第820話「風水調査」

 今日も今日とて地下に広がる巨大施設の探索に赴く。本日のメンバーは俺、シフォン、レティ、ラクト、エイミーの五人だ。トーカは武者修行と銘打って最前線の第十三階層に出掛けているし、ミカゲは三術連合の方へ行っている。そんな中、俺たちは第十階層を歩いていた。


「むむむ……」


 真剣な顔をして壁や天井や床をじっくり観察しているのは、瞳に神秘的な青の光を宿したシフォンである。本日の主役は彼女で、〈占術〉スキルによる風水相の調査が目的だった。


「どうです? 何か見つかりましたか?」


 注意深く視線を向けているシフォンに、レティが訊ねる。シフォンはぐるりと周囲を見渡した後、ようやく背筋を伸ばして息を吐いた。


「凄く整ってるよ。やっぱり、DWARFは風水も意識してこの施設を作ったんだと思う」


 シフォンの出した結論に、俺たちは考え込む。彼女によれば、一見無秩序に見える第一拠点の構造も、風水的には寸分の違いなく正しい配置になっているらしい。

 これはつまり、DWARFたちが風水に関する知識を有しているということだ。


「第十一階層以降の改造機は、普通のプレイヤーよりも三術系のスキルを習得しているプレイヤーを積極的に襲う傾向があるらしいしな。やっぱり、DWARFたちと三術系スキルには何かしらの関係があるんだろう」

「ワクワクしてくるね。ミカゲたちも三術系そっち方面からのアプローチの準備をしてるんでしょ?」


 これまでの調査で、改造機が三術系スキルの所持者、もしくは“アヤカシモデル”の機体を積極的に狙うことが判明している。今回のシフォンの調査結果も合わせて、三術系スキルとDWARFひいては“白光を放つ者ホワイト・レイ”に強い関係があることが判明した。

 ミカゲ達三術連合は既に動き始めているし、“アヤカシモデル”の機体にコンバートするプレイヤーも増えてきた。近々、何か大きなイベントが発生するのはほぼ確実と言われている。


「でも、なんだか妙なんだよね」


 レティとエイミーが通路の前後から現れる改造機たちを吹き飛ばすなか、シフォンは顎に指を添えて考え込む。


「妙とは?」

「見たところ、拠点内の風水相って変わってるんだよ。なんというか、普通の建物って言うより――」


 赤黒い体液を吹き出しながら、丸く太った改造機が弾ける。レティは血まみれになるのも構わず、笑みを浮かべて次の獲物に飛び掛かる。


「陰宅風水って言うのかな。まるで、お墓とか霊廟を意識してる感じに風水が整えられてるんだよ」


 エイミーの拳がブドウのように集まった眼球を潰す。粘度の高い液体が飛び散り、壁に付着する。

 頭の半分を吹き飛ばしたにもかかわらず、その異形の警備員はよろめきながら立ち上がる。


「墓ねぇ」

「レッジさん! ラクトでもシフォンでもいいですが、そろそろ手伝って貰って良いですか!?」


 思わず思考の海に沈みそうになった時、レティの声が響く。見れば、周囲は無数の改造機に囲まれ、レティとエイミーだけでは手が足りなさそうだった。

 慌てて武器を構えて群れの中に飛び込む。ラクトとシフォンも思考を中断し、敵の殲滅に意識を向ける。


「ごめんなさい! わたしのせいで……」

「それは別に良いですよ。前もって分かってた事ですからね!」


 モデル-ヨーコのシフォンは、その場にいるだけで改造機を呼び寄せる。その力は拠点内に滞在するほど強くなるようで、じっくりと調査を続けた今ではまるで砂浜に放った磁石のようだ。次々と曲がり角から現れる改造機は、脇目も振らずシフォンの元へと殺到している。

 それを、レティが大槌で阻む。ネヴァの手によって修理と若干の強化が施されたという“鮫頭蓋の大槌”は、面白いほど軽快に機械警備員たちを吹き飛ばし、叩き潰していた。


「一旦外に出ましょうか。これ以上はちょっと面倒くさいです」

「了解。殿は任せて」


 調査は十分にできたと判断し、俺たちは帰路に就く。エイミーが背後からの襲撃を抑えている間に、俺はシフォンと共に群がる敵を蹴散らして中央制御区域へと向かった。


「うひゃぁ! すごい数だね!」


 ラクトが矢を三本纏めて矢に番えながら目を丸くする。背後はエイミーが抑えてくれているとはいえ、前方からもワラワラと改造機が現れる。ラクトの矢がそれらを氷像に変え、レティがそれを砕く。それでも、処理が追いつかないほどの数だ。


