第817話「風水師の第一歩」

 シフォンと共に第一拠点の第十一階層を奥へ奥へと進み続ける。立ちはだかる改造機たちとの戦いのなかでシフォンは成長を続け、〈占術〉スキルも順調にレベルが上がっていた。

 危なげなく百足型の改造機を倒した後、シフォンは大きな稲荷寿司を頬張りながらスキルウィンドウを確認して口元を綻ばせる。


「よしよし、〈占術〉スキルがレベル40になったよ」

「やっぱり速いなぁ」

「まあ、パワーレベリングしてるようなものだからねぇ」


 シフォンの〈占術〉スキルの成長速度は以上に速い。その理由は、第一拠点内かつモデル-ヨーコ機体であるためにスキルの威力が上がっているからだ。それにより、本来は圧倒的格上であるはずの第十一階層の改造機に対しても有効なダメージを与える事ができている。

 本来の適正なスパー相手よりも強い敵を倒す事で、より多くの経験値を獲得しているのだ。


「定期的に稲荷寿司を食べなきゃならないのは大変だけど、すくすくレベリングできるのはありがたいよね」


 稲荷寿司を食べ終え、親指をペロリとなめてシフォンは息を吐く。耳をぴくぴくと動かして、狐娘にも慣れてきた様子だ。


「レベル40になったら何か変わるのか?」


 シフォンは前々から〈占術〉スキルのレベル40を目標にしているようだった。その理由を知るため、問いを投げかける。彼女はひとつ頷くと、得意げな顔をして指を立てた。


「まず、『占眼』の効果時間が再使用可能時間クールタイムよりも長くなるから、LPの続く限り常時発動ができるようになるの」


 シフォンの戦闘スタイルは、軽装での回避メインだ。以前は自身の動体視力と瞬発力だけで敵の攻撃を掻い潜っていたが、今では『占眼』という敵の攻撃を予測するテクニックも併用して更に回避力を上げている。

 そのテクニックが常に使えるとなるとより一層隙が無くなるわけで、彼女の生存力が一段と上がるというわけだ。


「でも一番の理由は風水系のテクニックが使えるようになるからだね」

「風水系?」

「装備品の色を揃えて運気を上げたり、フィールドの特性から特殊な効果を発揮したり。支援特化の系統だよ」

「ははぁ。そんなのもあるんだな」


 どうやら、シフォンは前々から〈占術〉スキルの方針を定めていたらしい。

 風水系というのはあまり耳馴染みがなかったが、よくよく考えると俺もそれに触れていたことがある。


「上級源石ガチャする時に、アリエスから教えて貰ったゴージャス装備を固めていったのも風水か」

「そうそう。黄色は金運上昇って感じだね」


 海底神殿の一室で行う、未鑑定源石を研磨して上級スキルの源石を手に入れる通称“源石ガチャ”で、俺はアリエスから助言を貰って装備を揃えていた。あれも風水の一種だったのだ。


「戦闘面でいうと、風水師はフィールドの広範囲に影響を及ぼす支援テクニックが使えるんだ。それなら、タロットカードほど出力の不安定さはないし、レッジさんたちもフォローできるし」

「なるほど。シフォンは賢いな」

「へへへ」


 新たに鍛えたスキルを自分のためだけでなく、俺たちパーティメンバーの支援にも使えるように考えてくれるとは、とても優しい子じゃないか。感心して褒めると、彼女は照れた様子で首元に手をやった。


「で、風水系を戦闘に取り込んだら、それはそれで結構ややこしい事になるんだよね」

「そうなのか?」

「うん。こういうのを使うんだけど――」


 そういってシフォンが取り出したのは、八角形をした平たい板だった。どうやら八方位が書かれているようで、それぞれの方位に“生気”“天医”“延年”“伏位”“絶命”“五鬼”“六殺”“禍害”と書かれている。


「八宅盤っていうの。これを使って、相手のことを占って、吉方位と凶方位を割り出すの。で、それを元に適切な方角から殴れば色々な効果が発動するって感じ」

「や、ややこしいな……」

「方位を探って凶方から相手を殴れば威力倍増!」

「なるほど。理解した」


 説明を聞くに、風水師の戦い方は方位が重要になるらしい。それを調べるために八宅盤を使用して、対象の吉凶を確定する。その上で、対応する方位から殴る。なるほど、忙しない。


