第821話 「隠し通路へ」

「はーはっはっはっ! どこへ行こうと言うんですか? 例え地の果て海の果てに逃げようとも、このレティからは逃れられませんよ!」


 入り組んだ秘匿通路にレティの声が反響する。彼女はタイプ-ライカンスロープの高い身体能力を遺憾なく発揮し、逃走するグレムリンを追いかけていた。

 俺は足の遅いラクトを抱え、シフォンとエイミーが付いてこられるギリギリの速度でレティを追う。しかし、彼女の背中は少しずつ遠のいていく。


「レティ、はぐれたら面倒だぞ!」

「任せて下さい! もうすぐで間合いに入りますから!」


 レティはピョンピョンと床や壁を蹴りながら威勢の良い声をあげる。横たわるケーブルやパイプも軽やかに避け、脱兎の如く逃げるグレムリンに獅子のような勢いで迫る。


「はーはっはっはっ!」


 あと僅か、もう少しでハンマーヘッドが白い小人を捉える。勝利を確信したレティが高笑いする。


「レティ、気をつけて!」


 そんなシフォンの切迫した声も届かない。


「とりぇええええいいっ!」


 一際強く床を蹴り、レティは弾丸のように前へ飛び出す。彼女は鎚を構え、赤い瞳でグレムリンを睨む。


「せいばーぃぎゃぼるあっ!?」


 ハンマーが繰り出され、そのヘッドが小人を捉える。その寸前のことだった。前触れなくグレムリンの白い身体が闇に溶ける。レティのハンマーは空を打ち、勢い余った彼女は車輪のように縦回転しながら秘匿通路の壁に激突する。


「レティ!?」

「大丈夫!?」


 驚いて目を剥きながら、エイミーたちが駆け寄る。幸いにして怪我はないようで、彼女は頭をふらふらと揺らしながら立ち上がった。


「うぅ……。あのグレムリン、どこへ行ったんですか?」

「周囲を調べてみるか」


 恨みを募らせるレティにせっつかれ、シフォンが周囲を見渡す。周囲の風水的な力の流れから、闇に包まれた秘匿通路の構造を解明しようとしていた。


「あっ!」

「何か見つけましたか?」


 声を上げるシフォン。レティがハンマーを構えて駆け付ける。彼女の目の前で、シフォンは床をまさぐった。シフォンの指先が窪みに引っかかり、そのまま床を持ち上げる。


「これは、隠し通路?」

「みたいだね」


 集まってきたエイミーとラクトも、それを見下ろす。そこにあったのは、巧妙に隠された第二の通路だった。


「秘匿通路の中に隠し通路があるのか……」

「流石にその可能性は考えてなかったわね」


 驚きと呆れが入り交じる心境で、その通路をじっくりと見る。高さも幅もかなり小さい。ドワーフやグレムリンがギリギリ屈んで通れる程度のものだ。資材の運搬や武器の携行なども考えず、ただ移動のためだけにあるような隘路である。


「ラクト」

「さ、流石に無理だよ! ていうか一人でこんなとこ入りたくない!」


 タイプ-フェアリーのラクトなら中に入れるかと考えたが、本人がブンブンと勢いよく首を振って拒否する。

 まあ、入れたところで後衛職のラクト一人では何かあった際に対応できない。


「さて、じゃあドローンでも飛ばすか」

「そう言えばレッジってそんなのも持ってたわねぇ」

「メインスキルの一つなんだが」


 エイミーの辛辣な言葉にぼやきながら、ドローンを一機取り出して起動する。カメラを備えただけの簡単な偵察機だが、小型でこれくらいの穴でも余裕で入る事ができるし、万一破壊されてもさほど痛くはない。

 ドローンの映像は〈撮影〉スキルによって手元のウィンドウに表示される。回線が問題なく繋がっているのを確認して、早速ドローンを足元の通路へ飛ばした。


「真っ暗ですね」

「ま、当然だな。赤外線、熱感知、音波と一通り積んでるから、それを使えば――」


 コンソールから映像の設定を変える。例え光学的には不明瞭な環境でも色々とやりようはあるのだ。微調整していくと、モノクロながら鮮明な映像が映る。


「どうだ、〈撮影〉スキルもたまには便利だろ」

「記念撮影するだけじゃないんだねぇ」


 実戦では役に立たない生活系スキルの代表のような〈撮影〉スキルだが、こと偵察においては結構な利便性がある。〈操作〉スキルとのシナジーも高く、ドローンと組み合わせれば更に柔軟に活用できる。


「しかし、こんな通路、前からあったのか?」


 隠し通路は狭い上に入り組んでいる。秩序を感じられず、まるで行き当たりばったりに掘り進めたモグラの穴のようだ。


「どうでしょう。ネセカさんたちから話は聞いてませんが」


 情報通のレティも秘匿通路の下にある隠し通路については聞いた事がないらしい。彼女が知らないのなら、掲示板でもさほど話題にはなっていないはずだ。


「となると、わたしたちが第一発見者?」

「喜ぶべきか、悲しむべきか……」

「見つけたところで、プレイヤーは入れないしねぇ」


 偵察用ドローンは軽快に進むが、俺たちには狭すぎる穴だ。グレムリンはここも利用して、神出鬼没の動きを繰り返していたのだろうか。


「レッジ、そろそろドローンの現在地分かんなくなってない?」

「正直厳しいな」


 道が複雑に入り組んでいるうえ、なだらかに上下したり旋回したりと、まるで迷宮のような構造だ。実際に歩数を数えながら歩くのとはわけがちがい、ドローンの回収も半ば諦めている。