「ちょっとこれは厳しいんじゃないか?」

「ごめん、長居しすぎたかも!」


 シフォンが謝るが、別に彼女が悪いわけではない。俺もそこに加勢しながら。どうにかして活路を開こうと藻掻く。

 その時、シフォンが突然立ち止まり、周囲を見渡した。


「うわわっ!? どうしたんですか、シフォン?」


 危うくシフォンをハンマーで殴りそうになったレティが、慌てて武器を抑えながら訊ねる。シフォンは耳をピンと立て、ふさふさの尻尾を揺らしながら壁を睨む。


「後ろ、流石にちょっと厳しいわよ!」


 背後では、流石のエイミーも限界が近づいてきていた。もはや少しの猶予もない。


「見つけた! こっちだよ!」


 その時、突然シフォンが走り出す。俺たちも瞬時に視線を交わし、彼女の背中についていく。


「『粉砕する石の破城鎚』!」


 シフォンが機術を発動させる。生成したのは、太い丸太のような石柱だ。先端が尖った、太すぎる槍のようなそれを、彼女は脇に構えたまま真っ直ぐに壁へ激突する。


「せいっ! りゃああっ!」


 ゴン、と鈍い音。しかし、拠点を構成する構造壁は非破壊オブジェクトと言って良いほどの硬度を誇る。その程度の衝撃ではびくともしない。


「レティ!」

「任せて下さい!」


 だが、レティがいる。

 彼女は即座にシフォンの意図を理解し、壁に突き立てられた巨大な杭の尻を、ハンマーで叩いた。更に激しい音が響き、壁に亀裂が入る。


「偽装構造壁か!」


 それは、DWARFたちが使用する秘匿通路に繋がる隠し扉だ。通常の壁とほとんど見分けがつかないが、強度はそれに大きく劣る。

 シフォンのアーツとレティの打撃が共鳴し、壁に大きな穴が開く。アーツの術式が崩壊し、石杭も光の欠片となって消える。


「こっちへ!」

「おわわわっ!?」


 穴の中へ飛び込み、こちらへ振り返るシフォン。俺はラクトを小脇に抱え、急いでその中へと続く。


「エイミー!」

「分かってるわよ!」


 レティも軽快な跳躍で滑り込み、最後に残ったのはエイミーである。彼女は群れの中で一際大きな改造機を殴り飛ばし、周囲のものも諸共薙ぎ倒した後、急いでこちらへ向かう。


「とっ!」


 エイミーが跳び、穴の中へ。


「うぐっ!」

「え、エイミー……」


 しかし、肩まで入ったエイミーは、そこで止まる。見れば、彼女の胸囲が穴よりも大きく、詰まっていた。


「は、はええっ!?」

「なんてうらやましい……」

「じゃなくて、早く引っ張ってちょうだいよ!」


 慌てるシフォンに、唇を噛むレティ。ラクトも無言で自分の胸に手を当てている。そんな中、エイミーが焦燥した表情で助けを求めてくる。


「ええい、ゴーレムも大変だな」

「ごめんなさいね!」


 壁に足をつき、体重を掛けてエイミーの腕を引っ張る。しかし、思うように力が掛からない。


「仕方ない。ちょっと強引に行くぞ」

「ええっ!?」


 エイミーの両脇に手を入れ、思い切り引っ張る。


「ぐぐぐっ!」

「早く早く! 後ろから足音聞こえてるわよ!」

「レティも手伝います!」

「わ、わたしも!」


 俺がエイミーを引っ張り、レティが俺を引っ張り、シフォン、ラクトと後ろに続く。よいこらせ、どっこいしょと力を合わせて壁に嵌まったエイミーを引っ張る。


「れ、レッジ、私、汗とか……」

「かいてくれた方がむしろ嬉しいんだけどな!」


 主に潤滑油的な意味で。

 エイミーも顔を真っ赤にして頑張ってくれている。俺たちは声を揃え、力を溜め、一気に力む。


「せいっ!」

「とりゃっ!」

「へぁっ!」

「はえっ!」


 四人が同時に踏ん張り、エイミーが腹をぐっと凹ませる。僅かに余裕が生まれたのか、彼女の身体がズレる。


「きゃああっ!」


 突然、抵抗が無くなる。俺たちは勢いのまま背中から倒れ込み、秘匿通路の中で縺れる。


「いてて……」


 俺は全身にのし掛かる重みに悲鳴を上げそうになる。寸前のところで押し止めたのは、英断だっただろう。薄暗い通路のなか、立ち込める埃の下、エイミーが覆い被さるようにして俺の腹に倒れていた。


「大丈夫か、エイミー」

「いたた……。わっ!? だ、大丈夫。ごめん、重かったよね」


 気がついたエイミーは慌てて俺の上から飛び退く。レティたちも埃を払い、立ち上がる。なんとか全員無事に揃っているようだ。


「ひとまず、シフォンのおかげで助かったな」

「えへへ。風水的に考えると、ここに通路の扉があると思ったんだよね」


 思わぬ突破口を開いてくれたシフォンを労うと、彼女は照れた顔で笑う。彼女が風水師として知識を集め始めてまだ日が浅いが、その力はとても頼もしい。


「それじゃ、とりあえず帰るんだけど……」


 ラクトが周囲を見渡し、首を傾げる。


「どっちが帰り道?」

「さ、流石にそこまでは分かんないなぁ」


 彼女の問いに、シフォンも弱る。そもそも第一拠点自体がマップ表示されず、秘匿通路となればプレイヤーによる調査もできていない。どこへ進めばどこへ辿り着くのか、皆目見当もつかない。


「レッジさん、レティが良い事を教えてあげましょう」

「なんだ?」

「左手の法則というものがありまして……」

「結局運ゲーじゃないか」


 知ってはいたが、レティも相変わらずだ。

 どうしたものかと途方に暮れていると、突然シフォンが耳をぴくんと揺らした。


「あそこ!」

「どうした?」


 彼女が秘匿通路の奥を指さす。驚いてそちらに視線を向けると、暗闇の中に金色の眼が浮かんでいた。


「グレムリン!」

「ここで会ったが百年目! 倒しましょう!」

「ちょ、レティ!」


 その存在を認めるや否や、レティが猛然と駆け出す。どうせ帰路が分からないのなら、それを追うのもやむなしだろう。

 俺たちも頷き合い、レティの後を追いかけた。


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Tips

◇偽装構造壁

 DWARFによって建設された施設に見られる構造壁の一種。通常の構造壁と異なり、異常なほどの強度はない。DWARFが使用する秘匿通路と接続していることが多く、強引に破壊して侵入することもできる。


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