第20章【崩壊した瓦礫の城主】
第815話「清らか稲荷」
T-3による拙速な行動の理由が明らかになったあと、第五回〈特殊開拓指令;古術の繙読〉は第二フェーズへと移行した。前々からT-1が実行しており、T-3によって凍結されていた特殊作戦“五穀豊穣”が、その中に組み込まれたのだ。
一見すると無関係な、DWARFたちとの協力体制を築いた特殊開拓指令と、新規開発の増設モジュールに関する研究事業、二つが結合されたのは、シフォンの体験が大きな理由だった。
「レッジさん、来る!」
「任せろ!」
第一拠点、第十一階層。
「『痺れ突き』ッ!」
「『ドロー』ッ! 『
第十階層との大隔壁を隔てた先にあったのは、生々しく蠢く赤い肉塊だった。突き刺さった槍から植物性の麻痺毒が流れ込み、その動きを阻害する。太い血管の浮き出した筋肉質な大腕を震わせ、肉の隙間から金属の部品が僅かに見える。
シフォンがタロットカードを引き、効果を発動させる。
ずんぐりとした赤い筋肉達磨の背後から、死神が鋭利な鎌を振るった。
「よっしゃ! 即死はやっぱ強いねぇ」
死神は冷酷に無慈悲に命を刈り取る。首をすっぱりと切られた原生生物は、ゆっくりと崩れ落ちるようにして倒れる。
その次の瞬間。赤い肉が急速に腐乱し、液状となって床に広がる。その内部から現れたのは歪な金属部品の構造だった。
「しかし、やっぱり第十一階層からは
「そうかもね。機械も戦いにくいけど、こう生々しいのもあんまり好きじゃないなぁ」
第十一階層の特徴は、それまでの階層で大多数を占めていた通常の機械警備員が姿を消し、代わりにこのような生々しい肉体を持つ
そして――。
「シフォン、うしろ!」
「はええっ!?」
油断しているシフォンの背後に、ひょろりと細長い腕が迫る。間一髪俺が間に滑り込み、ナイフで手首を切り上げる。浅い傷を作りながら引っ込んだ腕の主が、闇の中から現れた。
『タオス、マッサツ。ノコラズ』
肋骨の浮き出た痩せぎすな身体に、不釣り合いなほど長い腕。病的なほどに青白い肌が、ぺったりと貼り付いている。下半身、腰から下は黒い金属の足が蠢いており、これも改造機であることが分かる。
「やっぱり、シフォンが狙われてるな」
「うむむ……。わたし、何にもやってないのに」
その改造機の虚ろな眼窩は、俺を素通りして背後のシフォンに向いていた。その事実に彼女はぺたんと狐耳を倒してしょげる。
特殊開拓指令と特殊作戦が結合された理由はここにある。どういうわけか、拠点内を徘徊している改造機はシフォンを――より正確に言えばモデル-ヨーコの調査開拓用機械人形を積極的に襲っているのだ。
「とりあえず、こいつを倒すぞ」
「了解! 『ドロー』! はええええっ!?」
血気盛んに山札からカードを引くシフォン。出たのは逆位置の正義。即時に発動された効果は、一定時間の攻撃封印。
「とりあえず封印解けるまで俺が抑えとくよ」
「ご、ごめんなさい……」
槍とナイフを使い、長身痩躯の化け物と対峙する。相手は俺の事など意に介せずシフォンへ向かおうとするが、俺はそれを押し止める。第十一階層にもなると俺の攻撃力はかなり不足感がある。とはいえ、種瓶や罠も交えて勝たんまでも負けんという遅滞戦術ならいくらでも続けられる。
「ようし、復活! 今度こそ行くよ! 『ドロー』! はえええええっ!?」
「頼むよシフォン!」
攻撃封印状態から復帰したシフォンがカードを引く。現れたのは逆位置の節制。効果はLPの半減。
「ひーん!」
「〈占術〉スキルの不安定さは悩みの種だなぁ」
いっそのこと攻性機術のみで戦った方が早いのではなかろうか。涙目で逃げ回るシフォンを守りながら、そんなことを思う。
とはいえ、モデル-ヨーコ機体で三術スキルを使用した際のデータを集めるのもシフォンの役目だ。彼女もそのことを自覚して、積極的にカードを引いているのだから、俺もそれに付き合うしかない。
「『ドロー』ッ! よっし、わたしのターン! 『
シフォンの明るい声が響く。それと共に高らかにラッパが吹き鳴らされ、眩い光と白い羽が降り注ぐ。
正位置の“審判”。その効果は、自身のLPと対象のHPを比べ、多い方を少ない方の割合まで減少させるというもの。
奇しくも逆位置の“節制”によってLPを五割まで減らされていたシフォンが判定勝ちし、原生生物のHPが一気に半分まで削れる。
「一発逆転! うひゃぁ、アドレナリンどばどばだよ!」
「この調子で一気に畳みかけるぞ!」
勢い付くシフォンと共に、腕長の改造機に猛攻を仕掛ける。俺が足止めしているところに、シフォンが大技を叩き込み、腕を落とし足を切り、追い詰めていく。
「とっぱーぃ!」
