第825話「道阻む同胞」
〈ウェイド〉が襲撃され、植物園が丸ごと
事態が刻一刻と変化する忙しない状況下で、俺は腕を組んで考え込んでいた。思い浮かんでいるのは、当然犯行現場に現れた“
あれは俺が開発した特殊な植物で、当然ながら惑星イザナミに自生しているものではない。種瓶自体も普段は厳重に保管されている。それがなぜ、あそこに現れたのか。あれを使用していたのは、いったい誰なのか。
「まあ、ここで悩んでいても、そもそもの情報量が少ないか」
とにかく、今回は分からない事が多い。となれば、やはり犯人の痕跡を追いかけるのが一番か。
『行動方針は定まりましたか』
「一応な」
ちょうど良いタイミングでウェイドがこちらへやってくる。彼女も本体である〈クサナギ〉を全力稼働させながら、自身でも色々と身体を動かしているようだ。
『こちらで用意できるものがあれば言ってください』
「とりあえず、自前で準備できるよ。リソースの消費は他に回したいだろ」
『それはそうですが……』
ただでさえウェイドは自身の腹に穴を開けられたような状況なのだ。俺に渡すリソースすらも惜しいくらいであるはずだ。彼女の温情に感謝しつつも辞退する。
「むしろ、俺のストレージから必要なモノは全部持ってってくれてもいいくらいだけどな」
『調査開拓員個人のストレージは、管理者であろうとそう簡単には操作できません。お気持ちは嬉しいですが』
「まあそう言うだろうと思ったよ。じゃあ、ちょっと準備して下に行くよ」
生真面目な管理者に苦笑しながら立ち上がる。彼女はきょとんとした顔で、俺を呼び止めた。
『あの、下に行くとは?』
「決まってるだろ。穴の底だよ」
『降下調査計画の発動はまだ先ですが……』
「そっちはそっちで、他の調査開拓員に頑張って貰うよ。俺は1人――というか白月と一緒に先行調査してくる」
『そ、それは流石に危険すぎます!』
笑って答えると、ウェイドは目を見開いて詰め寄ってくる。彼女の大きな声に驚きつつ、大丈夫だと首を振る。
「調査隊の編成と準備には時間が掛かるだろ。今はその時間が惜しい」
『だとしても、1人で向かうのは――。せめて〈白鹿庵〉のメンバーと同行を』
「レティたちにも色々頼んでるんだ。こっちは俺ひとりで大丈夫」
『しかし……』
なお食い下がるウェイドの優しさについ苦笑してしまう。彼女はそんな俺の反応が気に入らない様子で、更に眉間に皺を刻むが。
「安心してくれ。相手が“緑の人々”なら、俺が一番その対処法を知ってるんだ。勝たんまでも負けん」
『……』
「あれだけ大きな穴が開いてるなら、地下の通信状況は良好なんだろう? 何かあったら連絡するし、死んでもデスペナくらいは免除してくれるんだろ」
俺たちは調査開拓用機械人形だ。死んでも甦る。
『通信中継NPCを派遣します。しかし、簡易観測でも分かっていますが、穴は深いですよ』
「そこはまあ、なんとかするさ」
不承不承ながら頷くウェイドに感謝して、彼女の銀髪を軽く撫でる。準備のため制御塔の方へと向かい、その後、コノハナサクヤを探し出す。
「コノハナサクヤ、ちょっといいか」
『どうされました?』
植物園の被害規模調査を行っていたコノハナサクヤは、周囲に展開した無数のウィンドウから顔を上げる。俺は彼女にひとつのテキストデータと、種瓶を渡す。
『これは?』
「保険みたいなもんだ。これから穴の中に侵入するんだが、30分以内に俺から連絡があるか、俺が行動不能になった場合は使ってくれ」
『はぁ』
コノハナサクヤは疑念を浮かべつつもそれらを受け取る。そして、その意味を理解したのか驚いた顔で俺を見返した。
『これって――』
「ウェイドは絶対にしてくれないだろうからな。それに、植物の扱いはコノハナサクヤの方が上手いだろ」
『それはそうかも知れませんが……。アナタはいったい何を想定しているのですか?』
「最悪の事態ってやつだな」
もう一度コノハナサクヤに念を押し、大穴の縁に立つ。ついてきた白月も黒々とした穴の底を見下ろして鼻を鳴らしている。
「じゃあ行くか」
そう言うと、白月はその身を霧に変える。彼はその便利な能力で、落下ダメージも無効化できる。まったく羨ましい限りだ。
当然、俺にはそういう能力はない。
「よっと」
しかし、俺は装備を全て脱ぎインナー姿になって穴の中へと足を踏み出す。空を踏み、重力に引かれるまま落ちていく。穴の上方で俄に騒がしい声が聞こえるが、その様子を見る事はできない。
