戦うためだけに挑んでいた。そのため、満足したら帰り道が面倒臭くて緊急停止アンプルを使い死に戻りをしていたのだろう。
その横着が、回り回って俺に降りかかってきている。
『それに
「っ!?」
背筋が凍るような直感だった。俺は反射的に攻撃の手を止め、触手を蹴って後方に跳ぶ。
次の瞬間、偽トーカの黒太刀が揺らぎ、空気を切り裂いた。
「抜刀――!」
『ふふふっ! 一撃に集中し、敵の反応速度を越えることで必中とする。とても、とても良い技ですねぇ』
太い触手が唸りながら迫る。槍を突き刺し、棒高跳びの要領で回避しながら、ドローンを展開する。〈
『ふふふっ!』
「ちっ。器用な真似を……」
弾丸が頭部に届く前に、横から割り込んできた太い触手がそれを阻む。反応速度もピカイチというわけだ。
『しかし、勿体ない』
「何がだよ」
試しに触手を斬ってみるが、即座に肉が蠢き再生する。触手の下、地面には例の疑似血液が浅く溜まっている。それを吸収する事で、無限に近いエネルギーを供給しているのだろう。
偽トーカは柳眉を寄せる。
『
中央に咲く大輪の花を守るように、血に濡れた無数の触手が立ち上がる。それらは力み、血管を浮き出させ、柔軟かつ強靱な刀身へとその身を変える。
『百本の刀があれば、敵などいません』
「だああっ! 余計な知恵ばっかり付けてるな!」
迫る触手たちはそれぞれが大太刀だ。抜刀の技術さえトレースした彼女は、それらを巧みに扱い、間断のない斬撃の嵐を展開する。
当初、彼女が言ったとおり、この場は全てが間合いだった。どこへ逃げても、全てを避ける事ができない。
「舐めるなよ。お前のことは一から十まで知り尽くしてるんだ」
だから逃げずに行動する。
話しながら用意していたものを投げつける。透明な袋が破れ、中から飛び出した白い細かな結晶が広く飛び散る。それは勢いよく迫る触手に降り注ぎ、そして――。
『ギャアアアアアアアッ!?』
絶叫が響き渡る。
シュウシュウと音を立て白い湯気を立てながら、触手たちが猛烈な勢いで枯れていく。偽トーカは黒太刀を取り落とし。激痛に悶え苦しむ。
「“胎動する血肉の贄花”は塩分に弱い。純粋精製塩結晶が細胞壁のない細胞組織を猛烈に破壊し、身体構造の維持を不能にするわけだ」
『オマエ、オマエェエエエエエッ!』
仮面をかなぐり捨て、瞳孔の開ききった眼を真っ赤に染めて、偽トーカが吠える。“胎動する血肉の贄花”に塩は有効だが、その量が少ない場合は却って凶暴性を増してしまう。
「まあまあ、そう焦るなよ。せっかくの技が使えなくなるぞ」
塩を浴びたとはいえ、その量は少ない。偽トーカの足元には広い洞窟内に薄く溜まるほどの疑似血液があるのだ。即座に触手は再生し、こちらへ迫る。
しかし、その動きに先ほどまでの知性はない。原始的な本能と衝動のままに暴れる、児戯のようなものだ。それを避ける事など、雑作もない。
「しっかり頭を冷やしてなぁ――。腹を割って話そうぜ」
『ギィィアアアアアヤアアアアア!』
触手の間を飛び移り、偽トーカの本丸へと迫る。睨み付けてくる彼女に笑みを送り、肉厚な花弁をナイフで引き裂く。
どろりと琥珀色の液体が流れ出す。それは偽トーカの身体を、更に強烈に焼いた。
『アガッ!? ガッ! グルジ、ダスゲ……』
「命乞いするには遅すぎるだろ」
“胎動する血肉の贄花”は、肉食性の植物だ。花の内部には強烈な酸性の消化液を蓄えている。その強さは並大抵の〈調剤〉スキルでは再現できないほどであり、当然、粘液で保護されていない花の内側から漏れ出せば、自身にも危害が及ぶ。
植物園に収容されているサイズであれば消化液の量も相応に少ないため、あまり問題はないが、これほどまで巨大に育っていたら大変だ。傷口から流れ出した消化液は身を焼き、傷を広げていく。
猛烈な痛みを感じてしまうのは、機械人形と無理に結合してしまったからだろうか。もしくは、花の時も痛みを感じてたが、それを表現する術がなかったからか。
『イタイィ、イタイィ』
「すまんな。俺が死ぬわけにはいかないんでね」
息も絶え絶えでうわごとのように呻く偽トーカに、とどめを刺そうと近づく。触手はすでに溶け、花は枯れてしまっている。花と結合した腰部からは疑似血液が吹き出し、スキンを赤く染めている。
その胸元で弱々しくも光り続けている八尺瓊勾玉に槍を向け、突き貫く前にふと訊ねた。
「死ぬ前に一つ教えてくれ。お前達を作ったのは誰なんだ?」
気になったのはそれだった。ずっと改造機はグレムリンたちによって作られたものだと思っていたが、それにしては偽レティや偽トーカたちの知能レベルが高い。機械警備員の改造機がもっと歪な形をしていたにもかかわらず、彼女たちはほとんど本物の機械人形と相違ないほどの精度まで修復が成されている。
その問いに対し、偽トーカは口から血を流しながら笑う。
『知りたければ、奥へ進めばいいでしょう。深き闇の先に、白き一条の光が差し込むのだから』
「うわっ!?」
意味深長な言葉を残し、偽トーカが急速に膨れ上がる。白い肌を真っ赤にして、風船のように張り詰め、そして爆散する。
吹き出した疑似血液を全身に浴びた俺は、急速に腐っていくそれの匂いに思わず顔を顰める。
「クソ、なんて置き土産を残してくれるんだ」
服の上を拭っても全ては取れない。俺は諦めて、血みどろのまま振り返る。
「白月。……なんでちょっと距離取ってるんだよ」
壁際に居た白月を呼ぶと、彼は遠巻きに俺を見つめる。血の臭いが嫌らしい。全く、ふてぶてしい奴である。
しかたなく、俺は歩き出す。その少し後ろを、白月ものそのそと付いてきた。
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Tips
◇ワダツミの塩
海洋資源採集拠点シード01-ワダツミの製塩施設で精製された高純度の海水塩。非常にきめ細やかな結晶で、口当たりもまろやか。料理以外にも様々な用途に使用できる。畑に撒いてはいけない。
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