「めちゃくちゃ面倒くさくないか?」

「多分、フル活用するのは倒すのに時間が掛かる大物だけだね。いちいち雑魚の吉凶を占うより、直接殴った方が早いだろうし」

「だよな」


 シフォンもその煩雑さは分かっている様子で、すっぱりと割切った顔で言う。そもそも、八宅盤を使わずとも風水師は色々活躍できるらしいから、普段はそちらが主力になるのだろう。


「そういうわけだから、早速使ってみても良いかな?」


 うずうずとしながら、シフォンが立ち上がる。彼女の視線の先、暗い曲がり角の奥から、赤い肌の筋骨隆々とした大男が現れた。半開きにした口元から泡立った唾液を垂らし、鉄片を寄せ集めた歪な棍棒を引き摺っている。


「レッジさんは見てるだけで良いよ」

「はいはい。頑張ってな」


 その異様な風貌に物怖じすることなく、シフォンは胸を張って立ち向かう。彼女の存在に、向こうも気がついたらしい。雄叫びを上げ、棍棒を振り上げ走り出す。

 シフォンは冷静に、八宅盤を水平にして視線を鋭くする。


「『卦相眼』」


 八宅盤が光る。恐らく、彼女の瞳も輝いているのだろう。

 それと同時に、走り寄ってくる改造機の腰当たりに八角形の輪が現れた。足元に八宅盤と同じ模様が浮き上がり、ルーレットのように赤と青に点滅する。そして、八つの方位が定まった。


「疾ッ!」


 瞬間、シフォンが走り出す。

 改造機が鉄の棍棒を振り下ろし、彼女を潰そうとする。それを易々と掻い潜り、壁を蹴って背後に回る。更に方位を合わせ、北西の方向から溶岩の大槌で殴る。


「せいやっ!」


 通常、改造機に対してシフォンの攻性機術は若干力不足だ。特に、今回の大男――虚鎧をベースにした改造機に対しては。しかし、そんなことは関係ないと言わんばかりに、シフォンの打ち出した大槌はその巨腕を砕いた。


「北西、五鬼、白色。良い感じに噛み合ってくれて良かったよ!」


 怯んだ敵に油断なく間髪入れず追撃しながら、シフォンが歓声を上げる。どうやら、彼女の髪色である白とも占いの結果が合っていたらしい。

 そのせいか、彼女が鎚、斧、鞭、剣など機術製の武器を振るう度、大男のHPは面白いほどに削れていく。


『オォア、オ゛オ゛オ゛オ゛ッ!』


 しかし、向こうも黙って殴られている訳ではない。そのタフネスは見た目からも分かるとおり、非常に高い。身を翻し、棍棒でシフォンの攻撃を阻む。


「くっ。こっちは君にとって吉方なんだよね」


 シフォンは改造機の背後に回り込もうとするが、そちらは都合が悪いらしい。たしかに、彼女が先ほどと同じく攻撃を加えても、半分以下のダメージしか入らない。


「『風水励起・土の相生』」


 状況の変わったシフォンが次の手に出る。

 彼女の発声と共に、改造機の足元が泥濘み、その身体が沈み込む。即座に硬化した地面は、がっちりと改造機の足首を掴んでいた。


「『風水励起・火の相克』『燃え盛る紅蓮の拳』」


 更にシフォンは行動を続ける。動きの拘束された改造機に向けて、更なるテクニックを発動させた。その後に猛烈な勢いでうねる炎を拳に宿し、相手の胸板を叩く。


「破ァッ!」


 ダン、と鈍い音が響き、改造機の分厚い胸に穴が開く。肉に包まれていた内部の機体が露わになり、鉄片が周囲に吹き飛ぶ。

 それでもなお動こうとする改造機に、シフォンは冷静に引導を下す。

 燃え盛る巨槍に頭を潰され、それはようやく沈黙した。


「ふぅ。だいたいこんな感じだね」


 シフォンはこちらへ振り返り、額の汗を拭って晴れ晴れとした表情を見せる。彼女の風水師としての第一歩は、順調な滑り出しだった。


_/_/_/_/_/

Tips

◇風水

 〈占術〉スキルによって知覚し、扱えるようになる概念。環境、方位、色などに相関を見出し、陰陽思想、五行思想に基づいてそれらを操作することにより、特殊な効果を発揮する。


Now Loading...

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る