轟々と耳元で風が吹きすさぶなか、俺は一直線に自由落下を続ける。地下の駅が過ぎ去り、産業廃棄物処理場が過ぎ去り、延々と続く土の壁が猛烈な勢いで上方へ登っていく。
やがて穴の上方から注ぎ込まれていた光すら届かなくなり、濃密な闇が全てを包み込む。底まであとどれくらいなのかすら、分からなくなる。自分が落ちているのか、登っているのか、浮いているのかすら曖昧に。
「そろそろかぎゃっ!」
そして、俺は呆気なく底に到達し、地面に衝突。LPを一瞬でゼロにして、行動不能に陥った。
直後。
「よしよし、着地成功だな」
赤いエフェクトが全身を包み、俺は生き返る。すぐさまアンプルを砕き、残量1になっていたLPを回復させる。
首元に下がっている首飾りの赤い宝石が、その輝きを失っていた。
俺は装備を着込み、隠密能力を発動させる。もし、装備を着たまま落下死していれば、その衝撃で装備も全て破壊されていたことだろう。
白月も実体化して俺の足元に現れる。ランタンを灯すと、彼の水晶の枝角に光が乱反射してより周囲を明るく照らす。
「ふむ。これは……」
ランタンを掲げ、周囲を見渡す。そこはがらんとしたドーム状の空間だった。周囲には植物園の建物の残骸が散乱しているが、それ以外には何もない。
壁は滑らかに掘削されており、高い技術力が一目で見て取れる。湾曲した壁の一点に横穴があり、そこから奥へと道が続いていた。
「犯人は上手く箱を開けたらしいな」
建物の残骸があるということは、盗人は中身を安全に持ち出したということだ。チャンバーの解除に一つでもミスがあれば、このような光景にはなっていない。
向こうは植物園の中に何があり、どう扱えば良いのかよく分かっていたらしい。とりあえず、相手が不用意に爆弾を起動させることはないと判断し、一つ安心する。
「レッジだ。穴の底に到着した。植物園の残骸が残っているが、中身は持ち去られている。写真を撮ってるから、そっちで確認してくれ」
ウェイドにTELで連絡を取り、穴の内部を撮影した画像データを送信する。ここでの調査はそこそこにして、俺は白月と共に横穴へと入る。
「はてさて、鬼が出るか蛇が出るか」
普段とは違い、白月も警戒心マックスでしきりに地面に鼻を擦りつけている。俺ひとりでは安心できないのだろう。
そんな彼と共に穴の奥を目指して進む。道は滑らかで歩きやすい。たまに落ちているのは、枯れ葉である。それはもちろん、“緑の人々”の残した痕跡だ。その数は奥へ進むほど多くなる。
「おっと」
やがて、その中に乾燥した蔓も混じりはじめ、ガサガサと音を立てずには歩けなくなる。栄養液が切れ、力尽きた“緑の人々”がそこら中で野垂れ死んでいた。
「ッ!」
その時、俺と白月以外の足音がかすかに聞こえた。ランタンを掲げた瞬間、闇の中で何かが煌めく。
「白月!」
俺が叫ぶと同時に、白月が霧の壁となって前に立つ。それに阻まれたのは、血に濡れて錆び付いた、歪な日本刀だった。
「これは――!」
それに目を向けていた一瞬の隙を突き、更に別の刀が飛び出してくる。実体に戻っていた白月を抱えてそれを避け、前に走り出す。横穴はすぐに終わり、俺はまた別の広々としたドーム状の空間へと飛び込んだ。
「これは……ちょっと想像以上だな」
そこに居た者たちを見て薄ら笑いを浮かべてしまう。俺は即座に、コノハナサクヤへとTELをスリーコールで送る。
「やっぱり、ここに大勢送り込むのは悪手だったな」
調査隊がやってくる前でよかった。彼らがここにやってくれば、より事態は悪化していたはずだ。
「まさかまさかと思っていたが……」
地下深くの暗い闘技場に、無数の人影がある。スキンは剥げ、フレームは歪み錆び付いているが、それらは間違いなく
赤髪の兎型ライカンスロープたちが、黒い金属製の大槌を持ち上げる。黒髪のオニ型ヒューマノイドたちが、錆び付いた太刀を構える。
そこに待ち構えていたのは、レティとトーカの亡霊だった。
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Tips
◇血錆びの鉄刀
血に汚れ錆びきった鉄材を強引に叩いてなんとか刀の体裁を整えたもの。およそ武器とは言いがたく、切れ味は無いに等しい。しかし刀身の錆びは傷口によく染みる。
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