第816話「創作は爆発だ」

 レッジがシフォンと共に第一拠点の深部へと潜っていた頃。レティは武器のメンテナンスのため、〈スサノオ〉工業区画にあるネヴァの工房を訪れていた。

 普段はメイドロイドが接客をし、狭い中に人が寿司詰めになっている店も、今日はフレンド以外の侵入制限が掛けられており休業日となっている。

 閑散とした店内にはネヴァとレティの二人だけ。メイドロイドは暇そうに壁際で突っ立っていた。


「すみませんねぇ。いつもいつも」

「ほんとよ、全く。もうちょっと丁寧に扱ってくれたら、こんな高頻度で直す必要もないんだけど」


 ぺこぺこと頭を下げて笑うレティに、ネヴァが眉を上げる。彼女の手元にあるのは、度重なる乱暴な扱いによってボロボロになった“鮫頭蓋の大槌シャークヘッドハンマー”である。

 打撃属性の武器はその性質上、他の武器よりも耐久値がかなり高めになっているものだが、レティの戦闘スタイルはそれでも追いつかないほど武器を酷使するものだ。特に最近は硬い石塔をぶち壊し、厚い金属装甲を打ち砕き、耐久値を湯水のように消費していた。

 結果、普段の定期メンテナンスだけではおいつかず、ネヴァに助けを求めたのだ。


「やっぱり、機械警備員を殴ると結構消耗しちゃうんですよね。でも、第十一階層からは生身っぽい原生生物ばっかりなので、少しは落ち着くと思います」

「それだといいんだけどね。まあ、壊れる前に持ってきてくれれば直してあげるわよ」


 ぐっと拳を握りしめて宣言するレティに、ネヴァは半信半疑の視線を送る。そうして、時間も惜しいと早速作業台に向かう。


「ああ、コーヒーでもいれようか?」

「お構いなく。修理作業を見てるのも結構好きなんですよ」

『マスター、私が淹れましょうか?』

「あなたはそういうのしなくていいからね」


 仕事か、と目を輝かせるメイドロイドを宥めつつ、ネヴァは修理作業に入る。

 武器や防具には耐久値というものが設定されており、攻撃したり被弾したりといった行動のなかで徐々に消耗していく。耐久値がゼロになった場合は問答無用で破壊され、二度と復元できない。

 応急修理用マルチマテリアルという、戦闘の合間に使う事で耐久値を回復できるアイテムも存在するが、それもあくまで応急修理だ。それを使うと耐久値の上限が徐々に下がっていき、壊れやすくなる。耐久値を保つ、もしくは上限を拡張しながら修理するには、本職の生産者による修理が必要だった。


「鮫素材も最近少ないのよね」

「やっぱり、ヤヒロワニができたら皆すっ飛ばしますもんね」


 修理をしながらネヴァがぼやく。オノコロ島とホノサワケ群島の間に跨がる海に多くの鮫が生息しているが、高速海中輸送管ヤヒロワニが整備されたことで、そこで狩りを行うプレイヤーが減少した。

 “鮫頭蓋の大槌”はその名の通り鮫の骨を使ったハンマーであり、修理にも鮫の骨を利用する。更に、分類的には特大武器というカテゴリに入る大型の武器であるため、必要な量も多い。


「修理素材の入手性で言えば、やっぱり金属武器が一番ですよね」

「そうね。でも、生物素材の武器は面白い特徴が付くから、作ってて楽しいのよ」


 武器は大別して、木材を主として軽量であることを利点とする木製武器、金属を使い重量はあるが攻撃力も高い金属武器、そして原生生物のドロップアイテムを使用した生物武器の三種類がある。

 生物武器は素材となる原生生物の能力に類した特殊な力を持つこともあり、ネヴァはそれを気に入っていた。

 “鮫頭蓋の大槌”にある特殊能力は、水中戦闘時に攻撃力が上昇するものと、対象が出血状態の際に攻撃力と破壊力が上昇するものだ。前者はともかく、後者はトーカと共に戦闘していればそれなりに発動する機会が巡ってくるため、レティとしても嬉しい特殊能力だった。


「そうだ、ネヴァさん。ちょっと見て貰いたいものがあるんですけどいいですか?」

「ちょっと待ってね……。――よし、いいわよ」


 “鮫頭蓋の大槌”の修理が終わったタイミングで、レティは工房の大きな作業机の上にアイテムを載せる。

 それは重量感のあるずっしりとした漆黒の大槌だった。艶のある滑らかな表面で、重量はレティの豪腕でもギリギリ持ち上げられるかというほどに重たい。


「これは?」

「“虚鎧の大戦槌”っていうアイテムです」

「武器じゃないのね」


 ネヴァが早速鑑定をする。

 それは明らかに武器の形状をしており、武器として使用されていたものだが、レティたち調査開拓員にとっては武器ではない。これは第一重要情報記録封印拠点内の機械警備員が持っていたものだ。


