第824話「容疑者レッジ」

 突然やってきたコノハナサクヤに促されるまま、俺は管理者専用機に乗り込む。ろくな説明も受けられないまま、俺は顔を真っ青にしたカミルに見送られ空へと飛び立つ。


「それで、何が起きたんだ?」

『少々込み入った話になりますが、簡潔に言うと――地上前衛拠点シード02-スサノオの中央制御区域に攻撃が加えられました』

「はっ?」


 その口から飛び出した言葉に、俺は思わず耳を疑う。

 地上前衛拠点シード02-スサノオ、つまるところ〈ウェイド〉の、しかも中央制御区域という最も警備の硬い場所に、なぜ、誰が攻撃をしたのか。何もかもが理解不能だった。

 専用機は猛烈な勢いで崖を駆け上り、オノコロ高地の上層に広がる〈鎧魚の瀑布〉へと入る。大小様々な河川が無数に枝分かれし、全域に湿地が広がる森のなか、背の高い都市防壁に囲まれた都市が見えてくる。いつもと違っているのは、屹立する白い塔の根元から黒煙が止めどなく吹き出している点だ。


「なんだ、あれは……」

『攻撃の跡です。現在は状況把握に全力が尽くされていますが、何分混乱も大きくて』


 コノハナサクヤの声も遠のく。俺は専用機のドアを強引に開けて、ギリギリまで身を乗り出す。〈ウェイド〉のあちこちでけたたましいサイレンが鳴り響き、赤い警告灯が光り輝いている。警備NPCたちが総動員され、都市防衛設備も全て臨戦態勢だ。


「ウェイドは?」


 真っ先に問うたのは、都市の管理者の安否だった。


『無事です。制御塔は被害を受けていません』

「そうか、良かった……」


 制御塔の根元から黒煙が立ち上っていたが、ウェイドの本体である中枢演算装置は無傷らしい。そうであれば、僅かに安堵する余裕も出る。

 しかし、コノハナサクヤは渋い表情のまま続けた。


「ただ、植物型原始原生生物管理研究所が崩壊しました」

「はぁ?」


 その言葉に、再び頓狂な声を上げてしまう。

 植物型原始原生生物管理研究所、通称“植物園”は多くの栽培家が作成した原始原生生物およびそれに近い植物型の原生生物を保管、研究するための施設だ。ウェイドが施設の管理を担い、コノハナサクヤもアドバイザーになっていたはずだ。

 そこが破壊されたというのは、なかなかに厳しいニュースである。

 あの施設にあるのは、一つでも周囲に甚大な被害を齎しかねない危険な植物ばかりなのだ。


「いや、しかし……」


 俺は再び機体から身を乗り出し、町の様子を見る。植物園のある場所は黒煙に包まれていて不明瞭だが、そこに違和感を覚える。


「植物園が崩壊したにしては、被害が小さすぎないか」


 植物園には、危険な原生生物が多数収められている。たとえば“昊喰らう紅蓮の翼花”や“轟雷轟く霹靂王花”などは俺が開発し納品したものだが、その爆発的な被害は計算上でもこのフィールド一帯、どころか第一開拓領域全域を灰燼と化してなおあまりある力を内包している。

 それらがダース単位で保管されている植物園が黒煙を上げているというのに、町はまだ原型を保っているのだ。


『そこが問題なんですよ』


 俺の指摘に、コノハナサクヤは重々しくため息をつく。そうして、着陸態勢に入る専用機から騒乱の町を見下ろしていった。


『我々は、盗まれたんですよ』

「盗まれた?」


 耳を疑う。

 しかし、彼女はしっかりと頷いて繰り返す。


『我々は重要かつ重大な原始原生生物を数多く収めた箱ごと、研究所まるごと、盗まれたのです』


 専用機が制御塔の頂点にあるヘリポートへと着陸する。すぐさまコノハナサクヤが飛び下り、俺もそれに続いた。


『来ましたね』

「ウェイド。良かった、無事そうだな」


 首を長くして待っていたのは、騒動の渦中にいる管理者ウェイドである。コノハナサクヤから話を聞いていたとはいえ、実際にその姿を見ると安心してしまう。


『なにが無事なものですか。中枢制御区域まで侵攻を許してしまって、管理者失格です』


 しかし、ウェイドは悔しげに唇を噛み締める。たしかに彼女の心情を慮れば、不躾な言葉だった。俺は意識を改め、彼女に訊ねる。


「状況を教えてくれ。俺は何をすれば良い」

『ひとまず、現場の確認を。現時点で研究ポイント換算で最も詳しいのはアナタですから。必要な装備類があれば、全てこちらで準備をします。状況としては、見たまんまですよ。研究所が建物ごと盗まれました』

