第819話「愛嬌の少女」

 焦土と化したシード01-スサノオ工業区画は、大量の土木工事用建設NPCと調査開拓員の投入とスサノオの的確な指揮によってものの数日で九割方が復旧した。シフォンをはじめとする風水師の助言もあり、風が良く通り過ごしやすい構造になったのは、怪我の功名と言っても良いだろう。

 今回の事件を巻き起こした張本人であるネヴァも、多額の賠償金を支払い、工事に全面協力することでスサノオから工房再開の許可を獲得した。彼女は自身のメイドロイドであるユアと共に、新生ネヴァ工房の準備を始めていた。


「よし、防爆扉完成っと。ユア、これそっちの部屋に持っていってちょうだい」

『了解です、マスター』


 せっかくの機会だということで、ネヴァは新たな建物を購入し、店舗としても工房としても使いやすいように改造を施していた。その日は、大体の間取りが決まったため本格的な補強工事を行っていた。

 ネヴァが大型の高性能作業台を用いて作成した分厚い防爆扉を、ユアが台車を使って運んでいく。


「普段と同じ場所で危険な作業をするから危ないのよね。原始原生生物を扱う時専用の部屋を用意すればいいのよ」

「そういうもんですかねぇ?」


 一仕事終えて息をつくネヴァの言葉に、同席していたレティが胡乱な目を向ける。彼女がやってきたのは、ネヴァに頼まれていた生物素材系のアイテムの納品と、爆炎の中で有耶無耶になっていた機械鎚の改造について話し合うためだった。

 ゴチャゴチャと混沌の様相を呈していたネヴァの工房は、心機一転。広々とした空間に余裕を持って各種生産設備や大型の保管庫が並んでいる。壁は通常の構造壁からネヴァ謹製の特殊高耐久衝撃緩衝多層装甲壁へと置換され、多少の爆発ではびくともしない造りになっている。更に、ユアが台車を押して入っていった特殊作業部屋は、工房の中でも更に耐久性を重視して作られた小部屋だ。今後、また大規模な爆発があったとしても、その部屋の中で作業していれば外には漏れ出さない。


「そもそもスサノオさんから花の密輸の件で怒られてましたよね? 産業廃棄物処理場の監視もキツくなったらしいですし」


 レティが耳を倒して言うと、ネヴァは不敵な笑みを浮かべてそれに応じた。


「ふふん。私が抑えてるルートがそれだけだとでも?」

「次また町をぶっ壊しても、レティは共犯じゃないですからね!」


 もう聞きたくない、とレティは耳を抑える。ネヴァはくすくすと口元を隠して笑うと、別の建材の作成に入った。


「でも、ユアさんも無事でよかったですよ」


 真新しいソファに身を沈め、レティは荷物の整理をしているメイドロイドの少女を見ながら言う。

 ユアという名のメイドロイドは、ネヴァが初めて雇い、今日まで雇い続けているベテランのメイドだ。明るい茶髪を短いポニーテールにして纏め、純朴な顔立ちをしたタイプ-フェアリー機体の少女である。

 ネヴァやレティとは異なり、メイドロイドのユアは機能停止すればサルベージが不可能となる。そのため、先の爆発の際にも三人のなかで一番危うい存在だったのだ。


『大丈夫ですよ! 私、マスターのトラブルには慣れてるので!』

「それもどうかと思うって話なんですよ」


 レティの視線に気がついたユアがぺぺーんと胸を張って誇らしげに言いきる。たしかに、爆発時の彼女の行動は迅速だった。低温高圧状況下で爆発が僅かに遅れた、あの刹那の時間で、彼女は床下のシェルターの蓋を開き、ネヴァとレティが滑り込むのと同時に施錠した。あの洗練された機敏な行動がなければ、ユア自身が喪失していたことだろう。


「困った雇い主が居た時は、人事部に連絡したら転職できるそうですよ」

「ちょっと、なに人のメイドさんを唆してるのよ」


 レッジから聞いた話をユアに伝えるレティ。そのあたりの人事的な制度が、NPCでもきちんと機能しているあたりがFPOの複雑な世界感を構成している一要素だ。


『大丈夫ですよ。私、マスターにはご恩があるので』

「ご恩?」


 およそロボットらしからぬ発言に、レティが首を傾げる。シンプルなメイド服を着た少女はあどけない笑みを浮かべ、主との出会いを語り始めた。


『私は上級NPCではあるんですけど、職業適性検査試験の成績はあまり良くなくて。協調性の項目だけは満点だったんですけど』


 恥じらう少女。

 どこかの赤髪のメイドさんとは正反対なのだな、とレティは胸の中で零す。


『それで、協調性だけでメイドロイドに配属されたんですけど、どこに行っても長続きしなくて』

「そうなんですか?」

『はい。バケツをひっくり返したり、壺を割ったり。体力もないので、お昼寝しないと夜まで働けないし……』

「メイドロイドって言っても、個体差は結構あるんですね」


 カミルとT-1という特異な例しか知らないレティからすれば、ユアがどれほどの能力を持っているのかよく分からない。とはいえ、恐らくは平均的なメイドロイドであることには変わりないのだろう。


「ユアの前で言うのも何だけど、メイドロイドガチャっていうのがあるのよ」

「ガチャですか?」


 作業を終えたネヴァが口を開く。その言葉に不穏なものを感じ取って、レティが柳眉を寄せる。


「カミルちゃんみたいに特殊な任務や依頼を経て契約できるメイドロイドは能力が全体的に高いけど、普通に契約するユアみたいなメイドロイドは何かしら得手不得手があるものなのよ。だから、自分に都合の良いメイドロイドと契約できるまで、雇用と解雇を繰り返すっていうの」