「これって武器にはなりませんか?」

「多分、何かしらやればできると思うけど……」


 その大槌の鑑定結果に“そのままでは武器として運用することはできない”という一文を認めて、ネヴァは曖昧に頷く。“そのままでは”ということは何か手を加えれば武器として扱えるということだろう。しかし、どうすればいいのかは彼女のも検討が付かなかった。


「原生生物から武器そのものがドロップするのは初めてのことですからね」

「そうねぇ。ていうか、今の段階で武器化されてるって情報がないことは結構厄介な代物じゃない?」


 ネヴァの言葉にレティは耳を揺らして笑う。

 実のところ、“虚鎧シリーズ”と称されている武器と防具は既にいくつもドロップしている。レティが持ってきたのは、彼女が使いたいと思ったからだ。

 しかし、これらは機械警備員たちの武器であり、調査開拓員の武器ではない。天叢雲剣と接続できるわけでもない。それでもネヴァならどうにかできるのではないかと、レティは持ち込んだのだ。


「預かっても良いなら、こっちで色々調べてみるけど?」

「ありがとうございます。結構いっぱいドロップしますし、他の武器もちょこちょこ持ってきますよ」

「サンプルは多い方がいいし、ありがたいわね」


 とんとん拍子で話が進み、レティが持ち込んだ大槌はネヴァに引き取られる。彼女ならば何かしらの成果は出してくれるだろうと、レティは期待に胸を膨らませた。


「そういえば、トーカとシフォンが新しい機体になったんだっけ?」

「うわ、やっぱり広まってます?」

「ニュース系サイトは大体どこもそのこと記事にしてるわね」


 トーカとシフォンがそれぞれ“アヤカシモデル”に機体を変えたことは、彼女たちの所属も相まって広く知れ渡っていた。それぞれの欠陥に関しても詳細に報じられていたようで、ネヴァは災難だったわねとレティを労った。


「レティは別にいいんですけどね。トーカが酔いすぎるとちょっとうざったいくらいで」

「トーカの方はアップデートがあって結構収まってきたんだっけ?」

「多少は、といった所ですけど。問題はシフォンですねぇ」

「そっちはデバフ自体が消えないんだもんねぇ」


 モデル-オニ機体の“血酔”に関しては、イベントの進行と共に研究も深まり、当初ほどの悪酔いはしないようになっていた。今では“血酔”の酩酊感が心地よいと言うプレイヤーまでいるほどだ。

 目下の所の問題は、やはりモデル-ヨーコである。カルマ値の制定や“清らかな稲荷寿司”の開発など、進捗もあるものの、根本的な解決には至っていない。


「ミカゲも三術連合の方で忙しいみたいで、毎日慌ただしいですよ」

「ガッツリ絡んでるもんね。三術系絡みの任務も増えたんでしょ」


 モデル-ヨーコの登場により、三術系スキルは良くも悪くも注目されている。そのため、三術連合も最近は活発に動いていた。

 指揮官、管理者側としても三術系スキルの解析は急務と判断しているようで、それらの所持を条件とする任務が増えている。


「みんな新しい事始めて、忙しそうでちょっと羨ましいですよ」

「レティは基本殴ってるだけだもんね」

「それはそうですけど……」


 ネヴァにばっさりと切られ、レティは唇を尖らせる。間違っているわけではないが、本人としては色々と考えながら殴っているのだ。


「あっ、そうだ! ネヴァさん、こっちも見て貰って良いですか」


 むくれていたレティがぱっと表情を変え、別のハンマーをテーブルに載せる。複雑な金属部品が無数に絡み合って構成された、巨大な金属製のハンマーである。ヘッドの後部からは太い円筒が何本も突き出し、シリンダーがシャコシャコと動いている。

 レティがネヴァと共に長年開発と改造と改良を繰り返している機械鎚、“正式採用版大型多連節星球爆裂破壊鎚・・Mk.10・Ver99~最新版(完全)(最終モデル)(ぜったい)~”だ。


「またこれ改造するの?」

「えへへ。やっぱりまだ爆発力が足りない気がして」

「もう結構な威力になってると思うんだけどなぁ」


 そんなことを言いつつ、ネヴァも口元を緩めている。何だかんだ、彼女もこのハンマーの魔改造を楽しみにしていた。


「どうせ言い出すと思って、ちょっと準備はしてたのよ」

「流石ネヴァさん! 頼れる姉御肌!」

「褒めても何も出ないわよ」


 そう言いつつ、ネヴァは地下の倉庫へと向かう。そうして、妙に厳重な装甲をした携帯用保管庫を抱えて戻ってきた。


「あの、ネヴァさん。それ、何故か見覚えがあるんですが……」


 その保管庫を見た瞬間、レティの顔が引き攣る。


「そりゃそうよ。これ、レッジから貰ったものだもの」


 至極当然、とネヴァは頷く。

 彼女はそれを慎重にテーブルの上に置き、蓋を開ける。内部は68気圧という超高圧状態が維持されており、更にマイナス150℃を上回らないように専用の機術回路が動いている。箱自体に多層の衝撃緩衝機構が備わっており、成層圏から叩き落としてもびくともしない頑丈さも併せ持つ。

