第823話「突然の召喚令状」

 俺たちが持ち帰ったグレムリンの巣に関する情報は、即座に共有された。ネセカたち警備部の行動は迅速で、すぐさま調査任務が掲示され、調査開拓員たちもドローンを携えて繰り出した。草の根を掻き分ける地道な調査が昼夜を問わず間断なく行われ、その結果秘匿通路の様々な箇所に隠し通路へ通じる穴が見つかった。


「そんなわけで、今のところ十一階層以降にそれぞれ最低でも5箇所以上の巣が確認されています。巣を見つけたことがグレムリンにバレた場合、数分程度で大群がやってくるのも同様です」

「また物騒なことになってきたなぁ」


 掲示板やwikiによって得られた情報を纏めてくれたレティに感謝しつつ、大きく動いた状況に思わず深いため息をつく。

 改造機だけでも大変なのに、今後はグレムリンの方にも真正面から対峙しなければならないとは。


「それで、アリエスさんとか、ケット・Cさんとか、メルさんたちとかが巣を壊滅させたんですが――」

「何やってるんだあいつら……。いや、それが本業なのか?」


 アリエスはともかく、ケット・Cやメルたちは攻略組だからな。新たな敵が見つかった時は率先してそれを倒しに行くのが仕事のようなものだ。それにしても、行動がずいぶんと早い気がするが。

 俺の突っ込みに耳を揺らしたレティは、そのまま続ける。


「巣の中は大抵が水浸しになっていたようです。どうやら各所から水路を使って引き込んでいるようで、これがグレムリンの好む環境になっているようですね」

「暗所で多湿? でも、俺たちが見たところは明かりがついてたな」

「正確に言うなら、薄暗くて湿った環境ですね。そして、これが一番重要なのですが……」


 レティはそう言って一度言葉を区切る。もったいぶる彼女に、ラクトたち聴衆がその後を急かす。


「壊滅したグレムリンの巣からは、大量のスクラップが発見されたんです」


 重々しく告げるレティ。しかし、彼女の思い詰めた顔つきとは裏腹に、ラクトたちは鼻白む。


「そりゃあ、グレムリンって機械警備員を鹵獲して改造してるんでしょ? スクラップくらい溜め込んでても不思議じゃないよ」


 肩を竦めて言うラクトに、レティは耳をブンブンと振って唇を尖らせる。


「そうじゃないですよ! 問題なのは、スクラップの中身です。当然、機械警備員の残骸がほとんどなんですが、中にはレティたち調査開拓用機械人形や機獣、ドローンの残骸もあったんです」

「ええ……」


 今度こそラクトたちは愕然とする。俺も同様に耳を疑い、少し考えてはっと気がつく。


「そうか、機体回収……」


 レティが鋭く俺を指さして頷く。


「イエス! 拠点内では機体回収ができないんです!」


 第一重要情報記録封印拠点、および第二拠点。それらはどちらもダンジョン形式の特殊なフィールドだ。通信監視衛星群ツクヨミによるマップなどの情報的支援を得られず、TEL機能も使用できない。さらに、この内部で機能停止に陥った場合、機体の回収ができない。


「あれは、グレムリンたちが機体を持って行ってたってこと?」

「そういうことみたいですね」

「はええ、気持ち悪いなぁ」


 聞いていた者の心境をシフォンが簡潔に代弁する。

 拠点内で力尽きた調査開拓員の機体が、グレムリンたちにいじくり回されていたのだ。意識はなかったとしても、あまり気分のいいものではない。


「それでは、調査開拓用機械人形の改造機コンバーテッドもあったということですか?」


 これまで静かに耳を傾けていたトーカが手を挙げて発言する。レティは良い質問だと笑みを浮かべ、それに答えた。


、見つかっていません。ですが、近いうちに出現したとしてもおかしくはないだろう。というのが攻略組掲示板の大局ですね」

「それは厄介かもしれないなぁ……」

「エネミー判定はどうなるんだろうね」


 レティから告げられた予想に、思わず口をへの字に曲げる。俺たちは、当然ながら調査開拓員を攻撃することができない。アマツマラ地下闘技場などの一部の例外を除けば、戦闘区域フィールド非戦闘区域街中も関係なく全てに適用される規則だ。

 システム的に制限されている事、つまり、調査開拓団規則に明記されている、純然たる禁則事項なのである。

 では、悪意を持って迫ってくる改造された調査開拓員はどうだろうか。それが改造機として、つまりエネミーとして判断されるのならばいい。しかし、それもあくまで調査開拓員であると見做された場合が厄介である。


