第822話「雪崩来る小人」
突如、壁を破壊して現れたトーカは、顔を真っ赤にして口元をふにゃりと曲げる。足元は覚束ないし、呂律も回っていない。どう考えてもこれは――。
「トーカ! 何突然ぶっ飛ばしてくれてるんですか!」
瓦礫の中から立ち上がったレティが、頭に埃を付けたままトーカに歩み寄る。両肩を掴んでグラグラと揺らすが、トーカはだらしなく笑っているだけだ。額から伸びる角が、深紅に染まっている。
「また随分と酔っ払ってるわねぇ」
「どれだけ倒したんだか」
エイミーとラクトもその姿を見て呆れ果てる。
トーカの“血酔”状態はかなりの重度だ。恐らく第十二階層で次々と敵を切り倒し、その血を存分に浴びてきたのだろう。通常の機械警備員はともかく、改造機は当然のように赤黒い血液を吹き出すからな。
「うにゃはは。みなしゃんお
「混ぜてって言われてもな。これから帰る所だったんだよ」
レティの肩に手を回し、うぇーいと鞘に収まった大太刀を掲げるトーカ。彼女の言葉はともかく、ここで合流できたのは都合がよかったかもしれない。へべれけになっている彼女を一人放置するのもマズいし、介抱しつつ戻るのがいい。
「じゃあ、トーカも一緒に帰ろうか」
「うにゃあ……! まだ敵を斬り足りないでしゅ」
「何を物騒な事を言ってるんだ」
ふらふらとよろけながら歩き出すトーカの手を掴み、引き寄せる。今の彼女は完全に正常な判断ができていない。引き摺ってでも戻らなければ。
「レッジさん、酔っ払いに構う必要ないですよ。縄で縛って連れていきましょう」
「レティも容赦ないな……」
無慈悲な眼でトーカを見下ろし、吐き捨てるようにレティが言う。トーカはウェイウェイと彼女にだる絡みをしていた。普段淑やかな彼女も、随分と印象が変わるな。
とにかく中央制御区域に戻ろうと、トーカの開けた穴から秘匿通路の外に出る。第十階層は攻略も進んでいて、至る所に設備部のドワーフたちが設置した案内板がある。それを見れば、中央制御区域までの道も分かるだろう。
「えーっと、こっちに進めばいいのか」
近くにあった案内板と地図師がから買った地図を見比べる。
「よし、大体の現在地は掴めたな。レティ――」
「レッジさん、危ない!」
帰路を確認し、レティたちの方へ振り返る。その時、激しい声が飛んだ。
「『ガード』ッ!」
即座にエイミーが飛び出し、俺の前に立つ。彼女は両腕をクロスして、素早く発声する。直後、飛び込んできたのは赤黒いピッケルを持った白い小人――グレムリンだった。
「なんっ!?」
「とりあえず、レティの所へ!」
驚く俺にエイミーが吠える。彼女の言葉に従い、転がるようにしてレティたちのいる壁際に移動した。エイミーも突如襲い掛かってきたグレムリンを殴り飛ばし、油断なく周囲に視線を巡らせながら戻ってくる。
「いったい何が――」
「レッジさん、あっちです!」
混乱が収まらないなか、レティが耳を真っ直ぐに立てて薄暗い通路の一角を指さす。その奥から、雪崩の迫るような騒々しい音が近づいてきた。
「うにゃん?」
「ちょっ、トーカ!」
それに気がついたトーカが、眉を動かし通路の真ん中に立つ。彼女の手を握り、引き戻そうとしたその時だった。
「うわああっ!?」
「はええええっ!?」
ラクトとシフォンの悲鳴。
見れば、通路の奥から大量のグレムリンが流れ込んできていた。
「こいつら、俺たちの居場所を!」
「言ってる暇ないですよ。逃げないと――」
「にゅはっ! 敵にして不足なし。成敗し奉りゅッ!」
慌てて身を翻すレティ。しかし、トーカが鞘から赤い刀を引き抜いてグレムリンの群れに飛び出す。
「ああもう、あの酔っ払い!」
それを見て、レティも慌ててハンマーを構えて追いかける。俺とエイミーも駆け出し、ラクトとシフォンが詠唱を始める。
「自分の相性考えて挑んで下さいよ!」
「この程度一刀で切り伏せてみせますよ」
「なんで戦いになったら呂律も回ってるんですか!」
激しく言い合いながら、レティとトーカは隣り合う。二人とも、基本的には一対一の勝負を得意とする戦闘スタイルだ。小さく、素早く、無数に存在するグレムリンの群れを相手にするには分が悪い。
――そのはずだった。
「『時空間波状歪曲式破壊技法』」
「『時空間線状断裂式切断技法』」
二人の声が重なる。
周囲の空間が揺らぎ、波打つ。波紋のように広がり、壁を、床を、天井を曖昧にする。
巨大な機械鎚が、長大な赤太刀が、振り下ろされる。
「咬砕流、五の技。――『呑ミ混ム鰐口』ッ!」
「彩花流、捌之型、三式抜刀ノ型、神髄。――『百合籠』ッ!」
同時に放たれた打撃と斬撃。打撃は爆炎を生み、床に深い亀裂を走らせながら、グレムリンの群れに衝突する。斬撃は血の香りを放ち、無数の破片となって雨のように降り注ぐ。
二人の攻撃は、互いを補完しあうものではない。むしろ押し合いへし合いしながら、競うように小人たちを飲み込み、蹂躙していく。
