第826話「真贋看破」

 ランタンを投げ、ナイフに持ち替える。その瞬間に赤兎が飛び込んできた。


「白月、『幻夢の霧』だ。できるだけ維持してくれ」


 白月の身が溶け、周囲に濃霧が広がる。赤兎はそれを鎚を振り上げて引き裂き、勢いのまま俺を叩き潰そうとしてくる。その手首を狙って槍を突き出す。

 穂先がスキンの剥がれフレームの露出した彼女の手首を貫通し、手のひらが吹き飛ぶ。支えを失ったハンマーが大きく揺らぎ、俺の頬を掠めて地を穿った。


「メンテナンスはしてないから、ボロい所を狙えば崩せるんだな。それに、ちゃんと攻撃もできるらしい」


 ゾンビ化したレティのような見た目の通り関節部などは脆くなっているらしい。ラクトが懸念していた同士討ちの制限に引っかかる問題もないようで、密かに胸を撫で下ろす。

 しかし、安心したのも束の間、手首を落とされた赤兎が腰を折って吹き飛ぶ。背後から現れたのは、鬼だった。


「ちっ。そっちも同士討ち関係ないのか!」


 迫る鉄棒を後方へ飛び退きながら避ける。

 トーカの機体を流用した敵は、我武者羅に太刀を振って猛進していた。槍で鉄を弾き、無防備な腹をナイフで掻き切る。スキンが剥がれ、人工筋繊維がブチブチと音を立てて裂かれ、内部からはどろりとした赤黒い液体が流れ出す。


「これは――」


 機械警備員の改造機の内部を満たしていた、擬似的な血液。そう思い至る前に、新たな赤兎と鬼が殺到してくる。


「風牙流、五の技、『飆』ッ!」


 それらを蹴散らし、ドームの内壁に叩き付ける。

 彼女たちは見た目こそレティとトーカの腐乱したようなそれだが、耐久、技の冴え、戦術のどれをとっても本物には及ばない。俺の攻撃力程度でもなぎ払えるほどの、矮小な存在だ。

 しかし、厄介な敵である。


『ア、ア、レッジサァーン』

『ハカイ、コワ、コワス』

『キリマス! キリマス!』


 うわごとのように呟きながら、彼女たちは起き上がる。肩が拉げ、腕が明後日の方向を向いていようと、足がもげ、身体が大きく傾いていようと、腹が裂け、泡立った血液が流れ出していようと。


「しっ!」


 槍を繰り出し、胸を貫く。赤兎を刺したまま振り回し、迫る他の敵を絡めて薙ぎ倒す。こいつらも機械警備員の改造機同様、多少の損傷はものともせず行動を継続していた。機能を停止させるには、胸の炉心をしっかりと潰す必要があることに気付く。


