第818話「風水師の活躍」

 シフォンが風水師デビューを果たした翌日、俺たちは〈スサノオ〉にある工業区画の一角へとやって来ていた。そこは見渡す限りの瓦礫の山と焦土が広がっており、無数の建設用NPCがせっせと復旧作業に勤しんでいる。

 非戦闘区域がなぜこのような凄惨たる様相を呈しているのか。その理由は、頭上に赤いビルボードを強制表示させられているネヴァが原因だった。


「ネヴァが扱いをミスるのは珍しいな」

「ちょっとしたハプニングがあったのよ……」


 “私が町を爆破しました”というビルボードの下でしょんぼりと肩を落とすネヴァ。工業区画の一角が焦土と化したのは、彼女が“昊喰らう紅蓮の翼花”の弱体種の扱いに失敗し、暴発させたのが原因だった。

 彼女の隣では、同じく赤いビルボードで“私がコーヒーをぶちまけました”という文言を表示させているメイドロイドの少女もいる。


「まあ、全員無事だったのは不幸中の幸いでしたね。原種だと町諸共滅亡してたってスサノオさんも言ってましたし」


 爆心地にネヴァと共に居たというレティもそう言って肩を竦める。ちなみに彼女も今回の事件の共謀者として色々とペナルティを受けている。


「念のため、工房の耐爆装甲を増設してたのよ。他のNPCにも損害は出なかったみたいだし、罰金も5,000Mビットくらいで収まったし」

「ご、5,000メガ……」


 ネヴァのさらりと漏らした罰金額に、ラクトたちが絶句する。流石、ひとりで〈ダマスカス組合〉や〈プロメテウス工業〉と鎬を削る名工、よく稼いでいるらしい。

 幸いと言って良いのか、今回の一件以前にも頻繁にヒヤリハットは発生していたようで、ネヴァは工房の防御設備を常に最新のものにしていた。ついでにいえば、彼女もメイドロイドであるユアもこういった事態に慣れていたため、工房内のシェルターにレティと共に避難することもできていた。


『あぅ。ぜんぜん良くないよ……』


 そんな犯人達に苦言を呈するのは、突然町を爆破された管理者スサノオである。今回の彼女は純然たる被害者であるうえ、大規模な特殊開拓指令の期間中、しかも特殊作戦“五穀豊穣”の併合後というなかなか慌ただしいタイミングでの出来事だったため、様々な方面で事後処理に奔走しているらしい。

 今回もこうして現場監督として出てきているが、本体の中枢演算装置はフル稼働しているはずだ。


「本当にすみません……」


 ネヴァは管理者に叱られ、珍しく気弱だ。しょぼしょぼとしながら、都市復旧に必要な建材を量産している。出来上がった建材は、レティや復旧任務を受注した調査開拓員、そしてNPCたちによって現場に運ばれていく。


「あ、その建材はあっちの2-5エリアに持ってって下さい!」


 そして、ネヴァたちと共に元気よく働く少女もそこにいた。三角の耳をぴこんと動かし、ふわふわの尻尾をふりふり、建材を運ぶプレイヤーに指示を送っている。

 狐耳を忙しなく動かしていた彼女は、こちらの視線に気がついて手を振ってきた。


「シフォンも頑張ってるなぁ」

「風水師はまだまだ少ないから。貴重な人材」


 都市の復旧作業に際して、三術連合からは風水師が派遣されていた。シフォンも連合に所属してこそいないが、ミカゲの紹介でプロジェクトに参加していた。

 風水師の仕事のひとつに、地理風水というものがある。大規模な都市などの建設の際に吉凶を占うもので、スサノオは今回それを積極的に取り入れようとしていた。


「ふぃー。なかなか大変ですね!」

「お疲れさん。なんか飲んで休んでくれ」


 シフォンが戻ってきて、用意していた椅子に腰を下ろす。彼女も常に風水系のテクニックを使いながら指示を出していたため、疲労が溜まる。しかし、表情はさっぱりとしていて、やり甲斐も感じているようだ。

 彼女はキンキンに冷やしてあったコーラを喉を鳴らして飲み乾し、ぷはっと爽快な声を上げた。


「戦わなくても〈占術〉スキルがぐんぐん上がるのは楽でいいよ。自分が荷物を運ぶわけでもないしね」


 一生建設監督をやってたいよ、と虫の良い事を言うシフォン。もともと〈占術〉スキルは生活系スキルとしての側面もあるため、必ずしもフィールドで戦わなければならないわけではない。アリエスも普段は街中で占天宮という占い小屋をやっているのだ。

 とにかく、突然降って湧いた仕事のおかげで、シフォンの〈占術〉スキルレベリングは順調に進んでいるようだ。


「シフォンが風水師になったってことは、今後は拠点ガレージの内装とか任せてもいいってこと?」

「もっちろん! そっちも陽宅風水っていって、風水の一分野なんだよ」


 胸を張るシフォンに、ラクトが期待の目を向ける。俺たちがメインの拠点として使っている海岸沿いの別荘は、各々が適当に買ってきた家具を適当に配置しているだけだからな。最近は少し混沌としてきている様子も否めない。