「二人ともスイッチ入っちゃってまあ」
「どうせ倒すならもっと丁寧にやって欲しいわね」
術式構築を急ぎながら、ラクトは苦笑する。前方では、エイミーがレティたちの撃ち漏らしたグレムリンを確実に処理していた。
夥しい数のグレムリンたちは、その九割がレティとトーカによって瞬殺されている。残った一割のうち、半分をシフォンが、もう半分を俺が。それすらも掻い潜った数匹の幸運なものも、エイミーによって阻まれる。
「行くよ。巻き込まれないように気をつけて」
そして、LPやディレイの関係で俺たちの対応が苦しくなってきた頃、冷気が通路に薄氷を広げていく。
「『
たちまち全てが白く染まる。見れば、薄くさらさらとした雪が積もっているのが分かった。が、それを認識した直後、雪の上に立っていた全てのグレムリンが凍り付き、そして砕ける。
触れた瞬間に死が確定する、あまりにも凶悪なアーツである。
そんな雪降る夜に似た静寂の空間を生み出した本人は、通路の最後方で銀の短弓を構え、薄く笑んでいた。
「じゃ、あとよろしく」
「ラクトー!?」
笑みを浮かべたまま膝から崩れ落ちるラクトに、慌てて駆け寄って抱きかかえる。LPの急速な減少による気絶だった。
「れ、レッジさーん。レティもそろそろ気絶しそうです!」
「良いから残党狩りするわよ。と言っても残りはほとんど逃げてってるみたいだけど」
ブンブンとハンマーを振ってレティが何か言ってくるが、エイミーが僅かなグレムリンの生き残りを駆除しながら諫める。彼女たちの傍らでは、トーカが大太刀を抱いて壁に背を預けて眠りこけていた。
「はええ……。やっぱりみんな強いねぇ」
シフォンが額の汗を拭いながら言う。そういう彼女も俺よりグレムリンを倒していたはずだが。
「しかし、なんだったんだこの大群は」
「分かんないですね。そもそも、どうやってレティたちの位置を特定したんでしょうか」
突如として現れたこのグレムリンの大群は、恐らくドローンによって発見した水没部屋からやってきたのだろう。どうやって俺たちの居場所を特定したのか、なぜ襲ってきたのか、全てが分からない。
「とにかく、早く戻ろう。何回も凌げるもんじゃない」
一度目はともかく、二度三度と同じ規模の群れで来られたら流石に危ない。ここまでの活動でそれなりに稼ぎもあるため、おちおち死ぬ事もできないのだ。
レティも頷き、俺たちは今度こそ撤収することにした。
「ラクトとトーカはどうするの?」
「置いてく訳にもいかないからな。ラクトは俺が運べるが……」
「仕方ないですねぇ。トーカはレティが背負いますよ」
俺は気絶しているラクトを背中に乗せ、レティもトーカを同じように背負う。この中で一番安定性があるのはエイミーだが、盾役の両手が塞がると奇襲に対応できないからな。
「そういうわけだから、シフォンも斥候よろしく」
「はええっ!?」
ぼんやりとしているシフォンに声を掛けると、彼女は驚いて耳と尻尾を立てる。彼女がライカンスロープになってくれたおかげで、斥候要員が増えた。彼女なら奇襲にも対応できるし、適役である。
「まあ、周囲に耳を澄ませながら歩けばいいですよ。何も単独で先回りしろと言ってるわけじゃないです」
「だ、だよね。びっくりした……」
レティに言われ、シフォンは胸を撫で下ろす。
「あっ。そろそろ稲荷寿司の時間だね」
シフォンが懐から稲荷寿司を取り出して食べ始める。彼女もわざわざ吐血しなくても、大体の感覚が分かるようになってきたらしい。彼女はもぐもぐと口を動かしながら、ぴくりと耳を立てる。
「どうした?」
何か不思議そうな顔で背後を見るシフォン。その行動に訝しむと、彼女は首を傾げながら向き直った。
「いやぁ、なんだか、誰かに見られてるような気がして」
「ライカンスロープってそう言うのにも敏感になるのか?」
「うーん、どうだろ。気のせいかもね」
そんな事を言いながら、シフォンは大きな稲荷寿司二つをペロリと完食する。
背後の暗闇に目を向けてみるが、そこに何かが居るような気配はなかった。俺はラクトを背負い直し、レティたちと共に帰路に就いた。
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Tips
◇『時空間線状断裂式切断技法』
〈切断〉スキルレベル40のテクニック。
効果中、テクニック使用時の消費LPが3倍になり、平時もLPが急速かつ大量に減少する。また、攻撃を行った際、それが対象に当たった場合、そのダメージ量の1/3が自身に反動として返ってくる。
異常構造物を含むあらゆる物質的対象を切断するために開発された技法。多次元に渡る時空間そのものに干渉する特殊線状斬撃を放ち、物質をその根源的存在意義の段階から破壊する。これによりおよそ知覚可能なほぼ全ての物質の切断が可能になる。
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