「建物ごとねぇ。いったいどんな怪盗の仕業なのやら」


 エレベーターに乗る時間も惜しいのか、ウェイドは俺とコノハナサクヤをクモ型の警備NPCに乗せて外壁から一直線に落とした。その間に、彼女から渡された防護服を着込み、黒煙の中に入る。

 周辺一帯は警備NPCによって隔離措置が行われており、ウェイドから特別任務を受けたらしい一部の調査開拓員たちが現場検証を行っている。そんななか、俺たちはキープアウトの黄色いテープを跨いで進む。


『足元、気をつけて下さい』

「えっ? うおっ!?」


 ウェイドに注意され、ふと足元を見る。そこには綺麗な真円にくり抜かれた巨大な穴があった。底は深く、何も見えない。断面を見ると、制御塔の地下にあるヤタガラスのプラットフォームや地下トンネル網、産業廃棄物処理場が丸見えである。


「これは……」

『犯行は実に鮮やかでしたよ。現時刻よりおよそ10分前、突如極大の白光線が地中から飛び出し、すっぽりと研究所を包み込みました。そのおよそ30秒後、前触れなく白光線が消失し、残ったのはこの滑らかにくり抜かれた穴だけ』

「いきなり本丸をぶち抜かれたのか……」


 都市の外部から敵が侵攻してくるのなら、ウェイドの方も胡座を掻いて待っているはずがない。通信監視衛星群ツクヨミによって敵性存在の侵攻が確認された瞬間にその脅威審査が行われ、危険度が閾値よりも高ければ緊急事態が宣言される。即座に都市防衛設備が起動し、調査開拓員も動員され、万全の対応が取られるはずだ。

 しかし、今回は前触れもなく、突如として地中から攻撃があった。それは一瞬にして植物園だけを切り取り、華麗に持ち去った。まあ、もしくは植物が反応するよりも早く圧倒的な力で消滅させたのかもしれないが。

 どちらにせよ、並大抵の敵性存在にできる芸当ではない。


「まず、現場からの報告だが、原始原生植物は存在しないな。微小のものが残留している可能性もない。そういった可能性のある植物の痕跡は見つからない」

『それは、安心してもいいのでしょうか』

「良いわけがないだろうな。いつ爆発するとも分からん爆弾が、管理下から離れたわけだから。怪盗が手を滑らせた瞬間にこの辺が壊滅だ」


 俺が言うと、ウェイドもコノハナサクヤも特に驚く様子なく頷いた。この程度のことは、彼女たちがすでに確認しているのだろう。

 ならば、なぜ俺が呼ばれたのか。単純に研究ポイントだけを見ているのなら、俺以外のプレイヤーも呼ばれて然るべきだろう。


『レッジ、これを』


 ウェイドがウィンドウを開いて見せてくる。それは、短い映像のようだった。サムネイルは画質の荒い不明瞭なもので、再生してみるとそれが少しずつ動き始める。


『都市監視映像記録をスロー再生しているものです』

「ふむ……?」


 言われてみれば、中央に植物園らしき建物の影が見える。どうやら、襲撃があったその瞬間を切り出したものらしい。


「うん? ちょっと巻き戻してくれ」

『巻き……?』

「時間を戻して、3秒前くらい」


 なんでこんなところで躓くんだ。高性能人工知能少女に眉を寄せながら、少し時間を遡る。そこから更にコマ送りの再生にして、ある時点で止める。


「これか」

『はい。もう分かりましたね』


 ウェイドの見せてくれた映像に、俺は強い衝撃を受ける。信じられないと思いつつも、そこにはしっかりとそれがある。


「“緑の人々グリーンメン”……」


 極光の中に浮かび上がる、歪な人型。それは無数の太い蔦が絡まり合って形成された、擬似的な人型だ。その姿に見覚えがある。

 なぜなら、それは俺が開発したものなのだから。


『こちらの植物は、扱いが難しいことから使用者はレッジしか確認されていません。それが犯行現場で目撃されたことから、アナタには嫌疑が掛けられています』

「まさか――」


 ぎょっとして顔を上げる。

 ウェイドとコノハナサクヤは、静かにこちらを見つめていた。


『私たちも、論理的に考えてレッジがこのような強行に出る理由がないと判断しています。そもそも、例えレッジであろうと、管理者に感知されずに中央制御区域を急襲するなどということは不可能でしょう』

「つまり……?」

『己の疑いを晴らすため、調査をしなさい』


 ウェイドから告げられた指令。

 俺はそれに唯々諾々と従うほかなかった。


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Tips

◇都市監視映像記録

 地上前衛拠点などの都市内部各所に設置されたカメラなどによる映像記録。過去一年間の記録の保管、それ以降の記録も圧縮保管が義務づけられている。管理者権限で閲覧する事が可能で、管理者の許可によってのみ調査開拓員もそれを確認することができる。

 記録設備に許可なく接続し、内部の情報を抜き取る行為は管理者により処罰される対象となる。


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