「へええ。なんだか、酷い感じがしますね」


 極論、彼女たちはNPCだ。だから、プレイヤーである調査開拓員がそのようなことをしても何も5問題はない。しかし、こうして自由に会話ができる程の知能を持つ存在であることも確かであり、レティは複雑な心境だった。


『調査開拓員の皆さんとも相性がありますから。私にはなかなかご縁が回ってこなかったんです』


 しかし、ユアは健気に笑みを浮かべて言う。彼女は様々な主の許へ出向いては短期間で解雇され、また戻ってくるということを繰り返していた。


「私がユアと出会ったのって、メイドロイド実装から間もなかったしね。その間にメイドロイドと契約しようっていうのは効率厨っぽい所があるでしょ」

「なるほど、それもそうでしょうね」


 ネヴァの補足に、レティはぽんと拳を打つ。


『それで、いよいよ高級機械人形格納庫に行くのかなって思ってたんです』


 それは中枢制御塔二階にある、職のない上級NPCたちが収容される場所だ。かつてのカミルもそこにいた。そこで一定の期間を無為に過ごし、職に就けなかったものはスクラップにされる。


『でもそこでマスターと出会ったんです』

「私はとりあえず、店番ができる人なら誰でも良かったのよ」


 暗い表情から一転、キラキラとオレンジの瞳を輝かせて主を見上げるユア。その視線に気恥ずかしそうに手を振り、ネヴァは言い訳じみたことを言った。


「協調性が高い子は接客が上手だから。基本的にカウンターに座って応対してくれればいいし、営業時間的にお昼寝タイムも十分取れるし、都合が良かったのよ」

『でもでも、マスターは私の身長に合わせて家具も作り直してくれましたし、トラブルが起きたらすぐに来てくれますし!』

「店舗が騒がしいと集中して作業できないのよ!」


 満面の笑みを浮かべてネヴァの腰に抱きつくユア。彼女を引き剥がそうとネヴァがぐいぐいと手を押しつけるが、一向に離れる気配はない。


「なるほど、これがツンデレって奴ですか」

「誰を見て何を言ってるのよ!」


 珍しく押されているネヴァを見て、レティは興味深く頷く。普段はレッジに対するカミルのツンケンとした態度しか見ていないため、このようなメイドロイドと主の関係は新鮮だった。


「はぁ……。それに、メイドロイドも頑張れば成長できるのよ。今ではユアも結構体力付いてきたしね」

『んふふー』


 引き剥がす事を諦め、腰にユアをぶら下げたままネヴァが言う。メイドロイドが成長するという事実は、レッジがカミルに〈杖術〉スキルを習得させたことで一気に広まった。今では、それを元に戦うメイドロイド部隊を育成する教官系プレイヤーもいるほどだ。


『私もマスターの頼みとあらば、フィールドで原生生物をばったんばったんと!』

「良いわよ、別に。私自身がフィールドには出ないもの」


 意気込むユアを、ネヴァは素気なくあしらう。純生産職である彼女にとっては、今のままでも十分な働きをしてくれている。


「それより、ここにあるやつを倉庫に運んでくれると嬉しいわね」

『分かりました! 任せて下さい!』


 ネヴァができたばかりの建材をぽんぽんと叩いて示すと、ユアは早速動き出す。タイプ-フェアリーの体格に合わせ、使いやすいように調整された台車に荷物を載せて、鼻歌を口ずさみながら奥の倉庫へと運び込んでいく。

 その姿を見て、レティがぴくんと耳を揺らした。


「あの曲、もしかしてミネルヴァの新作ですか?」

「えっ!? あ、ああ。そうだったかしら?」


 ユアの奏でるメロディーは、レティにとっても聞きおぼえのあるものだった。というより、町を歩けばどこからか必ず流れてくるほどの人気な曲である。


『マスター、よく作業中に歌ってるんですよ!』

「ユア!」


 倉庫の影から顔だけ覗かせ、ユアが白い歯を覗かせて言う。頬を赤くしたネヴァが拳を振り上げると、彼女は可愛い悲鳴を上げて身を引いた。


「ネヴァさんも好きなんですねぇ」

「そうね……。まあ、仕事中も良く聞いてるし、自然と」

「分かります! 耳に残るんですよね」


 何を隠そう、レティもこう見えて今を生きるキャピキャピの女子大生である。こういった流行り物には人並みに敏感である。だというのに、レッジやミカゲは当然の如く、エイミー、ラクト、トーカもあまりディープな話はできない。唯一シフォンが話せるくらいだが、それだけでは物足りない。

 こんな所に話せる人物がいたとは、とレティは感激し耳を振る。


「もしかして、ネヴァさん……」

「な、何かしら?」


 期待の籠もった瞳で、詰め寄るレティ。ネヴァが額に汗を滲ませる。


「ミネルヴァのダンスも踊れたりします? お尻振るやつ!」

「な、なんだそっちか……」

「そっち?」

「なんでもないわよ。――いやぁ、ちょっとダンスまでは」


 首を傾げるレティに手を振りながら、ネヴァは苦笑する。そこへ、空の台車を押してユアがやってくる。


『マスター、踊れますよね。鏡の前でいっつも――』

「ああもう! ユアはコーヒーでも淹れてきなさい!」

『了解です、マスター!』


 主の指示にメイドロイドの少女は目を輝かせて動き出す。その背中を見送り、ぐったりと肩を落とすネヴァに、レティが優しい笑みを送った。


「ネヴァさんも案外可愛いですねぇ」

「請求金額倍にするわよ!」


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