「最悪、俺たちは攻撃できないのに向こうからは攻撃できる、って事態もありえるのか」

「それは厳しいわね。ていうか、不公平じゃない?」

「改造された機械人形に調査開拓団規則は無関係ですからねぇ」


 あまり考えたくはないが、最悪の事態を想像しておくべきだろう。メタ的に考えれば、大規模イベントである特殊開拓指令が、ただのダンジョン攻略で終始するはずもないのだから。


「そういえば、第二拠点の方はどうなんだ?」

「そっちは騎士団の皆さんがブイブイ言わせてますね。現在の最前線は第一拠点に三階層遅れて第十二階層。グレムリンの巣も三つほど発見、うち二つがすでに殲滅されてます」

「相変わらずと言えば、相変わらずだなぁ」


 第二拠点は第一拠点よりも徘徊している機械警備員のレベルが高いということもあって高難易度だ。しかし、そこは歴戦の猛者揃いの〈大鷲の騎士団〉ということで、第一拠点にも勝るとも劣らない速度で攻略が進んでいるらしい。しかも、第一拠点こちらの動向もしっかりと把握しているようで、隙がない。

 流石は質量共にトップクラスの攻略組最大手である。


「噂によると、アストラさんやアイさんは第二拠点の警備部長さんやコノハナサクヤさんから特別任務も受けているらしいですよ」

「へぇ。まあ、あり得ない話でもないか」


 特別任務と聞くと高尚なモノのように感じてしまうが、俺が管理者たちから受けた“天岩戸”からカミルを救出した時の“妹の就職願い”まで結構多岐に渡る。

 アストラやアイほどの実力となれば、特別任務の一つや二つ常に受けていることだろう。


「ま、アストラたちには攻略組として是非頑張って貰いたいな。そうすれば、俺が寝っ転がってたり花に水をやったりしてる間にもイベントは進んでくれるから」

「だらしないし、やる気ないし、調査開拓員にあるまじき発言ですね……」


 大きく伸びをしてコーヒーを飲む。レティが目を三角にして俺を見るが、こっちは一般エンジョイ勢なのだ。ガチ勢と同じ働きを求めないで貰いたい。


「レッジって自覚あるのかないのか知らないけど、たまに信じられないこと言うよね」

「この期に及んでまだエンジョイ勢とか言ってるのとか、正直信じられないよ……」

「自分のログイン時間を見てから言って下さいね」

「なんだなんだ。今日はみんな辛辣じゃないか」


 次々と投げられるチクチクとした言葉に、思わず眉を顰める。そんなことを言うなら、レティ達の方がよっぽどアストラたちの側に近い存在だろうに。俺は

非破壊オブジェクトを強引にぶっ壊したり、120fpsの世界を正確に捉えたり、同時に全く異なる操作形態による詠唱をしたり、全方位からやって来る大量の攻撃を瞬時に捌いたりなどできない、ただの一般おじさんプレイヤーなのだ。


「また変な事考えてますね、まったく」


 口には出さず目だけで語っていると、レティが心底呆れた顔でため息をつく。その時、玄関の方から慌ただしい足音と共にカミルが飛び込んできた。彼女は俺を見ると、ぐいぐいと手を引っ張る。


『大変よ、レッジ! アンタいったい何をしたのよ!』

「ええ? いや、これと言った問題行動なんて今まで一度もしたことのない善良な一般調査開拓員を自負してるんだが……」


 何やらあわあわとしているカミルに首を傾げる。背後でレティたちが、何を言っているんだこいつと言わんばかりの目を向けてくるが、努めて無視する。


『だったらなんで、管理者全員の名前を持ってコノハナサクヤが召喚令状持ってきてるのよ!』

「……はっ?」


 カミルの言葉に、思わず間抜けな声が出る。とりあえず出なさいと彼女に背中を押され、別荘の玄関に向かう。そこに立っていたのは、緑髪の少女。


『あ、あのっ。コイツ、じゃなくて主はやること滅茶苦茶だけど、調査開拓団に叛意を持っているわけでは――』

『申し訳ありません、カミル。今は時間が惜しいので』

『ぴゃい……』


 何やら俺を庇おうとしてくれたカミルも、コノハナサクヤの微笑に封殺される。すごすごと下がるカミルの肩を叩き、前に出る。管理者の少女は俺を見て、口元をきゅっと締める。


『こんにちは、レッジさん。あまり時間がありませんので、まずは機内へ』


 彼女は挨拶もそこそこに、背後で暖機運転をしている管理者専用機へと俺を促した。


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Tips

◇召喚令状

 重大な調査開拓団規則違反などを起こしたり、何らかの事件の関係者と指定されたりした調査開拓員を、管理者もしくは指揮官の権限に基づき強制的に召喚する効力を持った令状。この令状によって指定された調査開拓員は特別な理由がない場合、かならずその指示に従う必要がある。


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