氷の大戦斧を振り落とし、頬の痩けた頭部をかち割る。それがとどめとなり、相手はついに沈黙する。
シフォンは晴れやかな表情で諸手を挙げて喜びの歓声を叫ぶ。
「わたしとレッジさんだけでも十一階層は余裕だね!」
「シフォンの〈占術〉スキルレベルが上がれば、もっと下までいけそうだな」
今回、俺とシフォンだけの行動ではあるが、なんとか生存できている。俺が敵の攻撃を引きつけている間にシフォンがタロットの当たりを出すという戦法で、案外なんとかなっていた。
「ようし、じゃあもっと奥へ――こぱっ!?」
勢いのまま奥の方へと足を向けたシフォンだったが、突然口から青い血を吐く。いつもなら慌てふためくところだが、既に見慣れた光景だ。俺は落ち着いて背負っていたリュックから稲荷寿司を取り出して渡す。
「はいよ」
「ありがとう。もぐもぐ」
“アヤカシモデル”の欠陥が明らかになった事で、実証実験を引き受ける調査開拓員も増えた。また、“五穀豊穣”が再始動したことによりT-1も欠陥の解消に向けて動いている。
それでも、モデル-ヨーコの“消魂”状態除去はまだ為し得ていなかった。
「もう二時間も潜ってたか」
「レッジさん、わたしのことタイマーみたいに思ってない?」
もぐもぐと稲荷寿司を食べながら睨んでくるシフォンに、慌てて首を振る。
現在、“消魂”のLP減少効果を打ち消す方法は稲荷寿司を食べる事だけだ。しかし、シフォンが初めて死に戻りループに陥った時から少し研究も進み、1つ食べれば2時間はLP減少を停止できる稲荷寿司も開発されていた。
「その“清らかな稲荷寿司”は美味いのか?」
「美味しいよ。新米と赤酢で作った酢飯に、自然の力を蓄えた五種類の具材、それをじっくりと煮込んだお揚げさんで包む。その後、祈祷をして完成。って手間暇掛かってるからねぇ」
「普通の五目稲荷とは違うんだよなぁ」
多くのプレイヤー、特に検証班や考察班を巻き込んだ大規模な人海戦術の実験によって“清らかな稲荷寿司”が開発された。“消魂”スキルには龍脈というオカルティックな要素が関わっていると言う事もあり、神秘には神秘で挑もうという方向性だ。
“消魂”状態は体内の陰陽バランスが崩れている状態――カルマ値とも呼ばれていて、それがマイナスの状態――だ。その状態から回復するためにLPを消耗しているのだが、死ぬと更に陰気が流れ込むようで、死の無限ループに陥ってしまう。
そこで、ケガレにはハレをぶつけようということで、とにかく神聖そうな儀式を色々と製造工程に組み込んだ稲荷寿司が開発された。それがシフォンの食べている“清らかな稲荷寿司”である。
「最初にT-1から貰った稲荷寿司がカルマ値+600くらい。この稲荷寿司は+7,200くらい。すごいよねぇ」
「もうカルマ値の具体的な測定までできてるのか……」
「“消魂”デバフが付いてると毎秒1ずつカルマがマイナスされるって仮定の上での基準らしいよ」
「なるほどな」
もぐもぐと稲荷寿司を頬張るシフォンを見守りながら、俺も軽く休憩を取る。“清らかな稲荷寿司”は、通常の稲荷寿司と比べると一回り大きく、シフォンの口は小さい。食べ終わるまで少し時間が掛かりそうだ。
「まあ、カルマ値とかわたしはあんまり分かんないよ。それよりも――」
「なんで改造機に狙われてるのか。そっちの方が気になるか」
「うん!」
シフォンはモデル-ヨーコ機体になってから積極的に拠点の攻略に乗り出していた。その理由はただ一つ、なぜ自分がそこまで改造機に狙われているのか、それを知るためだ。
ネセカたちDWARFは、“アヤカシモデル”に強い興味を抱いている様子は無かった。となれば、改造機の主――グレムリンたちに何か理由があるのだろう。それを調べるのは、結局拠点の下層へ向かうしかない。
「ごちそうさまでしたっ!」
シフォンが稲荷寿司を食べ終え、手を合わせる。それを合図に、俺たちは立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
「うん。れっつ、ごーっ!」」
先へ進むほどに深まる謎に迫るため、俺たちは歩き出した。
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Tips
◇清らかな稲荷寿司
新米と旬の5種の具材を赤酢で纏め、じっくりと味を付けた油揚げで包んだ稲荷寿司。呪術師による祝詞奏上、霊術師による祈祷、占術師による助言を受け、内部に神聖なエネルギーを多量に含んでいる。推定カルマ値は+7,200。およそ2時間、“消魂”状態を相殺可能。
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