「いっそわたしの部屋もシフォンに片付けて貰えたらいいのになぁ」

「わたし、別にお掃除のプロってわけじゃないからね?」


 何やらリアルの事を考えているラクトに、シフォンが困り顔で釘を刺す。というか、前々から言葉の端々に滲み出ていたのだが、ラクトの部屋はそういう感じなんだろうか。


「レッジ、何か失礼なこと考えてない? 流石に足の踏み場くらいはあるからね」

「なるほど。だいたい把握したよ」


 ラクトは仮想現実こっちでも雑誌を放置してはエイミーに小言を言われてるからな。推して知るべし、といったところだろう。


「レティの部屋は綺麗ですよ!」

「そうなの? 意外だなぁ」


 そこへ、新しい建材を取りに来たレティが首を突っ込んでくる。彼女はしもふりに荷物を積み込みながら、得意げな笑みを浮かべて鼻を鳴らす。


「レティは綺麗好きですからねぇ。ちゃんと毎日シーツまで換えて貰ってますから」

「意外ねぇ。てっきり、レティもラクトと似たり寄ったりかと思ってたわ」


 耳を揺らすレティに、エイミーが瞠目する。彼女に巻き込まれたラクトがむっとして話の矛先をそちらに向けた。


「そういうエイミーはどうなの? 洗濯物が3日分溜まってたりするんじゃないの?」

「しないわよ、そんなの。ていうかほとんどモノが無いから散らからないのよねぇ」


 エイミーはそういって苦笑する。彼女はいわゆる――なんだっけな?


「ミニマリストってやつ? 憧れるけど、私には無理ねぇ」

「それだそれだ」


 探していた言葉を放ったのはネヴァである。たしかに、彼女はリアルでもモノを溜め込みそうな感じがする。


「そう言うわけじゃないんだけどね。基本仮想現実こっちか外にいるから」

「なるほどね。私はどうしても衣装とか沢山置いてるから……」


 ふむ。自室というのは誰にとっても色々と考えることが多いらしい。俺はまあ、あんまり意識した事はないが。特にここ数年は考えた事もなかった。


「みんな誤解してるかもしれないけど、風水ってお掃除テクニックとかそういうんじゃないからね? 分かってる?」


 雑談に盛り上がるレティたちに、シフォンが再び釘を刺す。

 ゲーム内でいう陽宅風水とは、ガレージ内の家具の配置や色を整理することで、耐久値の減少を抑えたり、金運を上げたり、そういったバフを極微弱なものだが追加する、といったもののようだ。家具を全部金色に揃えたからといって、突然狩りの稼ぎが何十倍になるわけではない。


「まあ、そのうち拠点の方も色々見てくれよ。俺はそういうセンスないし」

「センスって言われると、わたしも自信ないんだけど」


 ぽんと肩に手を置くと、シフォンは難しい顔で眉を寄せる。

 しかし、彼女はこれまでもちょこちょこ市場マーケットで買ってきた人形や置物を棚に並べていたりするし、今後も好きにやってもらえるとありがたい。

 掃除などの維持作業は、カミル達と俺がやるのだから、何事も分担である。


「そういえば、DWARFの第一拠点とかって風水的にはどうなんですか?」

「うええ? 気にしてなかったなぁ」


 素朴なレティの問いに、シフォンは首を傾げる。そもそも彼女が風水師になったのは昨日のことだから仕方ないのだが。しかし、その話題は管理者の興味を惹いたようで、スサノオがこちらにやってくる。


『あぅ。これまでの調査で、第一第二重要情報記録封印拠点がどっちも太い龍脈レイラインの上にあることは分かってるよ』

「へぇ。そうだったんですか」


 スサノオの口から明らかになった事実に、レティが目を丸くした。俺も初耳だったが、ミカゲは知っていたらしく軽く頷いている。その件も三術連合で調査していたのだろうか。


「それなら、内部的にも何かしらあるかも知れませんねぇ」


 龍脈レイラインは対外的には強力なエネルギーの流れとして観測できるが、より本質的には三術スキルの分野に入ってくる。それをDWARF側が意識して利用しているのであれば、何かしらの繋がりはあるのかもしれない。


「せっかくだし、後で調べてみようか?」

『あぅ。ぜひお願いします』


 スサノオがペコリと頭を下げる。シフォンは張り切って頷き、細い腕で力こぶを作って見せた。


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Tips

◇地理風水

 〈占術〉スキル風水系統の一分野。広大な土地に跨がる大規模な建造物群の建設などにおいて土台となる気の流れを読み取り、適切な配置などを研究する。龍脈を始め、大地を構成する様々な力の相関に直接影響を与えるため、特に規模の大きな作業となる。そのため、大抵の場合は風水師複数人で行う一大事業となる。


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