「ええい、厄介というか面倒というか!」


 ここで雑兵の相手をしている暇はない。

 俺はボロボロの姿で追いすがってくる赤兎と鬼を蹴散らしながら、ドームの奥へと進む。藪を漕ぐような気持ちで、伸びてくる手やハンマーや刀を振り払う。


「邪魔だ邪魔だ! 本物の1%も実力無いくせに、粘り強さは一級品だな!」


 嵐を巻き起こし、暴風で吹き飛ばす。風牙流の真骨頂を遺憾なく発揮し、次々と四散させてゆく。それでも、如何せん量が多くてやりにくい。

 いい加減うんざりしてきた、その時だった。


『レッジさん!』

「うおっ!?」


 突如、進行方向の奥からレティの声がした。と同時に赤兎と鬼の群れが物凄い勢いで吹き飛び、道が出来上がる。

 そこに立っていたのは、黒い巨鎚を掲げたレティだった。


「レティ!?」

『助けに来ましたよ。さあ、こちらです』


 レティは周囲から群がるゾンビ機体たちを、大槌の回旋で吹き飛ばす。鎧袖一触とはまさにこのこと、凄まじい攻撃力と破壊力だ。

 彼女は露払いを済ませると、こちらに向かって手を伸ばす。俺は彼女の元に駆け寄り、その手に。


「もうちょっと本物らしくした方が良いぞ」


 ナイフを突き刺した。


『ギャアアッ!!』


 耳を劈くような悲鳴を上げて、偽レティはもんどり打つ。彼女の目が真っ赤に燃えて、俺をぎろりと睨み付けてくる。


本物レティはなぁ、例え救助に来ても俺の事そっちのけで敵の殲滅を続けるんだよ。ハンマー持ってて敵が周りに居るのに、それを無視して手を差し伸べる訳がないだろ」

『なんで、そんな……』

「随分と頭が賢いな。機体も真新しいし。しかしまあ、色々と仕込みが雑だよお前」


 偽レティは手のひらを貫通した傷跡から、ボタボタと赤い血を流す。それが何よりの証明だった。

 言葉は今までのものと比較にならないほど流暢で、知性も見える。一筋縄ではいかないだろうと槍を構える。向こうもヴェールをかなぐり捨てて、敵意を露わにして鎚を掲げた。


『ハァッ!』

「うぉっ!?」


 赤兎が飛び出す。

 その勢いとキレは格段に増していた。本物と比べても遜色ないほどの動きだ。ハンマーの扱いも上手い。重量を上手く制御して、間断なく猛攻を続けてくる。


「しかし、まだ弱い!」

『カハァッ!?』


 偽レティの動きは本物に近いが、比肩するものではない。彼女の背後に忍ばせていた“狙撃者スナイパー”が弾丸を撃つと、それに反応できず首筋を破壊される。


「本物なら今のも避けてたぞ」

『ず、ずるっ――』

「勝ったもん勝ちなんだよ。甘い事いうな」


 頭部と胴体部の接続系が破壊されたことで、偽レティは動きが著しく制限される。もはや敵ではない。

 膝をつく彼女に近寄り、その胸を槍で貫く。その一撃で、偽レティは静かに瞼を下ろした。


『ふふふ、レティがやられたようですね……』

「まだ出てくるのかよ」


 暗がりから響く声に、うんざりしながら振り向く。

 そこにはスキンも機体も綺麗なレティが三人立っていた。


『しかし、彼女レティレティたちの中では最弱……』

『本物のレティと比べれば足元にも及ばない』

『三人の本物レティに勝てますか? レッジさん』


 三人のレティは装備も新たにしていた。レティが着けていた覚えのない、黒い鎧を身に着け、黒い巨鎚を握っている。さしずめ、闇落ちレティと言ったところか。本人が見たら無言で叩き潰しそうだが。


「ここに本物は居ないよ。とっとと道を開けてくれ」


 俺はため息をつきながら槍を構える。

 三人の偽レティは動きを揃え、兎のような跳躍で迫ってきた。



「ほあーーーはっはっはっ! 退きなさい死になさい邪魔ですよ!」


 第一重要情報記録封印拠点、第十四階層。最前線を大きく越える未踏破領域の先端を、レティは奇声を上げながら爆走していた。隣を併走しているのは、同じく目をギラつかせたトーカである。

 二人が武器を振るう度、敵は瞬く間に肉塊と化す。圧倒的な暴力と止まらない猛進によって、彼女たちは直下降を続けていた。


「存在意義から破壊されたくなければ、退きなさい! 退かない奴は全員叩き潰します!」

「『時空間線状断裂式切断技法』――『迅雷切破』ッ!」


 紫電が走り、雷鳴が轟く。分厚い施設の隔壁が粉々に砕け、階層と階層の間に穴が開く。


「二人とも調子に乗ってるなぁ」

「はええ、付いていくのがやっとだよ……」

「とりあえず死ななきゃいいんだから。頑張って走るわよ」


 列座する敵を次々と蹴散らし、壁を破壊し床を割り、建物そのものを粉砕しながら進むレティたちの少し後ろを、シフォンたちが懸命に追いかけていた。ラクトはシフォンに背負われ、エイミーがたまにやって来る原生生物からの攻撃を阻みながら、レティたちを追いかけることだけに専念している。

 なぜ彼女たちが命知らずの強行軍を敢行しているのか。その理由はレッジからのメッセージにあった。


「ほんとにこの最下層で合流できるのかな」

「でもレッジさんがそう言ったんでしょ? ならきっとそうなんだよ」


 少し前、突然コノハナサクヤによって連行されたレッジから送られてきたメッセージには、第一拠点の最下層で合流しようと書かれていた。その際に添えられた条件は一つ、絶対に死なずに辿り着くということ。

 シンプルかつ困難な条件に、レティとトーカは当然の如く燃えた。すぐさま準備を整え、ラクト達と共に乗り込んできたのだ。


「『大割砕』ッ!」


 オーラを帯びたレティが地面を叩く。強い衝撃が周囲に波及し、巨大なクレーターが穿たれる。それでも飽き足らず彼女は更にハンマーを振り下ろし、ついに床を破壊する。

 そうして、彼女たちは大隔壁も書庫番もすっ飛ばし、一気に第十五階層へと到達した。


「ネセカたちに怒られそうな強行突破だよね」

「まあ、こうするしかないし」


 大穴の底へ落ちていったレティたちを追い、エイミーはミカゲの設置した蜘蛛糸を手繰って降りていく。

 第十五階層は第十四階層よりも更に強大な敵が密度高く待ち構えていたが、レティたちはそれを勢いだけで吹き飛ばしていた。

 強引に地面を掘って連れてきたしもふりも獅子奮迅の活躍をしており、またアンプルを湯水のように使う主人たちの物資補給役としても活躍している。


「さあ、十六階層に行きますよ!」


 再び拠点内に物理的な激震が走る。DWARFたちが見れば憤死しそうな所業で大穴を開け、彼女たちは更に下層へと突き進んでいた。



 地上前衛拠点シード02-スサノオ。突如として重要施設が盗まれてしまった都市では、管理者ウェイドの指揮の下で懸命な事後処理が行われていた。


『ウェイド、次の指示を』

『……』

『ウェイド?』

『はっ。分かっています。調査範囲を中央制御区画に拡大し、被害状況を報告してください』


 コノハナサクヤが指示を仰ぎにやってくると、ウェイドは町に穿たれた巨大な穴の底をじっと覗き見ていた。何度か話しかけられてようやくコノハナサクヤの存在に気がついた彼女は、慌てて指示を繰り出す。