 そんな特別製の箱の、超極厚の強化ガラス装甲板越しに見えるのは、真っ赤な一輪の小さな花である。


「これって……」

「原初原生生物の“昊喰らう紅蓮の翼花”」

「ドアウトな代物じゃないですか!」


 ネヴァの口から飛び出した言葉に、レティは耳をピンと立てて出口へと向かう。彼女の背中に、ネヴァは慌てて声を掛けた。


「違う違う! それの弱体化させたものよ。原種ほどの危険性はないわ」

「ええ……ほんとですかぁ?」

「ほんとほんと。ちょっと発火したら0.001秒でTNT換算100メガトン以上の爆発と2,000万度の爆炎が広がるけど」

「なーにが弱体化ですか!」


 やっぱり逃げます! そして通報します! とレティが出口へと向かう。その肩をネヴァががっちりと掴んだ。


「まあまあ、もっと爆発力を高めたいんでしょう?」

「それはそうですけどね。モノには限度ってのが……」

「何もこれをそのまま使うわけじゃないわよ。この花弁一枚のちょびっとを採取して、凍結乾燥させて粉砕して火薬に混ぜたら、かなり爆発力が上がるはずなの」

「…………なるほど?」


 耳元で囁かれた言葉に、レティがひとまず席に戻る。彼女の様子を見て、ネヴァは満足げに頷いて話を続けた。


「今までは普通の高性能火薬を使ってたけど、それだと結局頭打ちなのよね。だったら、マジカルフラワーに助けて貰おうじゃないということで」

「でも、運用が難しくなりませんか?」

「全体的な扱い方はそんなに変わらないわよ。混ぜ込む量も本当にごく微量で十分だから」

「ふぅむ……」


 次第にレティは身を乗り出して耳を傾ける。ネヴァも勢い付き、保管庫内の赤い花を示しながら緻密な計算の過程を説明する。


「問題は花弁の採取なのよね。ちょっとでも手元が繰るったら爆発するし」

「低温高圧環境にあれば爆発力は弱まるんですよね?」

「当社比って感じだけどね。ただまあ、今日はこれのために臨時休業にしたまであるから」

「妙に早く返事が来たと思ったら……」


 急な修理依頼だったのにも関わらず、多忙なはずのネヴァは即座に快諾していた。その違和感の理由を知り、レティは肩を竦める。


「そういうわけだから、万が一にも人が来ないようにちょっと見張っててちょうだい」


 細心の注意を払わなければならない作業である。仮に来客があり、ドアをノックされただけでも爆発の危険がある。


「そもそも、そんなのどうやって持ち込んだんですか?」


 ここは〈スサノオ〉であり、原初原生生物の持ち込みは厳禁であるはずだ。植物園のある〈ウェイド〉ならまだしも、ここは厳重な検閲を避けては通れない。

 首を傾げるレティに対し、ネヴァはにやりと悪い笑みを浮かべる。


「中央制御塔の真下に大きい産業廃棄物処理場があるでしょ。あそこから都市外に再利用できない最終廃棄物を出すルートがあるんだけど――」

「ああ、もういいです。あんまり聞いてるとレティまで共犯にされそうです」


 ぺったりと耳を伏せて塞ぐレティ。もう遅いのでは、とネヴァは思ったが敢えて口にはしなかった。


「まあ、そういう訳だから。ちょっと見張っててね」

「はーい」


 レティがドアの前に立ったのを見て、ネヴァは作業台に向かう。ここから先は、どんなハプニングも許されない緊迫の作業だ。


『マスター、コーヒーを淹れてきました』

「えっ? あっ――」


 銀色のトレイに湯気の立つコーヒーカップを二つ載せてやって来たのは、ネヴァの雇っているメイドロイドである。彼女は飲み物もなく話に夢中になっている二人に気を利かせて、コーヒーを淹れてきたのだ。

 しかし、タイミングが悪かった。ついでにいうと、メイドロイドは少しドジでもあった。

 意気揚々とトレイを運ぶ少女が、テーブルの脚に自分の爪先をぶつける。小さな悲鳴があがり、トレイが宙を舞う。そして。


『緊急速報。シード01-スサノオ工業区画にて大規模な爆発が確認されました。二次火災の危険が予想されます。近隣の調査開拓員およびNPCは迅速に退避してください。繰り返します――』


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Tips

◇FF型NPC-213(個体名ユア)

 タイプ-フェアリー機体の上級NPC。職業適性検査試験の結果、特に協調性の項目で高い成績を収め、都市管理部拠点保安課メイドロイドに配属された。

 対外コミュニケーション能力が高く、共感性、言語能力に秀でる。一方で運動能力は平均に劣り、戦闘能力は皆無。接客、交渉、情報伝達などの口頭コミュニケーションを重視する役職に高い適性を持つ。


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