「あっ! レッジさん、さっきの曲がり角に戻って下さい!」


 ウィンドウを覗き込んでいたレティが耳を立てる。彼女の指示に従い、通り過ぎた曲がり角へと下がって入っていく。


「何か見つけたの?」

「足跡みたいなのがあるんです」


 レティに言われ、床を見る。しかし、それらしいものは見当たらない。


「足跡?」

「うーん。気のせいでしたかね……。あっ、ほら、あそこ!」


 眉を下げるレティだったが、すぐにまた声を上げる。今度は同時にドローンの動きを止めて、地面にカメラを向ける。薄く積もった埃の上に、小さな足跡がかすかに残っていた。


「これか」

「良く見つけたね?」

「うえへへ」


 あまりにも儚い痕跡に、それを見つけたレティを賞賛せざるを得ない。だらしなく笑うレティをそのままに、俺は足跡の向かう方向へドローンを進ませる。


「さぁて、鬼が出るか蛇が出るか」


 まるでスパゲッティのような穴を進む。注視していれば、時折同じような足跡を見つける事ができた。どう考えても、グレムリンのそれである。


「なんだか嫌な予感がするわねぇ」


 俺の頭の横で、エイミーが囁くように言う。

 驚くべきことに、足跡は徐々に増えていた。それと同時に、通路の床も湿り気を帯び、やがて薄い水たまりのようになっていく。


「レッジさん、大丈夫ですか?」

「任せとけ。このドローンは防水だ」


 ネヴァに色々無理を言って作ってもらったものだからな。1機500kビットするところを、6機セットで2.8Mにして貰った。

 ドローンの静音プロペラの僅かな回転音が響く中、奥へ奥へと進んでいく。地面の足跡は、今や夥しい数になっていた。足跡の上に別の足跡があり、無数のグレムリンがそこを歩いたことを示唆している。


「レッジさん、あそこ!」


 シフォンがウィンドウの奥を指さす。そこには、暗闇の中で僅かに光が漏れ出していた。

 ドローンを操作し、その光を目指す。速度を落とし、息を潜め、ゆっくりと慎重に近づく。そして、ついにその光の側までやってくる。


「これは――」


 思わず絶句する。

 そこは、老朽化によって崩壊した拠点の一施設なのだろう。出入り口に瓦礫が積み上がり、天井からおぼろげな白い光を放つ電灯が吊り下がっている。罅だらけの壁や天井の至る所から、ちょろちょろと水が漏れ出し、広い室内に落ちていく。

 下半分は完全に水没し、緑の苔が島のように瓦礫を包んでいる。

 更に驚くべき事が、そこにあった。

 水没した部屋に、無数の白い老爺のような小人が集結していた。乾いた肌を濡らし、犬のように舌で水を飲み、黄金の眼をギラつかせながら同族と絡み合っている。


「グレムリンの巣か?」

「かもしれませんね。流石にこの数は驚きですが」


 広い室内を埋め尽くすほどのグレムリンだ。百や二百では利かないだろう。さすがにこれは、俺たちの手に余る。


「とりあえず、ドローンは撤退させるか」


 奴らを刺激するのは良くない。たとえドローンから俺たちの位置まで特定されないとしても。そう考えて、ゆっくりと機体を後退させる。

 その時だった。


「あっ」


 突然、映像が激しく揺れる。地面に転がったのか、衝撃音がマイクを通じて伝わる。見れば、ドローンとの通信強度が悲しいほど微弱になっていた。


『グエエッ!』

『ギギャッ!?』

『ギギアッ! ギギギュア!』


 一斉にグレムリンたちが金切り声を上げる。瞬く間に白い波がカメラに殺到し、激しい衝撃音。映像が途絶し、砂嵐がウィンドウを埋める。


「これは……」

「とりあえず、逃げましょう」


 俺たちはこの情報を他の者に伝えるのが使命だ。レティの即座の判断に頷き、立ち上がる。


「けど、どうやってここから出る? もう中央制御区域の位置も分かんないけど」


 ラクトが真っ暗闇を見渡して俺の服の裾を握る。


「とりあえず、穴の所に戻ろう。改造機たちが退散しててくれたら嬉しいんだが……」


 そう言って、踵を返す。


「では、レティに付いてきて下さい!」


 レティが手を挙げ、意気揚々と歩き出す。その時だった。


「ぎょばへっ!?」

「レティーーー!?」


 突然、勢いよく壁が破壊される。レティは吹き飛ぶ瓦礫をもろに浴び、悲鳴を上げて反対の壁に激突する。

 ガラガラと大きな残骸が崩れ落ちるなか、俺たちは即座に武器を構える。土煙が舞い上がり、劣悪な視界が更に不明瞭になる。敵襲とあらば、即座に攻撃をしなければ――。


「うぇええええい!」


 土煙の中から、聞きおぼえのある声がする。


「あれぇ。レッジしゃんたち、こっちにいるはじゅなんでしゅが……。ひっく」


 どろどろに蕩けた声だが、間違えるはずもない。

 次第に煙の晴れていくなかで、ランタンの光を前に向ける。


「あっ! レッジしゃん、居ましたねぇ」


 そこに立っていたのは、顔を真っ赤にした鬼の剣士、トーカだった。


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Tips

◇偵察用ドローン“モスキート”

 最新鋭の小型偵察用無人航空機。高解像度の光学式カメラ、集音マイク、熱感知センサー、音波測定機など、様々な情報収集機器を搭載している。黒色迷彩、ステルス構造、軽量白鉄鋼筐体、静音回転翼により、小型化と隠密性向上を実現。手のひらに収まるほどの大きさで、様々な場所へ侵入することができる。耐久性と通信可能範囲に難あり。


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