 周囲では同じように穴の底に視線を向けている調査開拓員も多い。ついさっき、レッジが何の準備もなしに飛び下りたのだから、仕方のないことだろう。

 とはいえ、ウェイドは管理者であり、この場の最高責任者である。指示が滞っていてはいけない。


『分かっています。睨まないで下さい』


 コノハナサクヤの管理者機体が浮かべた表情からその意図を読み取ったのか、ウェイドは少しうんざりとした顔で首を振る。

 彼女たち管理者機体がそのようにしている間にも、本体である〈クサナギ〉は全力で稼働している。シード03、04など他の管理者にも協力を仰ぎ、他の都市からもリソースなどが次々と運び込まれている。


『調査開拓員レッジの事が心配ですか?』

『は? そんなわけ――』


 コノハナサクヤの問いに、ウェイドは目を丸くする。即座に否定しようとして、しかし口を噤んでしまった。


『今回のインシデントには不明瞭な事象が多くあります。不測の事態が関連して発生する可能性は大いにあるため、それに対する危機感という意味では、憂慮すべき事項は計測不可能なほど存在するでしょう』

『……そうですか』


 ひとつ間を置いて立て板に水を流すように捲し立てるウェイド。彼女のそんな様子を見て、コノハナサクヤは小さくため息をついた。

 その時、ウェイドの下にレッジからTELが飛んでくる。入電とほぼ同時に応答したウェイドの下に、穴の底から声が届く。


『レッジだ。穴の底に到着した。植物園の残骸が残っているが、中身は持ち去られている。写真を撮ってるから、そっちで確認してくれ』

『分かりました。引き続き、調査をお願いします』


 澄ました顔で返事を返し、ウェイドは通話を切る。

 その後、コノハナサクヤと共にウェイドから送られてきた画像を確認し、事態があまり良くない事を知る。


『相手はかなりの知性、および技術を保有しているようですね』

『幸か不幸か。少なくとも、中の植物は適切に管理されているようです』

『今のところは、と但し書きが付きますが』


 植物園の残骸が意味する事を即座に読み取り、二人は更に思索を深める。様々な可能性を追究し、今後穴に投入する調査隊の任務と必要な装備類を検討していく。

 その間にも、二人はまた別の多くの演算処理を並行して行っている。この異常かつ非常な事態に対して、持てる全力を費やして対処に当たっていた。

 その時、今度はコノハナサクヤの方へとTELが入る。Pipi、Pipi、とコールが鳴るにも関わらず応答しない管理者に、ウェイドが首を傾げる。そして、コールが三度鳴った瞬間、コノハナサクヤがおもむろに懐から何かを取り出した。


『何を――』

『すみません、ウェイド』


 ウェイドが怪訝な顔をするなか、コノハナサクヤは種瓶を穴に投げ込む。それと同時に消火作業に当たっていた災害処理用NPCを複数台瞬時にハックし、その放水口を種瓶に向ける。

 莫大な水が小さな瓶を割り、内部の種に浸透する。その瞬間、緑の蔦が膨れ上がり、瞬く間に穴を塞いだ。


『はっ!? ちょ、何を――!』

『調査開拓員レッジからの指示です。現時刻より、穴の内部は全面的に立ち入り禁止となります』

『はあっ!?』


 困惑、驚愕するウェイド。コノハナサクヤは彼女に肩を掴まれ揺らされるが、意志を変えない。


『説明をしなさい、コノハナサクヤ!』

『穴の内部でレッジが危険と判断した存在がいたということです』

『それならば、尚更増援を送るべきでしょう』

『それがダメなのですよ』


 そう言って、コノハナサクヤはレッジから託された文書をウェイドに渡す。


“穴の内部には活動不能になった調査開拓用機械人形をサルベージした敵性存在が潜む可能性あり。この場合、不用意な戦力投入は悪手である。その判断ができ次第、コール数によって状況を伝える”


 簡素な文章である。しかし、それを見た瞬間、ウェイドはぶるぶると震えた。


『――まったく、舐められたものですね』

『ウェイド?』


 呻くように言葉を漏らす管理者。彼女の瞳に怒りの炎が燃え上がっていた。


『我々は管理者ですよ。一般を主張する調査開拓員に指図される謂われはありません』

『しかし……』

『シカシもカカシもありません! すぐさま全管理者、全指揮官との緊急会合を開きます。目標は地下不明敵性存在の対処について。完膚なきまでに叩き潰します!』


 轟々と燃え上がるウェイドを、コノハナサクヤは唖然として見る。そうして、思わず口元に薄く笑みを浮かべた。


『個性が出てきましたね。面白い』


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Tips

◇災害処理用NPC-FireEngine

 都市内部で建造物の破壊および火災が発生した場合、その対処に当たるNPC。大容量圧縮水槽と高圧出力水噴射口を備え、瓦礫の除去と消火を迅速に行う。不整地でも活動できる八本多脚式駆動であり、調査開拓員6名程度を運搬することも可能。


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